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5:折れた自称聖剣

「いやだ、なぜだ」

「いいからいいから!」

「なぜだ、いやだ」

「うっせえ勇者だなあ」


 壊れたロボットのように拒否する勇者君を無理矢理土下座させる男と爺。目の前にはまだ目の赤いミイちゃんこと、超絶魔導王女こと、末っ子アイドル公称永遠の十三歳(実年齢十六歳)が丸太に座って足を組んでいるっぽいが、マントで頭から足元まで隠れているからわからない。恥ずかしがり。


「むう、すいません、と言えばいいのか」

「いいから!ミイちゃんごめんね!みんな秘密にしてくれるって!」

「ワシも約束する!」

「ミイヤ様!絶対秘密にします!」


 ゴネる勇者の口を塞ぎ頭を無理矢理擦り付けつつ男が叫んで、爺も少年も追従した。ミイちゃんは少しマントから顔を覗かせる。まだ赤い。しばらく無言が続いたので、男は溜め息を吐いて立ち上がり、ミイちゃんの前に寄るとしゃがみ込んだ。


「ね?ミイちゃん?」

「うっさい」

「拗ねてるミイちゃんがヤバ可愛い」

「拗ねてない!うっさい!」

「拗ねてるじゃん!」


 拗ねてる!拗ねてない!可愛い!うるさい!最高!殺すぞコラ!と胸ぐら掴んで怒鳴りあう若い男女は放置して、爺がお茶を注いで少年が勇者君に渡した。


「はい、兄ちゃん」

「すまん」

「いーよ。お茶飲んで落ち着こう」

「いい加減この流れやめさせねえとな」


 ふーう。ぜえはあする男女がお茶を所望するまで、爺と少年と勇者君は静かにお茶を飲み続けた。男と赤い顔のミイちゃんはペコリと頭を下げた。


「本当にすまん。剣を折られて取り乱した」


 勇者君は全員を向いて、深く頭を下げた。いままで人に謝る姿なんて見たことなかったので、男もミイちゃんも、それこそ少年も吃驚してそれを見る。内容はともかく、お前本当に勇者君?とまで男は言った。


「そうだ、聖剣すら持たない俺が勇者かと言えばわからんが」

「むしろ聖剣持ってない今の方が強いってどういうこと?」

「そうだろうか?普通だぞ?」

「普通ってこいつらのコンビ芸防げるのは人外さんに限るんだが」


 男と勇者君の会話を聞いて爺が口を出した。ウォームアップではあったが、人外二人の人間の限界を無視する動きに普通に対応できてるし、引き分けてるし、なんなら男に通用する威力の寸勁を叩き込んでるのだ。先ほどの話でいう、馬頭(めず)の上半身を吹き飛ばせるレベルの攻撃である。普通ではない。


 半年の間、そんな素振り一つ見せたことない勇者君、特訓に泣いて暴れて、いつも男やミイちゃんや鎧や少年にすら助けを求めていたダメ勇者が、実はめちゃくちゃ強いとかどういうことだろう。男は首を傾げた。


「ふむ、よく分からんが、聖剣の加護かもしれんな」

「どういうこと?」

「人の力を外れれば、魔王や他の勇者に追われてしまう。なるべく人の身を外れぬようにと、聖剣は俺の力を奪っていた。抑えていたと言っていたな」

「それ加護っていうの?」

「知らん。聖剣の言うことだからそうなのだろう」


 ふと目が泳いだ勇者君だが、息を吐いて落ち着いた。奪ったり抑えたりって聖剣の仕事だろうか。あと、今オカしい事言ったな。


「聖剣の言うこと?」

「知らなかったか?俺の聖剣は喋るんだ」

「どんな風に?」

「普通だ。初めて握った時もな、どうも〜、私聖剣でございま〜す、と」

「それは普通じゃない。軽い」

「自分で聖剣でーすって言う聖剣なあ」


 なんか変な聖剣だったんだなあ、と男と爺。


「軽いかもしれん。しかし聖剣だ」

「証拠は?」

「そんなものは必要無い、聖剣がじゃーん、私、実は聖剣で〜す、と言ったのだ。聖剣なのだ」


 目が泳ぎながら、証言頼りの怪しい勇者君。聖剣の口調が本当に軽い。


 しかし指でへし折れるほどのちゃちな剣が聖剣だと主張してもなあ。男はミイちゃんに聞いた話を思い出した。聖剣って確か、魔王級の魔獣すら倒す事が出来る、神から下賜された最強の武器なんでしょう。指二本で折ったときに結構簡単にポッキリいったことを男は思い出した。あれならミイちゃんのパンチでも折れそうだなあ、それが聖剣っておかしくね?


