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第三章 「素直」

 クリスマス以来、俺と奏はこれといって変わらない毎日を送っていた。

 変わったことといえば、大学が冬休みに入ったこと。それと、奏が朝起きて窓をノックし、俺を起こしてくるようになったことくらいだ。

 今朝も俺のすぐ隣にある窓から、ノックの音が振動する。

「亮くん、おはよう。朝だよ、起きて。」

「ぅ…奏…もう少し寝かせろよ…まだ朝だろ?」

「なに言ってるの、今日は一緒に初詣に行く約束じゃなかったかな?」

「ぅぅ…そんなこといったか?」

「いったんだよ、ほらほら、早く起きてよ。」

休みなくノックの音が響く。

 俺は昨日、確かに奏と初詣に行くと約束していた。布団から手をヒラヒラとチラつかせながら、寝ぼけた声で言葉をかえした。

「わかった、わかった…。起きるから…着替えたら家に来いよ…。」

「うん、わかった。早く着替えてね?」

奏はカーテンを閉め、俺は寝返りをうつ。眠かったから。

その途端に、奏の窓のカーテンが勢いよく裂かれる。

「亮くん!」

観念して俺はベッドから出た。

 服をモタモタと着替える。冷え切った廊下を通り、まだ開ききらない瞼をこすりながら、リビングの扉を開けた。

「亮! やっと起きたのか!」

 奏の父親がリビングのコタツでくつろいでいた。

「あら亮ちゃん、おはよう。いいお正月ね。」

その隣には、奏と瓜二つの母親が座っている。俺は苦笑しつつ、二人に頭をさげる。

「お、おはようございます。今朝も早いですね。」

 俺の家、すなわち月下家は、休日になるとこういった具合に、七瀬家と二世帯住宅となる。これも今に始まったことではない。慣れたものだ。

「馬鹿やろう! 一昨日から帰ってねぇに決まってるだろうが!」

「そ、そうですか…。」

 どうやらちゃんと家に帰っているのは奏一人のようだった。

奏の父親の話を聞き流しながらキッチンに向かう。

コーヒーメーカに溜まっているコーヒーをカップに注ぎ込んで、香ばしい湯気が立ちあがる。ふとその七瀬家の脇を見ると、仲良く抱き合って眠る両親が目に入った。

「うちの親はどうなってるんだ…」

頭が痛くなった。俺はコーヒーをすすり、ため息に似たものを吐き出す。

「がははは! 亮! 両親の仲がいいのはいいことだ! そうだろう?」

「はは…そうですね。」

不意にチャイムがリビングに孤立して鳴った。

「亮くん? 起きてるかな?」

 玄関が開く音と、奏の軽やかな声。

男性ホルモンの塊のような奏の父親は、声を聞きつけるとほぼ同時にコタツから飛び上がった。

「お! 奏のやつ来たみたいだな!」

「そうですね、お父さん。」

 一目散に玄関に向かっていき、その様子を、おっとりとした奥さんが見送る。玄関から奏の悲鳴が聞こえてきた。

「わ! お父さん! 寝てなかったの?」

「朝奏を抱きしめない親がどこにいるんだ! さぁ奏! パパの筋肉の胸板に飛び込んでおいで!」

「いやぁぁぁぁぁあ!」

断末魔が響く。俺は奏に手を合わせた。

 リビングに入ってきた奏は、何とか一人で立っていた。せっかくセットした前髪は、すっかり解け、今にも泣き出しそうな面をさげていた。玄関につながる廊下には、見覚えのあるごつい男の足が時々ピクリと痙攣し、うつ伏せになっていた。

「亮くん…行こう。」

「ぁ…ぁぁ。」

とりあえず奏に鏡をみせてから、俺たちは初詣に向かう準備をした。

 奏の前髪も元通りになり、気を取り直して俺たちは初詣に向かった。

 いつもは大学に行くときに利用している電車に乗り込み、奏の案内のもと、目的地を目指す。

 初詣には久しく行っていなかった俺は、この人の多さに目を見張った。電車に乗ったときはまだよかったが、駅が目的地に近づくにつれて、電車内の人口密度が高くなっていく。人の体温で額に汗がにじんでくる。俺と奏は、開くことのない扉に押し込まれ、密着したまま電車に揺られていた。

