7:大団円には程遠い
さて、ゴドー扱いしてごめんね、と倒した第四魔王は大変美味しかったのだが、場所はもう変わって王都。その中心に聳える王城である。いや魔王城の地下深くに広がる地底湖の光も差さない底で、男が山のように巨大な亀をただ水中で延々と殴る所なんて誰も見たくないだろうし、そもそも光が届かない水の中、鈍い音が湖底から響くばかりだったので端折ったわけだ。
その後、魔王城の厨房を借りて行った亀パーティについては、男がスープをほんの少しだけ少年に味見させてしまったり、魔王食材には劣るが食べたらヤバい食材とか隠し味として毒などを一行に食べさせたり、色々バレたらヤバい事がある。爺とミイちゃんにぶん殴られる可能性があるから、と男が呟いていたので配慮。
「私がリョイミンデッシャワ王朝第三十四代王、モイヤンドリケルナイの第七王子、ゾンヤンドリメルカドーレ・リョイミンデッシャワです」
「名前全部買い戻したんだあ」
「てい!うっそいきなりかよ」
ミイちゃんが流れるように自然に手刀を男に落とす。男は王族の礼儀とか何も知らないので、ゾンヤンドリメルカドーレ王子、略してゾ王子様の挨拶よりも名前が長く戻ってる方が気になった。勇者君だって、それこそミイちゃんだって気になったけど我慢していたのにだ。王子はやさしく微笑むと、首を擦りつつ立ち上がった男に応えた。
「ああそうだよ、昨日の第四魔王討伐については既に影からの報告を受けていてね。まあ第四魔王討伐に伴う小麦価格の先行きで儲けは確保したし、今年の収穫量変更に伴う税率変更やら、新しい農地候補の買付けとか一歩先行くことができて成功は約束されてる。流石に名前が一文字だと父にも色々言われるからね、今朝全部買い戻したんだよ」
「師匠。今から報告する内容、既に知ってますよこのお兄様」
「第一と第二と第三もだね。どうりで最近遭遇の報告がないなあって。いま大忙しだよ、牧畜関連も。木材市場もかな。小麦市場は第二魔王の不在でもう小動きが始まってるね。これから第四魔王で更に大きく動くよ」
「全部知っとるなあ。あと言ってる事がわかんなくて怖い」
彼と爺はヒソヒソ話をするが、この距離だと全員に聞こえている。当然だし爺は世間に疎すぎだ。
王城の一角、王子たち専用の謁見場で語り合う一行である。本来頭を下げて跪き、王子の登場を待つ流れなのだが、謁見場に入るとすでに王子は立ってるし、かまへんかまへんと手を振ってくるので気兼ねなく王子に正対して立っている。ずいぶんフランクになったなあ、と勇者君は思った。
「そんなわけあるか。当時の魔王を半分位食べ歩いた伝説の大剣王様と、第一魔王を素手で殴り殺せるお弟子様だぞ。逆にこちらが跪くべきところだわ。まだ死にたくねえよ」
ゾ王子様は勇者に対して言葉遣いがフランクというか荒い。あと残念な勇者君は感想がつい口からこぼれていて危険。
「しかし王族の一員としての役目や周囲の目などもあり、このような席になって申し訳ない」
「いや特に気にしてませんよ。俺何もしらないんで」
「ちょっとは色々気にしてくれよ」
勇者君に吐いた言葉とまったく異なる王族ならではの詫びだが、まるで近所の兄ちゃんに喋るが如く気軽に対応する男。ついボヤく爺だがお前のせいだろ。
いいんですよ剣王様、と言葉を続けるゾ王子はあくまでも王族の一子の立場と口調を崩さないが、勇者君が口を開くと口調が一変した。
「おい。報告することが無いならさっさと終わらせて孤児院に行きたいのだが」
「お前なあ、俺王子だよ?そんな口聞いていいと思ってんの?マジで?」
「いいではないか、俺とお前の仲だろう」
「ここまで一方的に友情って押し付けるもん?なあ?おい」
お互いに遠慮がなさすぎる会話を繰り広げるゾ王子様と勇者君に、ミイちゃんの顔が引きつる。うちのゾ兄様がそこら辺のチンピラなんですけど、と思うミイちゃんはゾ王子様の素顔を知らなかった様子。男に対するのと全く変わらず不躾にごねる勇者君は不敬罪と爺ですら思うが、王子もそれに慣れているようだ。言葉は荒いが大して気にはしておらず、雑だけど気心しれた、そんな会話だった。
