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幕間:対ワイバーン

若き魔法使いノエルが見た光景とは……

(ノノカちゃん視点はお休みです)

 拡声魔法と転移魔法の応用による城内への周知を終え、ノエルは小さく息を吐いた。だが安心している暇はない。今も数名の兵士達がワイバーンを足止めしてくれている。

 緑色の二足歩行の竜。出張を終えた帰路にて偶然出くわしてしまった魔物。

 これまでもそういった魔物が出没したことがなかったわけではない。だから森を無闇に侵さぬよう慎重に進路を選んだはずなのに、これほど巨大な個体が現れるとは……言葉は選ばねばならないが、


「異常、であるかもしれませんね」


 呟き、杖を構える。公爵は先に退避させてある。城内の者も通常通り、緊急避難を行ってくれているはずだ。ここで食い止めなければ全てが水の泡となる。

 固い鱗に剣を突き立てる兵士達はまるで熊へ刃向う鼠のようだ。厄介なことにあの外皮は武具として重宝される代わりにかなりの硬度を誇り、おまけに魔法耐性も高い。

 高まる魔力は光として顕現する。ノエルは杖を振るった。


「穿て、雷よ! 刃となりて烈風を巻き起こさん!」


 無数の雷撃が竜へと向かう。いくつかは膜翼を切り裂く、が、大した攻撃にもなっていまい。ワイバーンを倒すには比較的柔らかい部位を狙い、体力を削っていく他ない。持久戦だからこそ応援が待ち遠しい。

 ぎょろりと、充血した爬虫類の目がノエルの方を向いた。足に斬りかかる兵士を鬱陶しそうに振り払い跳躍。


「っ!」


 巨体に似合わぬ俊敏さ。着地の地響きでよろめいた隙を逃すはずもなく。牙が迫る。


「ノエルッ!」


 背後から氷塊が竜の眉間へ着弾した。苛立ちの咆哮は木立を振るわせたが、その間に彼らはその場を離れる。

 やはり、と振り向く前にノエルはわずかに口端を上げた。人一倍駆けつけるのが早い。何せ転移魔法の応用をノエルに教えてくれたのは、他ならぬこの天才魔法使いなのだから。


「大丈夫か!」

「ええ、ありがとうございます」


 ユーグ・セーデルンド。神童と名高い彼に憧れているのはノエルばかりではない。――だがその才能が後天的に付与されたものであることを知る者は少ない。

 青の魔法使いは杖を振りワイバーンの頭上から氷柱を降らせた。慌てて避難する兵士達。


「気を付けてくださいよ」

「ふん、あれを避けられずにワイバーンの爪から逃れることなどできないだろ」

「そうは言ってもですね……」


 怒り狂う竜の手足が当たらないよう避けながら、黄色の魔法使いノエルはその場の戦士らに保護魔法をかける。これで致命傷を負う可能性は下がるだろう。あんな水晶のような爪がうっかり引っかかれば人間などひとたまりもないのだ。

 ちら、と後ろを見たユーグは不満も露わに舌打ちを一つ。


「――エンデール! 何してやがる、この蛇野郎!」


 その原因は、丸腰にも関わらず戦場へふらふらと近づこうとしている白衣の男。線が細く、黒髪を高く結い上げているから初見では女性と思われるかもしれない。

 怒鳴られようがまるで響いた様子のないその男は、悠然と彼らに近づいてくる。糸目のために感情は読み取りにくいが、口を尖らせているのを見れば抗議したいのだろう。


「そう怖い顔しないでよユーグ。僕はあのワイバーンを間近で見たいだけなんだ」

「それが危ねぇっつってんだろ馬鹿か! 学者は引っ込んでろよ!」


 この男は学者である。“星見のエンデール”、それが彼の通り名だ。蛇野郎というのは飄々としてどこか妖艶な彼にユーグが勝手につけたあだ名である。

 白衣に両手を突っ込みながらも飛んできた枝をひょいと避けてみせるあたり、身体能力は高いのだろう。だが生憎と戦闘向きの体型でないのは誰の目にも明らかだ。

 彼の素性はほとんど明らかでない。天体の動きを読むことに長けており、占星術の類にも明るいと聞く。特定の誰かと共にいることはなく、いつも塔にひとりで籠って観測を続けているらしい。かと思えばこのように気まぐれを起こすことも度々だ。何度ユーグとエンデールの不毛な言い争いを目撃したことかしら、とノエルはそっとため息を漏らす。