 確かに魔王を三柱分も食べちゃった男は魔王を超えてるし、その力で折ろうと思えば折れない武器は無いのかもしれないが、流石に指二本で簡単に折れたり、そもそも聖剣をもつ勇者があまり強くないとか、持つと力を抑えられる、むしろ奪われる聖剣ってどうなんだろうね。


「聖剣が今年の勇者に貸し出された記録ってないのよね。ですから勇者様の聖剣は何か事情があると思っていたのですけれども」


 ミイちゃんは勇者君が聖剣を持っている理由とか気になっていたらしい。ミイヤンドリヤシュレ・リョイミンデッシャワ王女は、立場上詳しい筈なのだがあんまり情報持ってなかった。


 知らないの?そもそもなんでミイちゃん勇者パーティなんかに居るの?と男の矢継ぎ早の質問。え?今更?と応えるミイちゃん。


「あのね、毎年勇者パーティなんて数十組でてくんのよ?いちいち、どの勇者が何持ってるかなんてすぐ分かるわけないじゃん。アタシが聖剣のことを知ってるのだって、このパーティに参加する時に多少兄様に聞いたからなの。なんか野良聖剣だか地下聖剣を隠し持ってたんだ、くらいにしか思ってなかったんだけど」


 男の質問に答えるミイちゃん。野良聖剣に地下聖剣。


「勇者が今二百くらい?ちょっと待って。毎年各国から数十選んで。半分くらいは初月で死んで、生き残るのが数組じゃん。だから二年目以降のベテラン扱いがまあ、勇者の活躍期間が大体十年として、三十組くらいかな?ベテランでも死ぬからね。残りのすぐ消える新人あわせて二百くらいか」


 新人アイドルがトラブルや挫折に巻き込まれず生き残る確率みたくミイちゃんは勇者事情を語る。いや、ミイヤ様なら勇者パーティじゃなくて、可愛いアイドルで売れますよ、と少年が言って、アイドルかアイドル付きのジャーマネかは大きく違うだろ、と爺がそんな少年に応えた。爺の変な指摘にもめげずにミイちゃんは続けた。


「聖剣はねえ、ウチが持ってるのが今十本かな。たまに折れたらそこら辺の野良か地下を拾ってくるから、だいたい二十本くらいが王国にあるっぽい。そのどれかを勇者君が持ってるんだ、と思ってたの」


 ミイちゃんの答えに増えたなあ、と呟く爺。勇者が増えたんだと思うのだが、聖剣って増えるものだろうか。


「でね、私が勇者パーティに入るって時に、ゾ兄様の一番おすすめが勇者君だったんだよ、不思議な事に。ゲス勇者なゲロ者様なのに」


 だから聖剣も何かしら理由があってのことだと思って、とミイちゃんは続けた。


「あ、ゾ兄様って私が一番敬愛するお兄様ね。元々第十一だったけど今は第七王子かな。国家予算だけじゃなく自分の資産を運用して追加で孤児院とか運営したり、国がやりきれない辺りを対応するいい人なんだけどね。最近の不況で資金繰りが悪化して。ゾ兄様も頑張ってたんだけど、結局名前売ったりしてついに一文字になっちゃったりね、苦労人よ」

「え、ゾ兄様って愛称じゃなくて?」

「今は違うの。元々ゾンヤンドリメルカドーレ兄様だったのが、メルカドーレを売って、ヤンドリも売って、ゾンのンも売っちゃって、もうゾしか残ってないの」


 なんだそれすげえな、と男と爺は感心した。少年はよくわからない顔で、勇者君はそんなに売ったのか、と呟いた。ミイちゃんはこのパーティに参加してから、初めての自分語りがまさかここで始まるとは思わなかったのだが、むしろ半年も自分語りせずに済んだ方が驚きである。


「アタシはもう末の末の第十九子だし、王位継承なんてとっくに捨ててるわけよ」

「へえ、捨てられるの?そういうの」

「流石に王位継承は売れないから捨てるしかなくて。本当は上の兄弟とか欲しい貴族に売るって手口もあるんだけど、変な闘争に巻き込まれたくないし、ゾ兄様も止めとけって」

「はあ」


 はあ、としか言えない爺。何だ王位継承権の売買って、それ普通か?ワシが王国にそれなりに関わってた頃は無かったぞ、と爺が首を傾げ、買ったら俺も王族になるのかなあ、と男が呟く。あ、そこは事前審査あるから、とミイちゃんが応えた。審査通ればなれます。


