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姫と従士の思い出旅行 《メモリーズ・トラベラー》  作者: 月城 裕也
1章 時計塔の街 ルルシャルナ
11/15

10-⦅追憶編⦆


 森の中で、旅の連れを二人の男女が静かに待っていた。

 昼前まで街の中で散策していたが、どこかから感じた視線を警戒して早々に切り上げてここまで戻ってきたのだ。


 連れの少女は闇魔法に長けている。早々誰かに見つかるものではないが、心配なのはあの視線の主。

 視線だけで力量を測れないが、自身の経験では敵対するなと警鐘を鳴らすほど。


この大地では他の世界と違って自身の力を十二分に解き放つことは出来ない。理由は分からないが、本能がそれを拒絶するのだ。この大地では一定以上の力を解放してはいけないのだと。


 ゆえにこの大地では全力を出さずに事を運ばないといけないのだが、非常に歯痒い。

 力ずくですべてを解決した方が早いだろうに。


 考え事をしていると、空から何かが落ちてきた。

 またいつもの光景を見るのかと思ったのだが、予想に反することが起きる。

 地面に埋まるわけでもなく、綺麗に着地したのだ。しかもその顔は極めて真面目、あまり似合わない。


「どうした? 似合わない顔をして」


 失礼だと思いつつ自身もそう思う。いつもののほほんとしているほうを見慣れたせいがあるかもしれない。


「街にお兄ちゃんがいた……」

「……何?」


 男が目を吊り上げる。

 少女の兄は戦争で七年前に亡くなっている。それは一緒に旅をし始めたときに聞かされたことで、ここにいる全員がそのことを知っていることである。

 この世界では死者蘇生なんて奇跡は存在しない。つまり、その兄というのは偽物であるという結果に帰結するのであるが。

 少女の顔はそれを否定している。


「あれは間違いなくお兄ちゃんだった……でも様子が変だったのも事実。それでごめん、話しかけちゃった」

「珍しいな……ということは外見だけでなく雰囲気も似ていたのか?」

「うん……魔力も視たけど本人だった」


 人間の持つ指紋と同じように魔力も一人一人違う。それを視ることが出来るのは闇魔法を扱える者だけ。三人の中ではこの少女だけなので、この少女が本人と断定したのなら疑いようがない。しかし――。


「ちなみにそいつはどこにいったんだ?」

「嫌な視線を感じて振り向いている間に姿が消えてた。そのあとも探しはしたんだけど見つからなかった」


 嫌な視線ということは自分たちを見ていた者だろうか? そうなると少女の兄と何かしら関連がありそうな感じであるが。

 こうなるとどこから手を付ければいいのやら……、目立たないように動くのもそろそろ限界かもしれない。


「さっきから黙ってるお前さんはどうだい? 俺としてはこのまま手をこまねいていたくないんだが」


 ずっと黙っていたままの女性は体を預けていた木の幹から動くと、拳に魔力を込め始めた。

 それは答えになっているが、喋って返事をしてもらいたい。


「明日もう一度街に行くつもりだったが、全員で行動するぞ。ちびは離れた位置から俺たちを監視しておいてもらおう。不測の事態が起きたら、まぁ各自の判断でいこうか」


 少女が真面目な顔を崩して男を睨みつける。


「……私、ちびじゃない」



――――――――――



 勇者と約束してから三日が経った。

 動き回ってこの街の失踪事件の全貌は分かったが、主犯が見つからない。街に起きている事象は自然現象ではなく、人為的によって引き起こされた現象だ。なのでそれを起こしている誰かを昨日一日ずっと探していたのだが……全く見つからない。

 正直こうも主犯を探して無駄足を掴まされると苛立ちが増してくる。いっそのことこの街を消した方が早いんじゃないかと

 前例がないわけでもないから躊躇いはないが……それは最終手段にしておこう。クソ爺が煩そうだから。


 さて、今俺がいるのは隔絶世界ではなくルルシャルナの時計塔前広場にある串焼き屋である。

 勇者との約束はどうしたのかって? そんなの気が向いたら行くに決まってるだろ。約束を馬鹿正直に引き受けるほど俺はお気楽じゃない。飯でも作れば機嫌も直るだろう、……魚介たっぷりのスープでいいか。


「おっちゃん、串焼き3本追加」

「はいよ! まいどあり」


 串焼き屋のおっちゃんが新しくタレに付け込んだ肉を串に刺して焼き始める。

 このタレどうやって作っているんだ、今まで食べた中でも上位に入る美味さなんだよな。


 串焼きを食べていると視界の隅に少女と老人が入る。この三日間、何度も街で見かけたがどうやら失踪事件とは関連がなさそうなので放置しておいたのだが……見られてるよなぁ。