「王子様、本当に申し訳ございません。この人ったらまだご学友の頃のままで礼儀も弁えられず」
「ああ、スウェンシイも息災でなによりだね」
「ありがとうございます。王子様におかれましてもご健勝お喜び申し上げます」
「誰この人!」
対照的に、優雅に一礼してゾ王子様と挨拶を交わす長身ですらっとした美女に、勇者君以外のメンバーが戸惑った。パーティに随伴する侍女の人だと思っていたので、声を聞いてミイちゃんはついその女の人を指さして叫んでしまった。全てがマナー違反。
そういえば鎧ゴリラの姿が無いな、と思ってたが実は違っていて。勇者君より少し背の高い、スラッとした長身の、碧の黒髪に青い瞳の、胸もヒップも目立つスタイル抜群な絶世の美女が、よくみれば勇者君の隣にぴったりくっついているし、声が、そう声があの女戦士の声なのである。いやいや、体型って変えられるの?なんで王子様にそんな優雅に挨拶できるの、早口と大声の二択じゃなかったの、とミイちゃんが叫んで更なるマナー違反。
「ミイヤはまた随分と面白くというか、明るくなったね」
「明るくなったのは一重にお兄様のおかげですわ。そんなことよりこの人?」
面白くの部分を完全に無視し一礼すると、指と目を再び元鎧ゴリラ現絶世の美女に向けるミイちゃんはマナーどころじゃないのである。
「知ってるだろう、君のパーティの女戦士ことスウェンシイだよ」
「戦士ちゃんはこんなまともに喋る人じゃない!」
「正しくても、言い方というものがございます、ミイヤンドリヤシュレ様」
「うわああああ誰この人おおおお怖いいいいい!」
まるで普段の女戦士が乗り移ったかのように大声で叫ぶミイちゃん。知ってる人だと思ったら、全然中身が違うサムシングっていうのは、恐怖映画でお馴染み。そんなミイちゃんを見て男はその肩を叩いた。すごい勢いで振り返るミイちゃんの手を握る男。
「ミイちゃん、落ち着こうか」
男の笑顔と手を握られた事に驚いてミイちゃんは黙る。
「こういうところも含めて怖いんでしょこの鎧は」
「あ、そういえばそうだった」
そうだ理解の埒外にある戦士ちゃんの怖さは何時発揮されるかわからないのだ、形が変わるくらいなんてことないわ、と落ち着くミイちゃん。
「本当に言い方と言うものを少しはお考えくださいませ、お二方」
鎧ゴリラゴーレムそっくりだった筈の女戦士はスカートを優雅に翻らせ、二人を向いて少し足を広げ、腰に手をあて嗜めた。なんか可愛いポーズ取ってるううう!とミイちゃんがまた壊れそうになるが男にギュッと手を握られたので落ち着いた。勇者君はそれを見ても何も考えてなさそうで、これも彼女の一形態なんだろうな、と他の皆はほぼ無理やり、なんとか納得することにした。
「へえ、ミイちゃんって呼ばせてるのかい?」
「それは後でいいでしょう。この人たちって兄様の契約冒険者なのでしょう?学友って?」
「元々こいつは学院の同級生でね。卒業してからも色々便宜を図ったり仕事依頼したりで」
「ゾンヤンドリの方から、もう専属契約するかと言ってもらってな、正直言えば恩人でもある」
「そりゃあ、お前は学院でも俺のライバルとか名乗るくらいだし、鎖で繋いどかねえと危ねえだろ。実際危ねえし」
「学力はゾンヤンドリ、体力は俺の二枚看板だった。ライバルとは少し違う」
「学院の教科に体育はないけどな」
「あれ、ありませんでしたっけ?」
二人の掛け合いをふんふんと頷いていたミイちゃんだったが、体育が無い、という王子の言葉につい反応してしまう。
「ミイヤ、お前も来年は学院に戻るんだ。覚えててもらわないと困るよ。無いに決まってるだろう」
「そうだぞ王女、学院は国の最高頭脳が集まる所だ。体力バカではつとまらんよ」
「だったら体力は俺とかわけのわからねえ事言うんじゃねえよ!」