「アタシもヤシュレくらいは売ってもいい、て兄様に言ったんだけどさ、兄様はお前にそこまでさせるわけにはいかないって」

「なんだか分からないが麗しい兄弟愛」

「そうよアタシ、兄様のことすごい尊敬してるもん。それでぜひ兄様の資金繰りに協力したいと思ってね、幸い魔力は人並み以上っていうか異常に多いから、勇者パーティで儲けようかと」

「王女の思いつく行動じゃねえなあ」

「母ちゃんが、末っ子アイドルでデビュー、て誘い断ったって」

「うっわ言うなよ子供に。アイドルなんて柄じゃないもん」


 いつの間に皆ミイちゃんの話に聞き入っていた。やっぱアイドル可能性あったのか。


 爺がもっともな感想を述べたり、少年が母から聞いた幻の鮮烈デビュー計画などを喋ったりしているが、ミイちゃんの麗しい兄弟愛なんかどうでもいい。そろそろ勇者の聖剣の話に戻りたいなあ、と自分から進んで脱線していた事実も忘れて男は思った。


 わかってるよ、ゾ兄様の話あんまり聞きたくないんだよね、と少年に言われたが気にしないようにする男。少年の声が聞こえたミイちゃんがニヤッと笑ったからにはますます意固地に男は首を振るのだ。一方爺は現在の最新アイドル事情が知りたかったが、誰も詳しく教えてくれなさそうなので諦めた、いや今度少年の母に聞くつもり。


「そもそも勇者君はどうして勇者に選ばれたの」

「それは、まあ聖剣を持っていたからだな」

「ああ、逆なんだ。勇者だから聖剣じゃなくて、聖剣持ってるから勇者なんだ」

「そういうことだ」


 勇者君が頷き、まともな会話が成立することに違和感を感じる男である。違和感は覚えるものだ。


 この勇者君は旅の間ずっと、人を人とも思わない、勇者は貴族より偉いという選民意識丸出しの奴で、男とはまともに会話すらしなかったし、パーティは道中でも散々な迷惑を被っていたのである。男は荷物持ちといういわゆる不遇の立場であり、周囲から同情されつつ普通に接する事が出来たと思っているが、ミイちゃん王女様は一行で一番偉い人として、勇者の不遜さがあまりに目立った際には少年と一緒に周りにペコペコ謝っていた。国内海外問わず、ミイちゃんの評価がその変人ぷりに関わらずそれなりに高いのは、なんやかんやで真面目で常識あって良識ある態度とれるからなのだ。男と一緒にいる時からは想像できないが。そして逆も真なり。勇者君の評判はおそらく滅茶苦茶悪いんじゃないかな、と男は思った。思うじゃなくて見てたなら分かるだろよ、と爺。


 傲岸不遜な勇者君を、そうだねそうだね偉いねえ、とやんわり無視していたミイちゃんはともかく、人間の屑っぷりを遺憾なく発揮する勇者君を少年はそれでも勇者と尊敬していた。まだ子供の少年は勇者を真似てはミイちゃんに矯正され続け、結果としてミイちゃんの株はさらに上がった。


 そんな勇者君だがさっきから変。具体的には人を見下す優男から真面目な堅物に勝手にクラスチェンジしているのだ。思えばミイちゃんに殺すと襲われた辺りから。


 さっき「すまん」て少年にもお礼を言ってたんだよなあ。突然の変貌の理由がわからない。


「今の話だと、勇者君はこの国のゾ王子に何故か認められているんだよね」

「ゾンヤンドリに認められているというか、認めているというか」

「なんか勇者君が偉そう」

「そうだろうか?」

「ほお。孤児院経営する王子様が名前まで売るとかどんだけお人好しだとは思うが、そんな真っ当な知り合いがいるんだな、勇者とやら。聞いた話とだいぶ違うんだが」

「はい。古い付き合いで。本当に、要らぬ苦労まで背負う、いやそこがよい所なのだが」

「そうよ兄様はめっちゃいい人よ。すっげえ苦労してるわよ!なんなの何でアンタ兄様の知り合いなの!」


 男と爺に問われて、勇者は素直に答えた。他意も無く、どうやら普通の知り合いらしい。王族と普通の知り合いって少し変だが。ああこんな屑と敬愛する兄様が知り合いだなんて、と激昂し出したミイちゃんを置いて、男は話を続けた。


