02【邪神さま、目を覚ます】
まるで清らかな水の中に
沈んでいるような気分であった。
水の塊が彼の髪を揺らす。
服から体に、体から細胞に…。
徐々に徐々に体の隅々まで水に浸されて、
口から気泡が零れ、天へと浮かんだ。
(......空が、美しい...)
輝く青に思わずニャルラトホテプは目を細める。
そして思い起こすは己の甥。
(クトゥルフ、お前も今、このような気持ちなのか.....)
あぁ、出来ればこのまま深い深い水の底まで
沈んで行き、仕事なんて、使命なんて、
放り投げてしまおうか。
そんな事をぼんやりと考えた瞬間、
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
やがてその震えは頭の先からつま先まで
走って行き、怪しい紫の目をカッと開いた。
...どこからかフルートの音が聞こえる。
(何を考えている、ニャルラトホテプ!
貴様にはそんな大それた自由、
与えられるわけがあるまい!!)
ごぼっ!!と口を大きく開いた瞬間
大量の水が彼を襲う。
フルートの音がだんだんと騒がしくなった。
(オレには使命がある!
オレにはやらねばならない事がある!
あぁ、あぁ!今参ります!!)
頭の中にガンガンと響く抑揚のない
フルートの音に負けないように、彼は
懸命に声を張り上げた。
「アザトース様っ!!!!」
ガバッとニャルラトホテプは半身を
跳ね上がらせた。
...ベチャッと何かが床に落ちる音がする。
「はあっ、はあ...!......ぁ?こ、ここは...」
ぐるりと360度、ザッと見回すと
そこは全く見覚えの無い部屋で...。
「.........?」
自分はどうやら布団に寝かされており、
マントは脱がされ、胸元が肌蹴させてある。
そして床には湿ったタオル...。
先程のベチャッという音はこれが彼の額から
落ちた音だろう。...じんわりと額が冷たい。
「......ここは、ここはいったい...」
彼にしては珍しく、なかなか頭が回らず
仕方無しに湿ったタオルを握り締めていると
トントントン、と階段を上がる音がした。
その足音は丁度ニャルラトホテプのいる部屋の
前で止まり、ガチャリとドアノブが捻られた。
そして、そのドアはあっさりと開かれる。
「あっ、なんか叫んでると思ったら
起きてるじゃん...。」
ぱちくりと黒い目を瞬かせ、色素の薄い黒髪を
揺らしながら、そっと入って来たのは
紛れもない人間の少女。
驚いて声も出ないニャルラトホテプは、ただ
じっと近付いてくる少女を見やる。
「え、えーと...何処の国の人だ、この人?
外人だよね?天然の金髪っぽいし...
あーー、...は、ハロー?」
(なんだこいつ。なんでいきなりヘタクソな
英語話し始めたんだ。)
不審気に彼は眉根を寄せて、
そして、その恐ろしい程整った顔を
強引に微笑ませた。
「大丈夫、日本語も話せるよ。」
少女は羞恥から顔を一気に赤くさせた。