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3:賢弟愚兄

「あの、ミイちゃん王女様」

「なんだ死刑囚ども」

「この土下座っつうのはいつまでやれば?」

「一生」

「一生!」


 男は吃驚して顔を上げてしまい、爺が懐から出した丸太を椅子代わりに座る、ミイちゃんことリョイミンデッシャワ王朝第三十四代、モイヤンドリケルナイの第十九子、ミイヤンドリヤシュレ・リョイミンデッシャワ様のお御足(みあし)を覗き込んでしまう間もなく踵の硬い靴で鼻を撃ち抜かれた。ずどん。慌てて頭を下げる男。超痛かつ鼻血ダバダバ。


「即時処刑じゃねえんだ。むしろお礼言う流れだわ」

「じ、じじょ」

「なあんだあ、まだ喋る気かあ?」

「ビイぢゃん某女ダマごべんだだい」

「申し訳御座いません王女様」


 状態異常「うら若き乙女の激情」により般若顔の王女様がニタアリとしたので、爺と彼は素直に謝って頭を床に擦り付けた。男の声が詰まってるのは鼻血のせい。怪談にしか出てこない類の化物が二人の前で足を組んでいて、靴の踵から血が滴っている。生ける伝説とか出会い頭に恐れられた記憶も新しいが、現在の爺は弟子と連座して土下座。超ウケるけど笑ったら死ぬ。


 爺は粛々と頭を床に擦り続けた。連帯責任、親の教育責任、など色々と小難しい単語付きの脅迫が王女様口調の般若から続くに及んで、爺も色々思うところがあったのだ。つまりナニコレ超怖え。ミイちゃん王女様の暴走は止まらなかった。


「あの、偉大なるミイちゃん超絶魔導王女様」

「嫌味か」

「ねえ、アイツらどうしよう」


 ようやく鼻血が止まった男が恐る恐るご奏上申し上げた。あまりに臭いので水をぶっかけて綺麗にしたり、顔の汚れを拭ったりなどはしたのだが、僧侶こと十歳の少年のごく短い呼吸音が気になる。ぶっちゃけ瀕死だから。ジャンキーな青年勇者などそのまま死んでも困らないし、鎧女の暴走が怖いだけで鎧女ごと死んでくれると凄い助かる、と男は思っている。しかし少年は回復した方がいいんじゃなかろうか。痙攣間隔も短くなってきて、たまに息止まってるのだ。もう数秒で死ぬ勢い。


 なお見捨てられた青年勇者の股間は鎧戦士の涎っぽい液体で汚れ、今なおそのシミは広がっているのだが、爺もミイちゃんも男も放置だった。


「なんか、少年がもうすぐ死んじゃう」

「お前のせいだよ。死んだら蘇生しろよ。どうせアンタら出来るんだろ」

「いや王女様、さすがに蘇生は無理です」

「本当かあ?」


 うら若き偉大なるミイちゃん超絶魔導王女様の無茶ぶり。流石に無理だと爺が声を上げるも般若の一睨みで身を竦め再び土下座の体勢に戻る。蘇生は出来るが他人特に死人だと頑張ってもゾンビしか生まれない可能性が高い。いや今歯向かったせいでこんなとこで息子の嫁にワシ殺される、と爺は何十年ぶりの恐怖に縮み上がった。まだ嫁ではないのだが爺の中ではほぼ確定だ。


 一方男は心配そうに少年を見て、意を決して頭を上げた。ミイちゃんは少し顔を赤くする。男の目前にある自分のお御足が気になるんだろう。匂いとか。


「ミイちゃん」

「なによ」

「少年が心配だから」

「仕方ない。よし!」


 犬みたいな扱いはともかく、ミイちゃんのお許しをいただきやっと男は立ち上がった。「一生って言ったのに」などブツブツ呟くミイちゃん超絶魔導王女大先生も、やっとお怒りモードが解けたのか般若顔ではなくなっている。怖かった、と爺はため息をついた。こうして二人の死刑が雑に免除された。


