彼女と手品
気だるそうな看護婦さんがやっとOKをくれたので、やっと出ることができた。
もう試合は終わり、会場の撤収もだいぶ進んでいる。
移動する親たちや見物人、何やらヘッドセットで話しながら急ぎ足で歩き回っているスタッフたちでごった返している。
宇宙からの危機に備えている僕たちの時代には、ロボットの競技大会は時代のメインイベントといってもよかった。
巨大運送車に分解されて収容され、ドックへ向かうロボットたち、片足を引きずりながらなんとか自力で移動するはんぶん破損したもの。
各チームの大将機や主だったものは、修了式の会場を取り囲んでいる。
半円状にステージに対峙するように並んでいて、やはり壮観だった。
結果発表が始まる直前には、防衛軍日本支部のロボットたちがやってきて、ステージの広報を半円状に取りかこむ。
僕たちのロボットと防衛軍のロボットがステージを中心に丸い輪をかたちづくり、それが地球人の連帯のシンボルになるという演出だ。
じっさい、学生のなかで優秀なものはスカウトされて防衛隊に入隊するのだから、理にかなってはいるし、たぶん感動的なのだが、そもそもぼくはそこに参加できない。
中央にいるのは当然ヒカリのシュープリームで、山の向こうからの夕日の光でオレンジ色に照らされている。
右目が破損している以外には、大した傷はなかった。
もともと新開発の対ショックアブソーバースキンで装甲されていているのだ。
彼女の家は財閥で、会社をいくつも抱えているが、最大のものが重戦闘機開発業務にあたっていて、……つまりロボットを作っていて、防衛用ロボットについて政府に協力もしているという。
授業用のものや民生機では望むべくもない新しい技術がこれでもかと投入されている。
彼女のマシンを作るために開発された技術が軍の次世代機に使われるというわけだった。
つまり彼女のマシンはまだ実戦用の装備はないが、性能では軍用機を上回っているのだ。
そもそもマシンの格がケタ違いのうえに、彼女じしん優秀なトレーナーをつけ、最高の練習環境で訓練を重ねているのだ。
そういう意味では彼女がトップなのは当然で、違いすぎてジェラシーを持つ理由もなかったが、そのほかの同級生たちは別だった。
同じような環境で訓練してきたのだ。
彼らはあそこにいて、多分防衛隊のスカウトを待ちのぞみ、レナのおっぱいに気を取られたぼくは、こうして杖をつきながらフラフラ会場に向かっている。
スカウトされる彼らを見るために。
ぼくはもともとロボット操縦のカンは良かった。
特にバランス感覚がよく、安定高速移動、危機回避、バンク攻撃やスラロームは地域一の成績だった。
だから、スカウトされるのは僕であるはずだったのだ。
試合の後半は見ていないので、誰が選ばれるかわからないが、
それはぼくであるべきだったのだ。
選ばれるのが友達とはいえ、くやしいことに変わりはない。
頭の奥が緊張し、知らぬうちに奥歯を噛みしめていた。
シュープリームの横には、左足を予備の補助パーツに換装したメタル・ジョーもその横に立っている。他にも、それぞれ戦闘の跡をとどめているが、夕日にかがやく友人の機体たち。プリズムジェイン、チタンアール、ルナティックゴースト、ブラッククロー、モモタローZ、……
レナの胸がこぼれ落ちる様子がスローモーションで思い出された。
あのタイミングは完璧だった。
(ついでに言えば、胸の形も完璧だった、……嗚呼、ぼくのばか)
彼女もスカウトされるだろう。
大将機をダウンさせ、副大将機、ぼくの愛しいウルフを撃墜したのだから、かなりの高ポイントになるはすだった。
ぼくの一年とひきかえになった一瞬の映像。
ふしぎと彼女を恨む気にはならなかった。
敵の意表をつくのは、正当な戦い方だ。
彼女のばあいは、意表をつきすぎた意表のつき方だったということだ……。
ルール的にはどうなんだろう?