「奏……」

「ん? なに、亮くん。」

息が互いにかからないよう努めて、声を潜めて話す。

「あと何駅すれば着くんだ?」

「うーん…あと…あと5駅かな。」

平然といい放つ。俺と奏はそのまま二十分ほど、車内のサウナで過ごした。

「あー…やっとついたのか…。」

思わず肩の力が抜ける。それを見て、奏が元気に笑いかけてきた。

「エヘヘッ、たしかにキツかったかな。」

「キツかったな…。奏、さっさと行こう。あんまりのんびりしてると、またあの電車に乗ることになりそうだ。」

開放的な晴天の下、俺たちは初詣に向かう人々にまぎれて進んだ。途中、俺たちの前に露店が点々と並び始めた。いくつも俺たちの横を露店が通り過ぎていったが、ベビーカステラの看板が奏の目にはいると、俺は奏に上着をつままれた。

「亮くん、亮くん! 懐かしいね、あれビーカステラだよ!」

俺の上着をグイグイと引っ張りながらはしゃぐ。

「あぁ、たしかに懐かしいな…。」

「小さい頃はさ、このベビーカステラ買うために一緒にお父さんたちにお願いしたよね。」

「そういえば…そんなこともあったかもな。」

 奏はいつもさげている肩がけ鞄から財布を取り出し、俺の前にちらつかせる。

「ねぇ、一つ買う?」

にっこりと奏が笑みを浮かべる。

「お、いいな。買うか?」

つられて俺も笑う。奏の微笑みは満面の笑顔に変わった。

「エヘヘヘッ、買う、買う!」

 甘い香りと、やわらかい湯気の昇るベビーカステラを、うれしそうに奏は抱えていた。湯気は奏の顔を触りながら、歩いた跡に残されていく。俺と奏は交互にその袋に手を突っ込み、カステラを一つずつ口の中に入れていく。

「エヘヘッ、久しぶりに食べるとなかなかおいしいね?」

「そうだな。こういうものの味ってずっと変わらないよな。」

「そうだね、小さい頃に食べたのも、こういう味だったかも。」

 カステラは少しずつ減っていった。奏が欲を出して一番大きい袋を買ったが、俺たちは初詣を終えるまでに半分ほど食べつくし、昼飯時には出口をふさがれて奏の鞄の中に入れられてしまった。

「なんだかあまりお腹減ってないね。」

 初詣を終えた帰り道、奏が腹をさすりながらポツリと言った。

「当たり前だろう、あれだけカステラ食べたんだからな、まだ残ってるし。」

「でも、お昼はちゃんと食べられるよ?」

「…腹壊すぞ?」

「あ、そうそう。この辺においしい甘味処があるんだよ。」

「…それは昼飯なのか?」

 結局、俺は奏に案内されるまま、奏の言うところの昼食をとりに向かった。

「……甘いなぁ…。」

 奏の瞼がとろけている。俺はその表情を眺めながら雑煮を啜った。

甘味処は駅から少しばかり外れたところにあった。小さい店で、人もそれほど来てはいないが、確実に人の出入りが繰り返されている。たしかに、雑煮は甘すぎず、しつこ過ぎず、甘いのが好きなわけでもない俺でも箸が進んだ。