 老人と少女の視線はこちらを見ていないが、気配が俺を捉えている。しかも居所が分からない視線がもう一つ、なんで俺人気者になってるの? あの二人は尾行したけどバレてないはずだし……。


「串焼き三本、300ミルだ」

「ほいほい」


 ポケットから銅貨を三枚渡すと串焼きを三本受け取りその場を後にする。

 少しすると三つの気配がつかず離れずの距離でついてきた。

 二つはさっきの老人と小娘だろ、あと一つはさっぱり分からん。クソ爺には姫様がいた手前Bレート以上と言ったが、実質はSレート以上だろう。つまり化物が三人も一緒に行動している……関わり合いたくねぇ。


 監視されている以上、転移魔法は駄目。

三人と戦う……、この街どころか大地そのものを消し飛ばすな。

 話し合いをする………わけにはいかないよなぁ、敵さんの可能性があるし。


 ひとまず街をぐるっと周りながら考えよう。街を消すのは最終手段ってさっき決めたばかりだし……串焼き美味しい。


 しっかし、増えたよなぁ。

 魔力眼を使わなくても分かるってことは終焉が近いってこと。この二日で加速的に増した失踪者。

 俺としては街の人間がどうなろうが知ったことではない、ただそれを引き起こすやり方が問題なのだ。別のやり方であれば俺も無視していたのに、運のない奴ら。

 街の半分を回って立ち去る気配なし、とりあえずあと半分街を回っても変わらなかったら諦めて勇者のところに行こう。

 そして街を一周したが相も変わらず後をつけて来る三つの視線に辟易としながらも、小腹がすいたのでどこかで適当に食べる店を探そうと視線を動かしたときに足を止めてしまった。

 凝視されていたのに気付いたのか、手招きして呼ばれてる。


「おっちゃん、これ何のスープ?」

「おう、よくぞ聞いてくれた! これは秘境にある村の調味料を使ったスープでな、メートロていうんだ。色が泥みたいで食べ物じゃないと散々罵られててな、無料でいいから一杯食べてみてくれないか坊主?」


 木の器に注がれたスープをこちらに渡してくると、ナキはそれを受け取り一口飲むと電気が体中を駆け巡った。


「おっちゃん……これの調味料ってどこかで売ってる?」

「それが売ってないんだよ。これも俺の家で栽培してるやつの残りでな、あとはこの袋に入っている分しか残ってないんだが。美味かったろ、なっ、なっ?」


 無言で残りを飲むと、器を静かに置いて懐から袋を取り出しておっちゃんに投げる。


「なんだなんだ? って重っ!! 何が入って……」


 袋を受け取り中を覗き込んだ店主は顔を硬直させる。


「それでこのスープと調味料も全部売ってくれ、足りなければもっと出す」

「おいおいおいおい! ちょっと待ってくれ、こんなに貰えないっての! ここにある分なら4,000ミルあれば十分だから」


 袋を俺に戻そうとしている店主だが、ナキは首を振って受け取らない。


「現状おっちゃんのとこでしか手に入らない調味料だってんなら、その金額がスープに対する俺のつけた価値だ。調味料をくれるってんなら追加で渡すが?」


 もう一つ懐から袋を取り出すと店主がぶんぶんと首を振る。


「足りないのか? なら、もう一袋――」

「違うわ! そんなにいらないって言ってるんだ、取り敢えずその袋を仕舞ってくれ。調味料も全部やるからいったん場所を移さないか? 俺も落ち着きたいから」

「そうか、それじゃあ魔法ギルドでいいか? あそこならギルドの前に荷物を置いておいても盗られる心配はないから丁度いいだろう」


 持っていた袋を仕舞い店主が店を片付けると、そのまま一緒に魔法ギルドに向かって歩き出す。

 そういえばいつの間にかナキをつけていた者たちがいなくなっていた。スープで衝撃を受けていた間警戒を怠っていたが、その間にいなくなっていたらしい。


「残念、魔法ギルドまでついて来れば歓迎したのに」

「なんか言ったか坊主?」

「なんにも? さぁギルドに着いたぞおっちゃん、中に入ろうぜ」


 ナキが魔法ギルドの中に入ると、建物内の喧騒が止む。

 一緒についてきた男は訝しげながら入り口近くにあったテーブルに座ると、ナキは懐に手を伸ばす。


「待ってくれ! 先に話を済ませてからお代は受け取るからそれまでは出さないでくれないか、心臓に悪いんでな」

「金貨50枚くらい大したことないんだが……、まいいか。おっちゃんもこんなとこにあまり長居したくないだろうし単刀直入にいこう。おっちゃんの調味料――名前はなんて言うんだ?」