「それよりお前、さっき起こせっつう時になんで回復させないの」

「いや、師匠とミイちゃんが気になって、水ぶっかけときゃ起きるかなあ、て適当にやったもので」

「お前のせいじゃねえかよ」


 爺も立ち上がり、三人は半死だか瀕死だか、ぶっちゃけ九割九分死んでる少年へと向き直った。男がとりあえず少年を回復させようと腹に軽くワンパン入れようとして、直前で爺に止められる。痙攣している人を殴ってはいけないのだ。男のパンチを止めてる間に少年の息の根が止まってしまったので、爺は慌てて少年を回復させた。爺から溢れる光が少年に吸い込まれていき、少年が目覚める。


「ヒイイイイイイ!」


 目を開けるなり悲鳴。僧侶とはいえ、将来イケメン確定とはいえ、まだ十歳。少年の目に突然、悪魔の手先と恐れる男の姿が映れば即座に悲鳴もあがろうものだ。少年はブンブンと音が出る勢いで、赤子のように首を振りはじめた。これがいやいや期ってやつだなあ、とミイちゃんは思った。十歳でそれは無い。


「まてまて、少年、ワシを見ろ、コイツは見なくていい」

「いいいいい?あれ、おじいちゃん誰?」

「ワシは剣王と言う、今回はうちの弟子が本当にキミに迷惑をかけた、まことに申し訳ない」

「え、俺このガキには迷惑かけられた事あっても迷惑かけたこと無いですよ」

「ウソでしょアンタ。ダウトだ黙れ」


 少年の前には見知らぬ爺がいた。隣には格好いい勇者のお兄さん、やさしい女戦士のお姉さんが寝っ転がっている。時折凄く怖い魔法使いの王女様が、荷物持ちこと悪魔の手先の口と首をがっつり窒息する勢いで押さえていた。意味がわからない。あ、首をねじ曲げた。容赦なく首折った。悪魔の手先が倒れる。


 いきなり第四魔王の城とやらに連れ込まれ、「よしここで三週間実食もとい修行だ」と宣言され慌てて逃げ出して、どれくらいたったんだろう。ようやくまともな思考に戻りつつある少年の真正面では、あの生ける伝説、剣王を名乗るお爺さんが、沈痛の面持ちで少年に深く頭を下げ続けている。


「え、え?どういうこと?なんで?なにこれ?ミイヤ様?」

「そりゃそうだよね」

「てい!アンタは黙っとけ。アタシが説明すっから」


 首を戻しながら呟く男の延髄にチョップするミイちゃんが説明を始めた。なんか首がズレてもう一度倒れる男は気にしてはいけない。そして爺はミイちゃんの説明が終わるまでずっと頭を垂れるつもり。このパーティの序列ではミイちゃん一位、爺二位なのだ。いつ決まったのかと言えば土下座の時。


 曰く、第四魔王の城にまだいるけど剣王様も居るし男も戻ってきたから多分大丈夫なこと。


「本当?剣王様って人間見たら即切り捨てるって、あの恐怖の大剣王様だよね」

「それ殺人鬼」

「え?違うの?」

「違うんじゃないかな、多分」

「そうなんだあ」


 ミイちゃんと少年の会話の度に跪く爺の床にポタポタと水滴が落ちる。泣いてる。あの師匠が泣いてる、と復活した男は気が気じゃないのだが、爺が「剣王の噂を知りつつ、ワシの前で泣いたり叫んだり逃げたりしない子供」に感動して泣いてるとは気づくまい。


 曰く、荷物持ちを名乗る悪魔の手先は本当に剣王様の一のバカ子分じゃなくて一番バカ弟子だったこと。


「え、じゃあご飯の毒も、ワイバーンの巣穴に突き落とすのも、サイクロプスとダンスの練習も」

「本当に修行だって。実際あのバカは剣王様にやられたんだって」

「え?やっぱ殺人鬼?」

「違う筈なんだけど、自信はない」

「少年、いいことを教えてやろう。師匠が用意する晩飯には、常に複数の毒が致死量の二倍入ってる」

「毒殺魔?」

「アタシもそう思う」


 復活から会話に戻ってる男の容赦ない暴露にもめげず、爺は自分の所業を怖がったりしない子供にますます感動している。なお怖がらないのは既に男に同じ事をやられ過ぎ、少年も色々オカしくなってるから。