まさかのゾ王子様による見事なツッコミは右回し蹴り。こめかみ辺りで炸裂し、残念な勇者君は謁見場に崩れ落ちた。ミイちゃんはゾ兄様素敵、とぴょんと跳ね、対応を間違えたとその後顔を赤くした。きょ、兄妹だなあ、と男と爺が震え上がる中、少年と女戦士は見事だねえ、と拍手だ。ぱちぱちぱちぱち。いいのか女戦士、今崩れ落ちたのはお前の想い人だぞ。
「それでいつまで手を握ってるんだい」
「うーん、手を離すタイミングがわからなくて」
「兄様。これはこの方が離してくださらないのですわ!」
「ふーんほーんへー」
「ああ、もう手え離しなさいよアンタ」
「嫌かも」
「気分で決めんじゃねえ!」
離せ!嫌!なんで!無理!なんでだよ!手を握り合いながら顔が真っ赤なミイちゃんと、また暴れられると困るのでミイちゃんの手を握りつづける男の怒鳴り合いはしばらく続いた。二人を眺めるゾ王子様の視線を観察して、少年は爺に語りかける。
「なんだろあの王子様、ノリがお爺ちゃんにちょっと似てる」
「そうかあ?」
それこそロクな奴じゃねえ、悪い奴ではなさそうだが、と思った爺はゾ王子様を改めて眺めた。俺が若い頃の方がもっといい男だったけどなあ、と大変失礼な評価。人外勇者君を回し蹴りで仕留めたりと、もっと評価されるべきではないだろうか。
ぜえはあ、とする若い男女が息を整えおわって、話はようやく再開した。
「うん、いつまでたっても話が終わらないから気をつけろと注意されていたけどまさかここまでとはねえ」
「兄様それは一体誰が?」
「いや影から。第四魔王城での長ーい君たちの会話も知ってる、報告書何枚になったと思う?あ、報告は父上も読んでいるから」
「うっそマジか」
「みんな爆笑だよ。台本だけでこんな面白いなら実際の舞台はもっと面白かっただろうなあ、て」
「コントじゃない!」
「お恥ずかしい限りですわ」
恥ずかしそうな女戦士だった。恥ずかしいとか言葉知ってたんだ、とミイちゃんはそれでもだいぶ失礼なことを考え、おやめくださいまし、て言われてビビった。喋ってないよ?
「えと、それでは本日報告する内容、兄様は既にご存知と」
「それはもう。あのヤバい聖剣が折れて洗脳が大体解けたまで知ってるよ」
「大体、なんですね」
「こいつこんなだからね。元々なのか洗脳されたからか、わからないのでまあ、大体って言っとけば大丈夫だろなと」
「お兄様の中でも勇者君が残念」
「そりゃ付き合いも長いし。十年こいつと付き合える俺って凄いよね。スウェンシイには負けるけど」
王子は溜息をつく。
「スウェンシイはずっと変わらないね」
「恐縮です」
「初めて学院のクラスで見かけた時から思ってるけど」
「はい」
「影の特別枠採用とか、まだ興味ない?」
王子様がまさかのスカウト。しかも特別枠って。
「勿体ないお言葉ですが、私、身も心もこの人に既に捧げております」
「知ってるけどさあ、私の居るクラスに躊躇いもなく潜入できたり」
「若気の至りですわ」
「将を射るにはまず馬からってこいつにアタックする令嬢どもを全部処理したり」
「この人を馬扱いするブタどもなど、国にも不要でしょう」
「それで今や、お弟子様やうちのミイヤ、剣王様にまで怖がられてるんでしょ」
「私、他の方とはそれ程関わっておりませんし、怖がられるなど」
「こいつ採用すれば勝手に着いてくるとは思ってたけど、やっぱ直接採用したいなあ、と」
「大変に勿体ないお言葉ですが、先ほど申しました通り、私、身も心も既にこの人に捧げましたので」
戦士ちゃんが女性らしくかわいらしく、ちょっと顔を赤くして王子様の質問に答えれば、その脇では、
「いや今もめっちゃ怖いっつうの」
「怖いよお、ねえアンタどうにか出来ないの?」
「無理だよミイちゃん。師匠が怖がるくらいだよ?」
「我慢するしかねえなあ」
爺と男とミイちゃんがぼそぼそ呟きあっていた。少年は素直に「お姉さんって綺麗で優しくて勇者の兄ちゃんに一途でいいなあ」なんて思っている。騙されてるともいう。
勇者君は右廻し蹴りの後からぼんやりしていたが、やっと女戦士が困ってることに気づいたらしく、顔を赤らめる女戦士を庇うように一歩前に出た。
