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第二話

 エリオスたちが職務に励む王都では、蒼の騎士団に、久しぶりの入隊者が迎えられた。反逆者の脱走、という最悪の理由ではあるが。

 その人員とは、あのクルトだ。わずか十五才での正式な騎士叙任という偉業を果たしたのである。


 そもそも『騎士』になるには、ラミナでは二つの方法がある。一つ目は、伝統的な方法。十才くらいから見習いとして何年も先輩騎士について回り、十八の成人を過ぎてから叙任される。

 もう一つは、現王が十五年前に設立した騎士学校に十二才で入学し、成績によって四~六年で卒業する方法。エリオスやランスはこの方法をとった。

 いずれにしても、正式な騎士として認められる儀式――叙任は、その騎士の主となる王族や領主が行う。その式において、騎士は主に忠誠を誓うのだ。

 しかし古王国時代の叙任方法を今も行うノルト家は、どちらとも異なる。王宮に仕える騎士であろうと、叙任は当主が執り行うのだ。そこで一族の騎士見習いに、忠誠を誓う相手の名を告げさせ、いわば誓いの仲立ちを当主が引き受ける。これに年齢の制限はない。

 そうして誕生したのが、異例の少年騎士クルト・フォン・ノルトである。



「エリオス。第一部隊の先遣隊、先ほど帰城した。本隊と殿下のお帰りは四つの鐘になる」


 蒼の間にいたエリオスとクルトのもとに、出掛けていた第一部隊から報告が入った。

 先遣隊としてやってきたのは、隊長ヴィルヘルム。三十二才の彼は、蒼の騎士団の最年長である。本来の地位は副隊長なのだが、第一部隊長を兼任するはずのランスが働かないので特別に隊長を任されているという、真の苦労人である。

 彼も東方出身のためエリオスと同じ黒髪だが、その巨躯は騎士団でも随一を誇る。また、身分は伯爵家と中々なのだが、そのクルーゲ伯爵家は『ド級』の貧乏として有名である。

 騎士を志した時、出来たばかりの騎士学校には学費が払えずに通えなかったので、ヴィルヘルムは当然、伝統的な方法で騎士を目指した。しかし叙任式に必要な鎧などが貧乏なために何年も揃えられず、優秀ながら二十代半ばでやっと叙任、という不遇の人物でもあった。


「そうか、報告ありがとうヴィルヘルム。ちょうど良かった。ランスから今度の大会の希望者を集めるように言われていたんだ」

「大会、ですか?」

「ああ、クルトは知らないか。王都では毎年、競技大会を開いているんだ。部門がいくつかあるんだが、俺たち近衛は部門ごとに最低一名ずつの出場が義務づけられている」


 エリオスについて騎士団の仕事を覚えていたクルトが声を上げた。クルトは一度教えれば――いや、見せればすぐに覚えるので、エリオスは指導係として非常に楽な日々を送っていた。

 しかし天才のクルトといえど、幼い頃からついこの前まで国外で暮らしていたため、色々と国内事情に疎い。エリオスは伝え漏れの無いよう気をつけながら、大会について説明した。


「基本的な競技は『剣術』『自由武器』『馬上槍』だ。それでな、聞いて驚け、クルト。そこのヴィルヘルムは馬上槍で負けなしの四連覇だぞ」

「お、おい、エリオス」


 急に話の中心に引き出されたヴィルヘルムは、面食らった顔をしたものの、すぐにエリオスを遮ろうとした。だが、もう遅い。


「それは素晴らしい。ヴィルヘルム隊長のカタワレは見事な葦毛の馬だとお聞きしました。一心同体で立ち向かえるのは心強いでしょう」

「あ、ああ。ありがとう、クルト。いや、俺にはこれしか能がないから……」

「何を言うんだ、ヴィルヘルム。お前がいなければ第一部隊は回らないんだぞ!」


 そう言うエリオスにも、ヴィルヘルムは照れ笑いを返すだけ。この控えめで木訥なところが、団員の皆から好かれ、頼りにされる所以だ。


「エリオス隊長。出場は近衛だけなのですか?」

「いや、それなりの推薦があれば、軍属なら誰でもいい。以前のヴィルヘルムみたいに、地方の騎士団からも出場者はいるしな。あの時はいきなり地方の、しかも正式な騎士ではない従騎士が優勝したから大騒ぎだったんだ。俺はまだ学生だったけど、獅子奮迅の戦い振りをよく覚えているよ」

