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菜園の魔女

「私の娘のためにお菓子を作ってくれてありがとう! 今後とも是非お願いするよ!!」


 手をとられて頼まれる。公爵様、声がでかいですって!

 というかこの城で一番のお偉いさんも普通に食堂に姿をみせるのか。周りが一段階静かになったけれど、それは公爵様ではなくわたしに向けられた空気であるとわかる。顔が熱い。

 優遇は、されるのだろうけど。それで生まれた世界の溝が埋まるわけではない。彼らからすれば、やっぱりわたしは奇異の目で見るべき対象なのだろう。


「ハーブやスパイスの知識があるなんて、ノノカ殿は裕福な家庭の生まれだったのだな」

「あ、いえ」


 これさっきも似たような問答したな。


「では医者か何かか?」

「とんでもないです、わたしのいたところでは普段から香辛料を料理に使っていて……」

「なかなかに文明の発達した世界からいらしたようだね。これはますます興味深い。――ところで、そんな君にぴったりの受け入れ先が決まったんだ」


 うむ、自分で言うのもなんだが、現代日本の文明レベルは高かったに違いない。

 しかし宇宙人というべきわたしの面倒を見てくれるひとは一体どんな方なのだろう。贅沢は言えないが、毎日研究者に実験台にされるのは避けたいなぁ。


「どなたなんです?」

「“菜園の魔女”だ」


 問いに答えた公爵様は、素晴らしいアイデアだろうと言わんばかりに得意げだ。対するノエルさんは「あらまぁ」と口元に手を当てて目をまるくした。えっ、魔女? それって研究者よりもたちが悪いんじゃぁ……


「食事が済んだら連れて行ってあげよう」



 ……と言った公爵様に連れられて、急いでスープをかきこんだわたしがやってきたのは、城を出て少し歩いた先にある畑だった。広い畑にはたくさんの緑が茂っていて、向こうに小屋がある。ちょうど森との境目あたりに位置していたが、この森が最初に連れてこられたところだったかは、土地勘がないのでどうにもわからない。

 ノエルさんはお仕事があるということで一旦お別れしてきた。せっかく安心して話せる人がいなくなるのは心細かったが、また会いに来てくれるということで一安心。早く、この世界の人達と仲良くなりたいなぁ。

 公爵様と一緒に畑の脇道を通り、小屋の扉をとんとん。煙突からは白い煙が上がっていて、誰かがいることは確実だった。


「アンブロシア! 僕だ。例の子を連れてきたよ」


 ぱたぱたと足音。この扉が開いたら魔女が出てくるのだ。しわがれた声、曲がった鼻、とんがり帽子に真っ黒なローブ、怪しげな液体を窯でグツグツと煮込んで、「おまえをたべてやるヒッヒッヒッ」なんて……

 公爵様の紹介でよもやそんなことはなかろうが。汗でびっしょりな手を握りしめ、ごくりと唾を飲み込んだわたしの前に現れたのは、


「ごめんなさい、お客様のためのケーキを焼いていたの」


 エプロン姿の三十代くらいの女性でした。若い!

 深緑の長い髪を高い位置で結い上げ、くるぶしまでのグレーのワンピースを着ている。わたしを見てにこりと細められた瞳は、葡萄みたいな赤っぽい紫色だった。


「貴女がノノカね。これから貴女の面倒を見させてもらう“魔女”よ。よろしくね」

「あ、は、はい。よろしくお願いします!」


 魔女と名乗ったわりにはすごく優しそうで、面倒見のいいお姉さん、もしくはカフェの女店長って感じでとても安心した。と思ったのは、小屋の奥からバターのいい匂いがしているせいかもしれないけど。


「急ですまないね。とりあえずよろしく頼むよ。城の中じゃない方が、彼女も安心して生活できるだろうから」

「そうね、徐々に慣れていけばいいわ。頼まれたわ、ロサーノ」


 それから公爵様は魔女さんと二言三言交わして帰って行った。

 促されて小屋へ足を踏み入れると、早速近くの椅子に腰かけているように言われる。ケーキが焦げていないか見るんだそうだ。

 ログハウス風の小屋は中の家具もほとんど木製だ。テーブルとか、いま座っている椅子とか。暖炉があるが火は入っていない。階段があるってことは二階以上もあるみたいだ。外からはそんなに高さがわからなかったから、屋根裏部屋とかかな?

 緊張して固くなっていると、魔女さんはミトンをつけた手でケーキを取り出しながらこちらを見て笑った。


「ふふ、そんなにガチガチにならなくていいのよ。今日からしばらく貴女の衣食住はこちらでお世話しますからね」


 言われて、慌てて頭を下げた。


「どっ、どうもありがとうございます! こんなヘンテコな異世界人を受け入れてくださって……」

「ヘンテコじゃないわよ。もちろん、その分ちょっとはお手伝いしてもらうから」

「もちろんです! わたし、蓮沼乃々香っていいます。ハスヌマが苗字で、ノノカが名前」

「じゃあノノカって呼ぶわね。よろしくね、ノノカ」

「よろしくお願いしますっ。あ、魔女さん、……って魔女さんなんですか? その、お名前は?」


 魔女さんは意味ありげにふふっとまた笑った。全然不気味なところはないんだけど、ちょっと不思議。


「“菜園の魔女”と呼ばれているわ。名前は、そうね……アンブロシアって呼んで頂戴」


 板に軽く打ち付けて型からケーキを取り出す。パウンドケーキにそっくり!

 切り分けてお皿にのせ、テーブルに置いてくれる。おおおおいしそう! さっき蜜漬けのフルーツは食べたけど、甘いものは別腹だ。レーズンのようなベリー系の何かが入っているみたい。


「本当は冷めてしっとりした方が良いんだけど、これはこれでおいしいし、食べてみて? 今、お茶も淹れるわ。ちょっとゆっくりお話ししましょう」

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