不幸な夫婦と少女
ウィンという男は、真面目で律儀な男だ。
親という者が明確にわからない場所で生まれ育ったウィンは同じ境遇のもの達と家族同然に暮らしていた、戦争や紛争が多いこの世界で生きにくい程の優しさを持つある意味産まれてくる時代を間違ったような奴だと今でも思う。
長い年月を過ごし科学的魔法部隊に所属された日確実にウィンは東洋人の女と蝋人形、地に落ちた太陽を見たあの日の午前を思い出したのだろう。
大きな筆で自由に描かれたように落ちた太陽のごとく空間を少しだが暖めたあの赤とその中心で氷という薄い膜に包まれた少女全てが彼にとって始めてであり、まさしく夢への希望を与えた一瞬だったのだろう。
はき違えた優しさではなく自然に作り上げられた優しさを備える彼は正義を気取る訳でもなく、ただ自分が思う気持ちに素直で居る、ある意味子供のまま成長したような者だった。
だからこそなのか自分の中のルールが破られたとき酷く怒りそして酷く嘆く、例えば子供は護らなければならない、人を差別してはいけない、女は男が護る、助けを求める者に手を差し伸べなければならない、なによりもユキノを幸せにしなければならない。
当たり前であるようでこのご時世平気で破られるものであったそのウィンの中の決まり事はこの国にきてから幾度も破られていた。
彼は真面目で律儀な男だ。
こんなことがあってはいけないと知っている、こんなことがあってはいけないと思っている、だからこそ向こうが変わらなければ自分が変わるまで、大人が子供を護るのだ。
彼は真面目で律儀な男だったそれでいてとっても不幸な男だった。
彼には14歳の子供が居たはずなのだ、産まれる前に顔を見る前に亡くなってしまった愛すべき我が子を失い、妻から笑顔を失ったのだ。
勿論それはウィンもだ、いつからか彼は笑うことに疲れを感じ生きることに絶望した、だからこそ少女を見て世界に国に失望と怒りを抱えたのだ。
結局は彼も少女を通し自身の子供を見ていたのだろう、少女を少女として見ては居ないのだろう。
しかし誰が責めるのだろう、仕方が無いのだそれ程夫婦の心に大きな傷と溝を作ったのだそうしなければ、少女に縋らなければ夫婦は生にしがみつけないのだ生きることさえ出来ないのだ。
悲しいことに少女は決して少女として愛を注がれることは無いのだろう、夫婦の事を知らずにただ偽りの愛を注がれることだろう。
そうしなければ夫婦も少女もこの理不尽な世界で呼吸することは不可能に近い。
…だからこそ我が子を傷つけたと怒る彼を止めることは出来やしないのだ。
「始め」
それが例え女だろうが、今の彼を止めることは出来ない、決まっているのだ彼にとっての優先順位と言う物は初めから決まっているのだ。
家族が一番だと。
合図と共に女が斬りかかるそれをサバイバルナイフで弾き飛ばし跳躍。勢いを乗せたまま振り上げたサバイバルナイフを振り下げる、瞬間、金属と金属の特徴的なぶつかり合う音が鳴り響く、筋力的男女差は越えられないもので女は少し辛そうに持っている剣でサバイバルナイフを押し返そうとする。
瞬間、女の口角が上に上がる。
「女性には優しくしないと」
「すまんな、勝負事は手を抜かない主義でね」
科学的魔法〈炎〉が女の手によって展開されるそれは周りの酸素や水素を巻き込み膨張してウィンを飲み込む。
反応が遅れたウィンは簡単に女に弾かれ炎の中に消える。
「ウィン!!」
「大丈夫よ、シトリン貴方は見ていなさいウィンの特技を」
「ほら、来るぞ」
シトリンはウィンを見ながら顎の下で両手を握り祈る、その時、ウィンを中心に莫大なそう例えるなら核爆発並みの炎が吹き上がる科学的魔法〈擬似太陽〉だ女の科学的魔法によって巻き込まれる前の水素を大量にかき集め水素同士をぶつかり合わせなんちゃって核融合を作り出す、人間が作り出すが故に太陽と同じくらいの核爆発は起こせず、簡単に言ってしまえば失敗作の科学的魔法なのだ。
しかしただの炎とは訳が違う、水も燃すし炎も燃やす危険極まりないし、核爆発だけあって使用者と周りに居るものに放射線を浴びさせてしまう。
マイナス面が多い使いたくないランキング上位な科学的魔法〈擬似太陽〉それに加え失敗作である筈なのに魔力の消費と扱えにくさがまるで人類は使うべきではないと言われているような感覚さえ感じられる。
「なにッなにこれ!?」
「科学的魔法〈擬似太陽〉、よかったな俺がまだ下手くそだから放射線で死ぬことは無い」
「っ!!あんたなんかに負けない!!私を拾ってくださった王女様の為にもお前を殺す!!」
皮膚が焼けてもなお女は叫びながら突っ込む、ウィンは軍刀を抜き真っ正面から受け止める。
女が素早く突きを繰り出すウィンはそれを弾きながら後ろへ下がっていくがウィンの頬が切れる。
「はい、針千本乙」
「こら、シルバー」
「針千本…」
ウィンは軍刀に力を入れ女の剣を弾き飛ばし腹に向かって蹴りを入れるがはっと言う声と共に女が地面に倒れた。
「油断大敵って知ってるか?」
頬の傷から出る血を袖で拭いながらため息をつきながら出口に向かう、大きな歓声と共に冷え切った目は元の暖かさを戻し観客席に向かう。
「次は私ね」