「俺はグロンドっていうんだ、住まいは悪いんだが言えねぇ。で、調味料だが現物はこいつだ」


 小さな茶色い豆がテーブルの上に数粒置かれる。

 形状は凸凹していてとても豆とは思えない。


「これはソラメと言ってな、こいつをすり潰して粉末状までしてから湯に入れてかき混ぜるとさっきのスープになる」

「一度に使う量とかの目安とかはあるのか?」

「さっきの寸胴だとソラメを10粒前後といったところだが、鍋だと3,4粒程度で充分だから一度買い込めば持ちもいい――といっても販売してないからこれは意味ないか。今手元にあるのは200粒だから二月程度は持つはずだ」


 ソラメの一粒が小さいので荷物にならない。

 料理を作るときの手間はソラメを粉末にするだけ。

 なんて素晴らしい調味料なのだ、つか欲しい。このソラメはどれだけあっても無駄にはならない。しかし、栽培して持っているのはおっちゃん――もといグロンドだけ。こうなると……。


「おっちゃん、俺と長期契約しない?」

「長期契約? 話が随分とぶっ飛んだな、どういうこった?」

「おっちゃんのソラメを全部買うのは決定事項なんだが、これからも俺にそれを売ってほしいんだよ。俺は料理を嗜んでいてさっきのスープに衝撃を受けてな、俺がそれを独占――有効的に使いたくて継続的に買っておきたいんだ」


 そこで話を区切ると、つい先ほどの光景がリフレインした。

 グロンドの前に金貨が入った袋を三つ置く。

 ギルド内がざわついたが、今は余計な喧騒だ。静かにしていてほしい。

 軽く睨みを利かせるとギルド内が再び静寂に包まれたので問題なし。


「さっき一度見たおかげか慣れちまった自分がいるぜ……、でもこんなにはいらない。長期契約の分も分かったが、なんでそこまでソラメを?」

「個人的な理由が大きいんだが、大分昔に食わせてもらった料理の味に似てるんだ。たまに干渉に浸りたくなったときに食うと思い出せるだろう、その時に起きた出来事を」


 薄く笑みを浮かべたナキを真正面から見たグロンドは、その笑みから深い年季を感じて簡単に口を開けない。


「まぁ、それは置いておいて。調味料はあって事欠かないし、あいつ(・・・)と同じあんたなら信用は出来る」

「あいつ?」

「そっ。あんたたちの主、ライネルだよ」


 空気が変わる、建物全体でなくナキたちの座るテーブルの一角だけが別世界だ。


「坊主、お前何者だ?」

「うーん、なんだろうな。仲間――ではないし、喧嘩仲間――いや殺し合ったぐらいだしそれもないな。一緒に旅をしたことがある知人、うんそれが一番しっくり来る」

「旅仲間?」


 グロンドが目の前に座るナキを見定めるように視線を向ける。


「信じられないだろうからそこはおっちゃんが戻ってから確認を取るといいよ、そうしないとそのソラメに関する長期契約も無理だろうから。でも調味料とスープはぜひ俺に売ってくれよ。足りないならもっと出すから」


 調味料とあのスープはどうしても諦めきれない、そんな必死さがナキの目から伝わってくる。

 お互いが目をそらさずに数分が経っただろうか、グロンドが腰に下げていた袋をテーブルに置く。


「降参だ坊主、今手持ちの調味料は全部売ってやる。ただ契約とか込み入った話は俺には判断がつけられないからそこは待ってくれ」

「全然いいよ、断られたら頷くまで帰さないつもりだったけど。とりあえずこれは渡しておくからおっちゃんはもう帰って良し!」

「おい、物騒なことが聞こえて来たぞ。金はこんなにいらないが、お前が引きそうにないし預かってはおく。また坊主に会うにはこの街に来ればいいのか?」

「おっちゃんの主に俺のこと言えば普通に連絡取れるからここに来なくても大丈夫。俺もこの街にずっといるわけじゃないし」


 グロンドがナキの姿を改めて見ると、旅人という出で立ちにしては軽装と言えなくもないが。

 フード付きのローブ、どこでも見る普通の服。武器の類は見えないし、パッと見強そうにも見えない。


「お前商人か?」

「そんな面倒なもんじゃないよ、ただの雇われた魔法使いさ」

「魔法使い? 全然そういう風には見えないが……」

「そりゃそうさ、ほい俺のギルドカード」


 懐から一枚の小さなカードを取り出すと、それをグロンドに向かってテーブルの上を滑らせる。

 あいつの懐はいったいどうなってんだ、金貨三袋を同じところから取り出したのも今考えればおかしな話だ。体格がいい訳でもないし、マジックアイテムから取り出している風でもない……謎だ。


