我が儘
目覚めの良い朝とはいえない。
本当に床で寝ているウィンを軽く足蹴り起こす、目をこすりながら一つ欠伸をし薄い白色のカーテンを勢いよく開けた。
日光のほどよい暖かさにもう一度睡魔が襲ってきそうな感覚を背伸びして紛らわす。
怠い感覚が残るなか、洗面台に向かい眠気をとるために冷水を顔にかけた。
「おい、馬鹿ウィンおきろ」
「うっ…朝日が俺に寝ろと」
「言ってないし発してない」
布団を剥がしもう一度蹴っ飛ばす。
目をこすりながらウィンはのろのろと立ち上がりやっと起きる、かと思いきやもう一度寝っ転がり目を開けたまま天井を見つめている。
「起きろ」
「起きてる起きてる」
「それは目を開けてるだけだ」
「30代にとって起きるのは辛いんだよ」
そう言ってずっとぼーっとしているウィンを見てこうならないように頑張ろうと決心する。女性陣は起きたのかと考えるが昨日あの雰囲気を作ってしまった俺はどんな顔をして会えば良いのかわからない。
マジで昨日俺は何を間違えたのだろう。
「今日はきっとお前の出番だ」
「…あぁ」
「いけるか?」
ウィンの真剣な声に執事との戦いがあることに意識が向く、首の後ろをかきながらウィンを見た。
静に思い出す、執事の行動などに一定の規則があることを見抜いているので特に問題は無い。
「問題は無いが?」
「…そう言う意味じゃない」
「は?」
「……いや、何でも無い」
意味ありげなウィンの行動に少しばかり目を細め頭を傾げる、日差しがやたらと俺の肌に刺さる。
軍服に手を通し、サバイバルナイフなど軍刀を所持する。
胃や腹が重く尚かつ痛むが頭を振って気付かないようにした。
「…」
空気がとっても重い、あれからユキノ達と合流したが重かった空気がもっと重くなった気がした。
終始無言の俺らにウィンとユキノはお互いに顔を向け頭を傾げる。
「何があったの?」
ユキノが優しく問いかける。
「…」
それでもシトリンは黙った、やれやれと肩をすくめるユキノは現状待機が良いと思ったのかそれ以上何も言わない。
「2人とも言わなきゃわからん事もあるからな、俺らは男だから女の思うことを残念ながら察する事が難しいし、ぶちゃけ出来ない」
「それに関しては私達もよ、男の意地なんて訳もわからないし知りたくも無い」
「いや、俺らにはプライドがあるから」
「なに?女には無いって言いたいの?」
「そう言うわけじゃ…」
夫婦喧嘩勃発かと思いきやシトリンが急に歩くのを辞めた、突然の出来事に反応が遅れ数歩先で止まる。
どうした…と声をかけようとしたとき嗚咽音に混じって小さな声が聞こえた。
「…ない…死んで欲しくない…うっぅ死なないで」
涙を止めようと必死に目元をふく、その行動と言葉にはっと気付かされた、シトリンがずっと心に溜めていたのは決して自分が役に立たなかったからではなく、あの奴隷のように死んで欲しくなかったから誰かが死ぬのを見たくなかったからだ。
十四歳のシトリンには自分の傷以上に知人の死が怖かったのだ。
ユキノの腹に抱きつき顔は下を向く、ユキノの服を握り締める手は心なしか震えているように見える。
「シルバー達が、ひくっ強いのは、知ってる、だけど、うっ、もう、居なくな、ひくっ、て、欲しくない、ひくっ」
俺は静にシトリンの前にかがみ、右手の小指をシトリンと俺の前に出した。
「ほら、出せ」
見よう見まねでシトリンは恐る恐る左手の小指を出す、少し周りに目線を送れば2人に意味深な笑みを向けられ顔に熱が集まる。
「俺達は死なない」
「そうよ?それに私は怪我だってしないわ」
「それは凄すぎだろ、勿論、俺も死なない」
「なによ」とユキノがウィンの片耳をつねり小さな悲鳴が聞こえる、4人の小指が絡み合い上下に揺れる。
「指切拳万~」
「嘘ついたら針千本呑ます~」
「指切った」
「?」
東洋の約束を守る為の儀式を行うとシトリンはポロポロと涙をこぼしながら頭を傾けた。
「約束の厳守を誓うときにするのよ」
「おまじない?」
「そう」
自分の小指を見てから俺達を再度見て再び泣き出す、こうしてみればシトリンはまだ十四歳なんだと改めて認知する、俺は背中にあった重い荷物が消えた気がした、大分足が軽くなったとも思う。
慎重に、慎重にシトリンの頭を撫でる、なんか言葉にしたら気恥ずかしい気もしたからただ心の中で呟くことにした。
大丈夫。
「俺、最初シトリンの地雷をシルバーが踏み抜いたと思った」
「あら?私はシルバーが碌でもないこと言ったのかと思ってたけど」
「俺のこと何だと思ってんだよ」
「アホ」
「馬鹿」
「死ね」
あまりの酷い評価につい口から暴言が出て来る、それを見ていたシトリンが今度は面白そうにそして楽しそうに笑った。
やり取りが可笑しくなってきていつの間にか俺達も笑う。
「俺、この後戦わなきゃいけねぇのに腹が凄く痛くて集中出来なさそう」
「おっ針千本呑むのシルバーか?」
「死んで針千本て辛い」
「ふふあはは」
「くっあははは」
「あはは」
目の前が霞むほど笑っていると時間が無いことに気付き焦る、それでもさっきよりは幾分か心は軽いし余裕が出来た。
ナイフの柄を一度触り俺はシトリンの手を引きながら先を走るユキノ達を追いかけた。
この時のシトリンの笑顔はとても良い物だったと記憶している。