「止めろゾンヤンドリ。お前も余計な事言わなくていいから」
「ふーんほーんへー」
「ムカつく顔もやめろゾンヤンドリ。ほら、お前は俺の後ろ」
「はい、あなた」
「怖!」
突発的にミイちゃんが叫ぶが無視。ゾ王子様はため息をついて、脱線してた事に気づくがもう遅い。
「危ないな。私まで話に巻き込まれるところだったよ。いやスウェンシイって学院時代からこうでね。勇者候補を付け狙う魔王の一角だって噂、国でちゃんと調べるところまで行ったんだよね」
「怖さが国のお墨付き」
「それはそうだよ。特別警備の王子クラスに授業中突然潜入し、やることがこいつのお弁当届けるとか、そのままこいつの後ろで授業受けつづけるとか、私以外だれもそれに気づかないとか、異常すぎて怖いに決まってるでしょう。契約冒険者になっても、本当はワイバーンの群れ討伐なんて勇者にやらせる仕事をさ、一泊コースだから二人の旅行代わりにとか上手いこと言えば、孤児院の子供扇動してこいつ説得して、お肉お土産に持ってきてきてくれるんだよ。怖いでしょ。国のお抱えにするしかないよね二人共」
「二人の使い方、それなり慣れてるっぽいですわ兄様」
「だから付き合い長いって言ったろ?」
ゾ兄様こと王子様はニヤリと笑った。
「だからさ、二人が勇者に取られて困ったんだよね。しかも洗脳されて。ただでさえボケてるこいつが洗脳されて次代の魔王に、とか言い出して国の平和がヤバいし、スウェンシイもそれがダーリンの意志なら、とか言い出して。討伐隊出すわけにもいかないからね。弱体したこいつはともかくスウェンシイが本気出したら絶対全滅するじゃん。いいとこミイヤで互角か、と思ってね。こいつにあの剣渡した奴もう絶対許さねえ、て思ったよ」
ゾ王子様は二人の事情をちょっと悔しそうに語ってから、微笑んだ。それでもこの問題は解決したからだ。
「ただ、勇者の聖剣が折れた件は国として正式に不問とすることになった。気にしないでいただきたい」
「兄様、問題は解決したんです?」
「元々聖剣の言ってる事がかなりヤバかったからね。あれが本当に聖剣なのかっていう調査と、勇者パーティの観察と洗脳進行度の調査もしてた。監視もね、通常の影に加えて王族一の実力者こと人外に並び立つ末っ子アイドル、うら若き超絶魔導王女まで派遣して注意してたんだよ」
「うっそ、初耳!」
「ミイヤがどうにかなるとは思えなかったし」
「アタシの扱いって何、はじめから人外化物だったってこと?」
「そうだよ。けど念のため毒には毒って剣王様に駄目元で依頼したらお弟子様がね」
ミイちゃんを無視したゾ王子様の顔がふと無表情になる。あ、完成直前のジグソーパズルをひっくり返された時の人の顔だ、とミイちゃんがエグいがぴったりな感想を抱いた。
「こちらもさ、自称聖剣の影響を心配して、呪われた邪剣の誘惑と戦う堕ちた勇者の噂、そりゃもうあちこちでバラまいたんだけど」
「効果あったんですか?」
「ないよ。だって噂になってたの、狂った聖剣の勇者じゃないもの。笑顔で魔獣を破裂させるめっちゃ怖い荷物持ち、だから」
あれ、俺荷物持ちとして、道中皆に優しくしてもらってたんですけど、と男が首を傾げる。
「全身魔獣の血にまみれた、五人分くらいの荷物抱えた若い男が馬車より速く走り回ったり、皆が必死で魔獣と戦ってる脇で隊商の皆さんにお茶配って、実況して解説してたんでしょ?そりゃみんな優しく対応すると思うよ」
「あー、あん時の隊商の皆さん」
「そう、実況が荷物持ち、途中参加の解説がどう見てもデビュー目前の超絶魔導王女で、目の前で繰り広げられるのがデスナイトの群れと勇者の戦い。しかも隊商に攻撃目標を変えたデスナイトは次々破裂するわ、お茶がぬるくなる前に勇者と戦士と少年が倒れて、残りのデスナイトが一気に破裂して実況終わり、皆様ご鑑賞ありがとうございました、となればね。皆優しいと思うよ。怖いし」
