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カエルが17匹 フリーダーの歌うたい

 舞台上で演じられたのは昔むかしの物語でした。

 ほとんどが歌で紡がれるそれは、悪魔にさらわれてしまったお姫様と、自身の声と引き換えに姫を助けた、旅の歌うたいの伝説です。


 春のはじめ……フリーダーの蕾がつく頃にさらわれ囚われた姫ぎみは、蕾がほころび始めるころに悪魔の庭園で歌うたいに出逢い、やがて助け出され、無事父である国王の城に送り届けられます。

 歌うたいにすっかり恋してしまったお姫様。

 しかし歌の歌えなくなった旅人は、姫ぎみの胸に飾られていたフリーダーの一枝以外、どんな褒美も受け取らず、姫ぎみの引き止める言葉も聞かず、ひとり孤独な旅に戻っていってしまうのです――


「どうかどうか行かないでください。どうしても行くというのなら、わたくしも共に連れていって」


 涙を流して取りすがる姫ぎみと、できないと首を振る声をなくした歌うたい。この別れの場面には、カルラは思わず泣きそうになりました。カエルでさえなければ、号泣していたでしょう。

 しかし悲劇で物語は終わりません。

 続くは驚きの急展開。

 悲しみにくれていた姫ぎみは、なんと意外に行動派で、せっかく戻ることのできた城から飛び出し、自らも旅人となって歌うたいを追っていったのです。

 野を越え山越え地の果てまでも。すごい執念です。

 さらになんと彼女は、途中で彼の声を取り戻す薬までちゃっかり手に入れて、長い旅の末に探し求めていた愛しいひとを捕まえました。


「なぜいらしたのです、なにもかもがあったのに」

「あなたがこの心に自由をくださったからです」

「わたしは自由の他になにひとつ持ちません」

「それさえあればすべてがあるでしょう」


 声を取り戻した歌うたいは、涙を流す姫ぎみを引き寄せて、ふところから枯れることない、かぐわしいフリーダーの一枝を取り出し、愛の歌を歌います。

 そしてふたりはフリーダーの花と祝歌に囲まれて、お城で結婚式を挙げたのでした。

 …………式ののち、ふたりは旅に戻り、ふたたび姿を現すことはありませんでした。しかし彼らに対する民衆からの人気はすさまじく、伝説は長く語り継がれることとなりました。フリーダーの賛歌祭は、この結婚を記念して始まったといわれています。

 めでたしめでたし。



 幕は下り、出演者たちの挨拶も終わりました。

 しかしカルラは王立歌劇場の外に出ても、まだどこか余韻でふわふわ夢見心地のままでした。

 屋台で軽食と麦酒を買い込んだエーデバルトに、ぽけーっと開いたままの口をちょちょいとつつかれ、ようやく劇場から出ていたことに気付いたくらいです。


「おもしろかったかい、カエルちゃん」

「うん……すっごく。ようするにこれって、姫ぎみと歌うたいの伝説のためのお祭りなのね」

「今はほとんど歌のお祭りだけどね」


 エーデバルトは運良く開いていた木陰の長椅子に、食べ物の皿とカエルと腰を下ろします。皿からは焼いた肉のいい香りがしていました。食べる、と聞かれたカルラは、もちろんとうなずきます。


「歌劇って初めて見たけど、あんなにおもしろいものだったとはびっくり。お姫様にはもっとびっくり」

「ああ、あの姫ぎみは実在したんだよ。この国ができる前にあった国の王女様。名前が残ってる」

「じゃああの歌うたいも?」


 目の前に置かれた肉のかけらを、どんどん無意識に口に放り込んでいきながら、もごもごとカルラはたずねました。

 広場の喧騒がものすごいため、カエルが不気味な声をだしていようが、若者がひとりカエル相手に喋っていようが、人びとは気にもしなければ気付きもしません。


「さあ……どうだろうね。本物のお姫様は、若くして亡くなったって記録されてる。短命だった王女のために誰かが作ったおとぎ話かも」

「そんな夢の無い結論は却下! あたしが思うに、あの歌うたいは魔法使いよ。魔法使いと結婚して、永遠にお城の家族のもとから去ったから、亡くなったってことにされてるに違いないわ」

「なんで城を去ったのかな。昔っから不思議なんだ」


 魔法使いのところはきれいに無視して、エーデバルトはひとくち麦酒に口をつけました。


「変わった終わりかただよね。王女は長子だった。城に留まれば国の頂点に立てたのに。たとえば『そうして主人公は国王になりました』みたいなほうが、民衆が好きそうな終わりかたじゃないかい」

「でも歌うたいは魔法使いだもの」

「……こだわるね、カエルちゃん。確かにあの話には声の薬とか悪魔とか魔法っぽい要素が入ってるけど。どうして歌うたいが魔法使いなんだい」

「そんなの決まってるじゃない」


 ふっふーん、とカエルが偉そうな声を出します。

 悪魔と取り引きのできること、散ることも枯れることもない本物の花枝、何より歌そのもののような、縛られることのない本物の自由! このみっつの動かぬ証拠を持って、カルラは魔法使い説を主張しました。

 焼きたてほやほやのお肉の美味しさにつられて、力説ついでに皿の上にまでよじ登ります。

 そうよ、と心のなかで付け足します。


 王様にたっぷりの褒美をもらったり、王女様と結婚して自分も王様になるようなら、それはメルヘンな運試し中の若者だわ。でも劇のお姫様が歌った通り、魔法使いには自由があればすべてがあるもの。


