良いひと過ぎて泣けます
まぁそりゃショッキングである。こんな美少女が男なのに、なぜ女のわたしにこういう容姿を神様は恵んで下さらなかったのかっ。
悲壮感すら漂わせ始めたわたしの手を両手で包み込み、ノエルさんは花の咲くような愛らしい微笑で首をかしげる。
「……私のこと、嫌いになりましたか?」
「い、いえっ」
「ふふ、ノノカさんは優しい方ですね」
ちくしょー! 声まで可愛い。まだ声変わりしていない少年かというくらい、男と知った今でも違和感がない。ところでノエルさんって幾つなんだろう? 見た目、十代後半くらいに見えるけど。
それにしてもどうして女装? そういう趣味なのか、中身が女の子だからなのか……いずれにせよつまらない差別をする奴がいないってことで、公爵様の人柄というか、転移先がここでよかったかもしれないと少し思える。
あと、至近距離でのぞきこまれても変に意識しなくて済むのは、ちょっと助かるかも。あまり認めたくはないけど、例えばユーグさんなんかがこの距離にいたら、まず目を正視できそうもない。
「ノエル君、あまりノノカ殿をからかってはいけないよ。ただまぁ、私が言うのもなんだがね、我が領内には“変わり者”が多いんだ。気を悪くしないでくれると助かる。貴女のような貴重な人材が来てくれたことは、遅かれ早かれ、この城の中はおろか領内でも話題になるだろうが」
「でも、貴重といっても、ほんとにわたし何も出来ないかも……」
「ははは。居てくれるだけで我々の希望だと言ったろう? もちろん期待はしているが、気負わないでくれたまえ」
公爵様の言葉にむず痒いような、温かい気持ちになって思わず口元が緩む。ほぼ初対面だというのに、血のつながりもない他人だというのに、得体のしれない異世界人であるわたしを受け入れてくれる。突然召喚されたことは正直なところ迷惑でもあったのだけど……しばらくしたら元の世界に帰ることもできるというし、本当に、ありがたい話だ。
「それはそうと、受け入れ先はこちらで都合しておくから、少し城内を見てみるかい?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんだとも」
おお、これは嬉しいぞ。ヨーロッパに海外旅行するのが夢だったわたしにとっては、願ってもない機会だ。異世界とはいえ、服装等から察するに似たようなもの……だよね? どちらにしろ、どうせなら楽しまなくては損だろう。
わくわくしていたら、公爵様がこちらを見て可笑しそうにふっと息を漏らした。
「貴女が我々を信じてくれてよかった。……さ、ノエル君。忙しいところ悪いが彼女の案内を頼むよ。私は娘のもとにも行かねばならないからね!」
「かしこまりました。あとで私もお見舞いに参りますので」
「ありがとう! ではお先に失礼。また後ほどお会いしよう」
そう言っていそいそとヒースネス公爵は出て行った。ま、娘が風邪ひいてるなら心配だよね。
「……あの、ずっと言おうと思っていたんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「着替えたい、です。とりあえず」
今か今かと思っていたらタイミングを逸してしまったが。
わたし、まだパジャマ! 寝間着! ぼろぼろのジャージとスウェットでなくて、水色ストライプのちゃんとしたパジャマではあったことが救いっちゃ救いなのかもしれないけれど、とにかく公爵様にめちゃくちゃ失礼なことをしてしまったのでした。あとできちんと謝らなければ。
「あら、よくお似合いの愛らしいお召し物だと思いますけど」
「いや、これ人前に出ることを想定した服じゃないので……」
「そうでしたの! それは申し訳ないことをしました。すぐに用意しますね」
どんな服がいいか訊かれたので、この世界の庶民の服でとお願いした。はずなのだが。
やってきたメイドさん(いるんだ! 白黒のメイド服、本物はあまりフリフリしていないのね)が渡してくれたのは、ノエルさんの高貴な紫ドレスとまではいかないが、薄いブルーの女子らしいワンピースだった。ほら、あのアリスが着ているエプロンドレスをもう少し大人っぽくした感じ。
「黒い髪にはその色がよく似合いますね。今後お召し物だけでなく、装飾品も用意しましょう!」
「いえ、あの、貸していただけるだけでありがたいので、」
「何を言いますか。せっかく女に生まれたのですから、女を追求しなければ勿体ありません!」
ノエルさんに嫌味なところはまるでなくて、むしろ今まででいちばん目が輝いていたのだけど。そう言われてしまうと、どうにも反論できない。う、うむむ……あまり慣れないけど、ありがたいことに変わりはないので、おとなしくしていよう。
「やはり性別を明かさず、一緒に住めば良かったです。惜しいことをしました」
「えっ」
心底悔しそうに言うから思わず少々の距離をとった。ほんと、ノエルさんはなんで女装してるんだ?