私の情報戦略は全く意味なくなっちゃったけどね。ゾ王子様が遠い目をした。ミイちゃんはなんとなく居心地が悪くなって男の手を握りしめた。あん時、アタシ結構ノリノリで解説したなあ、と思いだした様子。
「おかげで勇者の悪業とかもね、あんまり広がってなくてね」
「ほう、よかったではないか」
「聖剣すら誰にも気づいてもらえてない」
「ますますよかったではないか」
「魔王よりも怖い青年が嬉々として荷物持ちする変な勇者パーティで、青年のストレスに耐えきれず勇者が壊れかけていて不憫、て変な噂になっててね。もう本当にどうしたもんかと」
「極めて正確な情報だなそれは」
「は?」
「聖剣のストレスが激しくてな。あいつがぁ、いなければぁ、もっとぉ、自由にぃ、と毎晩喧しくて」
「そりゃそうだ」
「そんな時はその辺の岩に適当に殴りつけてな、黙らせたりしたものだ」
「お前本当に洗脳されてたの?」
勇者君が何気に聖剣を虐待してた新事実が発覚。指二本でへし折られる前に大分弱ってたっぽい。
「兄様、話がおかしいですわ」
「そうだねミイヤ。結局ね、持ってる事すら気づかれない勇者のヤバい聖剣が折れたところで、別に問題ないし戦力的には増強だし、国としてもなかったことにしよう、ってなったんだよ」
本当に無かったことにされていた。出来ればパーティ自体なかったことにしたい、とまでゾ王子様は言い切った。ミイヤが居るからなあ、ミイヤさえ居なきゃ噂の出所潰して全部無かったことにするんだけどなあ、と呟く怖い王子様。
「しかし本当に話が明後日の方向にしか進まないんだね。君らは」
いつのまにか十把一絡げで「君ら」扱いされているが、爺と男は少しゾ王子様に同情した。勇者君と女戦士と十年付き合ってる時点で尊敬しているので「君ら全員アブない人」扱いも全然苦にならない。そうだろうな、と思うだけだ。自分に常識が欠けている事くらい知っている、つもりの人外師弟である。
そういう半端な自覚が怖いのだ、て言われても首を傾げるだろうなあ、と王子様は思った。
ミイちゃんはちょっとズレてるので「君ら」に自分が含まれていると思っておらず、少年は「沈着冷静勇猛果敢で売り出し中のゾンヤンドリメルカドーレ王子様とここまで忌憚なく話が出来るこの人ら、すげえ」と感動していた。全員「君ら」に含まれてるでいいね。
「ともかくだね、私の手駒としてこいつは勇者以上に有能、呪われた聖剣は無事処理でき、後は噂流せば解決する。二人も私との再契約で済むようにするから、大丈夫」
聖剣と名乗る邪剣「自称聖剣」問題は解決した模様。ややこしい。
「とはいえ。始まりの魔王こと畜産業者の敵、第一魔王。穀物農園の悪魔こと豚の化身第二魔王。森の奥の暗がりに気持ち悪くてドロドロした粘液に塗れて隠れ潜む第三魔王。あと昨日亀スープ食べたんだよね、みんな」
「後半グロですやめてください。アタシも食べたんだから。あと亀じゃなくて第四魔王ですわお兄様」
「ああそうか、いや実はね、その報告もそうなんだけどね」
王子はため息をつく。
「私はね、正直この天然な勇者とその奥方に付き合うので精一杯なんだよ。微妙に胃が痛いの我慢してるの。その勇者以上の、世間知らずで迷惑で、魔王すら敵わないどころか食材扱いする、しかも一人は我が妹、そんなパーティの面倒なぞ見られないんだよ、ていうか御免被りたいんだよ」
「そんな、奥方だなんて」
「そこじゃないからね」
激しく身を振る女戦士に、一応ツッコミいれとくゾ王子様だが、聞いてくれない。
「いや言ってみるもんだ。そうやってごねたんだよ」
「誰にですか兄様」
「父上だよ。で報告読んで、父上も匙を投げた。もうミイヤンドリヤシュレに任せよう、となったんだ」
「うっそ!マジで!止めて!」
「よかったなあ、王女様」
ミイちゃんが叫び、爺はニヤリとした。弟子の嫁計画も着々進行中である。