 魔法の使える者にとっては、権力や富などはまったく不要のものなのです。魔法使いのめでたしめでたしは、あの劇のようなものであるべきでしょう。あの魔法使いは自分の人生の運試しに成功したのです。

 しかしカルラは、運試しうんぬんのことは呪いのせいで口にできません。なので代わりに声に出してはこう付け足しました。


「モガモガモッギャッガモガモグガッ」


 ……口にお肉を詰め込みすぎて、人語からもカエル語からもかけ離れています。木皿の上にもはや肉は一欠片もなく、カエルしか乗っていません。

 女の子相手に怒ると運命の相手になってしまう系王子様なエーデバルトは、自分がまだ、ひとくちも食べていない食物の皿が空になっても、当然怒りはしませんでした。

 組んだ長い足に頬杖をついておかしそうに、気まずげな珊瑚色の目をのぞき込みます。


「おいしかった? きみがそんなに喜んでくれたんなら、買ってきて良かったな。ああゆっくり噛んで、飲み込んでからしゃべればいいよ」


 カルラは言われた通りにしました。

 もっぐもっぐもっぐもっぐ――ごっくん。


「えーげふんごほん、しつれい」

「かまわないよ」

「そ、そう、ありがと。で、あの、だからつまりあたしが言いたかったのは、えーと。なんかあの歌うたいさんってあたしの父さんを、分かりやすく素直にした感じの雰囲気だったし……って感じのことだったのよ。ぜったい魔法使いだってば、みたいな」

「ふうん」


 エーデバルトの目にあった、おもしろがっているような輝きは長くは保たず、ふっと引っ込んでいってしまいます。


「まあ、あの歌劇の舞台の時代にはまだほんの少しだけ、本物の魔法使いや、妖精、魔物なんかも出たって記録が残ってるから、そういうこともあるかもね」


 話題を変えよう。とカルラはようやく反省しました。お互いが楽しめない会話はよろしくありません。

 何かネタを探そうと周囲を探ります。

 と、どこからか、喧騒を縫って綺麗な歌声が響いてきました。誰も彼もが歌っているようなこのお祭りの中で、その声を拾うことができたのは、歌がよく耳に馴染んでいたものだったからでしょう。


  「生きる理由は ここになく

   わたしの空も ここにない

   麗しの森 清き泉と 青い海

   小鳥の歌聞き 風の声聞き 果てなき旅路

   求めてやまぬ ただひとつ

   魔物よりほか 知る者はなし……」


 孤児院の子供たちの組のひとつも歌っていた曲です。カルラにこの歌を教えてくれた父魔法使いは、これをとても古い旅人の唄だと言っていたのですが、最近どうもやたらと縁があります。

 ちょうどいいとばかりにカルラはこの歌について、エーデバルトに聞いてみることにしました。


「生きる理由はここになく……の歌? 知らないのかい、カエルちゃん」


 黒い目がぱちぱちと瞬きました。


「ああでも、きみはフリーダーの賛歌祭の劇を知らないで、この歌を知っていたから。祭りよりもっとずっと古いって説は正しいのかもしれないね」


 これはこのへんでは歌うたいの唄と呼ばれてるんだよ、とエーデバルトは説明しました。劇では使われていませんでしたが、劇にでてきたあの歌うたいが歌っていた、とされるものなのだそうです。

 それなら。カルラは思いました。「きっと運試しの旅をする魔法使いたちの歌なんだわ」楽しい会話が悲しく崩れ去るので、決して口にはしませんでしたが。


「求めてやまぬただひとつ、魔物よりほか知るものはなし……ね。ぼくはけっこうこの歌を気に入っているんだよ。どこかで歌っているひといた?」


 ぼくも楽器があればそこらで弾いてきてもいいんだけど、朝子供たちに渡しちゃったしね。とエーデバルトは残念がります。

 カルラは声のするほうに片腕を上げました。


「あっちのほうから聞こえる」

「耳がいいねカエルちゃん」

「ほら、また歌ってる。違う曲かしら」

「どんな声だい」


 耳をそばだてるカルラにならって、エーデバルトも耳をすませました。そうしながら近くに置いておいた麦酒を飲み込みます。けれどちょうどそのとき、耳に例の美しい歌声が届いて――――むせました。


「ちょっと王子!?」


 カルラがぎょっとして慌てます。エーデバルトはすぐに持ち直しましたが、かなり奇妙な表情をしていました。


「どうしたの、大丈夫?」

「たぶん……」

「ほんとに? 石みたいな焼き菓子だと思って食べたら焼き菓子みたいな石だった、みたいな顔だけど」

「きみが言うならそうなんだろうね。それで、ねえカエルちゃん。無理にとは言わないけど、ちょっとこの声をたどって、歌姫探しに行ってみないかい」

「いいけど」


 なんか顔色変よ本当に大丈夫? とカルラは差し出された手に上りながら、もう一度確認したのでした。王子は「たぶん」と繰り返して、空になった食べ物の器を店に返しに行きます。とりあえず足取りは確かなようでした。

 なら、やっぱり大丈夫なのかしら。

 しかし広場の奥で人びとに囲まれ、酒瓶片手に赤い顔で上機嫌に歌っている『歌姫』を見たとき、カルラはエーデバルトが大丈夫じゃなかったことを悟りました。カルラも大丈夫じゃない気分だったからです。


「………………………ろ、ローゼティーネ嬢?」


 なんということでしょう。

 広場のはしっこに植えられていたフリーダーの木の前で、美しく背筋を伸ばし(ただし酒瓶片手に)女王のごとく堂々と歌っていたのは、確かに末王子の婚約者。ローゼティーネ・グラナート嬢だったのです。

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