8:カーテンコールの裏で狂言回しは誰と踊る?
「ていうことがあったのよ」
「聞いてるだけだと、何があったのかさっぱりわかんない」
孤児院の一角で花輪などを作りつつ、鎧を脱いだら美女ことスウェンシイが普段着つまり絶世の美女モードで孤児院の女の子達に今回の顛末を語って聞かせたらこの反応である。
だいたい、この女の話は九割九分が格好良くて素敵な勇者君のことだから非常に分かり難い。さらに今回初めて登場したお弟子様やら王女様やら少年君や伝説の剣王様がぶっ飛びすぎてた。
百パーセント創作。そう子供達は思う。思うのだが現在孤児院の庭の反対側、男の子たちが遊ぶ辺りには、
「そーれー第一魔王の骨で出来たスケルトンウオーリアだぞお」
「バカ兄ちゃんの大バカあああああああ!」
「やめろ!アンデッドは本気でやめろ!」
頭のネジが抜け切ってるに違いない男がアンデッドのスケルトンを十体も繰り出していて、男の子達と孤児院の職員が悲鳴をあげて逃げまどっていた。端的に地獄。アンデッドに相対しているのは僧侶風の見たこともない少年で、勇者のお兄ちゃんが全力でそのアンデッド男にグーパンしてるのが、女の子達の目に焼き付く。
女の子達は出来ればこの光景も、スウェンシイお姉ちゃんから聞いた話も、一切合切忘れたいなあ、と切に願った。まさか全部事実だとは思えないのだが、実は全て事実だったりするんだなあ。
「いや、他にも怪力豚人間とか、組み立てたらわけわかんなくなった、蜘蛛っぽいオブジェ風キメラもいるんだけど」
「兄ちゃんやめてえええ、勇者兄ちゃんやめさせてえええ」
言うそばから一丈(約3メートル)程の、おそらく第二魔王の巨大な豚頭とどっかの巨大な肉体を無理やり繋ぎ合わせた豚人間が出現し、隣には数十本の巨大な蜘蛛の足が組み合わさった奇っ怪な蜘蛛足オブジェがうねうねとイソギンチャクみたいに蠢く。いやキメラって言ってるし生きてるか。女子が全員悲鳴をあげた。生理的に無理だろなアレ。少年も怖くてガチ泣き。
「やめいこの魔王が!てい!」
「出してるもんがすべてアンデッドだけに否定のしようもねえ」
そこに、話し合いという名の愚痴を聞き終えたミイちゃん王女様が顔を出したと思ったら、即刻手刀で男をぶっ倒した。爺が申し訳なさそうな顔をしながら、最近腰も痛く勇者君と女戦士も半年も不在、心労が溜まりきっていた孤児院の院長先生を抱える。院長先生はオブジェに驚愕して即刻卒倒。
爺も懐から取り出した丸太で思いっきり、首を擦りながら立ち上がったばかりの弟子を殴った。ごきがしゃぱきいいいいいいいいん。文字通り粉まで破砕される丸太。男は頭を抱えて再び蹲る。豚男から解放されて、ぜえはあ、と膝に手をつき、少年はようやく息をついた。やっぱ不憫だわ、と爺が少年の頭を撫でて慰めた。
見たことのない少年だけでなく、普段何が起こっても慌てない勇者のお兄ちゃんすら、珍しく息を切らしてどっかり座り込んでいるので、逃げ惑っていた男の子達もただ眺めていた女の子達も、ああこの人たち本当にヤバいんだなあ、と現実を直視するほか無かった。
「貴方、孤児院慰問の意味を全く分かってらっしゃらないのね。処刑人、やはり呼びましょうか?」
ミイちゃんが王女様お怒りモード。男は爺を振り返るが爺は黙って頷くだけで、結局ミイちゃんのボディブローを追加で貰う。腹を抑えて転げ回り、いやあ楽しませようと頑張ったんですけど、と主張する男だった。
「アンデッドは、お楽しみにならん!」
「そんな、結構な力作なのに」
「さっさと元の場所に還してこい!アタシが燃やす前に!」
「拾った猫みたいな仕打ち」
「元の場所で暴れられても困る」