「…甘いなぁ…」

一口大福を味わうごとに、奏はとろけていた。

「おい、奏」

「甘いよぉ…」

「おーい…」

「苺甘い…」

「奏ちゃーん…」

「はっ! ご、ごめん亮くん…。」

 奏が甘いもの好きだったことは昔から知っていたが、ここまで症状が悪化していたということは知らなかった。

 それから奏は大福をおかわりした。俺はついでにみたらし団子を一つ。結局、俺たちは日が傾くまで他愛もない話をした。

 店を出る際、大福にまだ未練を見せていた奏に、俺は土産を買って帰ることを進めた。

「買っちゃったよ…苺大福。」

「それは土産だろう?」

俺たちの乗った車両には誰も乗っていなかった。傾きかけた太陽が、窓を隔てて俺たちの背中を暖めてくれる。

「お土産でもいいの、結局わたしも食べるんだから。」

「安心しろ、お前の分は俺が全部食べる。」

「だ、だめだよ、安心できないよ?」

「そういうな、絶対に全部食べてやるから。」

「絶対にだめだよ? 心底遠慮するよ?」

「お前はもう二個食べただろう?」

「そ、それはそれだよ…晩御飯のあとに食べれば大丈夫。」

「なにが大丈夫なんだ、なにが…」

「大丈夫だよ、太らないんだよわたしは。」

「そういえばお前…今朝よりアゴにお肉がついていないか?」

「え、うそ!」

奏は必死にアゴをむしる様に何度もつまんだ。

「ハハハハッ! そんなわけないだろう?」

「へ? 嘘なの?」

「嘘だな。でも、そんなに甘いものばかり食べるのも体に悪そうだぞ?」

「ぅぅ…そうかなぁ…」

 苺大福の入った包みに向かって口を尖らせ、奏は落ち込んだ。

「だから体を壊さないように、俺が奪い取ってでも食べてやる。」

「……」

 奏が固まって俺を見る。

「ん? どうした奏?」

「え?…う、ううん。なんでもないよ…エヘヘヘヘッ…なんだか嬉しくて…エヘヘッ」

 奏の笑顔に、顔が湧き上がっていくのを感じる。口元がつりあがるのを必死にマフラーで覆い隠す。

「ん? 亮くん?」

「…なんでもない……そういえば奏…」

「なに?」

首をかしげて奏はあいづちをうつ。目をそむけて俺は続けた。

「その…その笑い方なんか変じゃないか?」

「え? そ、そうかなぁ?」

「そうだ…なんだか、こっちまで笑えてくる。」

奏は困って口元に手を当てていた。俺のマフラーが振り向きざまにはだける。

「べつに、その笑いかたが嫌だとか、そんなんじゃないんだ!…ただ…あの、あれだ…あれ…」

 俺の目と奏の目があう。たぶん、同じことを考えていたんだと思う。

次の瞬間、俺と奏は笑い合っていた。

「ハハハハハハハッ!」

「と…亮くん、またわたしのマネしたぁ…エヘヘッ…」

「ハハッ…ついだよ、つい。お前がいつも言ってるせいだろ…」

「エヘヘッ…そんなことないよ…あれだよ…亮くんがマネするのが悪いよ…。」 

俺は自分が笑っていることに気がついた。笑顔って、こんなにも自然にこぼれて、こんなにも気づかないうちに溢れているものだってことに、いまさらながらに気がついた。いや、こいつに教えてもらったんだと、その時理解した。

