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おっさん顔ノームもよく見れば可愛いのだ

 そんなわけで着替えさせてもらったわたしは、ノエルさんと一緒に城内を歩いて回った。


「一応小さい城とはいえ、ここで働く者の居住空間も含まれますから、雰囲気だけでも慣れてください。後から色々と見て回ることもできますから」


 とのことだったが。

 確かにお城の中は想像していた以上に広かった。というか、公爵様の家として考えるのじゃなく、ショッピングモールとかオフィスビル(働いたことがないからあくまでドラマからくる想像だが)と近いような、本当に様々なものがいっしょくたになった建物だと思った方がよさそうだ。

 まずもって廊下からして人が五人くらいすれ違えそうな幅がある。建物にはおおまかに、門、城壁、公爵様一家の住むところ、メイドさんや騎士さんが住むところ、そしてなんと研究棟というか実験施設、あと森からも見えた塔などがあるらしい。

 使っていない生活部屋も少しだけ見せてもらった。ひとり暮らしのわたしの部屋と同じか、少しこっちの方が広い。でもこれが何十部屋も何百部屋もあるのか。


「すーごいたくさんの人が住めるんですね!」

「ええ。といってもどこの地域でも領主の城はこのようなものみたいですし、うちはさらに、城内にも幾ばくか研究用としての場所を提供していますからね。居住空間は狭い方ですよ」


 これでもまだ一部とは……やはり侮れんぞ貴族!


「へ、へえ……。あ、ということはノエルさんの仕事場もここですか?」

「そうですね、普段は研究棟に居ることがほとんどです。お連れしたいのは山々なのですが、恐らく今ノノカさんが顔を出したら、同僚達が殺到するかと……」


 な、なるほど。公爵様も変わり者が多いって言ってたしな。貴重らしい研究対象のわたしは、少し落ち着くまではマッドサイエンティスト達の巣窟には行かないように気を付けよう。勝手なイメージだけど。

 ところでどうやら物語でよく見るような、黒髪黒目が珍しい、というわけではなさそうで。確かに様々な髪や目や肌の色をした人々はいるが、黒色も例外ではなく、城内を回っている時も不思議そうにこちらを見るメイドさんや使用人さん?はいたけれど、特段騒ぎにはならなかった。ひょっとして、わたし意外と馴染めてる?


 いや、そんなことより、である。

 さっきからずっと気にはなっていたが、あまりに普通に溶け込んでいるからなんと突っ込めばいいのかわからず、思わず見て見ないふりをしていたのだが。


「あれ、なんですか?」


 指さす先には中庭と思しき小さな花壇。長閑な青空の下、花壇を囲むレンガに腰かけている二人の……ふたり、でいいのか?

 茶色い、険しい顔をした、謎の小人。


「あれ? ……ああ、“ノーム”ですよ。ノノカさんの世界にはいませんでした?」


 ノーム。


「いません、ねえ。ええとつまり、土の精霊ってことですか?」

「はい」


 にっこり首肯したノエルさんは、わたしが知っていたことがとても嬉しいようだった。

 ヒッポグリフもいたからね、別に精霊がいてもおかしくないんだろうけど……。フツーに人間の目に見えるんだなっていうのと、思っていたよりおじさん顔だ。チョコレート色の肌で、やたらと険しそうな顔をしている以外は、白雪姫の小人っぽいかもしれない。


「他にもサラマンダー、ウンディーネ、シルフェーがいますね。あ、ちょうどあそこを飛んでいるのがシルフェ―ですよ」


 見れば薄羽根を羽ばたかせて、全体的に銀色っぽい妖精の女の子がいた。風の精霊ということか。まさしく今しがた、洗濯物であろう衣類を運ぶメイドさんのスカートをめくり上げる悪戯をしたところだった。そうして愉快そうに笑って飛んで行く。


「サラマンダーとウンディーネは厨房にいると思いますよ。ついでですし、行ってみましょうか」


 促されるまま廊下を進む。なんでもサラマンダーは赤いトカゲみたいで、ウンディーネは全身が水のように透けた女の子なのだとか。


「精霊って普通にいるものなんですね」

「この世界が存在する限りは。彼らは尊い『原始の存在』ですが、仲良くなれば家事や簡単な作業を手伝ってくれるので助かりますよ。基本は人間に友好的ですし」


 そうこうしているうちにいい匂いがしてきた。肉が焼ける匂いかな? なんだかスパイシーな脂の匂いがする。そういえば陽が高いってことは、朝こちらに来てからだいぶ時間が経ったということか。

 お腹すいたなぁ。この世界のご飯、わたしでも問題なく食べられると本当に助かるのだけど。

 がやがや騒がしい厨房を覗き込む。なるほど、確かに竈に火を吹き入れているのは小さな赤いトカゲだ。背中に黒い模様があるのでちょっと毒々しいが、あれがサラマンダーなのだろう。


「食事の時間ですし、ウンディーネをお見せできたらお暇しましょうね」


 なんだか申し訳ない。皆さん忙しそうで、出入り口から覗いているわたし達のことをそんなに気にしていないみたいだし。でも料理人やメイドさんが慌ただしく、しかし楽しそうに駆け回る厨房の空気は、おいしそうな匂いと相まって気分を高揚させてくれる。見た限り、へんてこな食材はなさそう。よかった。



「――はいはいはーい! ちょっと通りますよぉぉ!」


 ――後になって思うと、この時に出会ったのがあのアホメイドでなければ、わたしのこの世界での生活はまた違うものになったのだろうけど。


 元気よく駆けてきたのはショートヘアの若いメイドさん。手にしたお盆の中でスープと思しき液体がちゃぷんちゃぷんと踊っている。大丈夫か?

 なんだかとても急いでいるみたいだったのでノエルさんと脇によける。メイドさんが横をすり抜けた時――


「?!」


 なんだ、このナマグサイ液体は?!

 思わず「ちょ、ちょっとすみません!」とか呼び止めてしまった。だって、硫黄みたいな、言ったら悪いが雑巾みたいな、とてもじゃないけど食べ物らしくない匂いがしたから!

 すると意外なことにそのメイドさんは「はいぃ!」と立ち止まってこちらを振り向いた。どうでもいいけどいちいち威勢がいいな。


「どうかしましたか?!」

「あ、いえ、あの。それはなんですか?」

「これですか? リーリヤお嬢様のための“栄養満点ジュース”です!」


 「公爵様のお嬢様のことですよ」とノエルさんがそっと耳打ちしてくれる。これを病人に飲ませるわけ?! 健康体でもちょっと飲むの辛そうじゃないか。

 クリーム色の液体。この生臭さ。……卵と牛乳だ、きっと。


「それで、これがどうかしましたか?!」

「いや、もうちょっと食べやすくできるんじゃないかとか、思いまして、その……」

「ほんとーですか! じゃあじゃあ、作ってください! はいっ」


 勢い余ってたいへんな失言をしてしまったが、聞いていたのかいないのか、メイドちゃんはわたしをグイグイと厨房へ押し込む。え、え、ちょっと待ってよ!


「ノエルさんっ?!」

「異世界のお料理も興味深いですね」


 助ける気、ゼロ!

 あーもう、いいよわかった! ちょっと、ほんのちょっと、やってみるだけだし! 自分で撒いた種だ、これで失敗してもわたしの世界ではこれが一般的でしたで済むもんね。ノノカちゃんの平々凡々なお料理スキルが火を吹くぜ!

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