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2:転生王女、怒りの鉄拳

 人類最大の敵の一匹いや一柱、その巨体がすべてを食い潰し踏み潰しすり潰す、恐怖の化身こと第四魔王が住まう広大な城があった。その城の巨大な門から少し離れた広場、つまり庭の片隅でのこと。


 庭の片隅に青白く光る魔力結界が張られていた。一人の少年がしゃがみ込み、青ざめた顔で爪を噛んでいる。少年は茶色に見えるローブで身を覆っていて、そのローブは出発時は白鳥のように白かったのだが、現在特に股間の辺りの汚れが半端なく、今も股間は汚く濡れている。床にも水たまり。少年は自らの醜態にすら気づかない。ただひたすら結界魔法を唱えつづけており、具体的にはただひたすらブツブツ呟くアブない子供にしか見えなかった。不憫だ。


 少年の隣には、あぐらをかいて座り、ぼんやりと前後に揺れつつ、前を眺めて腹をさする青年がいた。汚れた革鎧を身につけ、折れた長剣のようなもの、が脇に落ちている。青年の目は前方を向いているが何も見えていないのか、目と目の間を見ようとするかのようで、つまり一番わかりやすい例えがトリップ中のジャンキーである。怖い。


 青年の隣には、青年より一回り大きな鎧が座っている。女座りだか横座りと言えばいいのか。兜から洩れる声からしてこの鎧は女性らしいのだが、見た目は全身鎧を身に纏ったゴリラだ。彼女は想い人である隣に座る青年、つまり勇者の良い所、ちょっと気になる所、直してほしい所、してもらって嬉しかったことや昨日の晩ご飯を食べた青年の感想「うまい」は流石私のことわかってる、そうそう隠し味はね、など本当に一所懸命に語り続けていた。当の本人の真横でだ。なお語る相手は彼女にしか見えない妖精さん。ねえ妖精さんと、この短い時間で二回くらい言ってる。こっちのが怖い。


 その危ない鎧さんの隣さんには、三角座りだか体育座りだか、地域で言い方違うらしい座り方の少女がいた。十六歳にしてはまだ少女から女性に変わりはじめたばかりの幼さが目立つ少女。大胆な太股までのチュニックを覆う足元まで伸びた黒いマント、頭には青い三角帽子が、見るものを蠱惑する。それは魔女の伝統的な制服、いや戦闘服なのだ。


 見る奴がいなくてもパンツが見えないよう足を組み、少年の足元の黄色い水たまりに鼻をつまみ、鎧付けたゴリラ女とジャンキー青年はできる限り無視して、その美しい少女は実際は至極真面目な顔をして、周囲の索敵を続けている。その唇は歪んでいる。「なんでアタシがこんな」という呟きまで聞こえた。あ、少女がビクッとしてこちらを見た。爺がバレたのだ。索敵魔法。


 爺はその四人を見て涙ボロボロで泣いた。スマン、本当にスマン。うちのバカ息子がすまん。生きててよかった。


 爺の後ろに立つ弟子は「ああ、敵認定されてない師匠なら探知可能か、考えれば当然か」などほざいている。腹が立った爺は杖で男の腹を突いた。爺の膂力なら臓物一式まるごと背中突き破って飛んでいくほどの威力だが、男は呻いて膝をついて、爺を不思議そうに見上げるだけだった。頑丈だ。


 いや転移中も城についてからも、ずっと腹というか鳩尾を突きまくってる割に一向に効き目が無く、どうしようかと思う爺である。いや救出だ、まず救出だ。もう少女にはバレてるのだ。行動だ。


 少女が目を見開いて爺を見ていた。爺はそそくさと魔力結界を中和し、その中におそるおそる足を踏み入れる。挨拶はどうしよう。いきなり俺様だあってわけにもいくまい。少女にいきなり探知された爺は、焦っており状態異常「混乱」も抜けていなかった。当然、選択肢を誤る。


「な、何者だ〜」


 爺の熟慮結果は、ボケるだった。変な間があいた。少女が爺をコイツ馬鹿なのって目で睨むので、爺はあんまりおもしろくなかったか、と反省した。


「いや師匠。せめて『どうも〜恐怖の大剣王で〜す』でしょ?」


 そして男が当然のように爺に続いて結界に侵入したので、男の姿を見た少女が固まった。


「うわあああ悪魔!悪魔の手先!」


 気付いた少年が悲鳴を上げ、青年は体の揺れが大きくなる。爺はあらためて彼らに申し訳なく思った。自力でトリップするほどうちのバカの影響って大きいんだな、と。そのうち揺れすぎた青年が後ろに倒れ、ゴンと鈍い音がして青年は白目を剥き、口が半開きになった。トリップからのオーバードーズ。爺はそっと青年の目を閉じてやった。


 爺と男を完全に無視して鎧戦士さんは妖精さんと不思議さんな会話さんを続けていたのだが、青年が倒れるやいなや、急に聞き取れない何か破裂音とともに青年の股間に倒れこみ、そして動かなくなった。目測誤りだろうな、股間狙って倒れこんだとしたら怖いな、と爺は鎧を無視してあげる。


