迷子の迷子の女神様
まぁ、たった二回目で城内の構造を把握なんてしているはずがないよね!
「……ええと……」
――というわけで残念ながら、ノノカさん迷子です。
言われた通りに、そう、言われた通りに! まっすぐ行って左に折れたのだ。絶対。確実。それがどうしてあの賑やかな厨房じゃなく、せまーい通路をとぼとぼ歩く羽目になっているのだ。
一瞬、あの衛兵さんに騙された可能性も考えたけれど……疑っていてはいつまで経ってもこの世界の人々と仲良くなれないだろうと思い直した。というか、わたしを騙すことで彼にメリットがあるはずがない。何かしようと思うならあの場で武器でも持ってくればよかったのだ。それにあの短時間で他人を巧妙に騙せるようなひとには見えなかった。……等々言い聞かせてやっと落ち着いた。
……。
うむ、正直に告白しよう。迷子になった原因はほぼわかっている。
自慢じゃあないが、ワタクシ、かなりの方向音痴です。はい。地図が読めない、アプリが匙を投げるレベル。はははチョーウケル……
石造りの階段を登ったり、下りたり。窓もあるので、それほど暗くはないしジメジメしているわけでもないが、それが逆に怖い。人っ子ひとり、精霊ですらいない。急に何か出てきそうな感じではある。
果たしてどこに向かっているんだろう。このまま出られなかったら、アンブロシアさんは迎えに来てくれるだろうか……。
何度目だか、数えてすらいなかった下り階段。キョロキョロ見回しながら下りきった先は
「え……ろ、牢屋?」
思わず声に出してしまった。鉄格子だ。しかも見たところ、かなり広いスペースを使った部屋、というか牢屋。イメージよりもずっと周囲は明るいし、なんだか罪人が入るためっていう感じはしないかも。ちゃんとベッドもあるし、あらおしゃれな棚もあったりして。まるで普通に誰かが生活しているみた――
「ぎゃー?!」
「わー?!」
お恥ずかしながら前者がわたしの悲鳴です! じゃなくて! いたよ、ひとが!
茶髪の若い男性だ。長い髪を後ろでまとめていて、背も高いし全体的にしゅっとしてる。服装がなんだか珍しくて東洋系というか、中華っぽい。じぃっとこちらを見つめる瞳は、前髪に隠れて片方だけなんだけど、それでも眼光が鋭すぎる。
「だ、わ、わ、ごめんなさい許してくださいー!」
後ずさりながら咄嗟に口走る。と、
「!!」
カッと目を見開いた男性は、それこそ瞬間移動でもしたかのような速度で鉄格子を掴んで身を乗り出した。ガシャンという音にまた一歩下がるわたし。な、なんだなんだ。こわいよ……!
「あ、あ……!」
格子を掴む手はもう真っ白だ。そんなに勢いこんでわたしを見つめて、このひとも研究者の類? と、思ったら。
「君の言葉はわかる……!!」
あ、あれ? よく見たら男性は震えている。というかまさしく感極まったような表情で、涙ぐんだ熱い視線をこちらへ向けているのだ。
「えっとぉ……どうしました?」
「あああ! 神は私を見捨てなかった!!」
なんだか無茶苦茶なことを口走る御仁。よく見ればイケメン。これだけ取り乱してイケメンなのだから、素の状態はさぞきれいなお顔なのだろう。瞳なんて見たことないようなアイスブルーだ。ハスキー犬を思い出す。
どうしてこんなに冷静かって? 他人が(しかも同年代と思しきいい大人が)目の前でギャン泣きしてたら嫌でもそうなりますわな。
「あのー、大丈夫ですか?」
「良かった……本当に良かった……」とか繰り返しつつしばらく涙を流していた男性に、落ち着いたであろう頃合いで声をかける。すると彼はにっこりと微笑んで見上げてくる。うっ、ほらみろかなりの美形だ!
たじろぐわたしに構わず、紡がれる素晴らしい言葉。
「ありがとう、私の女神」
「おもしろい冗談ですね」
「冗談ではありません。貴女は私の希望だ」
何がどうしてこうなっているのか。わたしはただ道に迷っただけであって、単なる方向音痴サマである。
いずれにせよ重罪人っぽくはないし、かといってお城で働いているわけでもなさそうだ。多少警戒しつつも、このまま黙って見捨てるわけにもいかないしーと言いつつ好奇心に負けただけだったりする。恍惚と言っていいような眼差しで見てくる人間から、そう危害を加えられることもなかろう。鉄格子もあるし。
「女神、貴女の御名前を伺ってもよろしいですか?」
「や、女神じゃないんだけど……ノノカって呼んでください。あなたは?」
「私は“ジーイェ”と申します」
あら、東洋の服装なのに西洋のひと? 首を傾げていたら、その辺りに落ちていた石の欠片で床に文字を書いてくれるジーイェさん。
疾夜。
これ……漢字?! だとしたら、もしかして地球の出身のひとかもしれない! それこそ、中国あたりの。
「これで、ジーイェさんって読むんですか?」
「はい。ジーイェで構いません、ノノカ。敬語も不要です」
おう、困ったな。ジーイェさんはわたしを一体なんだと思っているんだ。しがない女子大生だぞ。今は魔女のお手伝い要員だが。
「ちなみにこれはあだ名です。私は名前を持っておりませんので」
「名前を持たない?」
「ええ、名付けられる前に捨てられましたから」
さらっと言ったあたり、表情を見ても本人的にはなんでもないことなのかもしれないが、安穏と育ったわたしには衝撃だった。孤児院育ち、か何かだろうか。
「ノノカ、私の話を聴いてもらえますか? 私は、ここではない世界から来たのです」
やっぱり!