二人しかいない車両に、二人の笑い声と、顔と、その場の空気が心地いい空気があることがわかる。

 今の今まで、感じたことのない感覚。俺はその始めての感覚を、じっくりと体にしみこませるように感じ取り、いま隣にいる奏に精一杯笑顔をふりまいた。

「ハハハッ…まったく、奏は本当に面白いな…。」

「面白いのは亮くんだよ…エヘヘッ」

俺は息を整え、笑い声を抑えながら奏に向き直る。

「ハァ……なぁ、奏…」

「ヘヘ…なぁに? 亮くん…」

「あのさ…俺」

突然車両の連結部分から誰かが入ってくる。その音に、俺の言葉は飲み込まれてしまった。俺は訪問者に鋭い眼光を込めて振り返った。

 その来客は、俺の知らない男だ。男は食い入るようにこちらを凝視してくる。

「先輩?」

奏の声が俺の耳元を通り過ぎた。

「七瀬くんか?」

俺は男と奏の顔を交互に見回す。奏は立ち上がってその男のところに駆け寄った。

「大塚先輩ですね? ご無沙汰です。」

「やっぱり七瀬くんか。見違えたよ、こんなに綺麗になって。」

奏は俺に背をむけて、その男と話していた。俺はただ口をあけたまま、その様子を窺う。

「あれは…月下くんか?」

男は俺の名前を知っていた。

「そうですよ、亮くんです。」

奏がそういうと、こちらに奏が男を連れてきた。俺の前にその男は仁王立ちして上から睨みつけてくる。俺はにらみ返し、その瞬間にこいつが誰なのか思い出した。

「亮くん、覚えてないかな? 大塚先輩だよ? 高校の吹奏楽部の先輩。」

 たしかに見覚えのある顔だった。吹奏楽の部長、大塚。黒い髪をスッキリと刈り、見るからにまじめそうな印象をうける。俺は部活に入らなかったからよくは知らない。ただ、奏とは仲がよかったことが、今この場の空気で良くわかった。

