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ヒースネス公爵

 いわゆる、元の世界で言ったらアンティーク?

 金ピカとビロードによるラグジュアリーなお部屋に通された。そもそも玄関からして、舞台かのような階段が正面にあって、なんだか笑ってしまいそうだったのだけど。

 暖炉に甲冑、鹿に似た謎の生物のはく製。絨毯は魔方陣みたいな幾何学模様で、地球儀のようなものも置いてある。ふかふかのソファーがいくつかあって、応接室か談話室みたいな感じかな?

 座っているわたしの左右にそれぞれノエルさんとユーグさんが立っている。わたしだけ座っていていいのかなと思いつつも、すすめられたのでおとなしく従う。で、テーブルを挟んで座っているのは、ナイスミドルなおじさま!


「はっはっは! ようこそ異世界の御仁よ、ヒースネス領へ!」


 朗らかに笑ってシェイクハンド。おうおう、つられて曖昧な作り笑いをするしかないよ。お父さんより若いかな、四十代くらい。……お父さん。少し、胸が痛んだ。

 でも、感傷に浸るのは後回し! 今はこのおじさまのことだ。まず目をひくのは日本じゃあまりお目にかかれない、きれいなロマンスグレー。さっき入ってきた時に見たけどちょっと背は高めかな? シャツにベストに燕尾服、首元にはスカーフみたいなもの。おひげも蓄えてて、うーん、渋いおじさま。

 ようこそって言われたように、この人が公爵様、らしい。今回の召喚実験を命じた人物。貴族さん。


「私の名前はロサーノ・ヒースネス。この辺の領主さまってやつだよ!」


 ……さっきからやたらとテンション高いんだが。と、とりあえず名乗っておこう。


「わたしは蓮沼乃々香といいます。あ、ええと、蓮沼が姓で、乃々香が名前です。あの、ヒースネスさん? がわたしをこの世界に呼んだっていうことですか?」

「おおお、言葉が通じるのだね素晴らしい! よくやったぞ! そういう術式だったのかね、ノエル・アークライト?」


 それまで黙って控えていたノエルさんが一歩進み出て、紫のドレスの裾を軽くつまんで会釈した。


「光栄に存じます。後ほど詳しい報告書を提出いたしますが、正規の手順を踏みさえすれば、言語および病原菌への耐性などは自然と付与される模様です。また、ノノカさんの故郷は“例の男”が来たところとは違う世界のようです」

「ふむ、なるほどなるほど? 実に興味深いねえ」


 “例の男”? 他にもトリップした人がいるみたいだ。会える機会はないかしら、でも違う世界ってことは地球人じゃないのかも? あとどうでもいいんですが公爵様、シェイクしたままの手をそろそろ放していただけないでしょうか……。


「ついに召喚魔法が実用に足ることが証明できそうだな。この歴史的瞬間にぜひ我が娘も立ち会わせたかったのだがね、生憎と風邪をひいてしまっていて。元気になったらぜひとも会ってやってくれたまえ!」

「は、はぁ」

「それはもう、うちの娘はかわいいんだ。ノノカ殿もびっくりするぞ! ところでユーグ・セーデルンド、君から何か報告はあるかい?」


 どうやら親ばからしいメロメロ顔のヒースネス公爵が次に水を向けたのは、あの青の魔法使い、ユーグさん。はい、と答えた声は若さに似合わない落ち着きがあって、少しだけドキリとした、気がした。


「この度は不甲斐無い結果に終わってしまい、とても無念に思っております。今回はそこのアークライトによる働き、私としましては申し上げることなどございません。実に見事な……召喚魔法であったと、思います」


 さすがお偉いさん、美形でこの賢そうな言い回しはずるいぞ……。

 しかしそれにしても、だ。なんとなくわかってきたけど、ノエルさんとユーグさんが召喚魔法を使って、成功したのはノエルさんの方だったと。それは別にわたしのせいじゃないけど、なんだかユーグさんには悪いことをした気もする。


「私からは以上です。実験について検証を行う必要がありますので、これにて失礼いたします。ご期待に沿えず、申し訳ありませんでした」


 えっ、と思って見ると、悔しそうな表情のユーグさんが踵を返すところだった。いいのかなと思ってきょろきょろしたら、ノエルさんは複雑そうな顔で黙って見送っているし、公爵様は目が合ったら肩をすくめてきただけ。

 扉が閉まって、


「若いってのは、いいもんだね」


 そう公爵様は言った。ノエルさんは魔法に成功したはずなのになんだか浮かない顔のまま。

 ともかくもうユーグさんに睨まれる心配はないので、そこに関しては一安心だ。そっと息をつく。


「で、だ。ノノカ殿。たいっへん申し訳ないのだが、貴女には貴重な研究成果として、元の世界に帰るまでに我々に付き合ってもらうよ」


 まったく申し訳なくなさそうな声でヒースネス公爵は言った。どういうこと?

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