 曰く、既に第一から第三魔王までスタッフが美味しくいただきましたじゃなくって倒していること。


「スタッフって何?ミイヤ様」

「あ違う!うそうそ!このバカ弟子が倒して食べたんだって」

「食べたのはホントなんだ」

「アタシも知らん間に食べてたらしい」

「少年は鎧の飯しか食べてないからな」

「毒入り危険は食べちゃダメだって!悪魔のご飯食べてあげてるミイヤ様が凄いだけなの!」

「いや〜アタシか〜照れる〜」

「俺!凄いの俺!ミイちゃんも思わず惚れるこの」

「惚れてねえ!」

「確かにここで惚れるとか言いだすのは、凄いなあ」


 高速連続ビンタ掌底を男の顎にくらわせるミイちゃんから目を逸らして呟く少年の声を、爺はしっかり聞いた。なかなか通じ合うもんがあるなあ、と思う爺。宙に浮かびコンボ攻撃を受けつづける男は無視。


「それで、剣王様とその一番バカ弟子が、王都まで安全に送ってくれるんだって。けどその前に第四魔王実食するかもしれないって」


 事実と希望と伝聞とミイちゃんの主観が、少年に伝わった。最後の実食だけ意味がわからない。


「所々の悪口がミイちゃんの照れ隠しだと信じたい」

「お前なあ」


 コンボ攻撃から回復した彼が顎を擦りながら呟き、爺が変な顔をした。変な事言ったかなあと彼は首を傾げるが、耳が真っ赤なミイちゃんに睨まれて慌てて顔を逸らす。あっぶねえ、意味もなく殴られるとこだったよ?と彼は縮み上がった。コンボ喰らったばかりだよなお前?


「ミイヤ様本当?僕達、生きてお城に帰れる?」

「少年、ここもお城だからな」

「悪魔には聞いてないから!」


 変なところでツッコミを入れる悪魔の手先こと剣王様の一番弟子に叫ぶ少年。ていうか伝説の剣王様というお爺ちゃんが本当にこの悪魔の師匠なら、絶対にこの二人を信用してはいけないはずなんだけど。この悪魔の手先に、酷いという言葉すら生ぬるい仕打ちを受けていた少年はミイヤ様の納得が腑に落ちない。


「本当だよ、少なくとも実食が終わったら帰れる、筈。多分」

「多分て実食って!まだ?帰りたい!僕帰りたいよ今すぐ!」


 王女様のふわふわな言葉に、一度決壊した涙は止まらず溢れる。


 彼は自ら望んでパーティに参加し、年不相応、異常なまでの実力を認められてここにいる歴とした戦力だ。しかしまだ十歳の少年でもある。英雄のおとぎ話のつもりで参加して過酷な現実に叩きのめされた少年は、一刻も早く家に帰りたかった。辛かったのだ。半年あまりのこの旅は想像していたものとは全く異なっていたから。


 血と汗と小便の匂い、岩が敵の頭を粉砕する鈍い音、喉を切り裂かれた敵の喉元から漏れる笛のような高い音、静寂な夜に突然響く獣の鳴く声。急いで駆けつけた先で見つけた、自分と同じ位の少年少女の半分食べられて捨てられ腐った死骸の数々。頭を握りつぶされるまで悲鳴を上げ続ける誰かの母親。別の魔獣に頭から丸かじりされている子供。足を怪我した父親が最早声にならない悲鳴を上げ、必死に立ち上がろうとするが叶わず、魔獣が父親の慟哭を肴に繰り広げる饗宴。世界の残酷さは少年の記憶に強く残っていた。


 この悪魔の手先な男は、わざとそういう現場に少年達を連れて行ったのだ。それか連れ去られた人の食いかけの死骸があちらこちらに散らばった魔獣の巣。少年は朝起きてから夜寝るまで、ずっと死体に囲まれて戦いに明け暮れる半年を過ごした。なんで僕がと思うことだらけ。そして最後に、少年の常識では絶対に勝てない魔王の城に突然拉致されてきたのである。少年は、もうたくさんだ、と思い泣き喚いた。