 最後に少年が悲鳴も出なくなって、目を閉じるとそのまま前のめり。鈍い音とともに頭を強く床に打ち、棒のように体を伸ばし痙攣を始める。痙攣にあわせて、ビシャビシャと汚い液体が跳ねた。不憫。


 いわゆる見事な大惨事。いわゆらないし見事でもないか。


 爺は反省した。弟子の所業に多少テンパり過ぎた。原因なんか連れてきたら即大惨事だって。連れてきちゃダメだったな、けど連れてこないと誰が誰かわからんし。初手から失敗する宿命に気づいた爺。いや本当に反省するべきなのは弟子の育て方と安易なボケだろう。


「アンタ!今頃!遅い!もう!なんとかしなさいよ!」


 パーティメンバーで唯一正気な少女の硬直が解けて、ようやく出た金切り声。少女だけは周囲の狂気と臭気に耐え、まだ正気を保っていたので爺は感心した。こんなところで叫ぶくらい常軌を逸してるのは目を瞑ってあげる。


 弟子の男は叫ぶ少女の前に立って声をかけた。


「ええと、あの、ゴメンね。まだ怒ってる?ゴメンね。この修行、かなり普通とズレてるんだって。ホントにゴメンね。あの、知らなくて。まだ怒ってる?それで皆を王都まで送れって」

「うそ!謝られた?」


 少女は信じられない、とその目と口をポカンと開け、男は一瞬ドキリとした。


「いや先に第四魔王倒してからの方がいいかな。どする?」

「うっそやめて!ゴメン!頑張るから!いや!うえええええええん!」


 少女がボロボロと声をあげて泣き出した。そんな泣いてる少女もかわいらしく、男は何故だかドキドキしてくる。少女は子供のように泣きながら、ただひたすら機械のように許しを請うのだが、男も無言の無表情でそれを眺めるばかりだった。端から見ていて凄く怖い。


 しかし大人かつ師匠の責任もある爺は怖がってばかりもいられない。爺は懐から乾いた木の棒を取りだすと男の頭に振り下ろした。なお木の棒と爺は思っているが実際はどう見ても立派な丸太。懐にどうやって入っていたのかは未定義である。


 ごおおおおおんんん。鉄球を大木にぶつけて割ったような、いい音がして丸太は木っ端微塵に粉砕、機械人形は音に驚いて停止。男は頭を抱えて蹲った。


「おい」

「師匠、なんで怒られたんですか?」

「え?わかんないの?」

「師匠?」


 爺が呆れて口を開け、少女も口をあけたまま爺を見た。そんな口を開けた少女もさらに可愛いと男は胸に手を当てる。再びドキリとする。なぜだろう。爺は一瞬男を見やると頭を振り、彼女の前で跪いた。


「すまん、ワシがこの弟子に常識とか教えなかったばかりに、大変な目に遭わせてしまった、この通りだすまん、許してくれ」

「うそ!まさか伝説の剣王様ご本人様?やだ!顔をおあげください!知らずご無礼を!」


 少女はこの謝罪老人の正体に気づいて慌てる。それはそうかもしれない。


 三度の飯より戦が好きで、善悪問わず人即斬、殺した魔物を囮にしては新たに寄った魔物も殺す、魔物のためなら何処でも赴き、肩から生首ぶら下げて、足跡は魔獣の返り血で真っ赤に染まる。街に帰れば家は血まみれ近所は悪臭、しまいには都に攻め入る魔獣勢をたった一人で殺しきり、率いた魔王を三枚におろしてその場で食べちゃった人。人っていうか人の姿してるだけな完全無欠の人外さん。王都の人口を二割減らした恐怖の権化。王国危険人物ランク堂々、第一位の生ける伝説、通称「恐怖の大剣王」こと剣王その人である。大魔王認定されないのが不思議でしょうがない。


 実際の爺はそこまで危険ではないし、人間即惨殺は流石に言い過ぎなのだ。少女も噂の真実を知っている一人だ。かつて魔王を本当に三枚に下ろして焼いて食ったり、魔獣を狩っては魔獣の生首を家に放置し、全て腐って悪臭公害で訴えられたり、稽古と称して都の建物を崩壊させたり、そんな動く災害を怖がって王都を逃げ出す人間が人口の二割に達しただけだ。危険人物が確定。


 そして住民との軋轢に一人耐えきれず、都中から嫌われたと捻くれた爺は消えた。人間社会を捨てたのも当然かもしれない。街を巻き込むレベルで暴れてはいけません、あと何でも食べちゃいけませんと、優しく剣王に諭す人は居なかったのだ。人間を深く恨み消えた恐怖の大剣王の噂は、遭遇したら死を覚悟せよとの標語とあわせて王都で広く広まっている。


