機獣闘技大会 1
『こっちへ来ないでっ!』
聞いたことのない声だった。
コックピットのスクリーン上を緑の点が逃げるように移動していく。
ぼくは北へ移動していたのだが、前の岩場を、安全地帯を探すようにジグザグに動いていているのだ。変な動きだった。
これは高校の卒業検定、機獣戦闘技能の試験だった。高校の全生徒が五つのグループに分かれ、三年間学んだ機獣操縦技術と戦闘技術をきそう。コックピットに学生を乗せた百体以上のさまざまな機獣(戦闘用大型ロボット)が、数キロ四方の宇宙戦跡地で戦うのだ。
新暦二千十五年に生きる者にとっては、ここで人生が変わるポイントだ。……戦士になれるかどうかの。
なので、……みんな真剣だ。
そんな中で……、
『やだーっ!』
なんだ、こいつ?
……この変わった音声メッセージを出したのは<チーム・グリーン>のメンバーだった。ぼくは<チーム・レッド>であり、練習試合とはいえ敵同士なのだから、こっちへ来ないで、は、ないだろう……。
音声メッセージの使い方を間違っている……。
機体を走らせたまま、ぼくはスクリーンにタッチし、さらに詳しい情報を出した。
パープルレイン 低空飛行移動型機獣
認識番号 一五六四八Y七
搭乗者 イトウ・レナ
新世紀二千百十五年 十月二日 十一時三十二分 編入
なるほど、おととい来たばかりの転校生か。なら知らなくても不思議はない。
戦闘ルートを確認すると、誰とも戦わず岩場の裏がわを逃げ回っている。
本当は機獣戦なんかやりたくないどこぞのお嬢さまか……。でも義務教育なので仕方なく参加しているといった風だ。
ぼくは興味をひかれた。画像スイッチに触れ、顔写真も表示する。
ショートヘアで、色白の可愛い女の子の立体画像が出てきた。
身長百六十七センチ、なかなかスタイルが良く、リトルグラマーという感じだ。
……かわいい。……好みだ。グラマーなのは、好みだ。この練習試合が終わったら、ナンパしてみてもいいかも。
予定どおり、この練習試合で防衛隊にえらばれたら、きっとモテモテになる。レナはかわいいけど、転校してきたばかりで彼氏もいないだろうし……。
きもち太めのあしもプリッとしたヒップもぼく好みだった。
妄想にひたりながら、ぐるぐると立体画像を回していると、今度はヒカリからの音声メッセージ……。
『おっぱい眺めてんじゃない!』
「すっ、すいませんっ!」
ぼくは即座にスクリーンを元にもどす。
おっぱい……?
ヒカリは<チーム・レッド>のリーダーで、この地方、……エイトプリンスシティ……、の豪族の一人娘。
転校生のイトウ・レナが『可愛い』とすれば、ヒカリは『美しい』。レナが『魅力的』とすれば、『神々しい』といったところだろうか?
学戦の女王である彼女に声をかけてもらえるなんてぼくも出世したものだが、それにしても、初めてかけてもらった個人的な言葉が、おっぱい眺めてるな、とは……。
い、いやいや、……今は練習試合のまっ最中だった……。地球防衛庁から役員たちが来ている、成績がいいと防衛隊にスカウトされる、年に一度の大事な試合……。
試合に集中しなくては……。
気づくと目の前に三体のクイックマウスがいた。
水平に回転しながらペイント弾を次々に発射、全弾命中させる。
このクラスなら楽なものだ。
他にミサイルバットとか、選択する奴らの気がしれない。最初から勝つ気がないのかもしれない。
ぼくは四つ足の機獣に乗っている。
ファイヤーウルフ、最強の機体ではないが、バランスは取れているのが気に入っている。
機獣戦はバランスだ。
単機能の優れた機獣だけが有利というわけでもない。
訓練戦では、審査員たちは機獣の能力を採点するのではない。ぼくたち操縦訓練生の能力と戦闘適正を見るのだ。
『イエローのリーダー機を倒す、援護して』
ヒカリからの指示。
仰せのままに。
イエローのリーダー機は、メタル・ジョー。人間型の、もともとかなり強い機体だが、親友のイノマタが載っていて、あいつの趣味でミサイル類がめちゃくちゃに搭載されている。
イノマタは肉弾戦より砲撃戦を好み、戦いにおいては弾の数が正義だと信じている。メタル・ジョーは通常の五倍以上のミサイルや衝撃砲をセットされ、動きが鈍くなっていた。
ファイアーウルフが注意をそらし、シュプリームが空中攻撃を仕掛けるという作戦だ。
バトル・チャート(戦闘の作戦見取り図)が、スクリーン上にヒカリから送られてくる。
ヒカリのシュープリームが走り、その前をぼくのファイアーウルフが走る。
南へ移動中だったメタル・ジョーが足を停めた。
『ビリケン……』
イノマタの音声。ビリケンというのはぼくの名前だ。もう慣れたけれど、つけた両親よ呪われよ。
それにしても彼は、ふだん仲良くつるんでいるぼくが飛び込んでくると思わなかったのか……。
「勝負の世界は非情だぜっ!」
叫び、ファイヤーソードを伸ばして装備だらけの友人に突っこんで行こうとしたぼくの機体に、あらかじめ照準を合わせてあったミサイルが一斉に発射された……!
