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料理長があらわれた!

 料理長って! 料理長って!!

 他人が調理場に入ることを女が嫌うのは昔かららしいけど、この台所というフィールドにおけるラスボスがいきなり来ちゃったよ。メイドちゃん、何してくれちゃってるの!

 まさしく絵に描いたようなコックさんである大柄な料理長は、珍妙なる装置を組み立てているわたしをじいっと見つめてくる。ひいい。


「あとあと、ちゃーんと蜂蜜も持ってきましたよう!」


 メイドちゃん、あなた結構アホの子でしょう! ハイテンションな彼女の後ろに控え、しかし何も言う気配のない料理長。オーラすごい。ノエルさんもにこにこ見守っているだけだし、これは続けてもいいんだろうか……え、ええい、ままよ!

 震える手で蜂蜜の瓶を開け(知っているのと同様で、黄金色のとろりとした液体だった!)、卵液に入れる。分量は適当だ。


 それから問題の香辛料群である。木箱に本当にいろんな種類のものを詰め込んできてくれたみたいだから、その中から合いそうなものを選ぶ。直接、わたしが嗅いで。だってそれしか方法がない。

 メイドちゃんに訊いて、お菓子用のものを並べてもらう。そうして並んだ十種類程度の小瓶を、一つずつ開けては香って確かめる。その間にサラマンダーくんには、鍋に入った水を温めておいてもらおう。

 香辛料は粉末のものがほとんどだった。採集した草木を乾燥させてすりつぶしたものかもしれない。恐る恐る、時折むせそうになりながらも、なんとかそれらしい香りを選び出す。黒っぽくて粒が大きいあたり、日本でよく使っていたアレにそっくりだ。


「これは?」

「トゥルムの種を乾燥させたものですね。焼き菓子や、紅茶に入れる方もいらっしゃいます」


 ノエルさんってば物知りだなぁ。メイドちゃんは……サラマンダーくんが口から吐き出す炎を、目を輝かせて見ているみたいだ。

 ともかく、そのトゥルムの種とやらを少々卵液に加える。あとは良く混ぜて、器ごと鍋の中に入れる。お皿で台座をつくってあるので中に水は入らない。鍋に蓋をしてサラマンダーくんに頑張ってもらえば、即席蒸し器の完成である。本当は電子レンジがあれば便利だったんだけどね。

 ところでさっき匂いを嗅いでいる時に、シナモンに似たものやミントのようなものも見つけた。これはいよいよ、食事が口に合うことも期待できるかもしれない。

 と、ここで、今まで黙って腕組みをしていた料理長がやっと口を開いた。


「……これは、何を作っているのかね?」


 ひい。別に怖くはないんだけど、勝手に調理場に上り込んだ揚句に料理まがいのことまでしてしまって、やましさ百パーセントって感じである。


「リーリヤお嬢様のための栄養満点ジュースを、もっとおいしくできるっておっしゃってましたよ!」

「ほう?」


 余計なこと言うなあほメイド! ノノカさん、泣きそう。でも変に嘘をついても仕方がない。


「勝手に調理場を荒らしてしまって本当にすみません。お嬢様が体調が悪いということだったので、もう少し飲みやすいものにしたら、いいんじゃないかと思いまして、はい……」


 飲みやすいというか食べやすいというか。百聞は一見にしかず、一味にしかずだ。わたしは逃げるように鍋の蓋をあけ、火傷しないように布で器を取り出した。

 蒸しあがったのは、カスタード色のぷるぷるした物体。さすがに三者――精霊さんも含めたら五者とも、興味津々でそれを覗き込む。


「ノノカさん、これは?」

「プリンっていうお菓子です。あまり、上手じゃありませんけど」


 卵、牛乳。そこに砂糖とバニラエッセンスを加えて固めたら、子供はみんな大好き、プリンになるのではないかと思ったのだ。完璧に再現はできなかったけど、少なくともバニラみたいなトゥルム?の良い匂いがして、食べやすくはなったと思う。異世界人のわたし基準で。

 いつの間にやら、他のメイドさんやら料理人さんたちも集まってきた。遠巻きにわたしらを見ている。


「料理長、この方は先程、ついに我々の魔法により異世界より転移してこられた方なのです。そちらのお料理、実に興味深いと思いませんか?」


 ノエルさんが説明すると


「異世界の……料理?!」


 訝しげだった料理長さんの顔がぱああっと明るくなった。あっ、この人も多分あれな人だ。


「ようこそ! ようこそヒースネス領へ!! いやあ、そうと知っていればいくらでも場所を提供したというのに。まったくロロット、こういう大事なことはきちんと伝えなさい!」

「え~! 知らなかったですしー!」


 興奮状態の料理長さんは、アホメイドちゃんの胸倉をつかんでぶんぶんぶん。目をまわしてるけど大丈夫か?

 メイドちゃんを解放したおじさんは、まるで宝石に触れようとするようにプリンへわきわきと手を伸ばす。いや、いいですって、あげますって!


「ど、どうぞ。お口に合うかわかりませんけども」

「お、おほんっ、毒見だ毒見。吾輩にはその権利がある」


 匙で、一口。

 無言。


「……ふ、」

「ふ?」

「ふおおおお!!」


 な、なんだなんだ?! 急に叫ぶからびっくりである。

 と思ったら、料理長は器を持って素早く方向転換。


「うまい、うまいぞう!! 責任は吾輩がとる、これはリーリヤお嬢様に早く持って行かねばあああ」


 あっという間に駆け去った料理長。メイドちゃんといい、忙しいなここの人達は。

 というかプリンそのまま持って行かれた?! 大丈夫かな、あんなモドキな料理で……。


「あらあら、食べ損ねてしまいました。ノノカさん、ぜひまた作ってくださいな。とてもおいしそうな匂いがしましたので」


 ころころと笑うノエルさん。サラマンダーくんとウンディーネちゃんもなんだか不満そうだ。よしよし、あんなのでよかったら、状況が許したらいくらでも作ってあげるとも。

 そう。料理長とあほメイドちゃんはなぜか友好的だったが、他の料理人さんやメイドさんたちは、遠巻きにこちらを見てざわざわひそひそ。……うん、それが正常な反応だよね。まったく平気というわけではないけど、仕方ないと思うことにする。いくら異世界人を歓迎するといっても、それが自分達にとって安全な保障なんてないのだから。


 そんな中、メイドちゃんが急にわたしの手をとって、ぐいっと迫ってきた。


「ノノカっていうお名前なんですか? じゃあノノですね! あたしはロロット、ロロです。ノノとロロ、似てますね!」

「は、はあ」


 少しでも話せる相手が増えるのは助かるけど、こいつも大概変な奴だなぁ。

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