そんなミイちゃんと男は手を繋いでいたりする。さっきの会話で手を離すと思ったのだが、なぜか男はミイちゃんから絶対手を離さなず、ミイちゃんも恥ずかしながら手を繋ぎつづけるしかなかったのだ。男は迷惑の一言で片付けられ肩を落とし、そうか迷惑だったんだ、と呟いた。ミイちゃんの隣で。手を繋ぎながら。
あざとくないか、と爺は思ったが、そんな駆け引きできる男ではない。本気なのだろうと考え直した。それはそれでおそろしい。
「いや迷惑じゃないわよアンタには感謝してるのよ。してるんだけど、ホラ、アタシ来年には学院に戻るしさあ、アンタの面倒もいつまで見られるかわかんないし」
慌てて言い訳するミイちゃんに、フォローするゾ王子様である。
「来年まであと半年もある。あと数体、新しい高級食材をゲットするチャンスじゃないかな」
「うっそ兄様が鬼畜!」
「そんなことないよ。私は下の妹たちには優しいよ?」
ゾ王子様が笑って、もう三人しか残って無いけどね、と追加する。
「まあ残りはみんな嫁に出したってことなんだけど」
「アタシが知ってる優しいゾンヤンドリメルカドーレ兄様が居ない」
「そりゃ山かと見紛う魔王にでかい風穴あける魔力持ちの妹に、他の妹と同じ扱いなんか出来ないよ」
ミイちゃんが昨日の亀に攻撃魔法をかけた際、自覚ってやっぱ大事だったらしく、今までに無く強力な何かが勢いよく放出されて山のような巨大な魔王の胸元に大きな穴があいたのだった。慌てた亀が湖の底の底まで潜って逃げたので面倒臭くなった一行は、男を湖に蹴落として決着をつけさせたのだが、肉がごっそり削れたせいで食べる部分が減ったと勇者君にまで文句を言われたミイちゃんは納得いってない。
「それに来年、同じ学院に通うことになるわけだし」
「うそでしょ?」
「王女様、それはワシが頼んだ。このバカ弟子は残念なことに教養を知らねえ。これは不味いってな」
「幸い学院の一般教養コースは平民から王族まで、すべての国民に開放されているからね。来れ若人明日の国家は君が作る!」
「いや国家戦略考えるなら、アタシとコイツと剣王様は常時最前線で確定だよね?」
ミイちゃんが極めて効率的な運用法を提案するものの、包囲網は既に完成している。これは男と爺を囲い込むための、アタシを餌とする包囲網だとミイちゃんは悟った。実際ミイちゃんはこの危険な災害級危険人物どもを扱える唯一の猛獣使いな猛獣だから。
男に振り向いて、ミイちゃんは尋ねた。
「アンタ、まさかとは思うけどアタシと一緒にいたいわけ?」
「え?とりあえず今回の事を報告したらまた旅つづけるんでしょ?俺荷物持ちするよ」
「うそ?」
「別にこれで旅が終わるわけじゃないでしょ。これからは、ちゃんと言うべき事は言う、力の使い方を覚えるのは俺もだけど、ミイちゃんもそうだし今回魔王食っちゃった勇者君も鎧も力の使い方は改めて覚えなきゃいけないと思う。少年だって、師匠はいままでのように山に篭もるんじゃなくて、俺たちと一緒に旅をして、人と触れ合いながら正しい力と教養を今度こそって意気込んでる。教養って意味じゃ俺も、知らなきゃいけないことがいっぱいあるし」
「お、おお」
ミイちゃんは彼が眩しく見えた。なんかコイツ、アホのくせに考えてる。
「それに魔王や魔獣で困ってる人を助けたいって言う少年は俺の弟弟子で、兄弟子としては助けてあげないといけないし。あ、あとね。魔獣って当然世界の経済にも影響出るんだね。さっきゾ王子様が色々言ってたじゃない。あれ勉強になった」
男はアホとは思えない程深い事を言うので、ちょっとミイちゃんは驚いた。
「だから世界の仕組みをもっと知りたいなって。俺は出来れば、皆が許してくれるなら、皆の荷物持ちで、もう少し旅を続けて世界を見てみたいんだけど」
「アンタそんな事考えてたの」
「そりゃね、半年遊んでただけじゃないよ。ミイちゃん達みたいな例外は結構いるけど、基本人間の力に限界があるみたいだぞ、とかナイフで刺されても死ぬぞ、とか色々勉強したよ」
「半年かけて学習することじゃない」
「そんなことないよ。あ、あとそうだ。勇者君が今までのご迷惑お詫び行脚を考えてるらしいし、ついてってあげようかなとか」