勇者君が適切なツッコミを入れつつ、ほいほいとアンデッドを抱えては剣王の爺に渡し、爺はそれを懐のどこかにしまっていく。一丈って言えば人間二人分の高さだが、その豚人間がどうやって爺の懐に収まったのか。目を凝らしていた子供たちはその瞬間を見ても理解出来なかった。ただ懐に入っただけで、どうなってんだアレ?とお互いに顔を見合わせる子供たち。
「子供にトラウマ与えてどうしよってんだよ本当に」
「いやあ師匠、面白いと思ったんですけどねえ」
「お前にはな」
「ていうかアンタ!謝んなさい!」
「ごめんね!ごめんね!ウケると思ったんだけどごめんね!」
彼は即座に子供たちに謝った。本当に泣かしたくて用意したわけじゃない。このスケルトンも豚男も蜘蛛オブジェも理由があるんだよ。子供たちが泣き止むまで必死に男は謝ったが、結局、豚男に高い高いをしてもらいたい、という子供は居なかった。
「高い!高い!すっごおおい!」
代わりにスウェンシイお姉ちゃんが、豚男に高く飛ばされては蜘蛛オブジェに優しくキャッチされる遊びに夢中。あんなん見せられたら絶対子供怖がるだろう、とミイちゃんは呆れた。
確かに大柄の鎧ゴリラが、子犬程の大きさになるまで空高く投げられては落下、蜘蛛の足が全身に絡みついて減速、地面に優しく下ろしてくれるというこの遊具、面白そうなんだけどちょっとまだ命が惜しいから、と子供のことごとくに拒否された。
落ちても死なない自信がある女戦士やら少年しか遊ぶ者がいないし、本気で楽しんでいるのは女戦士だけで、少年だっておっかなびっくりで試した後無言、二度と遊ぼうとはしなかった。具体的には蜘蛛の足に全身絡みつかれたのが駄目だった様子。高さは平気だけどグロは駄目で涙目の少年である。
ダメだコイツは孤児院の慰問に根本的に向かないかも、とミイちゃんは悟るが遅い。
「うーん。当たり前だと思うよ」
「え〜、けど兄様、一応アイツにも子供の時期あったわけで、子供の遊び位わかる筈じゃない」
「一応人間、いや人間なんだろうか」
なぜかゾ王子様も顔を見せているこの状況ってどういうことだ、と復活したばかりの孤児院院長は思った。
慰問だから、と勇者についてきてくれた事は感謝している。しているのだが。いや一番危険なのは蜘蛛オブジェを力任せに変形して、「そうそう、メリーゴーラウンドってこんなんだった」と満足して子供に声を掛けるうちの妹なんじゃないかと思うよ、とゾ王子様に笑顔で言われても、肯定も否定もできず作り笑いの院長先生は部屋に閉じこもりたいし逃げたい。
王子が勇者ご一行を連れて孤児院を訪れたのは朝だったが、怖がられたり謝ったり遊んでいるうちに昼になったので、まあ魔王食材は無理だからと普通の食材でたっぷりお昼ご飯を子供たちに振る舞うことになった。その後も遊んだり遊ばれたり、最後の方は慣れたように男を蹴ったり殴ったり棒切れでついたり「行け!ブタオ」なんて豚男アンデッドに命令してけしかける子供たちを目撃して、子供って順応早いな、と爺と勇者君は顔を見合わせる。
ブタオと命名された改造豚人間は子供を傷つけないよう気をつけながらではあったが暴れ回り、本来の主人である男をその右腕で掴むとほいっと米粒に見える高さまで空中に投げ飛ばしたり、庭に大穴をあけながら落ち転げまわる男を両足で踏みつけ、つまりストンピングしたり、少年を誘って、爺に借りた丸太を使って二人がかりで男をフルボッコにした。丸太を振り回す少年に地味にビビった孤児院の子供たちだが、すぐに真似して男を枝や棒で叩き始める。
