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機獣競技大会 2

 気がつくと、簡易版の保健室だった。

 プレハブの建物に、いくつかのベッドや、医療器具を設置してある。この大会のためのあり合わせの医務室だった。


 寝ているのは僕だけ。

 体の上に、ビニール繊維のシートがかかっている。暖かいというよりは熱い。

 コックピット直撃を食らったぼくは失神、気がついたらこの医務エリアにいたというわけだ。

 そんなに事故は起きないが、それでも10メートル〜30メートルの機体に乗って跳んだり跳ねたりぶつかったりを繰り返すわけだから、医療スタッフも待機しているし、急ごしらえの医務室も必要なのだ。

 たまにはミサイルも飛んでくるし……。


 白い壁をぼうっと見ていると、レナのはだけた白い胸がこぼれ落ちてくるような気がして、動悸が少し激しくなる。

 変な言い方だが、きれいすぎて、思わず目をつぶってしまったのだ。

 自分が恥ずかしくなるというか、……見てはいけないものというか。


 いまだに一瞬見えたきれいで大きなおわん型をおもいだすと、頰に血が集まってくるのが感じられた。

 もちろん、目を開けたままでも、その場合はほかの、コックピットのミサイル警報パネルや、こちらに向けてカバーをフルオープンしたショック砲は目に入らなかっただろうから、同じことか……。


 ともかく、彼女は胸をはだけ、ぼくが動揺した隙をついて、ショックカノン砲を叩きこんできた。

 完璧な作戦……


 腕の情報バンドで時間をみると、午後三時半、たぶん、もう試合は終わっている。

 試合結果が気になる。


 防音シートで包まれているので、外部の音は聞こえてこない。窓のシートをあげてみたが、それでも静かだった。

 太めの(失礼!)看護婦が、ドアを開け、僕がねていると思ったのだろう、つかつかと入ってきて、計器の数値をチェックしている。


「あらまぁ、起きているの?」

 現代医療の前には狸寝入りは効かないらしい。


「お見舞いですよ」


 お見舞いって、誰だ? 

 悪友たちの顔が目に浮かんだ。

 バトルエリートだったぼくは、肝心の試合で失神してエリートコースを外れたのだが、たぶんめちゃくちゃにいじられるだろう……。

 普段同様にいじることが元気づけることだと思っているにちがいない……。


「失礼します」

 部屋の中に傘をさしたままヒカリが入ってきた。

 部屋の中で、傘だ……。

 この学校にはまともな人間はいないのか?


「大丈夫? ビリー・ケン」

 正式名称で呼びかけられた。彼女の服装は、白主体の胸元が大きく開いたゴージャスなドレス。金髪を下ろして、どう見てもバラの花束を背負って黄金のオーラを発している……。


「あ、ああ、あああ……」

 僕は口をポカンと開けたまま、彼女を見つめていた。試合中は皮のパイロットスーツだったのに、終わった途端にこれになるとは、変わり身が速すぎる……。

「あら、傘? ごめんなさい」


 ぼくを唖然とさせていたのは、どちらかというと衣装のギャップだったのだが、ヒカリにとっては普段着らしく、彼女は完全にぼくが戸惑っている理由を勘違いしていた。

 勘違いして室内で傘をさしていることを謝ったのだが、しかしさしたままでいた。


 多分、ラマルク一族(ヒカリの一族)は、会場の近くにワードロープ車を持ち込んでいて、試合の終わったヒカリをシャワーで洗い、すぐにドレス……、彼女にとっては普段着?……に着替えさせたのだ。

 ラマルク一族の財力ならなんでもないのだろう……。

 そして、彼女はそんな環境で育ったので、自分がやっていること、きている服がふつうのことだと思っている。

 傘ぐらい、戦闘試合の最中にドレスで歩く神経に比べればなんでもない、……多分……。


「この建物はドワーフ菌がいる可能性があるのよ。もしいたら、上から埃と一緒に落ちてくる……。よかったらあなたにも傘をお貸しするわ」

「ありがとう、ぼくは……、あー、いらないかな……」


 ぼくはどぎまぎして答えるが、ぼくたちを遠巻きに見ていた看護婦は、「ドワーフ菌」の言葉に反応し、あわてて手元のデバイスを調べはじめ、「あら、大変……」と言って外に飛びだしていった。

 二人きりになった。


「やはりいるみたい……、傘は? 爺やにいえばすぐに持ってきてくれるわ」

「ドワーフ菌は、いたとしても外傷の回復をほんの少し遅らせるだけだよ」

「あら、いい争いをするつもりで来たんじゃないわ、私が来た理由がわからないの?」

「君が来た理由?」


 実質的にエイトプリンスシティのプリンセスであるヒカリが、将来、防衛隊に入れる可能性もなくなった落ちこぼれに、確かになんの理由で会いにきたのか?

