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幕間:リーリヤお嬢様、“ぷでぃん”を召し上がるの巻

公爵様の愛娘のおはなし。

「うぅぅ~……」


 ピンク、お花、水玉。

 ヒースネス公爵が一人娘、リーリヤ・ヒースネスの子供部屋は、まさしくそんな言葉で表すしかないほどファンシーな部屋だった。無論、本人の趣味である。

 犬の妖精――クーシーという妖精だがリーリヤは“わんちゃん”と呼ぶ――の柄の寝間着に身を包み、ふかふかの毛布が敷かれた寝台の上で、金髪碧眼の少女はとても難しい顔をしていた。彼女には今、とても困った問題があった。


(おなか、すいた……)


 つい先日からリーリヤは風邪で体調を崩していた。今日になりようやく熱が下がり、医師からもあと少しの安静で治ると太鼓判をもらったくらいだ。

 しかしまだ喉が痛い。だるい。

 枕元にある鈴を鳴らして父を呼び、空腹を伝えれば済むことではある。娘を溺愛する公爵はきっと快復したことを喜び、それはもうたくさんの食べ物を持ってきてくれることだろう。

 だが唾を飲み込むのさえ痛いのに、何かを食べようという気にはならなかった。それでつい数時間前も、朝食に手を付けずに突っ返してしまったばかりなのだ。今更お腹が空いただなんて、幼い彼女の矜持が許さなかったのである。


 昼食まではまだ時間がある。頼りない鳴き声をあげるお腹を誤魔化すように寝返りを打つ。

 毛布を頭まで被っていた彼女は、扉をノックされるまで、慌ただしい足音が部屋へと近づいてくることに気が付かなかった。


「――リーリヤお嬢様! 入ってもよろしいでしょうか!」


 野太い声に少女はバッと跳ね起きた。そんなに慌ててどうしたのだろう。


「料理長? 入っていいわよ」

「失礼いたしますっ」


 リーリヤはこの大きな体の料理人が好きだ。おいしいものをたくさん知っているからだ。そんなことは恥ずかしいから言わないけれど。

 と、彼が何やらお皿を持っていることに気づいて少しだけ嬉しくなる。もちろん言わないけれど。


「お嬢様にこれならば召し上がっていただけるかと思いまして。栄養をとらないと、風邪はよくなりませんからね」


 寝台の傍に跪いた彼が手にしたものを見て、リーリヤは思わずうぇっと言ってしまいそうになった。これは、あのとてもとてもおいしくない“栄養満点ジュース”ではないか! 体調を崩すと毎度これが出てきて、リーリヤはこの生臭くて気持ち悪い食感の飲み物が大嫌いだった。

 だがそう思ったのも一瞬で。


(……あれ?)


 あろうことか、いい匂いがするのだ。甘くてふんわりとした、いつも食べているクッキーと似たような香り。


「こちら、異世界から来た者が作った“ぷでぃん”なる品にございます。わたくしも味見いたしましたが、必ずやお嬢様のお口に合うかと!」


 そういえば先程父親が来て「ついに成功したんだよリーリヤ!」なんて、すごく興奮した様子で言っていたことを思い出す。違う世界と行き来することにどういう意味があってどんなに難しいのか、彼女にはよくわからないが。

 料理長がここまで言うのだ。だましだまし食べさせようとしているかもしれない、と少し思ったものの……空腹には、勝てなかった。


(へんなの。ぷるぷるしてる)


 おとなしく匙を受け取ってほんのわずかに掬ってみる。固まっている。が、むちっとしてプルプルと震えるヘンテコな食べ物だ。色はいつものジュースと同じなのに、すごくおいしそうな匂いがする。

 一口、ちゅるん。噛んだような噛まないような、柔らかくてぷにぷにしたそれはやっぱり甘くて、あっという間に喉の奥へ滑り込んだ。


「……おいしい!」

「ですよね!!」


 痛む喉で飲み込むのもそれほど苦ではないし、何よりふわりと香るこの甘い匂いを、リーリヤはとても気に入った。これを食べるためなら何度風邪をひいてもいいとさえ思える。

 ぷでぃん、という食べ物だったか。こんなにおいしい食べ物を作った異世界人……。前言撤回。すごく、興味深いではないか!


(ふふふ)


 俄然元気の出てきたリーリヤは胸中でほくそ笑む。誰だか知らないが、その異世界人、是非とも会ってみたい。

 こんなお菓子――たぶん、お菓子――を作ることができるのだ、他のお菓子もおいしいに違いない。食べてみたい。


「料理長。これを作ったひとは、なんてお名前?」

「あ、えー……そうだ、ののか、と申しておりました。見たところ、若い女性です」


 ノノカ。呟いてみる。どんな人だろう? そういえば父親が会わせたいと言っていたし、近いうちに話す機会はあるだろう。そのためにも早く風邪を治さなければ。


(ノノカ、リーリヤの“おやつ係”になってもらうわ!)


 ぱくぱくと元は栄養満点ジュースだった物を口に運び、とうとう食べきってしまったことを聞いて、ヒースネス公爵が涙を流さんばかりに喜んだことは言うまでもない。

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