改造豚人間は、子供たちの歓声に心からの笑顔を見せた。お願いすれば、怪我をしないよう気をつけながらジャイアントスイングしてくれたり、二階くらいまでの抑えめの高い高いなどをしてくれるブタオは最後には大人気になっていた。男はそれを見て心から笑った。
そんなネジ緩みっぱなし危険人物であるところの男は、「絶対に壊れない玩具」として本気を見せる孤児院の子供たちと少年に殴られ、逃げてはどつかれ、飛び出しては蹴られ、這い出してはまたブタオに踏まれ、転がっては穴に落とされ這い出しては蜘蛛オブジェに絡まれというか全力で絞められ続けた。
夕暮れ近くになって、孤児院の先生に借りたエプロンを身に纏い、女戦士と女の子が作ってくれた花輪を頭につけたスケルトンウォーリアちゃん先生達が、それぞれ子供たちを優しく抱えて引き剥がすまで、男は散々遊ばれて泥だらけだった。あと危ないので男が落ちて出来た穴はスケルトンちゃん先生がスコップで即刻埋め戻していた。
まだ遊びたい、アイツまだ元気じゃんと男を指さして文句言いまくる子供たちと、無言ながら優しくその頭を撫でて、手を引いて建物に連れていく花輪エプロンのスケルトンちゃん。両手に四人頭に二人合計十人くらい子供を抱え、一緒に戻るブタオくん。その麗しい光景に笑顔のご一行と、顔が引きつる孤児院院長先生である。
笑顔に満ち溢れていた男は汗だくの子供たちとハイタッチで「バカ兄ちゃんまたな」「おう、また来るよ」なんて挨拶をし、院長先生にお礼を言って、子供たち全員が玄関まで見送るなか手を振りながら孤児院を出て、疲れたけど楽しかったなあ、と一言つぶやいた。なおスケルトンちゃんもブタオくんも孤児院に置いて力仕事やら子供の監護手伝いをさせるつもりだったが流石に断られ、孤児院の庭の端で直立不動で待機させそのままにしている。
余計に怖いと孤児院の院長先生も職員も嫌がったが、言えば今日と同じように遊んでくれるからね、と男が子供たちにこっそり教えたら子供たちが味方になってくれたのでそのまま待機となった。明日クレームくるだろうな、とゾ王子はフォローの方法を考えていた。けど防犯上必要なんだよなアレ。
「最初どうなるかと思ったけど、意外に好評でよかったわ」
ミイちゃんも子供の笑顔が見られてご機嫌だった。元々は再び旅に出る前に孤児院に寄りたいという勇者の我侭ではあったが、孤児院を狙う悪意ある者への対処も考えなければならない。資金繰りに余裕の出てきたゾ王子に任せて問題ないのだけれど、ついでに遊び道具にもなる護衛があればいいよね、と彼が突然の思いつきで作り上げたアンデッド先生を無事に孤児院に設置というか寄付できた。無事かはどうか知らんけど。これで勇者君も女戦士も安心だろう。
「後はこいつらね」
ミイちゃんが前を見やる。王族二人が勇者しか護衛につけず孤児院を訪れ、わざわざ人通りの無い孤児院側の裏の路地を歩くという絶好の機会に、あの「ピエロ仮面で黒ずくめの男」達が何もしてこないわけがない、と予測していたんだけど。多少相手の知能を心配する素振りもないわけではない。もう少し捻った出方は無かったのか。
王子と勇者パーティご一行様と剣王の爺の前には、黒ずくめに仮面の男たちが数十名、道路を塞ぐように立っていた。仮面の種類は様々で、ピエロ、能面、ひょっとこなどが見える。どこからもってきたんだろう、とミイちゃんは気になった。ひょっとこ仮面のことだ。
爺と王子様は別に隠す必要もないので堂々と、彼らの目の前で話し出す。
「ワシの事知らないあたり、相手の諜報も大したことないんじゃねえか」
「それはもう、私と私の孤児院を狙う時点で。私が運営している孤児院、としか知らないですし」
「あ、生かして帰す気はねえのな」