 少女は慌てるしかない。折角、魔王城で生き残っても、恐怖の大剣王と第一種接近遭遇(ファーストコンタクト)とかどんだけ不運なの、と嘆いた。


 一方この状況でも彼女が見せる礼儀正しさに感心し、先ほどの機械人形なトラウマの根深さに慨嘆しつつ、相変わらず人間社会で流布している噂の悪辣さに慄然とする爺だ。全ては自分のせいなのだと納得するしかないので、爺は更に深く頭を下げた。そんなことしても少女の肝が更に冷えるだけ。具体的には硬直し、ひっと声が洩れる。心臓しか動かない。


 見たら死ぬレベルの人物に沈痛の表情で跪かれても少女が動ける筈もなく。少女が動けないから爺も動けない。弟子の男は半死人に水ぶっかけたりしてる。わかる。臭いんだよね。


 変な間が空く。変な間とはつまり、えーとどうすればいい?みたいな空気。ざばあん、ひゅうひゅうと音だけがする。冷たそうな水をぶっかけられ、浅い呼吸音が更に短くなる半死人達だ。


 爺は家帰ろうかな、と思った。いやいやダメでしょ。責任持つんでしょ。状態異常「混乱」は新メンバー登場で新たな局面を迎えつつ、何とか気を取り直した爺はゴホンと咳払いして立ち上がった。


「これ、半死人は全員やさしく起こしなさい」

「し師匠?なんすかその口調」

「いいから。僧侶の子を綺麗にしてあげなさい。お前がやりなさい」

「あ、はい師匠」

「魔法使いのお嬢ちゃんは少し休みなさい。疲れただろう?」

「ひ、ひゃい剣王様!」


 ワシ悪役じゃないよ〜殺人鬼じゃないよ〜凄い強いだけだよ〜大人な爺だよ〜、というオーラ全開で弟子に指示しつつ少女をチラチラ眺める爺。優しく少女に語りかけようとするが、休みなさい、以外の言葉が出てこなかった。どんな言葉をかければいいんだ、と悩む。先ほどの失敗が手痛い。うーん。緊張し硬直する少女も何か口を開こうとする爺を待ってしまう。


 結果、再びの変な間。普段怖い先生が突然詰まらないダジャレを言って黙るみたいな。動けない少女。無言でプレッシャーをまき散らす爺。そんな爺が実は涙をこらえているとは誰も気づくまい。先ほどの被害者無事発見とは趣きが違う、具体的には塩味を鼻あたりで感じる爺はつまり黙って泣いていた。人間、素が一番だ。


「あー、お嬢ちゃん」

「ひ、ひゃい!」

「すまんなあ。要らぬ苦労をかけちまってなあ」

「あ、それは言わない約束でしょおとっつあん!」


 凄い勢いで突然少女が反応した。お前は何を言ってんだ。爺は首を傾げた。


「ん?」

「うっそ違くて!いや申し訳ございません剣王様!つい!命ばかりは!」

「いや、そんな畏まらんでもいいからね?ワシ、殺人鬼じゃないからね?」


 爺はなにかを間違えたらしい少女を宥めた。爺は、やっぱ若い女性とは話があわんなあ、と思うだけだ。そもそも会話になってない。


 変な間が空く。観客に全く受けてない長編シュールコントを演じてる感覚に一番近い。まだ序盤みたいな。こんな空気の犯人は一夜漬けでシュールコントなんてネタ出してきやがった相方、この場合は弟子っていうね。


 うん、と頷き爺は今までの流れをなかったことにし、話を逸らすことにした。続けるのを諦めたともいう。


「さて、第四魔王、か」

「確か巨大なカメなんですよねえ、スープとかありですよね、楽しみですよね師匠!」


 男が突然割り込んできた。男自身がワクワクしている。そんな男が微笑ましくて、爺も少し笑ってしまった。


「まあな。肉を甲羅で焼いたりだな。甲羅便利だよな」

「うっそお!アンタらマジ魔王食べんの?」


 男と爺の突然のノリに緊張が解けたか、あるいは内容のイカれ具合にか、少女が絶叫する。少女は悟った。恐怖の剣王様とか言うが流石コイツの師匠だけあって同類。危険人物ではなくアブない人だ。あれそれも危険だな?正解と混乱に至った少女に男が拍車をかける。


「ん?ミイちゃんだって、もう魔王食べてるよ?」

「うっそ!いつよ!」

「ほら、朝から山盛り肉満杯の日あったでしょ」

「てい!待て!すまんが、ミイちゃんつうのは、いや貴女様は」


 爺が急いで男を止めた。具体的には後頭部にチョップで弟子を沈めて少女を見た。容姿だけで気付くべきだった。名前を聞いたことがある、気がする。


「あ、はい。ミイちゃんなんてコイツと父上しか言いませんが。失礼ご挨拶が遅れました。わたくし、ミイヤンドリヤシュレ・リョイミンデッシャワと申します」

「ま」

「マジです。リョイミンデッシャワ王朝第三十四代、王モイヤンドリケルナイが第十九子です」

「そういや王女様も参加されてたな!王女様相手に渾名にタメ口とか、馬鹿!馬鹿!」


 振り向きざま、腰のタメがよく効いた爺の本気ボディブローが光速で炸裂、後頭部を撫でながら立ち上がったばかりの男は再び悶絶して片膝をついた。魔女の戦闘服着てるけどよくみりゃ高そうな生地で出来てたり、その金髪碧眼とか顔立ちとか王家の血が丸分かり。すぐに思い出すべきだったが、コイツをボコれるとか、口調がオカシいとか色々ありすぎて気付かなかったなあ、と爺は心の中で言い訳する。それな。


