さらば友よ
何をしなければいけかどうすれば…と考える、アギーに知らせた方が良いと、知っているがどんな顔をして合えば良いのか私には分からなかった。正直な話、今まで人にどうやって謝るや人付き合いのあれこれを教えてくれる人が身近に居なかった、言い訳にも聞こえるが過去に戻れる物ならそう言う事を教えてくれる人を見つけたいと思うくらい、私は後悔していた。
しかし、何もせずここに居続けるのも危険なことであって私はラルの手を取りリヴィアさんに伝えることを決心した、まだ心の中にあるしこりはとれていないがこう言う事は早いほうが良いと言う事実だけが私を動かす原動力になる。可哀想なほどに私にしがみつき震えるラルの姿を見て私がしっかりしなければならないと言う事に恐怖で丸まった背中は幾分か真っ直ぐになる。
「ラル、大丈夫よ私が居る」
震える声を必死にただし震える両手を力で押さえた、いつからこうも歯車は狂い始めたのだろう。ラルの瞳に映る私は確かに見えぬ恐怖に怯えている、こんなのではラルを落ち着かせる事は出来ないだろう、それなのに意志に反して私の体は小刻みに震えていた。
「大丈夫」
時間は止まってくれはしないのだ、どもるラルの手を優しくひきリヴィアさんの所へと向かった。台所で家事をこなすリヴィアさんに私は上ずった声でリヴィアさんを呼ぶ、リヴィアさんはどうしたのかとその青色の瞳を揺るがせ私を見た。
「こ、ここに私達が居ることがバレてしまったんだわ」
「なっ…」
「ど、どうすれば…」
焦る私の声にリヴィアさんは落ち着いてと言うように私の両手を握る、ラルと離れたその両手は酷く震えていて情けないことに視界が歪む、生暖かい感触が瞳の周りを支配し私を恐怖の渦に巻き込んだ、一体どうなってしまうのかと言う底知れない恐怖は奴隷に根強く張った過去を思い出させるには十分すぎる火種だった。私は急な出来事にパニックを引き起こしていたのだ。
「落ち着いて、まずはアギーに言わないと」
「アギーは…ダメ」
「どうして?」
言葉に詰まる。
「あの子の方がどうすれば良いか分かってるわ」
「だけど…」
「大丈夫、あの子もきっと反省しているだから…」
ガタッとドアが揺れる音がした。音の方向を見てみるとそこには平然とした顔でドアを背もたれのようにしてこちらを見ている男が居た。男は私達の視線に気付くと首を横に振りながら肩をすくめた。
「アギーの所には行かない方がいいね」
「っさっきから…こんな緊急事態に何を言ってるの!?」
「緊急だからこそ…だが?」
「っ…シトリン行くわよ」
リヴィアさんに少し乱暴に引っ張られ男の隣を過ぎ去る、やはりなんとも読めない男だ。その忠告は果たしてどちらのための忠告なのだろうか、きっと男にとって価値のある事以外首を突っ込まないと思うからなんとも言えない複雑な感情になる。
階段を上がりアギーの部屋へと向かう、引っ張られているせいで階段がとても上りにくい事に意識が足に向かう、気付くともうすでにアギーの部屋は目と鼻の先にあった。
コンコン
リヴィアさんがアギーの部屋の扉を叩いた。
「アギー、居るんでしょ?」
「…」
沈黙。
「…アギー、シトリンがもしかしたら他の人に見つかったかもしれないの」
だから…そう続けようとしたリヴィアさんの言葉を遮ったのは紛れもないアギー自身だった、ギギッと音を鳴らしながら少しだけ開いた扉にリヴィアさんも勿論、私も驚きを隠せず少し目を見開いた。
「アギー、話を聞いてくれるの…」
「いいわよ」
扉は少しあいているが中は見えない、暗闇のようなそこから紛れもないアギーの声は聞こえるがそれ以外は何も分からなかった。
「何処へでも行ってもいいわよ?シトリン」
「えっ」
アギーの少し乱暴な声にまるで鋭利な刃物で刺されたような感覚さえ感じる、本能レベルで脳が警告音を響かせる聞くな…と。
「もう貴方から話しは聞いたし必要ないのよ…
正直、足手纏いだし邪魔なの貴方が」
「アギー!!!!」
リヴィアさんは大きな声を出して指摘するがアギーは強く扉をガチャンと閉める、取り残される私に必死に取り消しなさいと叫ぶリヴィアさんに何故か多少の納得感と罪悪感が生まれる。私はアギーの部屋の前に少し近づき声を張った。
「アギー、本当にごめんね…貴方と一緒にいれて本当によかった……今までありがとうございました。」
「シトリン!?」
「リヴィアさんも本当にありがとうございました」
誠意を持って頭を下げる。驚きに固まってるリヴィアさんに悪いが決意が揺らぎそうなので素早くしたの階に戻りユキノから貰ったお金を握り締めラルを迎えに部屋に入った。
「…あぁだから言ったのに……」
悪びれもなく男が呟く。
「一つだけ聞かせて?」
「うん?」
「アギーはどうして可笑しくなってしまったの?」
何処かで私は望んでいたのかもしれなかった。私の瞳を見て再度困ったように肩をすくめる男は煙草を吹かしながら目を閉じた。
「人は上に立つと誰でも可笑しくなるんだ、それが1人で全権を持つと余計にな?その人の唯一無二の友人や心を許した人が居なければ誰もソイツを止めることは出来ないし、しようとしない」
「…」
沈黙。
「お前の望んだ答えを言ってやれなくて悪いな、だけど一つだけ覚えとけ誰のせいでもないんだ」
何処かで私は望んでいたのかもしれない、「お前のせいだ」と言われる事を自分で自分が許せないから…アギーの事を友人だと思っていた、大切な親友だと思っていた…思っていたのに助けれなかったのだ。
泣いてはいけないのに涙が溢れる。
「大丈夫?」
自分の足元から小さな心配する声が聞こえた、今、きっと泣き崩れて居ないのはラルのおかげな気がする。私はラルの手を優しく握り声をかけた。
「行こっか」
「行くのか?」
「うん」
「何処にだ?」
「ヴァルレオーネ帝国に」
「…そうか」
「貴方との約束忘れないわ」
「忘れられてたら困るんですけど…」
軽口を叩き私は貰ったネックレスを見せた、男は満足げに笑い「レディーファースト」と言い部屋の扉を紳士ぽく開ける。ラルの手を取り歩き出す、ラルは怖くないのかと見るが私の顔を見てにっこりと微笑んでいる。
「行くの?」
「うん」
「何処に?」
「船に乗るのよ」
「それまでどうするの?」
「歩くの」
「ずっと一緒?」
「うん」
ラルに布を被せ私も被る、静に2人で夕暮れの町を歩き海の方向へと一歩ずつ確実に進んだ。