「当然です。わざわざ生かして捕らえる必要もないので御気になさらず」
「あんな魔剣、どっから探し出したとか聞きたいこともあるけどなあ」
とそこで仮面の男のが一人、手をあげた。熊さん仮面である。どんな合わせ技でも繰り出す気か、と一瞬身構える勇者君だったが、しかし仮面の男は予測に無い行動にでた。
「大変申し訳ございませんでした!」
なんと全員で一斉に土下座である。流石の王子様も目をパチクリとした、予想外。王子様は何とか回復すると、当然の疑問を口にした。
「え、何故でしょう」
「第二魔王の首で作ったアンデッドを、惜しげもなく孤児院の護衛に使うその非常識」
「ああ、アレ第二魔王だってわかったんですね」
「はい、第二魔王の偵察についたことのある者がおりまして」
「なるほど」
「スケルトンもどう考えても我々には手も出せない程の魔力に満ちており、さらにそれを子供たちに覚られないよう、子供に危害を加えないよう丁寧に、まあ理解できないレベルで隠蔽と調整が行われており、ぶっちゃけ頭オカシイ魔法使いだなと」
「そうだよねえ、魔法使いから見たら見た目よりそっちのが怖いよねアレ」
え、そうなんですか、と男。もういいから、とミイちゃんが男の口をその辺の石で塞いだ。石って。ごりごりっと石が割れる音がして、噛み砕いて飲み込んだ男が何とか復活しやがった。
「我々の監視も始めからご承知の様子で、昼食などいつの間にかご用意いただきまして」
「へえ、それは私たちも知らなかったけどね」
「アンタそんなことしてたの」
「監視の人も大変だろうし、王子の影にも作ってあげたからついでにって」
「ああ、影にも振る舞ってくれたのかありがとう」
「いえ、影の人も大変だろうし、それに第四魔王の肉も少しお裾分けしたし、知らない仲じゃないから」
「うそ、亀肉まで食べてるの?」
まさかの魔王肉大盤振る舞いに王子様が口をだす。男は頷いた。うちの影も食べたんだあ、うわあ知らなかったと独り言の王子様。そう、意外に色んな人が食べてるんですあの肉。
「影にも気取られず監視を続けていた筈の我らに、いつの間にか差し入れられたパンとスープ。恐怖と感謝しか語る言葉がございません」
「その感情って並びたつんだねえ」
「あ、影の人は知ってて放置だって。だから俺もご飯用意したし」
「はい。これは逆立ちしても敵うわけもなし、絶対に敵対してはならぬ相手だと。そのままの撤退も危険だと判断しました。こうして直接お目通りの上、我らの死をもって今までの所業、何卒ご容赦いただきたく」
次々と仮面とフードを外し、震える手を叩きつけるように土下座を再開する。仮面とフードをとったら分かったのだが、女性も数名いた。
「師匠どします?」
「うーん、状況的には去年のほら、ドラゴンが仰向けで腹見せた時みてえな」
「ああ面倒でしたねえアレ」
「そんなドラゴン、アタシ見たことも聞いたことも無いんですけど」
「ドラゴン見たことあるの勇者君と鎧くらいじゃない?」
「いや俺も、なんか我怒ったぞー、と震える竜しか見たことないが」
師匠と弟子以外にはわからない例え。ミイちゃんや勇者君の力の入らないツッコミ。のんびり会話する勇者ご一行と爺。人通りの絶えた路地で、土下座する数十名の男と女性数名。立ち尽くす王子様。もうどうすんだこれという状況。
「どうしようもないから、帰ってもらいましょうか」
そして、しばらく考えていた王子様は、諦めた。
「さっきと意見が違うけどいいのか王子様」
「帰って今の意見を雇用主に伝えて貰った方がいいかな、と。処分は雇用主に任せればいいわけですし」
