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天涯記  作者: 浅黄 東子
第1章 術士と自由の革命
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理想と現実

城内と城外を繋ぐ大きな門をくぐり人と人の間を縫って道を進んでいった、自由の革命祭を待ちわびれないのかすれ違う人々は浮かれはしゃいでいる。

シトリンや自分達の荷物が入っているやや大きめな鞄を持ち歩いていると若干シトリンの顔が那須色になってきたので俺は大きくため息を吐いた。


「お前、緊張しすぎだろ」

「え?してないけど?は?なに?」

 

俺の方向を向いたシトリンはもはやユキノのような喋り方で目は明後日の方向に向いている。首の後ろをさすったり素早くなる瞬きを何度も繰り返してふわふわと手を動かすが何処か動作がぎこちないこちらを向いているが目は一切会わないし爪を弄り始めたシトリンを見て俺はきっと間抜けな顔をしていると思う。

緊張してんじゃん。

ユキノはシトリンの開いてる方の手を握り歩く、突然掴まれた手にシトリンはびっくりするとユキノは自分のおでことシトリンのおでこをコツンと合わせた。


「おまじない、きっとシトリンなら出来るわよ」


いくつかまばたきをするとシトリンの顔は段々笑顔に変わり「うん」と明るく返事をする、さっきとは打って変わりリラックスした様子で微笑み幾分か表情が明るくなりっている、その光景を見ていたウィンが俺の脇腹を強く肘で突っつく、もはや威力が強すぎて肘鉄のようになりダメージを食らう。


「まじ、女神と天使」

「まじ、黙れ」 


ウィンに向かって勢いをつけて蹴り込む、「うぐ」と言う小さな悲鳴が聞こえるがシトリンもユキノも俺もまるで最初から3人で来たことのように華麗にスルーした。


目と鼻の先にコロシアムが見えた時、大柄な男が何かを叫びながら近づいてきた。

「1049番!!」

近くに来たことによってそう叫んでいる事に気づきシトリンは目を凝らして男を見る、体格の良い背中には大剣が見え彼も奴隷なんだとすぐに気がつく、一応科学的魔法適合者かと見るがそうそう居る者じゃないその大剣は変哲も無いただの鉄の塊だった。

シトリンにハグするとソイツは嬉しそうに気まずそうに首の後ろをかく、取り敢えず不審者ではないから咄嗟にユキノを自分の後ろに隠すなウィン。


「お前何処行ってたんだよ、俺とモリューナギルドで助けて貰おうって言ったじゃないか」

シトリンは困ったような顔で微笑み申し訳なさそうに眉をひそめた。

「ごめんね、あの時美味しそうな春柳魚の匂いにつられて変な場所に行っちゃって迷子になってたの」


その言葉を聞いた瞬間、俺はシトリンから顔を背けて笑うのを必死に抑えた、ウィンはユキノとわけ知り顔で目配せする。男は口をぽかんと開ける、そして笑い声を上げた。

「そうか…いや、良かったよ…自由の革命の知らせをうけてからお前は心底嫌そうだったからな、これも王女様のおかげってな」


男は両手を顎の下で合わせる、その行動にシトリンはびくりと肩をふるわせ苦しそうな表情を見せるがすぐにそれは消えた。


「うん、頑張ろうねお互い」

「そうだな!自由のために!!」


男はそう言うとコロシアムの方向に走っていく、アイツはまだわかっていなかった、あの王女の事だ最悪なことがあっても可笑しくない、それはシトリンも思うところがあるのか服を強く握る。

それにしても…だ


「それにしても…いやぁー流石食欲だけは立派だな、一カ月前はちょうど12月25日なのに1月10日以降に現れる春柳魚を見つけたなんてなぁ?」

「シルバーは黙ってて、本当に1023がちょっと抜けててよかった」


ユキノは防具が入っている鞄を持ちながらトイレを指さす、それに対してシトリンは首を傾げた。

俺とウィンは取り敢えずコロシアムの席を取りに行くかとアイコンタクトで会話する。


「もう防具を着けてしまいましょ」

「いつも思うんだけど、あれ私に似合ってるのかな?変じゃない?」

「大丈夫よ、シトリンは可愛いから」

「もう、お世辞はよして」

「後は、よろしくねシルバー、ウィン」

「おけー」

「了解」


ユキノとシトリンを見送り群集の中を抜けていく、狂乱のコロシアムはこれから始まる。


コロシアムの中は人がうじゃうじゃといた、見渡しの良い場所を見つけシトリンの武器が入ったアタッシュケースを横に置く、いつも思うが剣や刀は何が良いかって席取りにはもってこいな所だ。