「勇者君。君が勇者になったのってゾ王子様のおかげなの?」

「そうだな、ゾンヤンドリに言われて勇者になってしまったな」


 しみじみと勇者君が頷いた。


「俺も聖剣がなければただの馬鹿だが、俺が勇者になり外で暴れ回って、俺を勇者に推挙したゾンヤンドリの立場が危いかもしれない事は分かるぞ。それは困る」


 勇者が溜息まじりで続ける。自分をバカだとはっきり言う今の勇者に男もミイちゃんも少年も驚いて声が出なかったりする。あれ、頭打った勇者君?とミイちゃんが素で呟いた。頭は殴ってないなあ、と男。


「正直に言えばだ。聖剣に自由に生きる勇者の術を教えられ、自分でもそう思い込んでいたバカだ。自分の実力もわからず周りも見えず、お前の実力も見抜けず勝手に荷物持ちだと思い込み、しかも助けてもらったのに感謝もせず斬りかかる始末。こんな俺など勇者でいられるわけもないのだが、聖剣がうるさくてな。ゾンヤンドリも困るし」


 勇者君の告白に男は驚き。ミイちゃんは不審の目を向け、何言ってるかわからない、と少年が続けた。爺は素直に聞いている。男が尋ねた。


「ずいぶんまともな事言うね勇者君」

「それはそうだろう。聖剣も失い自分は何も出来ないバカのまま。認めるよりは、夢の中で聖剣に言われるまま勇者で居つづけたくもなる。国に帰ればどうなるかもわからない。今更ゾンヤンドリの下に戻ることも出来ない。全ては自分のせいだと頭では分かる。しかし認めるのが怖いし辛い。真の勇者を演じる必要がなければ止めればよいだけなのだが、いまさら辞めても遅かろう。あの手の人間失格を演じることに慣れた自分も恥ずかしい。心が折れそうだぞ。まったく勇者などなるものではないな」

「え?演じるものなの?勇者って、アレが?」


 突然演技とか今までの勇者の行状を否定する発言に戸惑う男とミイちゃん。


「当たり前だ。人を人と思わず、男は殺し女は犯す、金は奪い土地は汚す。傲岸にして不遜、嘲笑いながら誘惑し、奪っては倒し、森を焼き魔獣を食らい、いずれ魔王と神に挑み世界を滅ぼす者。それこそ真の勇者。そんな勇者こそが聖剣を持つにふさわしい者なのだ。そう言われれば、そう演じるしかなかろう」


 胸を張って、少し以前の勇者君に似た表情を浮かべて、目が濁りつつ、どう考えても強盗だか破壊者の矜持を嘯く勇者君である。


「勇者君。それ絶対勇者じゃない」

「そうだろうか?」

「極悪人じゃん」

「んー、恐怖の大剣王様に似た感じだよねお爺ちゃん」


 普通に彼とミイちゃんがツッコミをいれ、少年が爺の古傷を抉った。爺がちょっと悲しげに「そんなんワシじゃないもん」と言い、そうだねと笑顔の少年に癒された。


 勇者君は張っていた胸を戻す。


「俺もそう思う。しかしそうだと言って聞かんのだ。古より勇者とはそうであると」

「誰が?」

「聖剣だ。聖剣に言われたからにはやるしかあるまい」


 うーん。全員が首を傾げる。かなり狂った勇者観を持ってた聖剣さんだね。


「いや、そんな勇者続ける必要ないよ。幸いその怖い聖剣さん折れちゃったし」

「そうだな。今まで俺を助けてくれた剣には申し訳ないのだが、戻りたいとも思わない。ゾンヤンドリの事と、今までの皆への迷惑さえ無ければ、すぐにでも勇者なぞ辞めていたのだ」


 そもそも今の勇者君よりだいぶ弱くて誰彼構わず下に見る昨日までの勇者君を思い出すに、聖剣が勇者君を助けてくれたかどうか怪しい、つうかか絶対助けてないよね、とミイちゃんが男に確かめて、うん、違うと思う、と男も同意した。


 勇者の聖剣が取扱危険物かつ無用の長物疑惑という衝撃的展開。


「うむ、折れてよかったのだろう。多分」

「多分じゃないよ。少なくともパーティメンバーとしてはまったくその通りだよ」

「アタシと少年君がペコペコ周りに謝る必要もなくなりそうだし」

「まったくもって王女、少年には迷惑ばかりかけた。聖剣の教えとはいえ本当に申し訳ないと思っている。この詫びは俺が魔王と神を殺し、次代の魔王となってから存分に報いるつもりだったのだが」


 勇者があらためて王女様と少年に深く頭を下げるのはいいんだけど、またなんかオカしいこと言ってる。


「次代の魔王?」

「そうだ、勇者とは魔王を倒し次の魔王の地位を狙う者。次代の魔王にさえなれば、神にも等しいその力を用い、迷惑には詫びを、恩義には報い、言われなき中傷にはその力で反撃を、女は攫い男は殺し、街を焼き国を滅ぼし。民を絶望に叩き込み、世界を全て終わらせよう、と思っていたのだが」