なんだろう君らと一緒にいると本当に疲れるわ〜。まだこいつら夫婦だけの方がマシだったわ〜。早く旅再開してくんね?と王子らしからぬ伸びををしながら呟くゾンヤンドリメルカドーレ王子。驚いて顔をあげる監視兼襲撃未遂者の皆さんに、「ほら早く帰って報告してきてください」と続ける。襲撃未遂というか自首者達はいそいそと立ち上がり膝の砂を払うと、深く、頭が地面にぶつかるほど深く頭を下げ叫びながら姿を消していくのだった。
「もうしわけありませんでしたあああ!」
「もう実家帰りますうううう!」
「いや雇用主にちゃんと報告してくださいよ」
怪しげな謝罪に力なく反応する王子様。
「少年も孤児院の子と仲良くね!」
「お姫様そのネジ抜け男の管理どうぞおねがいします!」
「お願いですからあのアンデッドけしかけないでください怖いから!」
「お昼おいしかったです!ありがとうございましたああ!」
「聖剣は本当にすいませんでしたあああああ!」
「あのぉ、お詫びのぉ、お手紙書くんでぇ、勇者様のぉ、連絡先てぇ、教えてぇ、いた」
「殺すぞ」
黒ずくめ女性の一人が混乱の中、果敢にものんびり口調で挑戦するが案の定、女鎧戦士ゴリラの一言と一睨みで硬直、仲間に頭を叩かれて消えていった。王子はもう呆然とそれを見送った。
ミイちゃんは顔を少し赤らめて「なんでアタシが」とか言ってる。
勇者君は女戦士に「いやいや、連絡先交換くらいは、駄目?お前を通す?ふむ。そういうものか。勇者とは面倒だなあ」とか女戦士に騙された挙句明後日の言葉だし。女戦士は「だめえええ、面会いいいい、手紙いいいい、応対いいいい、私いいいいい」とか大声がうるさい。アレで会話になってるのが凄え。
男は「じゃあ明日もお届けしましょうかね」とかわけわかんないし、爺は「ワシには何もないのかあ」とちょっと残念そうだった。なお少年は爺におんぶされ寝てた。遊び疲れたんだね。
「疲れたわ〜」
もう面倒なので一行とはさっさと別れることにして王城に戻った王子様は、その後しばらく仕事をしてからやっと自室に戻ると、お気に入りのソファに力なく沈み込み呟いた。全面的同意。
「そういえば、今日はお昼をご馳走になったのかい?」
なんか気づいたら男が居て、「ご報告お疲れさまです」と言いながら炒めた野菜や肉が乗ったパンと、魚のスープが差し出されていた件である。
「はあ、影が対象からご飯ご馳走になるなんて」
そう言われても、アレは諦めるしかない。気づいたら目の前に立ってるのだ。
「そりゃそうだ」
王子様はソファに体を埋め何かを読みながら独り言を呟く、一見して怪しい人だった。
「なんだそれ。そもそもね、剣王の弟子がヤバすぎる、あのミイヤといい感じ、勇者の聖剣が全く話題にならない、ミイヤの解説キャラがアイドル新境地とか、普段の報告からして変だよね。毎回報告読む方の身になってほしい」
王子様の独り言が続く。
「独り言じゃないから。それでミイヤ含めてパーティが一夜にして消失だの、どうも第四魔王の城に異常な気配があるだの。まさかって剣王様に影を向かわせたら、人外がまとめて何人もいらっしゃいとか。影ですら始めから気づかれてた挙句フォローやら魔王肉までご馳走いただくとか」
王子様も愚痴りたくなる現況ってことですね。
王家の影は、目の前に立たれてもそれと気づかせない程の隠密に特化した存在だ。隠密に限れば人外を超えていなければならない。魔王や剣王の下に赴く事もある影は、伝説の恐怖の大剣王やその配偶者である女神にすらそれと覚られない程の隠密能力、世界から隠れる力を求められる。影とはそういうものである。そういうものだった。そのはずなんだよ。
