美人がいっぱい!
よくよく見れば、その部屋にいるのはおっさんだけではなかった。黒だらけの暗くて湿っぽい部屋の中、一人だけちょっと豪華な服を着た青い髪の青年。手に杖を持っているところを見れば魔法使いっぽい? 彼はこちらを、それはそれは憎々しげに睨みつけてきていた。
思わず目を逸らす。わたしが何をしたかはわからないけど。その青年もまたどちらかというと西洋人っぽい顔立ちで、おまけに大学でイケメンと評されていた人々の誰よりも整った顔立ちをしていた。残念ながら嫌われているみたいだが。
ふと気配を感じて、俯いていた顔を上げれば。黄色の髪を二つに結んだ女性が、傍に膝を着いて覗き込んできていた。猫のような金色の瞳に息をのむ。美人……というよりは可愛い顔をしたこのお姉さんに、今すぐ殺されるとも思わないけれど。
「私の言葉がわかりますか?」
うなずくと、ますますどよめきが大きくなった。
青とか黄色とか見たことない髪色に美人がたくさん! コスプレとしか思えない衣装!
これは。
こ、こ、これは!!
間違いなく異世界トリップ……!!
魔王にされるとか勇者にされるとかなんか諸々厄介事を押し付けられるのだろうか! というかそもそもわたし生きてるのかな。でも転生じゃないよね、トリップだよね。さすがにベッドから落ちて人生終わるの嫌だ!
両手を見下ろす。変わったところはないみたいだけど、年齢とか見た目とかそのままかな? そもそも人間の姿なのかな、でもそうでなければ話し掛けてくれなかったかも。鏡が見たい。
いやいやいやそんなことより、元の世界には帰れるのか。みんな心配してたらどうしよう!
感動と混乱と衝撃を世界に向けて呟く機械は持っていない。身一つで来てしまったのだから仕方ないが。よくネット小説でこういう話を読んでいたおかげで、思いのほか冷静……なのか、それとも超展開過ぎて考えることを放棄したのか。
「わ、わ、わたし、殺されたりしますか?!」
とりあえず確認する。生きていればなんとかなる!
詰め寄るわたしに、黄色のお姉さんはゆったりとほほ笑む。
「あなたは話すことも出来るみたいですね。どういう力が働いたかはわかりませんが、とにかく成果は出たというわけですか」
「せ、成果、ですか?」
言われてよく見ると、お姉さんの口の動きと音声が合っていない。自分の口から発せられる言葉も、うまく言えないが、違う言語だということはわかる。
言葉の壁がまずないことに安心した。これで命乞いもなんとかできそうだ!
「現世? 地球? でのわたしは死んだんですか?! ひょっとして、何か、この世界を救ってくれとかそういう……!」
「ご安心なさいませ」
取り乱すわたしに懇々とお姉さんが説明してくれたことには。(取り乱すなという方が無理だし、むしろよく泣かなかったと褒めてほしい。)
たまたま目覚ましを、あのタイミングで止めた、がために自分がトリップしたらしい。運か、運だったというのか。なんだか脱力。
で、お察しの通り、彼らは魔法使いみたいなもので、異世界召喚というものの一大実験の最中だったらしい。わたしを連れてきたのはこの黄色のお姉さんで、とりあえず殺されることはないみたいだ。世界を救えと言われることもなく、貴重な研究成果として、当面の安全は保障される模様。……当面?
ひとまず、彼らの上司に報告をしにいかなければならないらしい。
説明を受けている最中、あの青の男性が気になってチラ見したけれど、終始変わらず眉間に皺を寄せていた。おまけにわたしが見ていることに気付くと、わざわざ睨んで舌打ちしてくる始末。一体何をしたっていうんだ?!
「まずは報告に行かねば。お聞きになりたいことは多いでしょうが、道中にて追々お答えいたします」
差し出された手を素直にとって立ち上がる。お姉さんは紫のドレス風の服を着ていた。自分がパジャマなだけに、今更恥ずかしくなってくる。
「申し遅れました。私のことはノエル、とお呼びください。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「え、あ、蓮沼乃々香って、いいます」
「ノノカさんですね。さ、こちらへ」
こうしてわたしはそのままノエルさんに従って、ローブの人達に囲まれつつ、その石室をあとにしたのだった。




