異世界で頑張ります! ……それなりに
石造りの小屋の外に出ると、そこは鬱蒼と生い茂る木々の中だった。少しじめっとしているけれど、見上げた空は青くて、太陽は一つだけだった。お昼頃かな? そういう概念があれば、だけど。
大きな魔力がどんな影響を及ぼすかわからないから、召喚実験は森の中で行われていたのだと、ノエルさんは説明してくれた。
「ノノカさんは乗馬の経験はおありですか?」
ポニーなら、あったけど。ポニーがこの世界に存在するのかがわからないから黙って首を振った。それに一人でいきなり森を抜けるのは無理だろう。ということで、ノエルさんが一緒に乗ってくれることになった。のだが。
「え、ちょ、これっ、この生き物って?!」
いや魔法があるならおかしくはないんだろうけどさ!
小屋の裏手に繋がれていたのはたくさんの……
「ヒポグリュプスです。そちらの世界には存在しなかったのですね」
ちょっと変わった発音だったけど、要はゲームとかでよく見るヒッポグリフだ。前半分が鷲で、後ろ半分が馬。でもなんだか物足りないなあと思って考えてみたら、翼がないのだ。これはこれで、乗りやすくていいのかも?
どきどきしながら手伝ってもらって跨る。思いきりよじ登るように体重をかけてしまったけど、初めてだから許してねお馬さん。わたしが前。ほおお、美人さんはいい匂いがするんだな……。
他の黒服のおっさん達も各自、翼なしヒッポグリフに乗り、隊列を作って同じ方向に進み始めた。あの青い男性もいる。
よく見ればわたし達の周りのおっさんの黒いローブは、帯が金色。青い男性を含む少し離れたところの集団は、銀色。これは派閥みたいなものなのかな?
まあ、いいや。いちばん、大事なことを訊こう。
「あの、ノエルさん」
嫌なことは先延ばしにしちゃいけない。こうも命がかかっていそうな場合は、特にね。
極力声が震えないように気を付けながら尋ねる。
「わたし、元の世界に帰ることができますか?」
「……」
一瞬の沈黙。それでもう答えはわかったようなものだけど。
やがて彼女は本当につらそうに声を絞り出してくれた。
「申し訳ありません。まだ一方通行でしかなく……我々の勝手な都合でこのように巻き込んでしまったことは本当にお詫びいたします。ですので、何なりと、この世界での便宜は図らせていただきます」
ある程度……そう、予想できたことだし。
深呼吸。自分のことはこの際いいとしよう。優遇されそうだし、なんとか、きっとなんとかなるはずだ。ただ残してきた人達が気になる。家族とか、あとは特に優子なんて喧嘩別れみたいになっちゃったな。
けれどもノエルさん曰く。
「少し時間をいただけませんか。必ずや、こちらからノノカさんの世界へ人や物を送ることのできる魔法を編み出します。ノノカさんがいらした“座標”は記録してありますので、こちらへ来ていただいた時間、場所に送り届けるとお約束いたしましょう。こう見えて私やあそこのユーグは、王国随一の魔術師なのですよ?」
最後は元気づけるように冗談ぽく言ってくれた。うーん、トリップした時と同じ場所に戻るということは、うまくいけば向こうの世界ではわたしのトリップはなかったことになって、とりあえずめでたしってことかな? それならなおさら、踏ん切りがつくってもんだ。
蓮沼乃々香、異世界で頑張ります! ……それなりに。
そしてユーグさん? って、あの不機嫌男?! 魔術師か……ふーん。
しかしあの人もノエルさんも相当なお偉いさんってことなのか。そういわれてみれば黒いおっさん達はノエルさんに敬語だし、ユーグさんの周りを固めるように進んでいる。
「あ、そうでした。無論あなたの命は保証できると思いますが、先程のように異世界のことを元から知っているような素振りはお見せにならないほうが良いでしょう。我々の世界では、別の世界から来た人間を気味悪がるひとも少なくはないのです」
失礼な言い方ですみませんと謝られたけど、そりゃそうだ。宇宙人みたいなもんだろう。どうやらアニメの知識は自分の中に留めておくのが良さそうだ。
パカパカと蹄の音が心地よい。けど慣れない身には振動が少しきついかな、お尻が痛いや。いくつかノエルさんにこの世界のことを教えてもらった。
この世界自体に名前はない。(珍しくはないことかもしれない。だって“地球”は惑星の名前だ!)が、この国はルズブリッジという、王国。つまり王族が統治しているのだそうな。それでこの地区はヒースネス公爵領というところで、ヒースネス家という貴族の領地であるらしい。
召喚を行う際に、この世界と似た気候・大気の世界を選んだのだとか。確かに召喚されていきなり酸欠とか重力補正で爆発!というのは嫌だもんな。感謝。
昼夜、東西南北なんかは同じ。多分言葉は違ったのだろうが、自動翻訳されているみたい。時間の概念も教えてもらったけど、複雑で覚えられなかった。少なくとも一日は二十四時間ではないらしい。時差ボケしてしまうかしら……後で詳しく訊いておこう。
実際にファンタジーな出来事に巻き込まれてしまうと、恐怖心はもちろんあるけれど、思っていた以上にわくわくした気持ちも大きいんだなと思った。少なくともしばらくは帰れないとわかって諦めがついた部分もあるが。
だって外に出たら、憧れてたヨーロッパっぽい森とか馬とか魔法使いとか! そしてなんと言っても……
「あれがヒースネス城……ヒースネス家の居城であり、我々の仕事場でもあります」
「ふわああ……!」
すごい。すごいよ!
テーマパークにあるようなお城と違って、高さよりも横への広さがある要塞みたいなお城が、森の向こうに見えてきたのだ。