それが、絶対に見つからない様にわざわざ隠れている最中に突然、「というわけで今から第四魔王城行きますけど、あなたも行きます?」とか、隠れている木の影まで近寄ってあのバカ弟子に話しかけられたり、お昼まで用意してもらったり、もう本当にどうしようもないっていうか無理。
「わかってるよ」
王子様は手に持つ「影からの報告書」の、最新行を眺めてから一言答えた。その報告書は「ていうことがあったのよ」という女戦士の会話から始まっている。
「影からの報告書」とは報告書の束の体裁をもつ魔道具である。王家の影が見聞したこと、読心術を使える影ならその場の人間達の思考までも詳細に書き記すもので、影が見たり聞いたり心を読んだり考えるごとに、自動で報告文章が記録されていくという諜報用としては最高の代物。何せ密偵が見た次の瞬間には、密偵がどれだけ遠くに居ようとも、密偵の見たものが王城にあるこの魔道具な報告書になるのだ。物理距離関係なくテープ書き起こし要らずってだけで、現代社会ですら需要あると思う。
報告書の記載がある程度まとまったら、この魔道具は一旦書写室に送られ、普通の報告書に書き写され魔道具の文章はその時に消滅するのだが、今王子様が読んでいるのは魔道具そのもの、つまり書写されていない今現在も影からの報告が追記されて続けている報告そのものだ。
影という目や耳を経由する報告書は素早く影の見たまま聞いたままとはいえ、影個人の性格に応じて形式から内容の正確性までそれなりに幅がある。今回の影は第七王子の特にお気に入りなので、王子様は誰よりも早く読みたいんじゃなかろうか。
「違うから。影には珍しく主観が駄々漏れなキミは報告書には向いてないと思うよ。わかりにくいって評判だからキミの報告って。キミの事知ってて読むと面白いけど推理しながら読むって面倒だし」
呟く王子様であるが、可能な限り主観を排して思考するよう生まれた時から教育されている影の心が駄々漏れとは思えない。そんなことはありえない。
「ほら、そんなことない、ていうキミの主観が漏れまくりなんだよ」
王子様は別にそれで俺が困るわけじゃないけどね、と笑ってから、困ると言えばとため息。
「そういえばあいつらは雇用主にちゃんと報告はしたんだろうか?あの報告を聞いて、それでも彼らに手をだせるかな」
あの後、襲撃者達の雇用主である第三王子はすげえブルってたらしい。二度と手を出すことは無いだろうし襲撃者への寛大な処置も約束したそうだが、そんなことゾ王子様は未だ知らなくて当然だった。
「待って待って!何第三王子って?ずっと俺と一緒だったよね?約束って?」
最終行に追加された報告にゾ王子が思わず叫んだ。いきなり真犯人としてこれまで名前も挙がらなかった第三王子の名が出てくれば驚くだろう。
それは明日も安全にお昼をあの襲撃者こと隠密衆に食べてもらうために、あの弟子が頑張った結果だった。ゾ王子様と別れてから男は即座にミイちゃんに頼んで彼らの居所を突き止め第三王子の本拠に転移したのだ。
「お考え直しください」「我々が死をもって償えば、御身は安全です」「私たちだって明日のお昼食べたいの我慢してるんです!」「勇者君とぉ一回ぃデートしたいぃだけなのにいケチケチ女がぁ」と叫ぶ第三王子付きの隠密衆。その報告をイライラして聞いていた第三王子の御前にひょっこり転移したらしい。いや第三王子がイラつく理由もわかるけど。なんだ勇者とデートって。
驚愕する第三王子の首根っこを掴むと「彼らが無事に明日のお昼を食べられるか、コイツに体と精神両方とも食われ尽くし、ゾンビのまま地獄の苦しみを百年受けるか、今選べ」と男は王子を第七十八魔王の巣の中に連れていき脅したそうだ。
