美しい花を
奴隷と言うものは不幸しか生み出さない、非人道的行為が正統化されたこの国で自分の目で見て始めて感じた評価だ。
例えシトリンが酷く傷つこうと誰も止めないし誰も手を差し伸べない、これがもしシトリンのような奴隷ではなくか弱き国民の少女であったらきっと変わっていたのだろう。
この空間自体が異質なのだ。
先程と同じように騎士団団長は死刑宣告するかのようにシトリンの次の対戦相手を告げる、それに対して同じように観客が喜び歓声が上がる、やはり異常だ、異質だ。
だがしかし東の国のことわざである「一期一会」という言葉が存在しているだけあって単調な同じは続かなかった、対戦相手は王宮の者、科学的魔法を使える執事、副団長、団長の3人、そしてシトリンは肉体的、精神的にも参っていて地獄よりも過酷な所へと追い込まれている。
もしこの世界に神が本当に居るのならばシトリンを助けることだってしただろう。
しかしそうでは無い、神は何時だって人間を助けようとしてはくれなかった、それを知っててもシトリンは抗い続ける、自分の志を曲げないために。
俺の目の前、正確に言うとウィンの手前から何かが割れるような歪な音が鳴る。
同じは決して続かない。
「それではこの国の執事であるドワーノ・アドゥ・バルージェとの戦いから始めましょう」
幸いにもシトリンにはシトリンのことを実の娘のように可愛がる彼女にとって両親のようなおっかない夫婦とそれを見守り続ける傍観者が居たのだ。
「その戦い待った。
私達はシード権を破棄し奴隷番号1049番をチームに迎え入れ貴方達と戦うことを宣言する」
ユキノは美しく微笑みコロシアム会場であるシトリンの目の前に着地。俺達もすぐに隣に飛び立ちユキノの一歩後ろの左右にわかれ待機する、観客達も突然の乱入者に困惑する。
司会者兼騎士団団長もどうするべきかと考えているとコロシアム全体を見渡せる王女の席から立ち上がり王女はこちらを向いて薄く笑った。
「まぁさっきから淡々としていてつまらないと思ってたの…良いわよ?貴方のその条件受け入れるわ」
俺達は心中でガッツポーズをする、目の前で予想外のことが立て続けに起きているからなのかシトリンはただ呆然と見守っていることしか出来ていなかった。
王女の気まぐれの言葉に観客達は喜び、執事達は闘志に燃える。
すると相手の騎士団団長はこれまた綺麗にお辞儀をしユキノに視線を向けてから俺達を見る、肩を後ろに引いて顎をあげた、立ち姿で嗤った。
「私、ドルフィの相手は銀髪か赤毛のどっちでも良いですよ?」
騎士団団長は顎や胸を突き出し挑発するようにどちらが優位に立っているかを強調する、なめたような物言いがかんに障り抗議しようとした瞬間、礼儀正しい東洋人の血を引いたユキノが顎を高く上げて首元を露わにしながら凜とした声と共に微笑み返す。
「いえ、貴方は一番強そうなので私がお相手させて貰います」
「ハッハッハ!!女性である貴方が?私には女性をいたぶる趣味は持ち合わせて居ませんよ?」
ユキノ・ルアームを完全に弱い存在だと思い込んだ男に心の中でひっそり合掌する、嗤う男に対してユキノが相手をじっと見てやや肩をすくめてみせ上品に微笑む。
「でも、傷つく少女を追い込む趣味は持っているらしいですね」
静寂。男は一瞬黙る、疑問系ではない有無を言わせない言葉は確実に男を追い込む、男は小さなナイフを地面に突き刺し科学的魔法〈生命〉を使う、ナイフが突き刺さる部分から芽が出て、やがてつるバラになり男の近くに美しい赤色のバラを咲かせる。
「いえ、持っていませんよ…しかし貴方のような美しい女性には綺麗な花を贈り一緒に愛でておきたい、傷をつけてしまうことがとても残念です」
男は手の平に一輪のバラを乗せふっと息を吹きかけユキノに送る、鋭い視線を向けてきてわざと眉を上げて首を傾げた、ユキノはその花を片手で受け取り目の前で握り締め地に堕とす。
パラパラとドライフラワーのように綺麗に散る薔薇は幻想を見ているように何処か儚い。
「あら、知らないの?綺麗な花には棘があるのよ?」
細められた目は一瞬にして黒曜石のような瞳を露わにし嘲笑うかのように嗤う、手をさっと払いのけるように動かし冷たい目つきで低い声を出した。
最後の一片が地面に墜ちた。