「あぁ、あの人か…。」

「それにしても偶然ですね…」

大塚は奏に話しかけながら俺の隣に座り、奏を自分の隣に座らせた。

 二人の話がはずみ、奏の笑う声だけが俺の耳に入ってくる。俺は電車を降りるまでずっと奏の声をうつむいて聞いた。

「七瀬くんがここまで綺麗になるとは思わなかったな。」

「そ、そんなことないですよ…」

「いや、綺麗になったよ、高校時代からそう思っていたけどね。」

「ぅぅ…そうなんですか…あの、あれです…恥ずかしいです」

「ハハハッ、ごめん、ごめん七瀬くん。そんなつもりじゃなかったんだけどね。ただ、男として率直な感想を述べたまでだよ。気分を害したのなら悪かった。」

 俺の顔のすぐ隣で、大塚は頭をかく。

「あの…べつに悪くなんて…」

「いや、少々言い過ぎたよ。君の彼氏も気分を悪くしてしまう。」

大塚は俺を盗み見ながら言った。俺は無視した。

「ぁぁっぁあの…亮くんは彼氏とかそんなんじゃなくて、あの…ぁああれです、あの…」

「ハハハッ! わかっているよ、見ていればね。この男は女たらしだったからね。」

大塚の声が俺の耳にまとわりつく。唇をかみ締め、俺はずっと憤りを抑えていた。

「それじゃあ、先輩。さようなら。」

「あぁ、七瀬くん。それじゃあまた。」

男は電車に残って奏と手をふっていた。扉が閉まりきる前に、俺は奏を置いて改札に向かう。奏は俺の跡を駆け足で追ってきた。

「亮くん待って。」

俺は黙々と歩いた。いままで感じたことのない気持ち…。なんだか、すごくイラついた。

「亮くん、ねえ…」

「なんだよ…」

立ち止まる。振り返ると、奏は言葉を選ぶように目を泳がせていた。

「なんで…怒ってるの?」

不安そうだった。黄昏に照らせれて、綺麗に、ハッキリと写る奏から俺は目を背ける。

「怒ってない…」

それだけつぶやくように言うと、俺たちはゆっくりと歩いて帰った。奏は俺の後ろを静かについてくる。奏はそれから一言も話しかけてこなかった。

 先ほどの黄昏も、外の気温もすっかり落ちた。俺はじっくりと時間をかけてあるいたが、帰り道がやけに早く感じた。奏は俺の家の前を通り過ぎると、自分の家に帰っていく。

「かなで…」

 俺はなぜか奏を呼び止めていた。奏は声を聞きつけると、ゆっくりと振り返る。

「どうしたの?」

不安げな顔は崩していなかった。俺は奏に歩み寄っていく。

なんて言えばいいのか、俺は戸惑っていた。こいつを怒らせたりはしないだろうか…。

お前に伝えたい思いがあるのに、俺にはその言葉を選べない。

「奏…おれ…」

「……」

言葉が出なかった。心では、いくつもの言葉が飛び交うのに。焦った。

奏はじっと俺の顔を見つめたまま、俺の言葉を待っている。大きな瞳には、冷静さと期待が入り込んで見え隠れしているように、俺には見えた。

「帰り道…」

「うん…」

「……はやく…歩きすぎたよ。」

奏はうつむいた。

 俺は自分がつくづく嫌になった。自己中心的で、短気で、嫉妬深い。その上、卑怯だ。

「でも…」

 もっと言いたいことがあるのに、喉に何かが邪魔して必要な言葉が出てこない。

「明日も…起こしてくれないか?」

 うつむいていた奏は顔をあげる。眉をハノ字にして、笑っていた。

 奏が腕を後ろで組み、俺の顔を覗き込んでくる。

「もう、しょうがないなぁ。いいよ…毎日、これからも起こしてあげる。」

俺もその微笑に返事をするように、思わず笑顔がこぼれた。内心、ホッとしていた。

「亮くんは休みの日ならいつまでも寝てるからね…。言われなくても起こしてあげるよ…だから」

奏は俺に近寄り、指で俺の額をつついた。

「ちゃんと起きてよ。」

「イテッ」

奏は俺の家に駆けていくき、玄関先で振り返った。

「亮くん、早く入ろう!」

 額を押さえて、奏の一連の動きを見つめた。俺たちは競い合うように部屋の中に入っていった。

 笑い声が玄関の扉が閉まって途切れる。

 その晩、月下家と七瀬家の二世帯で夕飯を食べた。鍋をつつき、笑い声が途切れなく流れる。七瀬家の両親二人はそのまま俺の家にて就寝。奏は俺の部屋の窓から自分の部屋に帰っていった。

自分の部屋に帰った奏が頭を下げてくる。

「今日もうちの両親がお世話になります…。」

「何言ってるんだよ。今に始まったことじゃないだろ?」

「それもそうだね。」

 俺たちはいつものように微笑を互いに送っていた。俺は窓の淵に座る。

「…今日は、楽しかったか?」

俺は奏に尋ねた。奏はふざけて腕組をして考え込む。

「うーん…そうですねぇ…お土産の大福、亮くんの分をわたしにくれていれば楽しかったかなっ。」

奏は「エヘヘッ」と笑って首をかしげる。俺はその顔を、今度はまっすぐに見ていれた。素直に今は言える…。

「かわいいな…」

「え?」

俺は自分が自然に口走った言葉の意味に、頬を赤くした。それ以上に、奏はすでに頭から湯気を出していた。

「ぁぁああの…亮くん、今なんていったのかなぁ…あの…」

「い…いや、ち、違う違う違う…あ、あれだ…あの…パペットのこと! そうそう、あのパペットかわいいよなぁ!」

「そそそ…そうだよね! あのパペットの事だよねぇ、うん、うん…」

奏の蒸気は一向に立ち上り続け、俺は自分の体温が上がっていることに気がつく。

「そうそう、パペットのことだ…パペットの…」

「うん…パペットだね…パペット」

どうにか落ちついてきた奏。胸をなでおろして深いため息をつく。俺はそんな奏を見て、いとおしくて、笑顔がこぼれていくのを受け入れていく。

 さっきは口走ったけど…

「でも…」

今度はちゃんと言う。

「今日のお前の服。」

 自然にこぼれた言葉じゃない。

「似合っていて可愛かった。」

 俺たちは見つめ合った。

 不思議と奏から蒸気は上がらなかった。そのかわりに、そんな俺たちの熱を冷ますにはちょうどいい風が、二人の隙間を通っていった。

「エヘヘヘヘヘヘッ…」

 くすぐったそうに、体をひねる。すぐに奏は向き直って俺に手招きをした。

「なんだ?」

「いいから、いいから。」

耳をよせる。奏がそっと窓から身をのりだして、耳打ちをしてくる。

「ありがとうね…亮くん…お礼だよ。」

頬にキス。

「……」

 手を当ててみると、たしかに湿った部分がある。奏をみると、頬を赤く灯していた。

「エヘヘヘッ…」

「か、奏…」

「あ、あれだね…はずかしいね。」

「…………」

「じゃ、じゃあもう寝るね…おやすみなさい…。」

 ゆっくりとカーテンを閉めていく。俺はしばらく呆然として動けなかった。

 体が動くようになると、俺は一目散にベッドにはいった。なかなか眠ることができず、日がのぼりだしたころ、眠りにつくことになった。

おかげで翌日、奏にたたき起こされるハメになってしまった。


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