男は第七十八魔王と言わなかったが、「師匠の家の近くに住んでる、髪の毛が蛇で頭が人間の美女、体が牛、蝙蝠の翼を持ち人の精神を支配する変な化物で、喧嘩して一回ボコったら親分親分と懐かれたんです。キモカワなカテゴリの弟分、いや妹分なのかな」って言ってたから多分、形状的に第七十八魔王。
「そうやって脅したらすぐに全てから手を引くと約束してくれたし、王子も辞めると言ってくれたのでご報告です」と、休憩中な影に遅めのデザートを届けに来てくれた男に聞いた話だ。
実際の確認はとれていないが、第三王子を脅した事も、第三王子を恐れる必要がもうないことも事実だろう。そしてデザートなるものは当然おいしかった。
「なにそれ。第七十八魔王が舎弟ってそれ普通に大魔王に認定される奴じゃん。アウトじゃん。そういうの直接影にしゃべっちゃうんだ。危険だなあ」
第七王子は目を瞑って深くソファに沈み込んだ。たしかに誰に魔王肉食わせるかわかったもんじゃないからな、あのバカ弟子は。
「そういうことじゃなくて。いやそれもあるんだけど。もう、この報告は抹消だなあ」
王子は報告書を閉じて、立ち上がった。ごくたまに、王子か影が直接この部屋で報告を書写し、秘密裏に魔道具から報告を消すことがある。公式記録に残せないヤバい話とか、それ以外の話もある。
「あと勝手にデザートもらってずるい、ていうのもあるよ」
そう言ってゾ王子様は、いつの間にかソファの後ろに立つ影、つまり私の目の前に立っていた。この人も隠れていたり気配を消している筈の私を正確に見抜く時がある。目を開く私の腰に手を回す王子様。
「どうせ、記録は明日の朝まで抹消だよ。久しぶりに一緒に夕ご飯食べようか」
あら、第三王子などもう恐れなくてもいい癖に、わざわざ報告を削除する理由ってこれですか。
「いや第七十八魔王の方に決まってるじゃん。あとデザート独り占めした罰。俺も食べたかった」
顔を近づけてゾ王子様が甘く私に囁き、はいはい、と頷いて私は影の任務を中断することになった。
私はゾンヤンドリが執着する少し年上の女に戻ると、顔を近づけるゾンヤンドリに笑いかけた。そして背中に手をまわして軽く唇を合わせる。ゾンヤンドリがイヤリングに手を伸ばした。
私達の秘密の関係。今からは護衛兼密偵兼彼女な私と、着々と継承権競争を生き延び、宮廷女子の人気も急上昇中、私の王子ゾンヤンドリとの秘密な夜デートとなる筈だったのだが。
「あ、報告書今なら読めそう」
「うっそ!喋ったら気づかれるでしょバッカじゃないのアンタ!」
なぜかバカップル、いや私達のことじゃない!バカ弟子とミイちゃんだよ!が部屋に居た。え、なんで。
私は王子様と抱き合ったまま一瞬硬直してしまう。い、いやああああ!なんで居るの!ねえ、なんで居るの?
「ミイヤ!なぜここに!」
「いや、報告書のアタシがどんなんか確かめようと。大爆笑とかむかつくし。コイツに連れてきてもらったんだけど」
悪びれないミイちゃんに、「いつから居たの」と聞いたゾンヤンドリ。
「兄様が疲れたって言い出してから、今、影の女の人と抱き合ってキスするまでずっと見てましたよ」
全て見てたぞアピールするミイちゃんだった。私が気づけないって余程じゃないのこのバカップル。
「あ、ミイちゃん、俺らってバカップルっつうの?どういう意味?」
「は?」
「いや報告書にバカップルって書いてあってね。あすごいね喋るとそのまま文字が浮かんでくるよコレ!」
「は?どういうことですか影のお姉さん?」
そして場も読まず、恥ずかしがりなところも可愛らしいミイちゃんに追い討ちをナチュラルにぶちかます男が怖い。やめて私の心が駄々漏れって危ないから主に私の命が!