「おい、エリオス。あまり俺を持ち上げないでくれ。あの時はただ必死だったんだ」

「また謙遜を。あの試合の後、色んな騎士団から誘いが凄かったらしいじゃないか。特にランスとベルンハルト様が最後まで争ったらしいな」

「まあ、ありがたいことに、大会をきっかけに任官の話をいくつも頂いたのは確かだがな。叙任も済ませられたし……」

「ヴィルヘルム隊長は、やはり蒼の騎士団を目標に出場されたのですか?」

「え、いや……」


 クルトの何でもない問いかけに、急にヴィルヘルムが言葉を濁した。謙遜はしても隠し事はしない彼としては、とても珍しいことだ。


「どうしたんだ? 別に他を目的にしていたって、俺は怒ったりしないぞ?」

「いや、その……」


 もう一度言葉を濁し、目を泳がせてからヴィルヘルムは観念したように答えた。


「クルーゲ家は……財政が逼迫している」


 名誉ある競技大会すら、職探しの場。そして職場は給料の良さが条件。

 ヴィルヘルムの言葉は、仮にも貴族としては『卑しい』その判断を下したと暗に認めたのだった。


「ならば、ヴィルヘルム隊長の御判断は正しいですね」


 ヴィルヘルム渋い顔になったことで、エリオスがしまった、と思った時、クルトが思いもよらぬ返事をした。

 これにはエリオスだけでなく、言われたヴィルヘルム本人も驚いている。


「クルト……? 君は、一体何を……」

「御実家の財政が逼迫されているなら、仕送りできる方策を探すのは当然です。それを安易な金策に走るのではなく、ご自身の腕一つで掴み取ったのは真に素晴らしいと思います」

「…………」


 クルトの言葉に、ヴィルヘルムは言葉を失い、ポカンと口を開けたままだ。

 その様子を見て、何故か今度はクルトが――ほんのわずか表情筋を動かし――渋い顔になった。


「クルト?」

「いえ……。あの、エリオス隊長。また私は、人の気に障るようなことを言ったでしょうか」


 この言葉に再び、ヴィルヘルムとエリオスが驚く。この少年は、一体何を言っているんだ、と。だが、すぐにエリオスはあることを思い出した。


(……あ、そうか。あの宴のときのことだな)


「クルト、今回のヴィルヘルムは、気に障ったんじゃない。単に驚いただけだ。なあ?」

「あ、ああ。そうだとも。……むしろ、君の言葉には感謝している」

「感謝、ですか?」

「そうだ。俺が後ろめたく思っていた自分の生き方を、君は誉めてくれたんだから」

「……はあ。今回も当然と思ったので言っただけなのですが、あの時と何が違うんでしょう……」


 クルトは珍しく頭を悩ませている。

 その悩みは、エリオスには判るが解らない。


(真っ直ぐすぎて、言葉を選べないのが原因だな。だが、そこまで純粋でいられるのはクルトだけで、これからもクルトしか持てない悩みだろうな)


「帰ったらノルト公爵に相談してみるといい。きっと良い答えを下さる。――そうだ。俺も出るし、クルトも出場したらどうだ? 腕前を見せつけるいい機会だ。決勝は、陛下もいらっしゃる御前試合だからな」