「少年」


 悪魔の手先が声をかけた。剣王の弟子を名乗り続けた男を見上げる少年。


「お前が頑張らないと、お前の大好きな家族や友達が酷い目にあうんだぞ。あの戦いに破れた者達は、明日のお前たちだ」

「そんなことわかってるよ!」


 僕だって分かってる、頑張ったんだ。けど耐えられない、耐えられないんだよ。悪魔の兄ちゃんはなんだかんだ言って僕をフォローしてくれるし、みんなを助けたりしているのは知ってるんだよ。それこそ勇者の兄ちゃんより勇者みたいな事も知ってるさ!そんな勇者で悪魔の兄ちゃんが頑張ればいいじゃん。こんな弱虫の僕に何が出来るんだよ。なんで僕を構うの、僕が出来ないってわかってて何で僕ばかり責めるんだよ、悪魔の手先なんか嫌い嫌いだ大嫌いだ!早く帰りたいよう!


 少年は泣き叫んだ。男は少し困った顔をしたが何故か少し嬉しそうでもあった。


 ため息をついて爺が立ち上がる。


「おい」

「すいません師匠、このガキいつも泣き喚くだけで」

「いやあ、懐かしいな。お前も最初の数年はこんなんだったぞ」

「え」


 爺は拳骨を、弟子にというか息子というか、もう本当にコイツはバカで人様に迷惑ばかりかけやがってとため息をつきながら振り下ろした。鈍いというより鉄球で城壁をぶち破るくらいの大きい音が鳴り響き、彼は痛みで悶絶する。結構本気の一撃に揺れる魔王城。吃驚した少年は泣き止んだ。死んだんじゃね?


 その後爺は少年の前でもう一回跪き、少年と目線を合わせた。


「少年」

「うえええええ」

「いいんだ。それで」

「え、え?」

「頑張った。頑張ってる。けどずうっと頑張るのは難しい。難しいだろ。いいんだそういう時は休んで。休まないといけない」

「え、けど、だって」

「いいんだ、休め」

「え、ダメだよ、まだ困ってる人が、助けてあげないと、皆が死んじゃったら」

「そうだな、そう思って頑張る、頑張りすぎる。けど頑張りすぎて少年が死んだらダメだろう」

「だけど」


 嫌だと泣いて、僕がやらなきゃと泣く、矛盾してる子供の頭を、爺が撫でた。こっちの子供はわかりやすいなあ、ウチの馬鹿も昔はこんな素直だったんだけどなあ、と爺は思った。


「ワシのこのバカ弟子はな、バカみたいに頑張りすぎる。いや頑張りすぎるバカか。けど最初からそれが出来てたわけじゃない。コイツ馬鹿だから忘れてるだけなんだ。コイツに無理やり付き合うこたあないんだ。コイツはな、いざって時に俺がいるって言いたいだけなんだ。頼れって言いたいんだと思う。わかんないだろうけど。いやワシにもよくわからんが、多分そういうことじゃねえかな」


 爺は少し首を傾げながら言う。当の男は頭を抱えて転がっていたが、その言葉に起き上がってコクコク頷いた。どうもそういう事を言いたいらしかった。あと生きてた。


 どの言葉がそれだったのかミイちゃんには全然わからなかった。ミイちゃんは記憶を辿ったのだが、いや頼れなんて一回も言ってないし。追い込むだけ追い込んでお茶してただけじゃないかな。


「剣王として言うわ。お前は休め。代わりにコイツを死ぬほど働かせるから。コイツもお前の代わりに働くって言ってるんだ。最初からな。誰も理解できん言い方だし、多分だが。コイツがワシと同じなら、多分このバカはお前が助けてって言うまで、ずっと続けるつもりだわ。なんせコイツに教えたワシが同じ事してたんだ。バカだなあ。本当にすまんなあ」


 他人の目で見て初めて気づく事もある。爺の厳し過ぎる教育でも男は爺の愛情を感じ取ってくれたらしいが、必ずしも全員がそう感じてくれるとは限らない。ワシには怒ってくれる奴がいた。あん時はわからんかったが、今なら分かる。アホだ。コイツはアホだ。あん時のワシよりアホだ。まあ、コイツは一人だからなあ、と爺はしみじみ思った。ミイちゃんにお願いするしかねえなあ。


