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Eins:end  作者: えんじゅ
中央区編━━《鬼因子》第二世代の子供達。
13/16

虹〈作家〉③


〈虹〉


東雲(しののめ)紫於(しお)、ずっと会いたかったよ」 


 安藤(あんどう)誠一(せいいち)は、今にも息絶えそうで、虚ろな目をしている東雲紫於を静かに見下ろしていた。

 傍らでキャロル・フリーペッパーが「わお」と驚きを声に上げている。

 初めて……それはまだお互いが七色機関に属していた頃だが、安藤誠一は、干鉛(ひなまり)鉛治郎(えんじろう)として、彼と出会っていた。

 その日の印象もはっきりと思い出せる。

 東雲(しののめ)紫於(しお)には、当時の七極彩の赤こと赤神(あかがみ)仁衛(じんえい)のような生真面目さはなく、橙のザッハ・ヴァリア・レインのような家族愛もなく、黄の庄土葉(しょうどば)(こう)のような執念深さもなく、緑の懐森(かいもり)檜士(かいし)のような仄暗い野望もなく、青の朝霧(あさぎり)蒼乃介(そうのすけ)のような偽りの仮面もなく、藍の式咲(しきざき)叶子(きょうこ)のような不幸の色も知らない。端的に言えば、軽薄な男にしか見えてこなかった。

 背負っているものがない、宙ぶらりんな若者。

 ただ、東雲紫於はよく笑う男だった。

 そして、その笑顔の裏に込められている本心に、安藤誠一はしばらくしてから気付いた。

 東雲紫於は、一癖も二癖もある仲間達(ヒーロー)、特に七極彩同士の仲を取り持つ為に、意図的にお調子者を装ったり、自らを悪役に仕立て上げたりと、損得を度外視して行動することができた。

 紫の東雲紫於。彼の心にあったもの……それはたぶん、仲間意識だ。

 彼は起伏に乏しい人生を送ってきたが故に、当たり前を大切にしたいと願っているのではないだろうか。

 それが七色機関に属していた頃、安藤誠一が東雲紫於に対して抱いた最終的な人間像であった。

 禍々しい変身姿から〈悪鬼〉の異名を冠し、鬼因子の研究にも一役買い、そして、東北地方で勃発した抗争の最中においても、友人の為に奔走していた彼が、今、目の前で死を迎えようとしている。

 

「……」


 どうやら東雲紫於には既にもう、突然の介入者へ意識を向ける余裕すら残されていないらしい。

 安藤誠一は彼に届かないと知った上で、独り言のように酷く貧小な声で語りかけた。


「君が……故意に味方を危険へ晒す真似をしない人間であると僕は理解しているつもりだったのだけど、これは━━過大評価だったのかな。それとも、この状況の裏にも、君の仲間意識が隠されているのかい?」


 安藤誠一は赤のEinsで空間を飛び越え先に広がっていたパチンコ店の内部を一瞥して、状況の把握に努めようとしていた。

 が、その猶予すら許さない一人のヒーローが真紅のマフラーを翻す。

 

 一蹴にて距離を詰める赤神つがな。目にも止まらぬ速さで迫る死神へ、しかし、安藤誠一は対話の姿勢を改めなかった。

 

 

〈灯〉


「赤神つがなの動きが止まった……のか? そうか、あいつが……安藤誠一なのか」


 黒尽くめの変身姿に長尺の日本刀を携えたまま、夕藤(せきとう)(あかり)は半壊した路面の上に立っていた。

 彼女の理解力は、めまぐるしい状況変化にも遅れをとっていない。

 それは、事前に色外の仲間達から要注意人物について口煩く説明されていたからこその賜物だ。

 瞬間移動と空間凍結。どちらも過去の七極彩が得意としていたEinsだと聞いている。

 そして、それら過去の産物を占めている者こそが……偏執的蒐集癖を原動力とする作家━━安藤誠一、その人物なのだと。


「どうするか……どうすれば、紫於を助けられる……」


 既に東雲(しののめ)命琉(めいる)の姿は消えている。代継(よつぎ)高炉(こうろ)が機転を利かせて幽体化を解除したのだろう。

 だとすれば、この場にて東雲紫於を助けられる仲間は、自分一人しかいない。 

 灯は膠着している場を崩さぬよう息を殺しつつ、タイミングを見計らう。

 相手は赤神つがな、安藤誠一、加えて見知らぬ女性が一人、安藤誠一の傍らに控えている。

 どう贔屓目に見ても、己の劣勢は瞭然としていた。



〈赤〉


「いいよ、キャロル。君は長旅で疲れているだろうし、この雑踏の中に姿を晒すこともない。安心して静観しているといい」


 残存する意識に反して、赤神つがなの四肢は凍り付いたように停止していた。

 