 かなり異常な事態だった。明日の学内ゴシップのトップになることは確定だ。


「実は、……私にもわからないの……」


 ぼくたちは笑い出した。


「でも、多分……、『愚痴』りたかったのかも……」

 ハンカチで目元を押さえながら、ヒカリがいう。


「はぁ……」

「私は、愚痴というものを言ったことがないのよ。さっき、家にある私の発語ログを調べさせたけど、愚痴の記録はゼロよ」

 それはそれは、彼女の家は下手したらこのエリア一番の豪族なのだから、一人娘のすべての言葉を記録しておくこともできるのだろう。


「たまにはいいかな、って」

 学費もカツカツの金持ちとはいえない家に生まれたぼくには想像もできないことだった。

 毎日、夜になると、国の名士である父親が、彼女の発言ログに目を通し、その知能の発達に一喜一憂とかしていたのだろうか?

 ……いけない。出世の可能性を潰されたぼくは、どうも地方の名士の一人娘の言葉を素直にとれないようだ。


「ともかくね、シュプリーム号が倒れるなんて、……しかも試合中よ……」

「確かに……、意外な弱点だったね」


 試合中に彼女が載っていた『シュプリーム号』も、彼女の一族の研究所で設計され作られていた。

 開発途中の次世代戦闘ロボで、完成した暁には惑星防衛機構が買い取ると言われている。

 それが、人力でロープを岩場に張りめぐらせるというローテクな奸計によって倒されたのだ。もちろん、倒れただけならポイントが一つ減るだけで、負けにはならないのだが、倒れたのはヒカリのプライドの方なのだろう。


「シュープリームは、バランス機構と足腰のシステムの再設計を命じたわ」


 ヒカリといえば、機械のように冷静で正確な女として知られていた。

 今は、転入生のイトウ・レナに対してめちゃくちゃ怒っているんではないだろうか?

 もちろん、そんなそぶりは見えなかったけれど、そもそも彼女は怒っているからこそ、ここに来ているのでは?


 ヒカリは立ち上がり、窓の方にゆっくりと歩いていく。

 空調の音が変わって、「除菌中」の緑のライトがつく。ドワーフ菌を除菌し始めたのだろう。


「私は、彼女が気になるの。というか、気に触るんだ」


 傘はそのままで、ヒカリが言った。


「私の家、私の両親、ラマルク財団は、地球を守ろうとしている。私は生まれた時から、そのために教育されてきた。……特別な一族なのよ。ダーウィナーたちと戦うために存在している……」


「あなたたちは違うわ。言われたから戦うふりをしているだけ……。機獣の操作や銃の打ち方やを教わり、それっぽく動くけど、真似をしているだけで、本当のダーウィナーを知っているわけじゃない」

「……」

「いいのよ、ぶつかってから知れば、それでいい。でも、彼女は違うの。自分で汗水垂らしてロープを張り、あなた相手にはしたない真似もした。そこまで、ダーウィナーと戦いたいんだわ」


 はしたない真似というと、少し違う気がしたが……


「その熱意、知らないくせに持っている熱意が、気に触るのよ……。平民なのになぜそこまで思い込めるのか?」


 ぼくも平民だったが、ヒカリはぼくのことは平民とは思っていないようだった。


「そうだ、試合は?」

 ……忘れていた。もっとも、ぼくたちの目的は、自分が防衛隊にみとめられることで、彼らがスカウトしてくれることだ。チームの勝敗はそれとあまり関係ない。

 でもやはり勝ち負けは存在する。


「チーム・レッドの勝ちよ。イトウ・レナの機体は、あなたがやられた後、私が潰しておいた」

「潰した?」

「潰した」

 それ以上は聞かなかった。


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