 飴と鞭どころか鞭と金棒な教育方針について弟子である男にしっかり再教育を施す必要と、ブレーキ役を他に探す必要を感じる爺だが、それよりワシがこの少年を育てた方がいいかもしれんなあ、と思ったりもしている。つまり(ほだ)されたとも言う。ここまで折れてもまだ誰かを助けるために戸惑う少年のやる気に感動した爺は、今度こそ間違えずにこの子を育てようと思った。


「お前は休まないといけない、まず休め」


 黙って爺の言葉を飲み込んでから、少年は悪魔の手先こと一番バカ弟子に振り返って聞いた。


「いいの?」

「師匠が休めと言うなら休めば?お前が休んでる間に俺はお前よりもっと頑張るけどな」

「そういうこと言うからだ!素直に俺に任せて休めって言え!」


 王女様が彼の頭をグーでどつき、頭と首が多少めり込んだ男がぶっ飛んでいった。そういえば王女様が男への暴力を隠していない事に少年は気づいた。一応対外的な目もあるし、昨日までは隠そうとしてた気がするんだけど、もういいんだろうか。少年は、悪魔こと男がクラクラ頭を振りながら両手で首を戻しつつ何とか立ち上がるのを見てつい笑ってしまって、そんな自分に驚いた。まだ笑えるんだ僕は、と気がつく。


 それで、かつて見た殺された人たちはもう笑うことも出来ないんだと思ったら悲しくなったんだけど、助けられなくてごめんなさい、と心の中でその人たちに謝ってる時に、剣王のお爺ちゃんがぎゅっと少年を抱きしめてくれたので、少年は何だか安心してしまい、わんわんと泣き出してしまったのだった。


 しばらくして。


「アンタさあ、なんで少年に冷たいの」

「なんで?なんでって何が?」

「うそ。そっからわからないの?」

「冷たいかな?理由?ミイちゃんわかる?」

「いやいや、アタシが分からないから聞いてるんだけど」


 まだ十歳の少年が爺の肩に頭を埋めて泣き続けるので、男は触れるか触れないか程度に軽く頭を撫でてやりつつミイちゃんが手を握ってあげたところ、少年は泣き疲れ剣王の懐で寝てしまった。爺は「ちょっとこの子だけ先に王都に送ってくるわ」とさっさと転移してしまい二人はお留守番である。


 剣王を名乗る癖にもっとも難しい転移魔法すらあっさり使う爺を唖然として見送ったミイちゃんは、俺もできるよ、ていう男の邪気の無い笑顔に無性に腹ただしくなったのでボディ一発どついた。残る二人の半死人を見守りつつ、二人で丸太に座って、ポツポツと話をしている。


 ミイちゃんも少年と一緒に帰れたのだが、なんとなく男と残る事を選んだ。まだ勇者と鎧戦士が残ってるし王女ですからと言い訳。爺がニヤッとしたことは気付かない振りをした。


 男はうーん、なんでだろう、とか言いながら、気持ちの整理を始めた。


「少年はさあ」

「うん」

「真面目だよね。自分が漏らしてても気にしないで、護りの呪文を唱え続けたり。恥ずかしさより大事な事がわかってる。まだ十歳だよ?自分がそれなりに強い事も知ってるし、まだ心が弱いこともわかってて、我慢してる。なんていうか、このエセ勇者より勇者っぽい。俺が十歳の頃と比べたら天と地ほど違う。すごい」

「わかる」


 ミイちゃんは同意した。確かに少年はしっかり世界の残酷さがわかってて、泣きながらその残酷さに立ち向かう子だ。魔獣に村が襲われた報せに震えながらすぐに「行こう」と言える人間。おとぎ話じゃない現実の中、それでもおとぎ話の英雄になりたいと思い悩む英雄の卵。だからミイちゃんは、普段のガキっぽいのはウザいけど、少年のことを気に入っている。半年も一緒に居れば弟みたいに思えてくる事もあった。