「え、ミイちゃんて恥ずかしがりなの?可愛いの?」
「おい影テメどうゆうつもっだコラあ?」
うわあああああこわいいいいいいいい。ミイちゃんが怖いよヤンキーだよ。あ、日本じゃヤンキー娘だったの?田舎のコンビニでたむろってるみたいな。
「あ?こっちゃ都内、華の女子高生あがりだわ。ふーんアンタもか」
墓穴。ミイちゃんが直接「影からの報告書」を読み出しました。私はゾンヤンドリをギュッと抱きしめる。死にたくない。ゾンヤンドリは何とか私を隠そうとあたふたしていて、焦ったゾンヤンドリがミイちゃんにそっくりで可愛いかった。違う!しまった私の考えはすべてリアルタイムで二人にバレているのだ。
ミイちゃんが報告書から顔を上げ、こちらを眺めてニヤリ、とした。
緊急事態緊急事態。どうしようこんな時は素数だっけ。数えるしかない。一、二、三、四、普通に数えてどうするんだよ!いち、に、さん、ご、なな、きゅう、奇数だよ!いや二は偶数!違う!えとえとえっとお。
私とゾンヤンドリを眺める場の読めない男が、私と王子様を指さした。
「こいうのがバカップル?」
くそおおおおお!この男に言われる私らって。ふと横を見るとゾ王子様の顔が赤く、急に私も恥ずかしい。うひいいいいい。しかたないじゃん。そうだよ私こんな素敵な人と恋とか前世含めて生まれてはじめ止めろ考えるな無心無心無心無心無心無心。
もうバカップルでいいから勘弁してください、報告書をお返しいただけませんか、と私とゾンヤンドリは土下座で謝ることになった。耐えきれないからだ。ミイちゃんは公式記録をすべて闇に葬る決意を固めたらしく、私のこの記録が未来に残るかどうかはわからない。この記録は難しいかもしれない。せめて、せめて誰かこれを読む人に気づいていただきたい。
ミイちゃんと、コイツがホントのバカップル、めでたくもあり、めでたくもなし、と。
「おい影お前結構余裕あんなコラ?」
いやいや冗談!うそうそすいません!無心無心無心無心無心無心…
★★★★★
さて、書斎の本棚の奥深くに隠されていた分厚い報告書の紙束を読み終わった幼い兄と妹は、顔を見合わせた。既に日も暮れようとしており、幼い兄妹は一日かけてこの分厚い報告書っぽい何か変な読み物を読了したばかりだ。
「なにこれ」
「ミイヤ様ってこれ母様のことでしょ」
「父様が昔から変人」
あーあこの子ら読んじゃったよ、ミイちゃん。私は目頭を揉む。どうせ私の報告読んでんでしょ。早く止めにこいよ。早く帰ってこいよ二人共。私さっさと帰ってゾンヤンドリとデートしたいんだけど。
「こおらああああ」
「うわ!母様!般若!」
「逃げろ!」
思う間も無くミイちゃんっぽい般若が転移で飛んで帰ってきたので、幼い兄妹は慌てて書斎から逃げ出す。扉を蹴破って逃げた子供らより、般若は報告書の紙束を優先した。さっさと燃やしとけばよかったじゃない。そんな抱えてないでさ。
「いや、大事な思い出だし」
思い出って話かよコレ。私はやれやれ、と手をあげた。ていうかゾンヤンドリが待ってるから私帰るからね。あと影をベビーシッター代わりにするの止めて。
「うん、兄様によろしく」
「あ、おつかれっす」
続けて転移で帰ってきた男に軽く手を振って、私は彼らの家を後にする。こおらああ!ごめんなさあいい!ミイちゃん許してあげなよ!そうだよミイちゃん母様許して!許そうミイちゃん母様!お前ら揃いも揃ってフザケてんのかあ!胸ぐら掴み合う勢いのいい年した男女に抱きついてキャッキャする二人の幼い兄妹の声が辺りに響く。
微笑みながら、私も早く帰ってゾンヤンドリと何処に行こうかな、なんて考えて。私は耳に装着されたイヤリング型の「影からの報告書」送信具を外した。
追放物に三人称だと思ったら変則一人称っていうネタやら色々ぶち込みすぎて収拾つかないわ文体苦労するわで大変でした。
お付き合いいただきありがとうございました。