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イケメンだからって何でも許されると思うなよ!

 厨房を後にしたわたしとノエルさんがやってきたのは、まさしく社員食堂とか学食といった様相を呈している食事用の広間だった。お昼時、やはりこちらの人々も朝昼夜とご飯を食べるらしく、様々な職種の人でごった返している。といっても昼休みの激混みの学食ほどではなく、ちらほらと空席も見られるみたいだ。

 そのスタイルもおもしろくて、どうやらビュッフェ形式みたいなのだ。最初にお盆をとり、各自が食べたい分だけ食缶や大皿から盛っていく。メニューの種類はほぼ固定で、食べる量だけ自分で選べる感じ。


「ここで働く者は大概が食堂で朝昼晩と食べますね。自炊もできますが、何せ特に研究職の者は忙しいので。放っておくと食事も睡眠も摂らずに倒れてしまいますから、こうした仕組みはありがたいですよ」


 パンが山盛りになった籠から、フォカッチャのようなものを選びながらノエルさんが言う。わたしも後ろに並んで見よう見まねでよそっている最中。そういえばこんな世界なのだから、パンが主食になるんだろうな。まぁ好きだからいいけど、後々白い米やらお味噌汁が恋しくなりそうだ。

 ところで大皿が並んでいる台の隅っこで、おっさん顔ノーム数名が宴会を開いているのだが、誰も突っ込まないってことは日常の光景なのかな? 別に宴会といっても、パンとフルーツをえっちらおっちら分けて食べているだけだから害はなさそうだが。

 今日のメニューは、数種類から選べるパン、じゃがいも人参たまねぎと牛肉?っぽい肉の入った塩味スープ、それから蜜漬けのフルーツだ。結構おいしそう!


「食事の時間が貴重な議論の時間になったりもしますし。……あ、あそこが空いているみたいですね」


 本当に学食にいるように、ノエルさんと一緒に空いていたテーブルに着席した。確かに周りを見ると、食べ終えた食器を脇へ追いやり、何かの資料を広げて喧々諤々やっている人達もいる。食事が済んだら、器を洗い場へ持っていくのもセルフサービスなんだそうだ。


「これって、まさかみんな無料なんですか?」

「はい。健康には替えられません」


 なんて太っ腹なんだ公爵様。他人事ながら本気でどういう仕組みでお金が回っているのか気になる。


 さて、どうやら食べられそうな食材ばかりのようだが。スープを一口飲んでみる……うむ、大丈夫そうかも。ちょっと薄味だけど、慣れたらおいしく食べられるだろう。好き嫌いがなくてよかったと思う。

 気になるのはこのお肉だけど……


「ノエルさん、これって何のお肉ですか?」

「牛の肉ですよ。ノノカさんの世界ではどういうお肉を食べられるんです?」


 よ、よかった、謎の肉じゃなくて!


「ええと、牛と豚と鶏がほとんどですかね。それから羊とか。あとは魚と貝と……海老や蟹も食べます」

「ああ、なら同じような感じですね。こちらではあと鹿や兎、鴨なんかも食べますよ。魔法生物の肉は硬くて臭く、とても食べられたものではないそうです」


 へええ。ということはきっとこの世界には、元の世界にいたような普通の動物と、それに加えて魔法生物というヒッポグリフみたいな生き物がいるのだろう。

 パンをちぎってはスープに浸して頬張っていると、


「あっ、ユーグ!」


 手を挙げるノエルさん。げっ、と見た先にはあの青の魔法使い。ユーグさんはやっぱりわたしと目が合った途端にその端正な顔をしかめて、しかし渋々といった様子でこちらに歩いてくる。どうやら片づけるところだったようでお皿は空っぽだ。


「早々に随分と暴れたようだな、異世界人」


 開口一番、ユーグさんはわたしを見下ろしてそう言った。深い藍の瞳はとてもきれいなのだけど、いかんせん整った顔立ちなので、不機嫌そうだとかなり怖い。どきどきするのはそのせいに決まっている。お兄さーん、スマイルスマイル!

 ところで聞き捨てならない一言だったが。暴れた?


「なんのことですか、ユーグ?」


 むしろスマイルスマイルなノエルさんが首を傾げると、ユーグさんの目線はそちらへ動く。知られないようにそっと息を吐き出した。が、


「とぼけるな。メイド達が噂していたぞ、変な女が厨房へ乗り込んできたと」


 あわわ、そんなことになっていたのか……! 嫌われたくないのに、極力敵を作りたくないのにぃ!

 わたしが慌てていると、イケメン魔法使いは軽く鼻を鳴らした。ピンと伸ばした背筋に、落ち着き払った声。さっき公爵様の部屋を出て行った時の失意の気配なんて微塵も感じさせなくて、ああこの人はプライドが高いんだろうなと思う。由緒正しい魔法使いの一家みたいなこと言っていたし。


「大体ノエル、お前も目立つんだ。そんな恰好でいるから」

「失礼ですね。この方が女性らしいではありませんか」


 紫のドレスの裾をつまんで不満げに唇を尖らせる姿は、この大衆っぽさ漂う食堂においてもまるでお人形であった。ユーグさんと並ぶと青と黄色、美男美女(いや、どっちも美男、なんだけど本当は)、そりゃあ悪目立ちしそうだなぁと他人事のように考えていた。早く食べないとスープが冷めちゃうけど、ユーグさんをやり過ごすまで我慢。


「ところでユーグ、今夜こそは部屋へ行っても良いでしょう?」

「断る。再三言っているが、俺にそっちの()はない」

「私だってないです」

「……ならいい加減諦めろ。そもそもお前の魔力を高めるために俺がそこまでの犠牲を払う義理もない、何度言えばわかる」


 え、ちょ、おいおい。いつの間にやら何の話だ。


「とにかく、俺は忙しいんだ。そこの頭の悪そうな異世界人に、今のうちに礼儀作法でも教えておけ。どうせ祝賀会なぞ開かれるだろうからな、主役がこれでは民を失望させるだろ」

「はぁ?!」


 あっ、やばい。思わず抗議の声を上げてしまった。

 でもでもひどくない?! ほぼ初対面の相手に頭悪そうだなんて! こいつイケメンの癖に性格はサイテー! おかげで薔薇色の妄想をしなくて済んだけど、わたしご立腹でございますことよ!

 憤慨しきりなわたしを小馬鹿にしたように一瞥し、「用がないなら戻るぞ」と背を向けられた。どうどう、って諌めてくるけどノエルさん、なんであんな奴わざわざ呼び止めたの?!


「今夜こそいけるかと思ったのですがね、やはり一筋縄ではいきませんねえ」

「え! あ、それ、もしかして、その、ノエルさんってユーグさんのこと……?!」

「同志としては敬愛していますが、違いますよ。私はノノカさんみたいにかわいらしい女性が好きです。けれどわたしが女装している理由は――」


 んんん?!

 でも、ぽかんと口を開けたわたしの耳に飛び込んできたのは


「――ノノカ殿!」


 大股で近づいてくるあのおじさまは……あれ、公爵様?

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