「だから腹がたつ」


 男は少年が凄いから怒ってたらしい。よく分からない理由。


「え、なんで」

「十歳のガキがそこまで頑張りすぎ。蹴りいれとこうかと思うくらい」

「なんだそれ」

「頑張りすぎて子供らしくない。腹立つよ」

「なんだよ剣王様と同じかよ」


 なんだ、とミイちゃん。コイツも子供だわ。子供(ばか)子供(がき)の心配してるだけか。


「俺、間違えた」


 男とこんな真面目な話をしているのって初めてかなあ、コイツいっつも大事な事は誰にも言わずに勝手に決めるしなあ、と思っていたミイちゃんが、男が落ち込んでいることに気づいたのはその時だ。男は珍しく顔を歪めていて、普段の無機質で壊れた笑顔が嘘のようだった。ミイちゃんはあんまり吃驚したので声が出なかった。


「少年を、ちゃんと子供にしてあげたかったんだよね。だから魔獣の巣に放り込んで、魔獣にやられた街を見せて。この残酷な世界を見せて泣かせて。まだお前は何も出来ない子供なんだってわかって欲しかった。いつも子供っぽくなくて。僕らがやらなきゃって五月蝿くて。まだ早いんだよ。俺もいるのに。ミイちゃんだって。早くわからせてあげないと、いつか俺が見ていない所で、勝手に無理して死ぬんじゃないかって怖かったんだ」


 彼は一旦話を止めて、袖でごしごしと顔を拭う。もしかして泣いてるんだろうか。


「だから泣いて、泣いても頑張らなきゃって我慢してて、もう少しだと思った。もうすぐ折れる。俺に助けてって言うだろうなって。ダメだったんだそれじゃ。だから師匠に怒られた」

「ああ、やっぱりガチで怒られたのね。さっきまでとは違ったもんね」


 ミイちゃんにはこの師弟が本当によくわからない。どこが怒りポイントなんだか、どうして男はそれに気づいたのか。本気とそれまでの違いって魔王城が少し揺れるか大きく揺れるかの違いしかない。結局揺れてるし。


「間違えてたんだ。あの子はもう少しで心が死ぬところだったんだ。俺ダメだ」


 後悔する男を見て、ミイちゃんはコイツ何言ってるんだ、と思ったので殴った。即断実行。


「こんのお、バカちんが!」


 ミイちゃんも爺と同様、本気で彼の頭を拳骨でどついた。ごうん、と大きな音がして、彼は拳骨の痛みに悶える。殴り過ぎたらもっとバカになるかも、とミイちゃんは思い直したが、もう殴った後だった。まあこれ以上バカになっても変わらないし、と済ませる。


「いた!」

「アンタバカ?何黙って勝手に突っ走るんだよ。言葉の足りない愛のムチはいじめと同じでしょうが。剣王様も首ひねってただろが。アンタがそんなつもりだなんてわっかんないわ。アタシも全然わからんかったわ。強さ一辺倒で常識のじも無いアンタが、一体何様のつもりで言ってんの。どの面下げて育て方だわ本当に」

「ひどい」

「アンタの師匠と大体同じ事をわかりやすく言ってんだけど?」


 男は口を噤む。言葉を噛み締め、俯いて、ついにはシクシク泣き出してしまった。


 ミイちゃんは大体コイツの事が分かった気がするのだ。なんも考えてないのは知ってたけど、友達との距離感すら考えられない、ただのひとりよがりでバカなガキ。


 なんでこんなのにデリート!ミイちゃんは浮かんできた思いを即刻放棄した。だってこれ考え続けたらあかん系だし。それより大事な話をしてるし。


 しかしながら。少し恥ずかしいが、ミイちゃんは今度は優しく彼を抱きしめなければ、と何故か思うのだ。先ほど剣王様が少年を抱きしめてあげたのを思いだし、このもう一人のガキも誰かが抱きしめてあげなくちゃと思う。誰もいないんだから仕方ない、アタシが抱きしめてあげるしかないとまたもや言い訳。ミイちゃんはおずおずと、男の頭を両腕で優しく抱えてあげた。


 殴られて怒られて、そして突然抱きしめられた男は仰天した。


「み、ミイちゃん?」

「アンタ本当に馬鹿だね。ちゃんと言葉にしないと分からないでしょ。お前の事が心配だとか。お前の年だとまだ早いとか。俺が代わりにやってやるとか、お前は凄いとか。無理しないほうがいい、俺が助けてやる、とか。少年にちゃんと言えばよかったんだよ?」