「うっそ。洗脳されてない?」

「そうだろうか」


 勇者君が首を傾げた。恩義に報いる話がいつのまにか世界の終末に。ミイちゃんが少し不安になって聞いた。


「勇者君、本当に大丈夫?」

「うむ、今は大丈夫だと思う。とにかく聖剣が煩くてな、ハイハイと適当にあわせるしかなく。周りを見下したり女と見れば粉をかけたり、魔王や王女の寝首を狙ったり、言われるがまま優男っぽく振る舞ったり、力は奪われるいや抑えられ、大変だった。最近はやっと慣れてきてな。聖剣に言われずとも勇者らしく振る舞えるようになり聖剣にも褒められてな」

「がっつり洗脳されてる」

「そうだろうか?」


 さらに首を傾げる勇者。


「しかし、いきなり次代の魔王になるなど、聖剣の教えは少し極端だな、今思えば」


 勇者は誰にともなく呟く。少しじゃない。


 戻りかけが一番危険かもなあ、と爺が誰とも無く言った。ミイちゃんは聖剣が魔王を倒す剣ではなく、単に次の魔王になりたかった剣なんだと理解した。「自称聖剣」ってことだな。よく折ってくれたわアンタ、と男の肩に手をおいて礼を言う。男は何の事かわからないがお礼に笑顔で応えた。あー、ミイヤ様邪魔しないで、と少年が声をかけるので、ミイちゃんは勇者君との会話に戻る。


「あの聖剣とはな、俺がゾンヤンドリの下で契約冒険者をしている時に出会ったのだ」

「ああ、それでゾ兄様とお知り合いなのですね」

「孤児院の食料調達でオーク肉を狩ったり、遊園地代わりにこいつを連れて行ったり」


 と、未だうつ伏せで倒れている女戦士の巨体を指差す勇者君。たしかに子供ぶら下がりそうだし遊園地にも向いてるガタイのゴリラ。


「孤児院の女の子を狙う悪党も多くてな、そんな時はこいつが孤児院に泊まり込んで女子の警備、俺は悪党を追って組織ごと成敗する役だった」

「組織ごとかよ」

「そういえば、去年、有名な裏組織が次から次へと壊滅した大事件あったわね」

「王宮を隠れ蓑にする大物を討った時だな。混乱も大きかった。全て俺がやったわけではないぞ」

「うそ!もしかして、第九王子殺ったの勇者君なの?」

「ああ、孤児院の女子を攫い慰み者にして最終的に裏組織に売り飛ばそうなど考える戯けた屑は、王子だろうがまとめて成敗だ。ゾンヤンドリも第九王子邪魔だなあ、と言っていたし、構わないだろうと思ってな」

「ゾ兄様はなんと」

「孤児院警備がなんで王子暗殺になるんだと凄く怒られた」

「当然だろうよ」

「とは言っても、もう殺した後だ。後始末は任せた。俺は単なる契約冒険者だから」

「契約冒険者って勝手に動いたり、契約主に後始末任せたりしていいもんなのか?」

「仕方ないでしょう。俺はしがない冒険者だ」


 爺のツッコミにも、強情に自分は普通のしがない中堅冒険者であることを強調する勇者君である。普通の冒険者は王子暗殺しないって言っても聞かない類。


「なんかこの勇者君、別の方向性でオカシイんですけど」

「まあ人外だからな、多少ズレててもしかたねえだろう」


 爺が正論を吐いて、横を見た。ミイちゃんと勇者君の話についていけない男と少年が遊び始めている。具体的には少年がジャンプして男の背中を踏み、タイミングをあわせて男がかち上げる、という三角飛びごっこ。先ほどの戦いでミイちゃんが見せた連携だ。少年も同じことをやってみたくなったのだ。


 三丈(約9メートル)ほどもジャンプして両足両手で着地した少年はそのまま立ち上がって、ちがう、もっと前に出たい、今のは力が全部上だった、と男に詰めより、それは背中の角度だけじゃなくて少年の踏み込み角度とかもあるんだよ、着地の衝撃の殺し方はよくなってきたぞ、と男がコーチング。力を殺すんじゃなくて活かしたいなあ、あ、あの踵落しは格好いいよね、など連携技について男と少年が議論を戦わせていた。少年が地味に人外であることに爺は初めて気づく。地味に人外ってどういう意味だ。あと場所と状況。