「リアリィ? 誠一が言うなら、私、甘えちゃうわ」

「うん、構わないよ」

「でも、こいつ、どういうわけ? いきなり襲いかかってくるなんて、ヒーローとしてはナンセンスだわ。覆面だって、なんだか子供っぽくてヤな感じ」 


 赤神つがなは、正体不明(アンノウン)認識された女性の能力を、先程の安藤誠一の言動から解析しようと試みていた。

 姿を晒すこともない。との弁から、彼女が視覚になんらかの作用を及ぼす能力者である可能性は高い。だが、赤神つがなにも彼女の姿は認識できている。

 だとすれば誤認か、或いは《鵺》のような変身の発展型か。

 

「やぁ、赤神の兵隊さん。こうして顔を合わせるのは初めてだね。君が僕の追跡を試みたのは……六回、いや、七回だったかな?」

「……」


 赤神つがなは何も答えない。

 正確には九回。彼はイブの共鳴と呼ばれる細胞同士の共振を頼りに安藤誠一の居場所を突き止めようとしていた。

 だが、安藤誠一は必ず、一定範囲内への接近を境に細胞を凍結させていた。

 つまり、追跡は一度も成功していない。

  

「なるほど。君は……七極彩に抜粋されるだけあって、例外中の例外という訳だ。どちらかといえば赤神よりも朝霧に近い、その覆面の裏に隠された表情を是非とも拝見したいものだよ」


 この時点で、赤神つがなは撤退を視野に入れていた。

 形振り構わず事に当たれば、この場に居る人間を皆殺しにすることも可能だろう。

 だがそれ以上に……一瞬たりとも素性を明かす事は回避しなければならない。

 赤神つがなにとっての絶対の優先事項だった。 

 人の目も集まってきており、これ以上の戦闘は致命的な露呈に繋がる可能性がある。

 しかし、安藤誠一のEinsは撤退すら許してくれないのだ。

  

「さて、とにもかくにも……これで五色め」


 否が応にも静観を守らなければならない赤神つがなを余所にして、安藤誠一は屈みこむと、ゆっくり……瀕死の東雲紫於の指からEinsを引き抜いた。

  


〈虹〉


 安藤誠一は紫の指輪を、あえて……四色の指輪とは対を成す指へ通した。

 そして、彼は東雲紫於に再度触れると、彼に迫る死を凍結させる。


「……おめぇ。なんのつもりだ?」


 出血が、いや、血液の循環そのものが止まり、半死状態の生きる屍と化した東雲紫於は口の中に溢れていた血を吐いてから、呼吸ではなく、声を発する為に唇を動かした。

 

「東雲紫於。君にお願いがあるんだ……式咲(しきざき)菜子(なこ)が持つ藍のEinsを僕に譲ってくれるよう掛けあって貰えないかな?」

「その為に俺を生かすんだか?」

「プラス、君は……庄土葉(しょうどば)(こう)の行方を追わなければならなくなる。そうだろう?」

「……手駒になれってか」

「君の自由を縛るつもりはないよ。ただ、庄土葉洸の居場所を突き止め、然るべき処置を受けた後にでも、僕に連絡してくれればいい。君は命を取り返す。僕は七色のEinsを蒐集できる。要はギブアンドテイク。悪い話ではないだろう?」

「んだなぁ」

「それと、一つ確かめたいことがあるんだ。君は、なぜここに来た?」

「……んなもん、新台を打ちたかったからに決まってるべ」

「さっきまで外に立っていた子供は命琉だね? ちょっとだけ背が伸びたんじゃないかい?」

「どうだかな」

「……東雲紫於。君は鬼因子(オーガチルドレン)の第二世代を知っているかな?」

「……答えねーと駄目だか?」


 会話が途切れる、と同時に……距離を取って過適合者達を囲んでいた群衆の輪に乱れが生じた。

 サイレンの音に紛れ込んでいる気配を聞き分け、東雲紫於の口端が微かに緩む。


「どう言い訳すっかなぁ」 


 直後、黒い光沢を放つ二輪車が輪を裂いて、彼等の視界へ飛び込んできた。

 真っ黒い外套を着込んだ搭乗者が右手を宙へ伸ばす。その先に光が奔り、次いで日本刀が形を現した。

 その人物は勢いそのままに安藤誠一達目掛けて急接近してくる。

 安藤誠一は迫る相手の方角へ空間凍結を施そうとした。

 が、数瞬早く━━刀身から銀色の焔が燃え上がる。 

 

「あの焔は……」


 二輪車の男が、銀焔の刃を宙に振るう。

 焔が彼等を囲うように蔓延していく。

 赤神つがなの硬直が解け、キャロルが短く悲鳴を上げた。


 安藤誠一を東雲紫於から引き離す様に二輪車を止め、男は堂々と地に足を付けた。

 そして、ヘルメットを外しながら告げる。


「俺の家族を返して貰うぞ」


 銀色に輝く頭髪が、彼の正体を物語っていた。


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