 今回は怒鳴られさすがに諦めたか、肩をすくめたエンデールは珍しいことにおとなしく回れ右することに決めたようだった。


「相変わらずお堅いねぇ。じゃ、さっさと倒しておくれね。僕はあの魔物についてちょっと調べたいことがあるんだ。なるべく損傷させないように頼むよ」

「ああ?」


 まるで緊張感なく言うだけ言って、またふらふらと去っていく。大層苛立った様子のユーグであったが、その背に悪態をつくとそのままワイバーンへと杖を向けた。


「……ったく、勝手なこと抜かしやがって!」


 苛立ちの発散と言わんばかりの激しい光。ピシ、ピシ、と竜の足が氷漬けにされていく。苦笑しつつも意を得たりと目を狙って再び雷撃を放てば、それを合図として兵士達が尾へ斬りかかった。

 ユーグさえ来ればもう大丈夫だろう。よほどのことがない限り被害は最小限で抑えられるはず、とノエルはようやく胸を撫で下ろす。少々時間はかかるが仕方がない。あとは応援が来るまでに出来るだけワイバーンの体力を削っておけば――。


「ねえねえ、ちょっと君ら! そこの青いのと黄色いの!」


 ところがだ。あっさりと引き下がったはずのあの学者の声。

 普段その髪や魔力光の色で呼ばれることも多かったから、一方はうんざりとした様子で、もう一方は怪訝な表情で振り向いた。


「んだよクソ蛇! また馬鹿げたこと言うなら今度こそアイツの餌にすんぞ――」


 と。


「……はっ?」

「……あらあら、これは」


 二人の魔法使いは思わず硬直する。問題は嬉々とした表情のひょろい学者ではない、その隣に突っ立っている異世界人の少女だ!

 彼女はいつも通りの姿で、数秒の後、幼い顔面に曖昧な――強いて分類するなら笑みのような――表情を薄く乗せる。


「え、ええっと…………どう、も?」


 先に立ち直ったのはやはりユーグである。


「どうもって……! なっなんでお前がここにいるんだよ?! エンデール、てめえのせいか!」

「失礼だなぁ、青いの。この子らは元から近くにいたよ。僕が見つけたんだ」

「この子、らァ?」


 心底嬉しそうに、それは無邪気に報告する学者と、少女の横にいる“獣”に気づき更に顎を落とす魔法使いと。

 不毛なやり取りより、ノエルは先んじてその“獣”の観察を始めていた。見たことのない生物である。巨大な狼だ。首回りの毛が厚く、額の毛も垂れて片目を覆い隠してはいるが、見える側は美しい薄氷色をしている。四足の魔物ガルムと似ているか? だが害意は感じられないし、野生であるなら少女にああも寄り添うものか。

 兵達の操るヒポグリュプスよりも早くここへ来られる人間がいるはずがない。それこそ転移魔法でも使わない限りは。それではこの少女はまさか?

 問うより早く、その獣は何事か発する。吼え声ではなく唸りでもない。それはどこか異国の言葉のようであった。現に少女はその声に耳を傾け、そしてうなずいたのだから。


「そう……うん、大丈夫。この人たちはわたしを助けてくれたの。だから、」


 ふと、少女の言葉が終わる前に獣の凍れる瞳がノエルを見る。

 問われている。

 自覚する間もなく頷く他なかった。その獣の視線は、いくら魔法に長けてはいても若造に過ぎない彼女を竦ませるに十分だったのだ。敵意はないのだろう、しかしあまりに、大きな。

 後の自分が思い出したら笑うだろうと思う。しかしその時は間違いなく、自分よりも得体のしれない獣の方が器が大きいと思ってしまったのだった。


「……まったく、異世界召喚が成功したのなら僕にも知らせておくれよ、ねえ?」


 愉悦を押し殺そうとする学者の呟きが風に乗って届く。はっと我に返ったノエルが見たのは疾風の根源。


「ジーイェさんッ!!」

「っ撃たないで! それは味方です!」


 飛び出さんばかりの少女の腕を掴むユーグと、咄嗟に拡声魔法で兵士を留めるノエルと、静かに目を細めたエンデールの目の前で。

 狼が竜の喉元へと喰らいついたのであった。

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