「そんなの教えてもらってな」

「うるせえ!うるせえ!うるせえ!」

「剣王様!いいんです!もう諦めたし!本当に!お止め!止めて!止めろ!」


 跪いた男の頭を両手で抱え、速攻で膝をかましつづける爺。ぼぐぐぐぐん。ぼぐぐぐぐぐん、と響く音に膝から放たれる衝撃波(ソニックブーム)の速射砲。見えない速度で連続チャランボを決めつづける爺の腰にミイちゃんは素早く縋って叫ぶ。結構良い反応速度に感心する爺。今の反応、近接もいけるなこの子。


 爺は王女様に免じて、と彼の頭から手を離した。最初王宮の人間が爺の参加を依頼しに来た際、そんな話してた筈だしそんなパーティに参加する男に最低限の礼儀作法を教育してないし、これも爺が悪いっつう話なのだが爺は気付かぬ振りをした。だって反省はもう済ませたし。これも状態異常「混乱」のなせる技だ。


 ゲホゲホと言いながら弟子も立ち上がった。伝説の剣王が繰り出す光速の速攻にもダメージはなさげ。やはり剣王の弟子も化物か。


「ま、まあコイツの事は諦めてるんで」


 ははは、と笑ってフォローするミイちゃんだが、内心ではガチでヤバい危険だわこの師弟、と顔が若干引き攣ってしまう。そして何故か睨み合う師弟に言葉が続かなかった。


 またしても変な間。観客が半分くらい立ち上がって帰り出す第一幕みたいな雰囲気。興業主が涙目だ。そしてだんだん短くなる半死人の呼吸もヤバい。


 呼吸音を聞いて、少年の命を少し心配し始めたミイちゃんより、男の方が立ち直りが早かった。


「だから朝から山盛り肉満杯の日だよ」


 え、まだ続けるの?なんだ山盛り肉満杯の日て。しばらく考えて、ああ、アレかとミイちゃんは思い出した。


「あの、朝起きたら森が燃えてて、拾ってきたって大量の焼肉が朝ご飯に並んでた日?」

「そう。誰も食べないから結局ミイちゃんと俺で全部食べたじゃんあの肉の山」

「めっちゃ美味しかったよね!アタシ自分があんなにご飯食べられるって知らなかったし」

「あれ第一魔王」

「うそおおお!」


 絶叫大好きミイちゃんこと王女様。爺は弟子こと常識知らずの大馬鹿野郎が王女様にタメ口なことも、王女様が市井の女性のように気安く喋っている事にも驚いていた。いや話の内容も大概オカしいぞ。食べさせたのか、魔王を。


「おい」

「なんすか師匠」


 さっき理不尽に膝蹴りを喰らい続けたと思ってる弟子の口調はどこか荒い。


「王女様は魔王全部食っちゃったのか」

「いや、豚は食べた気がするけど、ミイちゃん蜘蛛食べた記憶ある?」

「ねえし!豚でも魔王食べさせよとすんじゃねえよ!」


 ミイちゃんはキレてた。すぐ怒るんだから、と男は少女から目を逸らす。殴られちゃうかもなあ。一方爺は王女の乱暴な物言いに注目し、どこで覚えたんだろう、と不思議に思った。


「あ、蜘蛛だと流石に嫌がるかなあと思って、確かなんだったかな、ああ、岩ガニとか言ったんだ」

「うっそ!」

「ああそだそだ食べたよね一緒に」

「アンタなんてモン食べさせてるのよアタシに」


 赤くなったり青くなったり面白くてかわいいなあミイちゃんは、と男は微笑みを浮かべ、そんな弟子を気色悪そうに見る爺。ミイちゃんは味を思い出してうっとりしたり、あれが魔王だったと聞いて青くなったり胃を押さえたりと忙しくて二人を見る暇が無い。


「他の三人は食べてないのか」

「そなんですよ師匠聞いてくださいよ。こいつら食事係兼荷物持ちとか言う割に、俺の料理を食べてくれないっていうか、鎧が勇者のご飯作るって言い出して」

「それはアンタが料理に毒混ぜたりしたからよ。アタシみたいに毒耐性あるならともかく」

「だから毒耐性の訓練で師匠は毎回致死量の倍は入れてたって、何回も説明したでしょ?」

「致死量でも死ぬ量!アタシも無理!」

「だから致死量は控えてたって!」

「複数の毒を致死量ギリギリは死ぬんだって!まだわかんねえのかアンタ!」

「すまん!本当にすまん!ワシの教育が悪かった!」


 致死量!大丈夫!死ぬ量!もう一声!オマエふざけてんのか!と胸ぐらつかみ合って喧嘩する勢いの若い男女を前に、色々とワシのせいが多すぎると項垂れる爺。爺はひたすらスマンスマンと呟きつつ、あらためて半死人の三名を見た。どっちがイジメだって話だわコレ。