かなり微妙なラインだが、問題なさそうだった。
その場合、彼女はしていけないことをしたわけではないことになる。
それに、可愛かったし……、違う、違う。
ぼくはバカだ、間抜けだ、あんぽんたんだ。
自分だったらこんな間抜け絶対に採用しない……。
防衛隊のお偉いさんたちも同じ判断になるに違いない……。
これはもう、防衛隊にはスカウトされず、仕方がないので進学して、再試験を受けることになりそうだが、ウチの経済状況で大丈夫なんだろうか……?
はぁぁ……。
・
「ビリケンくん……」
「わわわっ!」
飛び上がるほど驚いたのは、いきなりうしろからレナの声がしたからだ。
また胸全開か? とかアホなことを思いながら恐る恐るふりかえると、カバンを抱きしめたかっこうで、まゆを八の字に寄せて少し困ったような顔をしたレナがまじかにいた。
もちろん服はきっちりしたセーラー服に戻っていて、胸も見えていないのだが、それは当たり前。
「や、……やぁ……」
これもわけのわからない挨拶をしてしまったが、もちろんあとが続かない。
冷静に考えれば、彼女のせいでぼくは落ちるんだし、彼女は意図的にあんな作戦に出たんだし、挨拶なんかとんでもないという場面だったかもしれないが、……おどおどして、次に何を言っていいかわからないで、とまどっているような彼女は、……とても魅力的だった。
「あの、……」 なにかいおうとして、あとが続かない。ぼくが、自分の口が開きっぱなしになっていることに気づいたのはこの時だった。
「ん……、そう……だ」 彼女は手にしているカバンに手をいれ、十センチくらいの銀色のリングを二つとりだした。
?
足のあいだにヒョイっと薄いカバンを挟み、リングを一つづつ両手に持つ。
「タネも仕掛けもないリングです。どうぞ確かめて……」 口上を言いながら、ぼくの方にリングを渡してきた。
なんなんだ? この展開……。確認してみたが、普通のメタルでできたリングだった。どこにも継ぎ目はない。次第に落ちつつある太陽がうつりこんで光っている。
「はい……」 リングを彼女に返す。「確認しましたね? しっかりと、これは継ぎ目のないリングでしたね、たしかに?」
ああ、とぼくが答えると、それではよくご覧ください、チチンプイプイ!、と、彼女が左右の手に持ったリングを振った。
カチンと音がして、……二つの輪はつながっていた。
しばし沈黙……。
彼女は、今度はちゃんと腕にもったカバンの中にリングを戻し、振り返ってそのまま行こうとした。
「う、うまい手品だな……」
ぼくはうしろから声をかけた。
彼女は止まり、そのまま静止……。少ししてから、にっこりと笑った顔でふり返った。
「わかりました?」
「あぁ、……上手だ……」
「仕掛けはわかった?」
「わからない、どうやったんだ?」
やったぁー、とガッツポーズになるレナ。うまくいったの初めて、これ難しいのよ、と一気にまくし立てて、そのあとわれにかえって赤くなった。
「ごめんなさい……」
ステージの方に、防衛隊の一群や地球連邦の役人たちが移動していくのが見えた。
「なんで手品を見せたの?」
そもそもぼくはそこから分からなかった。
「私は悪くはないけど、でも、謝りたかったんだけど、きっかけがなくて……。趣味の活用っていうか……」
「じゃ、役に立ったね……」
「……そう?」
変わった子だ、というか、あの作戦の時点で変わりまくっているのだが……。
なるほど、それを知ればトリッキーな機銃の使い方もなんとなく納得がいくけど、手品が趣味の高校生というのはやはり変わっている。
「変わった趣味……」
「人と同じじゃ面白くないかと思って……」
「そんなふうに、あの作戦を考えたの?」
「……バトルには必死です。防衛隊に入れるかどうか決まるから、あれで。目的があったら、なんだって……。そして、あれはルール違反じゃないでしょ?」
彼女が手にしたデバイスに映し出したのは、機獣戦のルールブックだった。授業でがっちり教え込まれていて、ぼくもルールには詳しい。肌を露出して対戦相手を動揺させてはいけないとは書いてはいないことは、知っていた。
「ま、すごい作戦だった……。完敗だよ」
「突然思いついて、……。動揺するかなって。……でも、もう使わない」
あれで動揺しない奴はいないだろう。たしかにその通りだ……。
「センパイ以外に見せないから」
彼女は会場の方に小走りで行ってしまう前に、小声で呟いた。