「ててい!勇者君のお話なんだからちゃんと聞きなさい」

「痛!はーい」


 「て」でミイちゃんは少年にデコピン、「てい」で男の首に貫き手。若干涙目で額を擦る少年と、気道を潰されて首を押さえてうずくまる男。王女様は他人を簡単にオカしいとか言ってはいけないなあ、と爺はしみじみ思った。立場じゃなくてやってることだ。ツッコミ代わりに首に貫き手とかオカシイだろ。


 気道を確保して落ち着いた男が復活したので、勇者君の話は続いた。


「まあそうやって孤児院中心の生活でな。こいつは女の子に料理を教えたりして、父と母とはいかないが、兄よ姉よと慕われ懐かれ、こういう生活も悪くはないと思った」

「なんだろう旅の間の勇者君と全然全く違う、すげえいい人」


 勇者が自分語りを続け、ミイちゃんが驚く。いや何回も言うけどここ、第四魔王の城だろ、と爺が呟くが無視するミイちゃんと勇者君。少年は諦め顔でお爺ちゃんの裾を掴んだ。爺は少年の頭を撫でる。


「ある日、孤児院の子にせがまれてワイバーンの肉を狩りに行った際」

「へえ、聖剣持ってる時はワイバーンに負けてた筈ぐえ」

「いいのよ、勇者君続けて」


 なんかまた脱線しそうだったから、ミイちゃんが男の首を締めて話を促した。


「肉のついでに巣を漁ったら、一際輝く剣があってな」

「ああ、それが?」

「いや、それを王都に戻って売ったら、こんな凄い剣見たことないけど売っていいんですか?と店主に聞かれ」

「売っちゃったよ」

「売るさ。俺の元の剣だってそれなりの業物だったし、巣で見つけた価値の高そうな剣なら、そもそもワイバーンの肉を欲しがった孤児院の子たちのものといってもいい。売って金にして孤児院の子達のために使いたかった。いい服とか飯とか孤児院の資金とかな。金はあるだけあった方がいいし。ゾンヤンドリが資金繰りに悩んでいる事も知っていたし、俺たち自身の報酬も全部つぎ込んでいたんだ。それでも足りなかった。こいつはこいつで仕事が無いときに荷役やら厨房やら何でも、それこそ犯罪に手を染めそうなのを止めさせたり大変でな。孤児院の子供たちを助けるために貴族の子供を攫おうとか」


 勇者は少し困ったようにまだ倒れている巨体を見やる。ちなみに先ほどからビクビク動いている気がする鎧を勇者君も無視している。爺は嫌なものを見るかのように、倒れこむ巨体と勇者を見比べた。男とミイちゃんは最後の誘拐計画を聞いて、鎧のヤバさを再確認した。


「高値がついてな。二人で小躍りして喜んだ。皆にもう少しいい服を着せてやれるとな」

「めっちゃいい人やん」


 ミイちゃんが呟く中、男と少年と爺がちょっと涙ぐんでた。ミイちゃんも感動している。うそ、これが旅の途中、子供を蹴っ飛ばそうとしてアタシに吹っ飛ばされてた勇者君なの?


「それを店に来てた他の客に聞かれて、その心意気感動しました。その剣を二倍の値段で買いましょう、うちに誰も使いたがらない伝説の聖剣があるので、それも差し上げましょうと言われてだな」

「そんな聖剣ねえわ!」


 ミイちゃんが全力でツッコんだ。「誰も使いたがらない聖剣」なんて怪し過ぎ。少年はミイちゃんの勢いにビックリしたけど、あんまり関わったり口をだしたらまたあの変な喧嘩(いちゃこら)が始まっちゃうと我慢する。


「そうだろうか?聖剣なら売れば金になると思ったし、そう、実際に存在したではないか」

「否定してるのはそれが聖剣ってとこだけどね。そっか売る物が増えるって考えちゃったか」


 勇者君が頷く。至極当然の様に貰った聖剣を売る算段だった。男やミイちゃんと互角に戦えるなら、寧ろ素手で十分じゃないかなとも思う。


「そうだ。あんな変態仮面の言葉など信用しない方が、と珍しくこれに反対もされたんだが」

「待て、どんな風体だって?」


 爺の質問。確かに、またまた変な事を言った勇者君。


「その客というのがな、店の奥から出てきて、店の主人の胸ぐら掴んでボコボコ殴っていてな。全身黒い衣装で、顔はなんというか、ニヤリと笑うピエロの仮面。後で店の主人に聞いても知るわけねえだろ、と怒られた」