 それにしても王女様は毒入りだろうが食べたのか、と爺はまた感心して王女様を見た。背の高さが違うため、わざわざ男に抱きかかえられながら男の胸ぐらを掴むミイちゃんと目が合った。なんなんだお前ら。


「いや、毒は私も幼少より耐性つけるため摂取しておりましたから」

「さすが王家の御子ですな」

「正直毒入っててもいいわ〜てくらいコイツの料理美味しいし」


 抱きしめられつつ、胸ぐらをつかみつつ顔を背ける王女様。あ、この子もダメな子だ、と爺は悟った。さあ全員が相手をダメ扱いする状況に突入だ。どうしようもない。


 ダメな子同士案外合ったりしてな、と爺はお互いつかみ合う勢いの男女を見た。無理筋か。気を取り直して爺は説明を再開しようとする。どこまで説明したっけ?あ、何も説明してねえわ。あと気を取り直しすぎ。ブツブツつぶやく爺に若い男とミイちゃんは喧嘩を止める。そして二人揃って爺から一歩引いた。誰のせいだわ息ぴったりか、と爺は二人にキレそうになるのを必死で抑えこみ、深呼吸してから説明を始めた。


「教えてなかったか?魔王の肉っつうのは特別なんだよ」

「師匠。聞いてませんよ?」

「そうか」


 ぶっちゃけ人外としての常識すら教えてなかったわ、と爺。


「あのな、魔王っつうのは柱で数えたりもする、つまり神様だ。それを人の身で食べるっつうのは、人の身に神を宿すとされるんだ」

「それって」

「魔王の肉を食べれば食べるほど、それに見合う力を宿し、その身から溢れる力は他の魔王にも届く」

「えー。俺、全然師匠に追いつけてないんですけど」

「まあワシも若い頃結構魔王食べたから。アレ美味いからなあ」

「滅多に食べられないって、いいですよね!」

「珍味?うそ魔王って高級食材?それでいいのこの世界!」


 師弟の会話に王女様が全力で絶叫だ。爺は鉄の精神で若人の横槍を跳ね除けた。


「話を戻すと、魔王を食べた者は魔王に並び立つ者、神に並ぶ者と認められる」

「寄り道したのは師匠」

「うるせえ」

「あの剣王様、どういう意味か分かりませんが」

「簡単に言えば二人とも、魔王候補か神様候補になります。半分神様みたいな扱いで」

「うそお」

「うーんと、師匠も若い頃魔王食べたって言ってましたよね」

「そうワシも候補よ。老衰で死ぬまで辞退しつづける予定のな」


 半分神様に寿命があるのかは不明だし、ワシも魔王食ってから年取った感覚なくなってるけどなあ、爺はそういってニヤリと笑った。男はその時初めて、師匠の年齢を詳しく聞いてないことに気づいた。


「はあ、師匠って本当に化物なんだあ」

「言い方」


 ミイちゃんが力なく言った。化物と言われた爺は少し嬉しそうで、余計にやるせなく辛い。褒め言葉じゃないし。こんな迷惑な恐怖の大剣王が不老って凄い困るだろ。


「お前もワシが育てただけあって化物だし、食ったところで今更変化もなかろうが」

「師匠!」

「なに感動してんだアンタ。もう全てが限りなくオカシイぞ」

「王女様もですな。つうか王女様がヤバい」

「うっそマジで!」


 思わぬところから自分に振られて慌てるミイちゃんだが、ミイちゃんだって魔王三匹も食べてるのだ。


「し、師匠どういうことです。ミイちゃんに食べさせたらマズかったですか!に、肉だけに」

「マズくはないんだが。なんていうか、普通は国の一つや二つ平気で滅ぼす怪物に見た目から変わっちまう筈なんだよな」

「師匠ボケの無視は勘弁してください」

「いや褒めてんだぞ。常識を超える力を持ち人の姿を保てる。人外ってな。お前と同じ」

「俺は常識人ポジですよ!」

「本気なら破門だわ!いい加減わかれよ!」

「ウソウソ!待て待て待って!」


 硬直してたミイちゃんが再起動、師弟を止めた。


「み、見た目って。あ、アタシ何も変わってないよ?」

「そんなわけあるかって奴です。まずこの状況、むしろコイツに耐えられる精神力。わかります、言ったワシがかなり辛い。本当にすまんことしたと反省してます」


 爺は改めてミイちゃん王女様と半死人のご一行に深く頭を垂れてから続ける。


「また、見たところ索敵を一日以上継続して疲労がみられないのがヤバい。索敵の範囲はこの第四魔王城すべてですな?普通はそんな広範囲の索敵を継続なんかできないんです。敵に遭わない理由もそれです。魔王並の実力者が城全域を索敵、つまり脅しに入ってりゃ大体の雑魚は逃げるんです」