 テーブルの上を滑ってきたカード取ってみるとそこに書かれていたランクを見て納得した。

 グロンドが見ているのはギルドで発行されているギルドカードと呼ばれるものだ。魔法ギルドと冒険者ギルドはそれぞれ理念が違いよく対立をしているが、発行されるカードは両方で使える。街によっては魔法ギルドが存在しないので冒険者ギルドで更新しなくてはならないのだがそれはそれで面倒なことになるのだ。

 両方でカードを使えると言っても発行元がどちらのギルドか記載されてしまうので、魔法ギルドを毛嫌いしている受付嬢に当たればもう大変。酷いときは更新してもらえないのだから……。


「名前はナキ・アルレシア……、苗字付きってことはあんた貴族か?」

「やめてくれ、俺が貴族とか吐きたくなるわ」


 舌を出して嫌そうな顔をするところを見る限り、貴族にはあまりいい感情を持っていなさそうだ。そうなると訳アリというところだろうか。


「………分かった。それでギルドランクはE…? Eで傭兵って大丈夫なのか?」

「本当は大丈夫じゃないんだけどな、権力者によって無理矢理ねじ込まれたんだよ……本当殺っておけばよかった」


 視点が虚ろになり落ち込んでいる風にも見える。

 なぜだろう、凄く共感しそうになった。


「いろいろと聞きたいことはあるがひとまずここまでにしておこう、これ以上はもう俺には処理しきれない」


 持っていたカードをナキに返すとグロンドは袋を持って席を立つ。

 ナキも後について行って一緒に外に出た。


「おっちゃん、あいつによろしく言っておいてくれ!」

「分かった、悪い奴じゃなさそうとは伝えておくぜ」


 二人が握手してグロンドが立ち去ると、ナキは再び魔法ギルドの中に入っていった。

 そのまま魔法ギルド長の部屋に向かい、ノックもせずにドアを開ける。中には誰もおらず、ナキはソファに腰かけると先ほどのギルドカードを取り出す。


「俺が貴族ねぇ……腐った連中と一緒にされるのは心外だが。まぁ似たようなことしているけどさぁ~、俺のどこに貴族の要素があるのかね」


 カードを仕舞ってソファに横になった瞬間、周囲の景色が一瞬で切り替わった。

 眼前に広がるのは木の天井ではなく澄み渡った青空。雲がない分、日差しが直接ナキの顔を照らす。

 転移魔法なのは分かるが、突然飛ばされるこちらの身にもなってほしい。昼寝をしたかった人間が爆音の響き渡る草原に飛ばされたらどうなるか分かる? 

 結果、不機嫌になってその原因を生み出した張本人を殺したくなるんだよ。

 そして、それを行ったと思える人物を二人の姿を遠目に捉えた。


「……レイト・ライトニング!!」


 ナキの両腕から巨大な雷が一本ずつ原因と思わしき二人に飛んでいくと、その二人は慌てて防御魔法を張っていた。

 レイト・ライトニングは中級魔法に属する。二人が使っていたのは中級魔法以下を防げる防御魔法のクリスシールド。

 対処方法としては間違っていないが、甘い。それを決定づけるように、パリンッとガラスが割れるような音と共に電撃が二人の体を直撃していた。悲鳴がここまで聞こえてくるがいまいちスカッとしない。


「もうちょっと痛い目に見てもらうとしたら―――水か。ウォータープリズン」


 絶えず電撃が体を走っている状態の二人が突如出現した水の球に閉じ込められる。

 水は電気を通さない? そりゃあ不純物を一切含んでいない水は電気を通さないさ、なので海水と同じような水以外の物質が入り込んでいればどうなるか。

 答えは目の前で起きている通り。聞こえてくる音が悲鳴からバリバリバリと轟音に変わった。そのまま数秒経ってからウォータープリズンを解除すると、二つの焼け焦げた人間が倒れ込んだ。


「気分爽快! さて、あそこの木陰で昼寝しよう」


 満足したナキは木陰に寝そべるなりすぐに意識を手放した。



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