「でも」

「恥ずかしくて言えないとかそれこそアンタのがガキなの?言葉足らずで突っ走りすぎだよね」

「う」

「まあ特訓はアタシも勘弁してほしいけどさ、アンタがアタシたちのことを大事に思ってるから、あんな特訓でアタシたちを強くしようと思ったんだよね。ちゃんと言ってくれればいいの。あとやり方。特訓とかやり過ぎだからねアレ」

「そうなの?」

「そういうとこだよ。ちゃんと言われたでしょ。それにもっとアタシ達に相談してくれてもよかったんじゃね?アタシにもっと色々教えてくれてもよかったんじゃね?もっとアタシと話し合った方がよかったんじゃね?剣王様が来てくれてよかったわ。一人で考えて勝手に進めるんじゃなく、アタシに相談したり、少年ともちゃんと話をしないと、また剣王様の本気の拳固だよ。アンタこそわかってるんでしょ?」

「うん」


 驚くことに、抱きしめられるうちに、男は今まで見たことない真剣な表情でミイちゃんを見るようになり、ミイちゃんの言葉に頷くのだ。ちゃんと話を聞いてくれたのもそういえば初めてだなあ、なんてミイちゃんは思った。


「ごめんミイちゃん。本当に有難う」

「いやいや、これくらいパーティメンバーだから」

「好き」

「ぶはっ」


 ミイちゃんが吹く。いやいや。どのタイミングでそういうこと言うんだコイツは。あ、コイツは言われたとおり、素直に思ったことを口にするようにしただけなのか。仲間として好きってことね。それともまさか。いやそんなわけないか、けど本当だったらどうしよう。だから言葉足らずは困るって言ったばかりなのに。どうしよ。どうすんだよ。ミイちゃんは困り果てたが、顔は先程の作られたものとは違う、蕩けきった天使の笑顔。男なら誰でも惚れるかもしれない。


 え〜、確かに顔は好みだけどさあ。なんだかんだ言って助けてくれるしさあ、ありえないくらい強いしさあ。勇者君に何言われてもヘラヘラしてる癖にアタシの前ではなんか怒ったり笑ったりするしさあ、アタシの前で泣いてるところちょっと可愛いしさあ、いやいや、考えたらあかん系になっちゃうっつうの、ちがう、まず返事、返事だ、返事せねば、とミイちゃんは男と目を合わせた。ミイちゃんの火照る頬とか焦りの表情とか、正直めっちゃ可愛い。


「あのね」

「うん」

「アタシもアンタの事、す、好きだよ」

「うん!」

「仲間として当然。それに」


 何言ってるんだアタシ、とミイちゃん。状態異常「うら若き乙女の純情」が彼女を支配する。昨日の朝みたいな二人きりのシチュエーションとかさあ、あのタイミングよく考えたら無いわ、アタシ馬鹿じゃん、何勘違いしてたんだ、コイツ悪くないじゃんいやコイツが悪いけど。今だって目の前に瀕死体が二つ転がってる今だって違うじゃん。もっと場所とか考えくれてもいいじゃん。いやなに言ってんのアタシ、なんでこんな舞い上がってんだ、仲間として好きだって言ってるだけだわ、それにって何言うつもりだアタシ、とかなんかブツブツ言いながら、抱きしめてる男の顔に、顔を近づけていくミイちゃんだった。青春、てとこなのだが。


「ま、孫、孫、孫!」

「すげえ!ミイヤ様が可愛いよお爺ちゃん!」


 気づくとデレデレ顔の剣王様と、何故か顔を両手で覆っている少年がすぐ脇に立って二人をまじまじと見つめていたりして、間が悪い。もう少しゆっくり帰ってくるべきだろ。あと少年なんで居るんだ。


「うっそおおおおおおおおおお!」


 ミイちゃんこと本名ミイヤンドリヤシュレ・リョイミンデッシャワ様は、大層驚いて王女らしからぬ悲鳴を上げつつ、咄嗟に抱きかかえた一番バカ弟子を本気の首投げで投げ飛ばしてしまった。同じく動揺していた男は簡単に首投げにかかり、首が何か嫌な感じに曲がりつつ、魔王城の城壁より高く飛んだ。


 放り投げた後、たまや〜、てミイちゃんが力なく言った。恥ずかしさのあまりだと解釈しておこう。

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