「へえ、ミイちゃん凄いんだね」

「いやいや、アタシ前からこれくらい出来たし!」

「凄い!人外!化物!」

「褒め言葉じゃねえ!」

「あー、コホン。それにですね、ワシがコイツに膝かました時止めたでしょう。あれ普通の反応速度じゃないです。人外師弟に反応できる人外って事です。改めて言葉にすると、軽くクるもんがありますな」


 もう人里離れ静かに暮らしたかった。このバカを外に出すまでは穏やかに生きていられたのに、気付けば魔王城で、王女様相手に貴女人間辞めてます宣言。


「常識に囚われてただけで、多分王女様はとっくに人間辞めてたんでしょうな。この城くらい普通に散歩出来るし、第四魔王とも良い勝負でしょう」

「うっそお!」

「やった、じゃあミイちゃん一緒に第四食べよう!」

「やったじゃねえ!」


 叫んだのはミイちゃんか爺か。ミイちゃんである。爺は無言で男の延髄に手刀してた。男は泡吹いて悶絶した。


 実は人間辞めてた王女様をどうどう、と落ち着かせる爺。ふうふう、と息を吐いて落ち着く王女様を若い女性とか王族と思うからいけないのだ。弟子と同じアホの人外だと思えば扱いも楽だ。言い方は悪いが真実。


「そういえば王女様、うちの弟子の実力をご存知なんですよね」

「え、当たり前じゃんじゃねえや、ではないですか」

「ミイちゃんは王女様ぶらない方がかわいいのに」

「!」


 首を擦りつつ褒めてるつもりの男に、ミイちゃん王女様は真っ赤に照れて黙った。えマジで?とビックリする爺。ミイちゃんは直後、無言で男のボディに一発決めた。少々胃液が口から漏れて男は崩れ落ちる。


 爺は男に注意するが、ミイちゃんの所作には怖くて一切触れられなかった。


「お前ちょっと黙れ。ほんとに。で、王女様ね。どうして分かりました?」

「見りゃ分かりますよ。四人分の荷物抱えて息一つ切れない。アタシ夜寝る前にかならず索敵して安全確かめてたんですけど、明らかに強い魔獣がいようが関係無しに野営場所決めるわ、朝それが全部いなくなってるわ、いっぺん夜更かししてたら魔獣がそりゃもう酷い勢いで消えてくわで」

「ミイちゃん見てたんだ。寝てると思ってた」

「黙れって剣王様に言われてるでしょアンタ。それに戦ってる時も、アタシたちの実力じゃ危ない強すぎる魔獣は必ずコイツが倒してたし」

「んー自滅したように見せかけた筈なんだけどなあ」

「自滅するか!黙れ!なんで実力隠してるんだとか、何したいのかさっぱりわからん人で」

「そこまで見抜くとは実力もかなりですな。いや今のお姿でわかりますけど」

「うーん。それなりですよ。コイツが強いって見て分かるくらいかな」


 それなりの実力なら魔王三匹も食べられないと思うが、爺は賢明にもそのコメントを避けた。


「特訓だ、て言って魔物の巣のまん前でわざと露営するとかヤベエし、泣いても縋っても特訓止めてくんないし、本当に一切遠慮してくれないし、本当なら何回か死んでる筈なのに死んでないし、死ぬかもと泣いてるのにコイツめっちゃいい笑顔でお茶飲んでるし拍手されるし。ハイオーガ三匹のジェットストリームアタックとか初見で見抜けとか無茶だし、リッチやアンデッドの大群くらい素手でなんとかしろよとかアタシ魔法使いだ!魔法!なんかギューンてなる奴!物理じゃない!嘘、なんでまだ生きてるんだアタシ?ゴーレムに力で勝つ魔法使いとかこの世に居ないって何回言っても聞いてくれない。バンパイヤ相手にレベルドレインの練習とか意味不明過ぎ。夜魔王が攻めて来た死ぬと思ったら朝で、しかもいつもより豪華な焼肉が朝食とか理解させるつもり無いよなソレ。ああ美味しかったなあの肉。そうかアレ魔王だったんだあ」


 先ほどと同様、状態異常「絶望と諦観」からの自動人形モードに陥りそうになり、慌てて首を振って自力で回復するミイちゃん。回復の鍵は美味しいお肉。


「とはいえですね。この人に言われて出来ないのも癪なので、(わたくし)頑張ったんですわ」


 そして王女様はニッコリと笑った。爺は死の予兆を感じて飛びのこうとする自分を抑え、何十年ぶりに目視できる殺意に慄いた。横を見るとニッコリ笑うミイちゃんに、ニッコリ微笑み返す男。アホだ。あと頑張って出来るレベルじゃないことを言う王女様も実はアホではないか。


