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天涯記  作者: 浅黄 東子
第1章 術士と自由の革命
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俺は今日も


無理矢理な任務に少しばかり胃が痛む、シトリンは初の任務に海を渡る船から顔を出したり、胸の辺りで両手をぎゅっと握り締めたりつま先を上下に弾ませるが短く何度か呼吸を繰り返して平然を保とうともしている。


「提示報告は私達がやるから現地調査はシルバーとシトリンね」

「?今回の提示報告はチームリーダーがやらなきゃいけないのか?」

「そう、明確な情報が知りたいから二週間のペースで向こうに戻らないといけないの」

「面倒臭そう…」 


シトリンが呟くと強く同意を訴えるかのようにウィンは頷く、仕事の関係上こんなこと言ったらだめなのだが、このチームはシトリン以外幼馴染み、しかもシトリンは普通に馴染んでるので誰も止めることなどしない、皆思っているのだからシトリンが言わなくても俺かウィン辺りは普通に言葉にしていただろう、ユキノの方を見てみれば髪を弄り何処か視線を彷徨わせ、沈黙の続いた空間を消そうと必死に頭を捻らせているのだろう、深呼吸をしてから話し始めるユキノを見て俺は苦笑いを零した。


「シトリン、ラルの事は心配しないでね、向こうに戻るときに私達が顔を出来るだけ出してあげるから」 

「ごめん、助かる」

「まぁ、任せとけ」


胸を張るウィンを横目に海の中を見る、透明度の高さに息が止まる程の衝撃を昔は受けた毎を思い出す、昔と言ってもあの戦争以来で昔と言うには最近で最近と言うには昔の話だ。あの頃は何も知らずに知ろうともせず無知をそのままにしていたことを思い出し、気恥ずかしいような哀れのような複雑な気持ちが過ぎった。



「と言うかシトリンも様になったな」

言葉を漏らす。

「でしょ?」


シトリンの目が輝き満足げに猫のように背伸びする、真新しい軍服を着たシトリンは軍帽を目深に被り直し翻る軍帽から出る金色の髪がふわりと揺れて顔が露わになるまるで一枚の絵を見ているように海と太陽がシトリンという存在を浮き立たせた。

ウィンが近づいてきて俺にしか聞こえない声で囁く。


「死亡率が上がると思うから、気をつけろ最悪の場合良いか?逃げろ」

「あぁ」

「シトリンの事は任せた」

「…わかった」


シトリンの疑問符を浮かべたような顔にウィンは打って変わって明るい表情に変わり笑顔を浮かべた、正直胡散臭い気もするがそこは敢えて目を瞑ることにした、今はまだ初任務に希望と不安を抱いているシトリンに絶望を教えたくないと言うなんとも身勝手な行動なのだろう、しかし俺は善人ではない、それは間違えの無い史実だ、それが自分だそれでいいのだと頭を振る。


「どうしたの?」

「あぁ今回の任務で迷子になるなよって」

「余計なお世話だ」


相槌を打ちシトリンの不安を打ち消した、さっきとは変わり表情が明るくなり幾分か笑顔が戻った、初めて会ったときの諦めた顔は今ではすっかり夢と希望を抱いた感情豊かに表情をコロコロと変えていた、美しいその髪を揺らし青色の瞳が一層輝いた。その表情を見て一度胸をなで下ろすがすぐにその瞳は疑問を浮かべるように曇る。


「向こうについたら、何語を話せば良いの?」

「あぁ言ってなかったな、あそこは一応ヴァルレオーネ帝国の植民地だからな、そんままヴァルレオーネ語で大丈夫だ」

「そうなの?」

「えぇ、向こうではヴァルレオーネ語が主流になり始めてるから問題ないわ」


その言葉にシトリンは眉を顰めて深い深呼吸をした、何処か辛そうに指を握ったり離したりを繰り返し落ち着きが無いような行動をとる。複雑な表情をするのは決して間違えでは無い、それもそうだ、植民地と言えば奴隷狩りがあった場所だ、元とは言えシトリンにとってみればつい最近の出来事であり一生消えない傷でもあるのだから思い出したくも無い記憶だろう、と想像するのは当たり前だ。俺は少し首の後ろをかき思考を止める。


辺りは一面真っ青で理論的にこの海という場所から俺達の祖先が産まれた事さえ拒みたくなるほど密閉された空気の匂いが俺には毒でしか無かった。だからと言っても本当に毒では無い、別に嗅いだら死ぬとかじゃ無い、何となくこの匂い自体俺はあまり好きでは無いのだ。


俺は取り敢えずまだつかないことを想定して任務の内容を振り返った、不穏分子の捜索とジェム族の捕縛そして科学的魔法所有者の保護、前はシトリンのような訳ありだったから穏便に進んだが今回もそうとは限らない、危険かもしれないしそうでは無いかもしれない。


最悪命は無いだろう、このご時世革命や内戦、戦争に世界大戦は勿論、非人道的な研究なんて当たり前だ、生まれてくる時代間違えた…と何度も思った。

ウィンにも頼まれたが今回はシトリンも居る、無理な作戦はかえって命取りだ、最悪俺が体を張ればいいが果たして何回持つか…危険な場合シトリンを逃がすための準備も必要だろう。


初任務がこんなに難しいとはシトリンにも同情する、そんなことを考えているとウィンに言われた「シトリンを頼む」の言葉が頭の中に繰り返される。

ふと瞑った瞼を持ち上げて隣を見るとシトリンを見ている黒色の瞳が不安げに揺れた。


「シトリンの事、お願いね」


言葉が聞こえた、祈るように振り絞った声は若干震えていた気がした、間違えはしないこれは部下に頼む声では無い。友に頼む時の声だった。見間違える事は無いユキノの握っている手が震えているあの戦争でもリーダーとして強く引っ張ってきたそれでも仲間は死んでいった、どんなに良い作戦を作ってもどんなに励ましても祈っても仲間は死んでいったのだ。戦争なんて前線に出る者は死ぬ確率が高いでも隣にいる人達がまさか死ぬなんて思いもしないのだ、そんなの当たり前だ、それを願っているのだから当たり前なのだ。


「ユキノ!こっちを見てみろイルカが居るぞ!!」

大きく手を振るウィンが居る。

「あら、本当?すぐ行くわ」

震える声を抑えて必死にユキノは微笑む

「?シルバー?」


俺は明日も……


モリージェリー王国奴隷編(完)

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