 実力派揃いの蒼の騎士団にとって、最大の敵は他の騎士団などではなく、王宮守備隊である。

 実際に、近年の競技大会では、剣術はランスと守備隊の副隊長が毎年優勝を争っている。そして、ヴィルヘルムは馬上槍で四連勝。エリオスは自由武器で、一昨年は守備隊に敗北を喫したが、去年は肉薄の末、優勝した。

 ただ、ここまで競技大会の雄を蒼の騎士団と守備隊が競うと、当然、他の参加者は面白くない。

 とくに蒼の騎士団に入り損ねた若い騎士――血筋や容姿はよろしいが、それ以外は二流とランスに見なされた――は出世の糸口を探して、多くが王女の白の騎士団に入っている。そのため蒼と白の仲はすこぶる悪く、よく喧嘩騒ぎが起きるのだ。

 ゆえに、エリオスはクルトという超大型の新入隊員を迎え、今大会もまた、一波乱ありそうな予感をひしひしと感じていたのだった。



 エリオスが嫌な予感を覚えた日から三日後、ついに競技大会の人選が発表された。

 今年は『剣術』にクルトとランス、『自由武器』にエリオス、『馬上槍』にヴィルヘルムが出場することになった。

 その他にも蒼の騎士団から数名の出場するが、この人選に興奮する者が続出した。


「団長とクルトの対決か! これは見物だなぁ!」

「組み合わせ次第では、守備隊とクルトの連戦なんてのもあるかもな」

「何にしろ、他の隊は坊ちゃんの実力知らねえからなあ。きっと驚くぞ~?」

「全くだ。クルトの初戦が楽しみでならんな!」


 蒼の騎士団に迎えられたクルトは、異例の十五才での叙任。しかも、騎士学校における成績優秀者の十六才でも若い、という声が残っている風潮の中でだ。

 その叙任においては、巷で『あのノルト公爵も息子には甘い』『ついに耄碌したか』なんて囁かれる始末である。

 しかし誘拐事件の時や、普段の訓練でその実力を嫌というほど見せつけられているため、異を唱える団員はいない。


「今年は三部門とも俺らが勝てるかもな! 隊長たち以外もみんな優秀だし……」

「――おい! 今年の大会はヤバいぞ!!」


 蒼の騎士団の独擅場となる、なんて意見が出たところで、一人の団員が蒼の間に駆け込んできた。


「どうした、そんなに息を切らせて。ランスがまた何かやったのか」

「いや、違いますよエリオス隊長! あのですね、今年は出場するんです!」

「? 俺は去年も出ているが……」

「じゃなくて! ベルンハルト様が剣術部門に出場するんですよ!」

「…………な、に?」


 その報告を受け、エリオスは言葉に窮した。

 辺りの騎士たちも先ほどとは打って変わって、みんな口を閉ざす。ベルンハルトの出場というあまりの事態に、誰も反応出来ないのだ。

 唯一の救いは、今クルトが蒼の間にいないことだろう。この上、クルトの不思議発言に耐える精神を備えた猛者はいない。


「理由とか……聞いたか、それ」

「い、いえ。たまたま会った知り合いの守備隊の奴に聞いただけなんで……」

「そうか……」


(だが、理由はアレだろうな……)


 間違いなく、理由はあの宴でノルト公爵から聞いた、アレだ。――ベルンハルトがクルトに負けたという、その事実。

 どう考えてもベルンハルトの目的は、クルトとの再試合である。ベルンハルトは王弟アドルフの騎士であった頃、一度だけ競技大会に出場したが、それ以来、ずっと出場していない。

 だが、この突然の参加である。その理由は簡単に窺い知れるというもの。


(これだからノルト公爵には脳筋と言われてしまうのに……)


 痛む頭を抱えながら、エリオスはとりあえず、剣術部門に出場する部下たちに注意喚起をすることを心に固く誓った。

 なにせ兄公爵が『白銀の守護者』と呼ばれるのに対し、ベルンハルトはその二つ名を『裂帛の暴風雪』という危険人物なのだから――。

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