「そもそも?何も気付かずただウハウハしてアタシにちょっかいかけてくる勇者がもうウゼエ!とか、コイツにコンプレックスむき出しで反発する僧侶の少年が年相応にかわいいなあ、いややっぱウゼエとか、鎧がただひたすら怖い怖い怖い!とか。なんでアタシこのパーティなんだっけなあ、て思ったりもしました。ええ。たしかに?コイツのおかげでそれなりに実力も上げられたと思います、ウザいけど。それに?コイツの料理美味しかったし。けどウザいもんはウザいし。名前も?ミイちゃんミイちゃんって他は鎧とか少年、勇者とか雑な呼び方するくせにアタシ友達だからって?アホも突き抜けりゃかわいいかもしれないけど、ウザいっつうの。しかも?話は通じる気がするだけ!常識無いどころか?荷物持ちなのに金の使い方すら知らない!後ろ歩かせたら巨大獣連れてくる!先頭歩かせたら魔獣の巣に連れていく!大迷惑っていうのですか?そう!迷惑!挙句に?黙って?勝手に魔王に手紙出す?殺す気か!怒ったら、それならって第四魔王の城に突然連れてくるとか?特訓だ、など申されましても?何でだよ!あと実食?意味わからんわ!もうなんなん!最悪か!」


 笑顔と真顔がコロコロ入れ替わりながら絶叫するミイちゃんは誰にも止められなかったが、いきなりピタッと人形のように動きが止まる。笑顔の王女様に戻った彼女は天使のような微笑みを浮かべた。


「そんな感じ、でしたわ本当に。(わたくし)が王女でありながらとか以前に、そもそも人間社会に出たらダメな方。さっさと野性にお帰りになったらいかがかしら」


 まさかの天使の微笑みからの全力否定。人間性レベルでのダメ出しだった。


 男は無表情で、爺にちょっと席を外してきますと言い離れていった。きっと泣く。ミイちゃんは男を完全に無視したので、爺が仕方なく応対を継続する。


「まあその辺にしていただいて、後日正式に謝罪に伺いますので」

「結構。ウザいもんはウザいしじゃなくて、そもそも彼が居なければ、我々出発した次の日に死んでおります。その点はとても感謝しています。寧ろお礼を言うべきところでもあるのです。今度ぜひ王城にいらしてくださいな。それ以上にされたことについては、まあその時にでも。処刑人は城にしか居ないし」


 先ほどの全否定がウソのように優しく微笑み答える王女様だったが、男は王城を訪れた瞬間丁寧にお礼を言われてから大罪人として収監即時処刑されることが確定したようだ。マジか。


「いや、このお詫びはきっといたしますから。一応弟子なんで。それでですね。気になったんですが」

「はい、なんでしょう剣王様」

「アイツ、泣きそうな顔してパーティ追い出されたって帰ってきたんですよ昨日」

「そうですね」


 先ほどのダメ出しが吹雪だとすると、厚い氷で直接ぶん殴られたような殺気が辺りに満ち、半死人達の呼吸が一瞬止まる。つまり物理的に動きを妨げられる程のもう妖気って言っていいかもしれない。


「追い出したわ。二度と顔も見たくない、大嫌いとも言いました」

「ええっと?」

「お続けください剣王様」

「はあ。話聞く限り逃げられて当たり前だわ、てのは分かるんですが、第四魔王の城で、あのバカが居なけりゃ危険過ぎる。わからない王女様じゃないでしょう。普通ならアイツに出ていけ、とか言わん筈だと」

「それはもうその通りです。アイツいなくてアタシ本当に怖かったし」

「だからそこで何が起こったのか、もしよろしければ教えていただければと」

「お断りします」

「は」

「そうですね、ちょうどいい機会だし、直接アイツに言います。呼び戻していただけますか」

「あ、はい」


 物理的な氷河のように巨大な妖気がぞわり、と爺の背中を刺激する。これ下手したら第四魔王より存在感があるかもしれない。爺は少し離れた柱の影で俯いてるバカ弟子に駆け寄った。


「なにしてんだよ」

「師匠。ミイちゃんまだ怒ってますか」

「なんだそれ」

「たまにミイちゃん、ああなるんです」

「たまに?お前これ何回かやってんの?すっげえな、ワシお前尊敬するわ」

「五回くらい。それこそ心臓を刺す勢いで刺されないと許してくれないんです」

「それ刺されてるよな?」

「いっつもそうなんです!怖いんですよミイちゃんは!」


 怖いなあ。王女様に何度もマジ怒りさせるこの馬鹿弟子が怖いなあ、と爺は呟いて。


「安心しろ」

「あ、もう怒って無いですか?よかった」

「今からお前に直接言いたいことがあるそうだ」


 かつてマンティコアの巣を殲滅し終わり、毒で左腕が半分動かなくなりながら、やっとの思いでようやく巣から出てきた男に「次ワイバーンの巣ね今から」と宣言した時以来の、絶望に溢れる弟子の顔を見て爺は笑いをこらえた。いや爺自身も恐怖でつい笑いそうなのだ。爺はジタバタと逃げようとする男の首をつかんでミイちゃんの前に連れて行った。