「用意してたなぁーっ!」
『お前のいう通りーっ! 勝負の世界だぜーっ! はははははっ!』
予期していた照準合わせの一瞬の間がなかった。
当初の予定どおり、機体を急旋回させて回避したが、後ろ足の先に着弾を許してしまった。
ペイント弾ではなくて、低ショックミサイルだった。
ファイアーウルフはコントロールを失って岩のあいだに倒れこんだ。
そこに他のミサイル群が、……ペイント弾も低ショック弾も混じっている……、炸裂しまくる。
「くそう、貸していた千円返せ……」
落ちてくる瓦礫の中からのぼくの毒づく言葉は、イノマタには聞こえなかっただろう。
空中にジャンプして落下してきたシュプリーム号がこちらに気を取られて反応が遅れた彼の機体の脚に、手刀を放ったからだ。
学生の試合なので、実弾の使用は禁止されているが、手刀で破壊するならなんの問題もない。
とはいえ、そんな技を使えるシュプリーム号の運動能力とヒカリの操縦能力……。学生レベルでないことは明らかだ。
右足が大破したメタル・ジョーはバランスを失い、左側の森に倒れ込んだ。
非常用射出ボットがイノマタを入れたカプセルを発射する。
『チクショーッ!』
悔しがっているイノマタの叫び声。
『チーム・イエロー、撃退』
リーダー機が機能を失ったチームはその瞬間に負けになるルールだ。なんの感情もこめずヒカリが勝利を告知する。
まったく感情を感じさせない、ヒカリはそういう女なのだ。
メタル・ジョーを、搭乗者を危険にさらさないように森側に倒れさせたのも、計算づくだろう……。
すぐに管理局が認定のサインを送ってくる。あとは、レッド、グリーン、ホワイト、ブラックの戦いになる。
チームの勝利が確定した、と、この時は思った……。
『へっへーん、シュープリームーっ!』
体を起こしたシュープリーム号の三十メートル先に、転入生イトウ・レナのパープルレインが出現した。
五メートルほどの機体が、紫の虫のようにふわふわ浮かんでいる。
ぼくもヒカリも、怯えて隠れているのだと思って、ノーマークだったのだ。
パープルレインは、緑のペイント弾をななめうしろからシュープリームの頭部に命中させた。
緑のインクが飛び散る。
『これで満点は無理ねーっ!』
『なんですって!』
珍しくヒカリが感情をむき出しの声をはっし、振り向きざま……
転倒した。
地面が揺れ、粉塵がまきあがる。
地面に何本か避難用のロープが張り巡らしてあった……。シュープリームはそれに足を取られたのだ。
『やーい、やーい、失点二!』
パープルレインは、方向を変えて逃げていった。
「子供か……」
『やられた……。臆病者と思って気を許していたわ。全部フェイクね……』
「え?」
『知りたければ、説明するから、追いながら聞きなさい』
「はっ、はいーっ!」
ぼくは従者か……(まぁ、彼女がリーダーだからな……)。
ぼくはファイアーウルフを走らせ、パープルレインを追いはじめた。
しかし、飛行型を地上型が追うのは、もちろん大変だ。
ファイアーウルフの人工知能に、音声コマンドを入れた。
「自動制御、可能なかぎりの最高速度。目標、パープルレイン」
『透視レーダーによると、彼女の機体は、避難用具でいっぱいだった。あれがすでにフェイクよ』
「はぁ」
『私も単なる過剰準備だとおもった。ネットやパラシュートがいっぱい。でもそれなら、混じっている避難用ロープが、目立たないわ』
確かに、ロープだけ機体に詰め込んでいたら、目立って疑問を持たれたかもしれない。
特にヒカリは、『コンピューター女』と陰口を叩かれるほど、瞬時の分析に優れていた。
『そして彼女は、怖がって逃げ回っているフリをして、自分が機獣から降りて、ステルス塗装した避難用ロープを岩の間に張り巡らしていたのね』
ぼくは納得した。レーダーで見たあの変な動き……。
『怖がるどころか、最高性能のシュプリームに一矢むくいて、高得点を上げることを狙っていたのよ』
「からかって、振り向かせて、転倒させた……」
『編入してきた日にちも、そうね。他の高校から、ここで機獣操技大会が行われるので転校してきたんだわ。たぶん何回も大会に出場しているのよ。彼女、何としても防衛隊に選ばれたいのね……』
確かに、人口減、イコール仕事減に悩む地球で、身分が保証される防衛隊は魅力的な仕事だった。一種のエリートの仕事といっても良い。肝心の『宇宙からの脅威』は、もう何十年もやってきていないから、安全だろうし。
しかし、そのために転校までするか?
防衛隊員といえば、機獣戦闘員で、平たくいえば兵隊なのだ。
あんな、ぼくより十センチも背の低い、かわいい女の子がやりたがる仕事とは思えなかった……。
『目的地に到着、目的物まで二十メートル』
とつぜん、音声メッセージが流れた。パープルレインが目のまえに、こちらを向いて浮かんでいる。
「イトウ・レナ……」
ファイヤ・ウルフのコップピットは頭部にあるのだが、その真ん前にレインの機体は浮かんでいた。
そして、そのコックピットのフードは開いていた。
むき出しになった操縦席に、ショートカットの女の子が、こちらを向いて座っている。
彼女の顔はわずかに微笑んでいるようにも見えた。
少なくとも、敵意を持っている表情じゃない。
風で髪の毛が揺れている。
さっきは子供みたいな罵詈雑言だったが、今の雰囲気は落ち着いていて、とてもこのこの口からあんな言葉が出るとは思えない。
実際にぼくは彼女の瞳に吸い込まれ、先ほどまでのことを忘れてしまっていた。
今思うと、この瞬間に恋をしたのかもしれない。
「ビリケン……」
「ぼくの名前を……?」
……知っていてあたりまえだ。ぼくだって彼女の名前を情報パネルで知っている。彼女も見れるはずだ。
でも、この時、ぼくの名前を彼女が知っていることが嬉しかった。
「見て……」
彼女はいった。何を見てといっているのか?
彼女はにっこり笑い、胸元に手をやり、チャックを開け、スーツの前をはだけたのだった。