「その場で通報しろよ。強盗だろ」

「裏通りの骨董品や盗品も扱う冒険者御用達の店なので、まあ客層も色々だから」

「店の主人殴るのが客なのかって聞いてんだよ」

「そういうものかな、と。その場で抜き身のまま剣を渡すとか確かに変でしたが」

「なんだって?」

「こう、両手で、俺の心臓めがけて突き立てるように渡してきたんです」

「確実に心臓刺しに、殺しにきてるよな?」

「そうですね、言われてみれば。こいつも珍しく驚いてました」

「見た目!言い方!内容!」


 ミイちゃんが絶叫した。言われなくても全力でオカしいわ気付け!と叫ぶ。


「戦士ちゃんがビックリとか、よっぽどだよ!」

「そもそも斬りかかられてるって気づかないとか」


 ミイちゃんにあわせて男が呟くが、いやアンタも大概だからな、とミイちゃんが返す手刀でバッサリいった。具体的にはてい!と首を。倒れる男を放置して勇者が話を続ける。


「確かにそうなのだが。この剣を是非お使いくださいと手渡す時も、名残惜しそうに両手で柄を握るのでな、なかなか剣を放してくれずどうしていいかわからなかった」

「うーんと、それは」

「つまり、心臓を刺すように手渡してきたので。両手で刃を包んで、先方が手を放さないのでこう、ひねって」

「真剣白刃取りからひねって剣を奪った、でいいのかな」

「言われればそうだな。その後、懐から売値の二倍をいただいて」

「寧ろ勇者君が強盗じゃん」

「そうだろうか?」


 男が首を傾げ、勇者君も同じく首を傾げた。


「売値の二倍や、金になりそうな剣まで呉れる良い人だったぞ」

「奪ってるじゃん」

「いやいや、その後起き上がってからは、どうぞどうぞ、誰も使いたがらない理由がわかりました、絶対返してこないでください、と言って消えてな」

「押し付けられてる」

「本当にいい人だなあ、と感謝した」

「貧すれば鈍するってやつだなあ」


 爺の爺っぽいまとめに勇者君は首を横に振る。


「そこは見解の相違というやつですね」

「見解。心臓刺す勢いで手渡し。おっかしくね?」


 ミイちゃんはもうどこからツッコんでいいか分からなくなってきた。これならまだ下衆な方がよかった。ヤバい人間ばかりこのパーティに増えていく。


「それで驚く事に、貰った剣が語りかけてきたんだ」

「自分の見解貫く気だな。つうか売れよって、ああ白刃取りで奪い取ったんだっけ」

「価値がわからんと売値が適正か判断しようがないだろう」


 勇者様ぁ、私ぃ、聖剣ってぇ、言うんですぅ。剣はそのように語りかけてきたのだという。語り口がもう毎回違うのはツッコんでいいんだろうか。


「それから聖剣の教えを初めて聞いたのだが、これは孤児院の子たちには聞かせられんな、と」

「人前で吐いたら即牢獄だろうな聖剣さんの教えは」

「手始めに孤児院の子たちを売り飛ばしましょう、犯して売り飛ばすか、気に入らなければ殺しましょう、と言いだしてな。これは不味いと、ゾンヤンドリに慌てて相談したのだ」


 初っ端から飛ばしてくスタイルの聖剣に流石に勇者君もオカしい、と気づいたようだ。よかった。


「まあ売る気はなくなった。売り飛ばした挙句他人を唆しても困る」

「勇者君ってば真面目」

「勇者は人並みの生活を送れない、とは聞いていたが、まさかここまでとはと」 

「人並みじゃない。人以下」

「勇者君もそれが普通の勇者だと思ってるあたりが」

「そういうわけでな、そんな人並み以下の生活を送るにあたり、気をつける事などを聞きに行ったのだが」


 なんかズレた相談しに行ったぞこの人。そりゃゾンヤンドリ王子様も困るだろうなあ、と男は思った。ゾ兄様とどこまで仲良しなのこの人、てミイちゃんは不思議に思った。


「なんとか孤児院には迷惑をかけない方法をということで」

「一応ギリギリ理性が残ってた感じだな」

「孤児院以外のどこを襲うべきか相談したところ、勇者になっちゃえば?とゾンヤンドリに言われてな」

「身内じゃなきゃいいって発想か」

「まさかの兄様真犯人説!」


 勇者君と爺の発言にミイちゃんは驚いた。


「聖剣の言うことには、孤児院など勇者がそのような人助けをしてはいけない、勇者は奪い拐かす者であるべきだと。孤児院を運営するなら、それなら子供をつかって悪辣な金儲けをするべきだと」