「兄様の仕事はどうするのよ」
「そこはほら、俺の転移でたまに帰ってくれば」
「ふうん」
あれ、一緒に行かないの?と思って男は少し怖くなった。まあ酷い事もいっぱいしたし、それなら許してくれるまでそれこそ一生土下座するしか無い。それで許して貰って、一緒に旅を続けたい。彼は心からそう思った。ダメなら少年と爺と勇者君と鎧かあ。それは勘弁だな。ツッコミ役が居なくなるから多分出発して半日で明後日の方向に爆発する。
「し、し、仕方ないわね。バカだもんねアンタ」
リョイミンデッシャワ王朝第三十四代王、モイヤンドリケルナイの第十九子、ミイヤンドリヤシュレ・リョイミンデッシャワ王女は、滅多な事では焦らない、と自分では思っている。そりゃ冒険の日々で焦ったことも、昨日は硬直したり停止したり、色々思考停止するような事が沢山あったけど、こんな王城のど真ん中で感情が抑えられなくなるなんて、王家の娘として今までそんな迂闊な失敗をしたことは無かった。
しかし今は自分の気持ちをあまり悟られず、どう肯定の返事を繰り出せばいいのかわからなくて混乱している。状態異常「乙女のトキメキ」って奴だ。そうか、昨日みたいな毎日が、また続くのか。そう考えると心底げんなりしつつ、心の隅ではウキウキとワクワクとドキドキが止まらなかった。男やゾ王子様の前でそのまま小躍りするわけにはいかないし、する気もないので逸る心を必死で抑え「仕方ないから付き合ってあげるわ」とだけ言う、そんなミイちゃんは大変可愛い息子の未来の嫁だ、と爺は目を細めた。まだ決まってない。
「そうか、引き受けてくれるか妹よ」
「あ〜、考えたらアタシも人外の仲間入りしてるし、他に適任が居ないし。兄様は忙しいし。王家の娘としてこの力の使い方も覚えなければなりませんし」
「嫌々な口調のわりに、顔が赤い」
「赤くない!」
ゾンヤンドリメルカドーレ王子に笑われながら、彼女は頭を振って気を取り直し、改めて男の方を向いた。ちなみに、まだ手を繋いでるのだ。さすがに爺がこそこそ注意してるが、男はミイちゃんの手を離すつもりが一切なかった。だって繋ぎたいもん、と爺に小声で伝えてドン引きされている。鎧の変なのが移ったか。
「じゃあ、これからもよろしくね、ええと」
と、そこで名前に詰まるミイちゃん。あれ?
初めて、彼女はとても大事な事を聞き忘れていた事に気づいた。
「あれもしかして、アタシ、アンタの名前知らんくね?」
「あ、そういえばバカ兄ちゃんって名前何て言うの」
「半年も一緒でしたが、そういえば存じませんね」
「俺も聞いたことがないなそういえば」
どういうことだ、とゾンヤンドリメルカドーレ王子。
「あーすまんなあ、こいつ名前まだ無いんだわ」
爺が酷い事を言った。本気で引く一言。
ミイちゃんが突如、女神様〜このジジイ父親役投げてますよ〜、と叫ぼうとして慌てて男に口を塞がれたが一歩遅かった。「まあ仕方ないけどね、この人、他人の名前覚えられないし。けどあれ、去年そろそろ決めるって言ってなかったっけか」と新たな神託が謁見場にくだされた。ちょっとイラついてた女神様。
「やっべ殺されるじゃんワシ」
「去年そろそろって言われてましたね、そういや」
「ねえ、アンタの師匠って神様に言われたことすら忘れるアホなの?」
「ミイちゃん、師匠はそういう人だから、怒られないようにね、ちょっと、黙っててくれるとね、嬉しいかなって」
「アンタの名前の話だろが」
「いいんだよ。吹っ飛んだ山の片付けとか俺が面倒だもん」
「面倒だからって名前貰ってないとかどんだけだわ!」
「だって本当に面倒なんだよミイちゃんもやってみりゃわかるって!」
どんだけ!面倒!バカ!あ可愛い!テメエいい加減にしろコラ!手を繋ぎながらわけの分からない怒鳴り合いを繰り広げる王女様と剣王の弟子は放置して、残りで会話を継続する。
「私はねえ、君達が気づかなかったことに驚いてるよ」
「ゾンヤンドリ様。我々息する暇があれば訓練でしたから」