 男を前に、王女様が目で剣王様を見つめた。あ、席外せって意味だな。爺はそっとその場を離れた。もちろん、地平線の向こうで砂地に落ちる針の音すら聞き分ける剣王様の地獄耳に、聞けないものなどない。けどミイちゃんは残念ながら知らなかった。剣王様の地獄耳ってわらべうたは聞いたことがなかったようだ。そうこうしているうち、男はミイちゃんと二人きりになった。なお半死人は除く。


「さて、なぜアタシが昨日怒ったのか理解できてる?」

「ゴメン、本当にわからない」


 なぜか男は正座という恰好をさせられている。ミイちゃんは男の、その正座している足に片足を乗っけて踵でぐりぐりしている。どっちかというと女王様。


「ねえ、昨日、起きた時にアタシたち全員、完全戦闘装備でここに寝てたのよ」

「そうそう、寝てる間に移動してね」

「戦士ちゃんはどうしたの?」

「鎧より勇者の方が面倒だったかなあ」

「勇者君がどしたの?」

「勇者が鎧に抱きついて寝てたから鎧着せたり。剣も血糊と油でベトベトだったから拭いたりして大変だった。鎧は鎧のまま寝てたからそのままだよ」

「少年君は?」

「アイツもそのまま寝てたし、簡単だった」

「そう」


 そこでミイちゃんは一息ついて、膝に乗せた片足に全力で力を込めた。男は爺にも匹敵する彼女の力に吃驚した。すごい痛かった。


「で、アタシは?」

「痛い痛い、え、戦闘服着てもらってから連れてきたよね?」

「そこだよ!」

「え!痛い!痛いぐぉ!」


 男はそれ以上喋れない。ミイちゃんは膝に乗せた右足を全力で踏み込み、左手で男の顎を強く掴んだ。右足は膝の上。右手は腰で溜め動作。男は踏まれた膝が痛いし立てないし首だけ上に引き伸ばされる。背筋と首が伸びきった無茶な体勢で男は彼女と目を合わせた。ミイちゃんの顔は真っ赤で、目は大きく見開いていた。あ、かわいいと男は思った。


「明け方アタシのテントに突然忍び込み」

「ふにゅふにゃん」


 顎から首と頬を強く握られているので男はまともに喋ることが出来ない。顎がミシミシと鳴る。王女様のテントに押し入った時点でアウトだな、と盗み聞きしている爺は合掌した。


「勝手に寝袋剥ぎとられ、ビックリして起きたらアンタで、ぱ、パジャマ脱げだの戦闘服に着替えろだの。まあそれはいい」


 いいのかよ。その時点でキレろよ。あとパジャマ着てんじゃねえよ。


「戦闘服に着替えたらそのまま寝ろとか」


 耳に聞こえる王女の言葉の調子と内容に爺は呆然とする。あれ、ミイちゃんマジか。


 つまり明け方、テントに侵入したコイツに言われるがまま、ミイちゃんはわざわざ大胆な太股までのチュニックに着替えて、寝転がったんだよな。ははあ、なるほどなるほど。


「そんで横になったアタシを抱きかかえたアンタは」

「しゅうしゅう」

「目をつぶったアタシごと転移して第四魔王城だ」

「ふしゅうしゅう」


 なんで目を瞑ったんだろうね、という爺の声はギリギリで抑えられた。


「しかも抱える途中でアタシのパンツ覗いたろ?」


 いや寧ろ見せつけろよ、と大人な爺なんかは思うのだが、覗いてない!覗いてない!ピンク色とか見てない!と叫びたい男は女心はわからないし、見てるからアウトだ。目の前の化物に手も足も出ない。まさしく般若。ミイちゃんが般若だった。状態異常「激情」で変化した般若がニタリ、と笑う。怒ってても笑ってるように見えるよね般若って。


 ミシミシ、と男の顎から大きな音がした。男は今まで経験したことの無い激痛に涙が出てくる。爺は弟子の所業と最果ての魔王城で繰り広げられる痴話喧嘩に、感動のあまり同じく涙が止まらない。爺はまだ見ぬ孫の顔まで見えはじめたか顔がデレデレし始めた。ニヤニヤとも言う。


「この犯罪者め!」

「ぶしゅうぶぶぶ」

「アタシの着替えをバッチリ見る意味あったか!わざわざ寝かせる意味あったか!」

「うぶぶぶぶぶぶ」

「その場で言えよ王女様」

「うっせえ!パンツまで覗いた挙句に魔王城!死刑だ!馬鹿!へたれ!死にくされ!」


 ミイちゃんは溜めに溜めた渾身の右ストレートを男の顔面にそれはもう、めり込む勢いで綺麗に叩き込んだ。隠れて聞いていたことがバレた爺は顔面蒼白。爺はただ、弟子が顎と顔面の痛みに悶絶して転げまわるのを見守るしかなかった。この後、剣王様も多分死刑。


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