プロローグ
「殿下、お早く! もう城はもちませぬ、お逃げ下さい!」
「ならん! このまま叔父上の自由にさせてなるものか!」
赤く染まる城の中、二人の男が叫んでいる。
両名とも剣から血を滴らせ、何人も斬り伏せたのは明らかであった。しかし、この煌々と燃えゆく城の中、その喧騒は誰の耳にも届かない。
「時を待つのです!! 殿下に万一のことあれば、――の血統は絶たれてしまうのですぞ!? どうか、どうか耐え忍び下さい……!!」
男が一人、騎士の誇りである剣を投げ打ってまでひれ伏した。もう一人の男は、それを能面のような顔で見つめる。
しばらく炎が爆ぜる音だけが響いた後、立ち尽くす男は、唇を血が出るまで噛み締めながら言った。
「俺の不甲斐なさを許せ……。このような事態を招いたあげく、……家臣を見捨てて逃げる、卑怯者を……」
「いいえ、いいえ! それが我らの望みでございます。例え何年かかろうとも、正しき王を頂くことこそ……!」
「……すまん、俺は必ず戻る!」
そうして男は、紅蓮の炎を掻き分けて城を落ち延びた。
その先にそびえ立つのは『神々の屋根』とよばれる、とてつもなく険しい山脈であった――。