「息するってさすがに訓練しすぎじゃない?」
「王子様、バカ兄ちゃんがみんなの荷物持っていきなり駆け出して行方不明事件とか、テント張って初っ端のお茶から毒物混入事件とか、初日以降事件の無い日なんかなかったです」
「少年、すまんなあ、うちのバカがなあ」
「半年もあったのだがなあ」
「あと、理由の半分は勇者兄ちゃんが、お前らの名前なんか知りたくもなーい、て言って無視してたから」
少年の言葉に肩を落とし反省する勇者君にそっと寄り添い、洗脳されてたせいですから、と慰める絶世の美女スウェンシイ。
「うむ、どうも俺も剣王様と同じで、人の名前が覚える気が無グフ」
「元からかあ」
慰めてくれるお姉さんの頭を撫でながら結構酷い事を言った勇者が、少年から見えない脇あたりにフックを喰らい呻く。少年があちゃあ、という顔をするが犯人の女性はニッコリしていた。僕、気をつけよう、と少年は思った。
ぜえはあ、ぜえはあ、と若い男女がようやく息を整えたので男の名前についての話に戻る。
「いやあ、コイツを引き取った時にな、今までの名前は捨てる事にしたんだがなあ」
「なぜ新しい名を与えなかったのですか剣王様」
「名は捨てさせたんだが、その後修行が面白くなってな、ついつい名前考える暇があるなら修行だ、て」
「ああ、そういうところも似ているのだな」
「知ってる。ふのれんさって言うんだよ」
「そりゃ女神も逃げるわこのジジイ」
「さっきからジジイってミイちゃん。俺もまだジジイ呼びしてないのに」
「いましてるじゃん」
「もう!ワシの常識なんて所詮そんなもんだって!コイツ見てればわかるだろうが!あとアイツ逃げたわけじゃねえよ!」
逆ギレする爺。
「あ、そうそう、名前については頼みたい事があったんだミイちゃんに」
「え、まさかアタシが名付け親とか?」
「違う違う。名付けまでは流石に頼み辛いよ。けどミイちゃんかゾお兄様かどっちか、それかもう要らないっていう他の王子か王女様から、名前売ってもらおうかなあ、なんて」
「お爺ちゃんは諦めたんだ。当然だね」
「いやいやなんで王子王女から名前買おうなんて考えたアンタ!」
「だって名前売ってるなんて話、ゾ王子様しか聞いたことないもん」
「金勘定すら出来ないアンタが名前買うとか、幾らかかるか分かってるの!」
「そもそも俺らって幾らお金持ってるの?」
「なんで荷物持ちの癖に所持金知らねえんだアンタ!」
ミイちゃんの高速ボディブローが男の腹で炸裂した。とはいえ金の価値がわからない男、物価なんて知らない王女様、武器と子供服の値段しか知らない勇者君も所持金知らないのだ。旅の間、金の管理は少年が担当し意外と出来る女戦士が手伝っていたのだ。少年が本当にいい子だわ、と爺は思った。
「そもそも名付けなら、私が適当に選んであげますわ」
「適当は嫌。鎧や勇者君に頼むとそれこそ酷い名付けされるじゃん」
腹を擦って起き上がる男は女戦士の申し出を拒否した。
「そんな事はない。馬とか鹿とか糞とか屑、お前のためなら考えるぞ」
「だから全部悪口じゃん勇者君も」
どんどん脱線して騒ぎだすご一行。そろそろ幕が降りる時間が来たようだ、とゾンヤンドリメルカドーレ王子様はため息一つで、ほなな、と手をふりそっと退出した。逃げたな。爺も逃げたいが逃げられない。
謁見場で王子様が帰るのも気づかず始まった一行の口喧嘩は一向に納まらない。彼の名前を「アンタ・オマエコイツ」に決めようとする勇者君、嫌だ嫌だそんな名前とごねる男、やっぱり甲羅でその吉兆を占えばいいじゃない、絶対にダーリンが正しいからと言ってのける女戦士が止まらない。
笑いすぎて腹筋を痛め咳と涙が止まらなくなった少年の背中を仕方なく撫でさすっていたリョイミンデッシャワ王朝第三十四代王、モイヤンドリケルナイの第十九子、ミイヤンドリヤシュレ・リョイミンデッシャワ様が、最終的にキレて全員をぶちのめしてお開きとなるまで、馬鹿騒ぎは城中に響いたのだった。
結局男の名前は決まらなかった。そりゃそうだ。