「何か起こりそうだな」

考え事に浸っていると横からウィンの声が聞こえた、普通の空間なのに異質に感じられる空間にやはりウィンも気づいたらしい。「あぁそうだな」と俺は言ったがそれは大きな声によって遮られた。


「どうも皆様、此度は自由の革命に来て下さりありがとうございます。(わたくし)モリージェリー王国騎士団団長ドゥル・バック・ネオ・ドルフィです。」


何処かで聞いたことのあるような声に俺は音の発生源を見た、やはり不竜を仕留めた後来ていた男の方だった。団長と言っていたが何故あそこに居たのだろうか…さては暇か?


「おい、シルバーあいつ」

「あぁ科学的魔法適合者だ」

「知ってるのか?」

その言葉に答えを出そうと喋ろうとしたとき、もう一度大きな声によってかき消された。

「二ヶ月前のバルカルとの戦争で我々は見事バルカルを追い払いました、国民や騎士だけではなく魔物達も力を合わせこの国を護りました!」

観客から大きな歓声が上がる。


「そのもの達に挑み自由を手に入れるべき、奴隷達の戦いが始まります!!」


騎士団団長の声にもう一度、今度は奴隷達の「女王様万歳!!」と声が空気を震わすほど大きな声で叫ばれる。


「自由…ね…」


ウィンはボソッと吐き捨てた。


「まず、最初に戦うのは労働型奴隷1023」


その声と共にコロシアムに入ってきたのはさっきの男だった、防具も無しに大剣だけの装備に俺とウィンは顔をしかめる、絶望的なコンディションだ。

誇りのように歓声を出す人々を見渡し一礼する様は自由への希望が詰まっているように見えるのか…俺達には死刑台に立つ死刑囚にしか見えなかった。


「あいつ…死ぬぞ」


強く俺の言葉に頷くウィンは冷たい目つきで騎士団団長を見た。

だが他国の俺達が何かをしモリージェリー王国対ヴァルレオーネ帝国なんて事になったら国民の被害が酷くなる、俺達の行動に何十万人の人の命がかかっているのだ。

俺達は何も手出しは出来ない。

科学的魔法適合者のシトリンを連れモリージェリー王国との同盟の会談を母国に持って帰る事が俺達の何よりも優先すべき事だ。


コロシアムの反対側から家一軒ほどの胴体を持つ鎖に繋がれた竜が出てくる、蜥蜴のような鰐のようなその顔は硬い鱗に包まれていて広がる翼をも重々しい鎖が巻き付けられている、その瞳の奥には大きな憤怒が見えた。


「おい、あいつは」

「最悪の事態になったな…確実にあいつは死ぬぞ」


科学的魔法を使う魔物である目の前の竜…正式名称絶滅竜。

人間を捕食するこの竜は人間の都合で絶滅寸前においこまれた竜であり、並みの兵士や科学的魔法適合者でも敵わない最悪の敵だ。


男は目を閉じてゆっくりと呼吸し、唇を噛む。全身が震えているように見えるがあれは、果たして武者震いなのか、それとも…恐怖か。鎖が揺れ、擦れる音が無機質に「カチャカチャ」と鳴る、男は大剣を強く握り締め無謀にも正面から突っ込んで行く。


竜は突っ込んできた男を太々しい筋肉を包む鋼よりも硬い腕で横へ吹き飛ばした、それは一瞬の出来事で大きな衝突音がこの場にいる観客の耳小骨を激しく震わせた。

横に倒れた男はコロシアムの壁にぶつかった事により激しく血を吐き出しうっすらと目を開けた。倒れているのに立ち上がらない所を見ると脊髄が傷ついたのだろう異常な程の痛みなのか身動きすら出来ていない、ここから見ていてもわかる、呼吸が荒くなるのがわかる程口はハクハクと開閉し全身が震えている。


「早く降参しろ!!」


俺の悲痛な声はやはりと言うべきか狂った観客達の歓声でかき消されて届かない。なるべくなら助けてあげたい思いだってあるだが俺達は他国の者だ決して口出しできる立場じゃない。

だからこそ叫ぶしか無かった。


違和感を感じた下手に感傷的なウィンはうんともすんとも言わない、俺はウィンの方向を見るとウィンは目を見開きコロシアムの舞台ではなく俺達が”来た方向”を見ていた。











「シトリン、ユキノ」


情けないほど気の弱い声が俺の口から漏れた。

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