「どうしようもなく屑いな」

「なので、もう孤児院はゾンヤンドリに任せて勇者認定を受け旅にでた方がいいと」

「ああ、さっさと離れた方がいいっつうことか」

「そういうことです。都を離れて襲う場所を探せと」

「違うんじゃねえかな」


 彼は孤児院の皆を守るため勇者として旅立つことにしたのだ。それだけ聞いたら単純な美談。


「多少人間社会と相容れない考えを持つとはいえそれでも聖剣だ。勇者としてその力を奮えば多少は世の為にもなろう。まあ極端な教えは適当にはぐらかしつつも、それでも次代の魔王になるまでけして都には帰らぬ覚悟で、俺は街を襲う勇者になることにした」

「洗脳が進んでる」

「まあそこはゾンヤンドリに任せて」

「確実にゾ兄様を面倒押し付け係と認識してますよね」

「そうだろうか。とにかくゾンヤンドリのおかげか、パーティメンバーには恵まれたな」

「恵まれた?」

「俺は聖剣に教わり、孤児院からも離れたので、諦めて勇者らしく振る舞うつもりだったが、お前らが居てくれたおかげでな、助かったのだ」

「どういうこと?」


 男が聞く。少年とミイちゃんは顔を見合わせた。勇者君の答えが、なんとなく分かった気がした。


「聖剣の教えを受けて行動する間もなく、お前による地獄が始まったからだ。初日から毒で死にかけ、文句言う間もなく魔獣を引き連れてきただろう。それで倒しきったと思ったら別の団体さんだ。死ぬ思いで魔獣の群れを走破したと思えば、まさに今魔獣の軍勢に襲われる街の入り口に立っていたり、聖剣が余計な事を言う前に死闘につぐ死闘だよ。力も弱まっていたからな。死を覚悟することばかりだった」

「ああ、暇がなかったと」

「そういうことだ」


 勇者君は頷いた。


「目につく女を攫って犯す以前に魔獣ばかりで女を見る余裕がない。パーティのメンバを襲おうとしても全員聖剣を持つ俺が敵わない実力者。金を奪えと言われても魔獣は金なんか持ってない。街で漁ろうにも皆が逃げて魔獣が押し寄せる街だ。漁る前に魔獣との戦いだけで終わってしまう」


 しみじみと勇者君は続けた。


「確かに息つく間もなく戦わせてたね」

「そうだ。村人斬り殺せだの魔獣を連れて街に乗り込めだの仲間を魔獣すら犯せ殺せ、街を滅ぼせ国を滅ぼせと煩かったがそんな暇無いし、暇があっても暇な事がバレた瞬間次の魔獣の軍勢が文字通り降ってきただろう。だから聖剣の指導も、驕れだの偉そうにしとけだの綺麗な女性には眠くても粉くらいはかけとけだの、まあ普通の勇者らしい真っ当な指導に落ち着いた」


 たしかに評判は悪いし少年に多大な悪影響を及ぼしたとはいえ、村人を傷つけたり売っ払ったり村に魔獣をけしかけたりなど、本当の意味での悪さは出来なかった勇者君。しかしナンパ推奨の聖剣指導を真っ当な、と評する勇者はまだ洗脳解けきってないのかもしれない。まあ他の勇者含めて勇者ってそんなもんだから。


「そういえば鎧は勇者君の聖剣知ってるの?昔からの付き合いなんでしょ?」

「俺がどう変わっても勇者君は勇者君だから、と。まあその考え方も大変危険なのだが」

「孤児院虐殺すら肯定しかねないからね、鎧」

「いや流石にそれは無いが、勇者君がどうなろうとついていくと聞かなくて困った。結局護る筈のこいつにも助けられた。綺麗な女性に声をかけたり、王女と二言以上言葉を交わすと夜いきなり首を絞めてきたり怖いというか面倒ではあるんだが」


「その女戦士がさっきから待ちきれないって呟き始めたんだが、どうすんだ?」


 爺は勇者君の自分語りが進むにつれ、どんどんブレが大きくなる残り一名の半死人への恐怖についに耐えきれなくなり、ここぞとばかりに質問する。ミイちゃんは咄嗟に少年の耳を塞いだ。もともと少年から鎧が見えないよう、位置を変え少年のそばに居た判断は正しかったのだ。


「アア、勇者君がやっぱり!やっと!勇者君!勇者君!うふふふふふふ私の勇者君!」


 どこからか、ていうか床から声が聞こえてきて勇者君が「うわ」と顔を強張らせた。ミイちゃんは少年の耳を強く押さえた。男はげんなりとため息を吐いた。


 二人で狸寝入りしてるんじゃないよイチャつきやがって、と男は思ったが結構ブーメランかもしれない。

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