06【テケリ・リ!】
少女は走る。
突然現れた憎たらしい金髪の男を追って、
何度も見慣れた近所の曲がり角を進む。
そして三つ目の角を曲がろうとしたその時、
こんな声が彼女の耳に届いたのだ。
「どうしたお前ら。なんでこんなとこにいるんだよ?」
「___」
「おうおう、別に地球にいるのは構わねぇが
わざわざオレの前に現れた意味を聞いてんだよ」
「__ケ・リ!_テケ__!」
一人は彼女の追っているニャルラトホテプ
とかいう男の声だ。これは間違いない。
しかしもう一方の声_いや声というより音だと
言った方がいいのかもしれないけど_は
いったい何者なのだろうか?
(明らかに人間じゃないよね...?)
それを認識した直後、少女に悪寒が走った。
少女の知識の中ではこのような不気味な鳴き声を
する生物など全く存在しないのだ!
ではこの鳴き声の主は__?
「...っ」
ゴクリ。
恐ろしさ半分、好奇心半分で少女は
喉を鳴らした。そして、一歩一歩そっと
道を進む。その曲がり角に見た景色とは...!
そこにいた生命体を上手く言葉にするのは
なかなかに難しいことだろう。
ただ、何も伝えないわけにもいかないので
今現在使われている人間の言葉でなんとか
表現しようと思う。
それは、まるで悪夢のようだった。
表面は黒っぽい玉虫色でテラテラとしていて、
酷い悪臭を放っている。
体は小さな泡で出来ているように感じられ、
不定形の塊だとでも言えばいいだろうか?
少し違うが、ガチャポンで手に入るスライムに
似ているのかもしれない...。
その不気味な不定形の塊はしきりに
ベタベタと動きながら叫び声をあげる。
「テケリ・リ!テケリ・リ!」
「何をそんなに興奮して......あ??」
不気味な生命体が少女に気づいたのか、
その体の一部を、角から覗く第三者に向けた。
それにつられてニャルラトホテプも少女に気づく。
「.........運が悪ぃな。お前...あー、名前聞いたっけ?」
ポリポリと頬を掻きながら、緊張感の無い声で
そんな事を言うニャルラトホテプ。
こんな状況で、しかも彼の目の前には
この世のものとは思えない存在がいるというのに、明らかに彼女といるより自然体でいるような気がしたのだ。
それに拍子抜けしたのか、少女も未だ震える声で
ありながらも肩の力を少し抜いて話に応じる。
「な、名前なんて教えてないわよ...
愛結華よ。科戸愛結華...」
「アユカか。
忠告しといてやるが、それ以上曲がり角
から出るのはオススメしないぜ。
ただでさえショゴスの一部を見て、正気度が
下がっているんだからな。お前だってこんな
場所で発狂なんてゴメンだろ??」
「しょごす...?はっきょう...??
な、何言って......」
「身の安全のためにお家に帰んなって
言ってんだよ」
意味を理解しない愛結華を前に
ニャルラトホテプは少しの苛立ちを顔に見せた。
しかしそんな事を言われても、地球外生命体を
前に、足がすくんでしまっている。
逃げよう、逃げようとしても体が言う事を
聞かないのだ。
「あーっ何ちんたら突っ立ってんだ!さっさと...うぉ!!」
完全に少女に集中していたニャルラトホテプは
ショゴスの触手攻撃をギリギリで、かわした。
その触手はかなり鋭く、人間の骨ぐらい簡単に
切り落とせるだろう。
「チッ!これだから人間は嫌なんだ!
貧弱で脆弱で、それでいて傲慢で横暴だ!
...おいこら!ショゴス!!お前の相手は
オレだろ!!見境なく相手を変える癖、
そろそろなおしとけ!!」
ショゴスは何を思ったのか、曲がり角で
怯えきっている愛結華に狙いを定めた。
相変わらず相手を嘲るような「テケリ・リ!」
という叫び声をあげて、その小さな生物を
押し潰そうとしている。
「えーいっ!させるか!
ニャルラトホテプ様の魔力を見よ!!」
バッ!と両手を前に突き出し、詠唱を始めようと
するも、全く力が湧いてこない事に気づく。
そして、彼は根本的な事を思い出した。
(あっ、オレの魔力すっからかんだった......)
その綺麗な頬に一筋、冷たい汗が流れる。
そして...
「どちくしょおおおぉぉぉぉ!!!!!」
彼の上着の裏側に、ポケットがあったのか
突如彼の手に握られたダガー。
この時、愛結華がじっくりと観察する
暇があったなら、それはそこら辺で買える
普通の、何の変哲もないダガーだと思っただろう。
しかし少女は目の前のテラテラとしたスライムに
目が釘付けであった。
「オレを無視して、新しい玩具に手を出すんじゃねええぇぇ!!!」
まるで野球選手のように豪快に投げられた
小さなダガー。それは仄かに妖しいオーラを
放ちながら、まるで吸い込まれるように
ショゴスの体に突き刺さった。
「ニャルラトホテプの名により命ず。
汝は我の生贄として選ばれた!」
リンとした、それでいて凄みのある声で
そう紡いだかと思うとショゴスは、その小さな
刃で傷つけられたとは思えないほどの
絶叫を放ち、やがて後に残ったのは黒く、
ネトネトした水溜りと悪臭だけであった。
「あ、あぁ...っ!」
愛結華はその場にへたりこんでしまい、
立ち上がる事も難しそうだ。
そんな少女を尻目にニャルラトホテプは
舌舐りをしながら妖しく輝くダガーを手に取る。
「さあーて、ショゴスちゃんはどれぐらい
魔力を持っていたかな〜??」
カッ!と瞳孔を開き、目に見えない何かを
ダガーから読み解こうとしている。
そして、それを読み取った直後、雷にでも
撃たれたかのようにふらりと足から崩れ落ちた。
「嘘だろっ!そんなぁ...っ!!」
絶望に打ちひしがれたニャルラトホテプは
仕方なしにダガーの刃に唇を当てる。
その時、ようやく愛結華はショックから
少し回復して、この得体の知れない男を
視界に入れたのだが、彼の頭上に
さっき見たような、それでいて少し違う数字が
浮かび上がったのに気付いた。
それは次のように記されていた。
【ニャルラトホテプ】MP 0
このお粗末な数字が、ダガーにキスをした瞬間、
一瞬でこのように表示された。
【ニャルラトホテプ】MP3
無貌の神、ニャルラトホテプ
現在のマジックポイント___『3』




