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9話 広がる波紋

「先程、お嬢様がお戻りになられました。 同行していた無能力者ノーマルも同じく帰還しています」

「そうか、アレは戻ったか……」


 報告を終えた従者を直ぐに下がらせ、思考を巡らせる


(アレに火竜を討つ力は無いと思っていたのだがな、

 ただ単に見誤っていただけならばそれで良い……)


 窓へ歩み寄りカーテンを少し開き2階から対角の廊下を覗く。

 覚束ない足取りで歩くその姿には相変わらず小さな力しか感じ取ることが出来ない。


(感じ取る事が出来ないほどの不確定な要素を疑うよりも、同行していた無能力者を疑う方がまだ現実的だろう)


 カーテンを再び閉ざし、顎に手をあてる。

 調べてみる価値はあるな。元より無能力者が何をしに来たか興味はあった。


(いい機会だ)


 現状では我が家名は守られている。 過激な手を選ぶ必要は無い。

 直ぐさま従者を呼び戻し、行動に移した。



 ※※※



 目覚めの気分は最悪だった。

 身体は強張り、肌がべたつく。

 その気持ち悪さを一刻も早く消し去るために、俺は直ぐさま共用の浴場へと繰り出し入浴を済ませた。

 入念なストレッチと入浴でいささか気分は上昇したものの、どこかスッキリしない脳を抱えながら訓練校の掲示板へ向かう。


 時刻は10時を回ったところだ。

 そういえば、家にある時計を最近合わせていないが大丈夫だろうか。

 大気に含まれているマナを利用して一定の時を刻む一般的な時計は、安価であれば在るほど精度が低く、定期的に基準となっている都市の中央にある大時計にあわせなければならない。

 手先の訓練で自作した時計だ、大気のマナに反応し発熱する鉱石を密閉した箱に入れ、空気の膨張で針を押し上げ、中の空気が入れ替わるという簡単な仕組みなのだが、本職ではないため精度はあまり自信がない。

(まあ、今まで大丈夫だったから後回しでもいいだろう)

 そんな楽観的な結論を出し、次の依頼のことを考える――。


 この1年間で貢献値を10000ポイント以上稼がないと守護者として正式に認定して貰えないんだよな。

 大事なことなのにそう意識していなかったのは、死亡さえしなければ基本的に誰でも稼ぐことができる数値だからだろう。

 そう、10000なんて数値はあくまで通過点、

 今年度の訓練生の貢献値で上位に入り込み、無能力者ノーマルの力を明確に示すのが目標だからな。


 今年度初めての依頼で既にB-ランクを達成という異例を成し遂げている俺とエレーナは現在ほぼ確実にトップを独走している筈だ。

 他のペアはDランクまでしか受注を許可されないからな……。

 なんかズルっぽくて少し不本意だが、昨日の報告がきちんと受理されているならば、

 俺の貢献値と現在の順位が更新されている筈だ。

 それでも自分が上位に食い込んでいるという事実についつい足取りが軽くなってしまう。

(さて、どうなってますかね――)


「教官! これは一体どういう事でしょうか!」


 軽い気持ちで掲示板のある広場を覗き込むと同時に、人の集まった掲示板の前から怒声が響いてきた。


「どういう事とは何を意味するのかは理解しかねるが、暫定順位のことを言っているのであれば貴様の目が認識した通りだ」

「――しかし! Dランク以上受注不可能な中で一組だけ異常な成果を挙げているのですよ!? これを不正と言わずなんと言うのです!!」


 騒ぎの中心になっているのは、教官と如何にも優等生と言った感じの中肉中性・蒼髪の超美形の青年だ。

 左手を胸にあて、右手で掲示板を押さえる姿が非常にさまになっている。

 そして言い争いの内容はどうやら俺と無関係では無さそうだ――。


「このペアの依頼はここで受注したものではない。 自ら依頼を確保してきたのか、或いはツテを使ったのかは知らんが、どちらも実力だ。 自らの実力不足を不正と嘆くような教育はしてこなかったのだがな」

「――そんな、理不尽な」


 美形がとても腑に落ちないという表情で口籠る。

 どういった事態なのかは掲示板を見て理解した。


 1位――エレーナ・ラザフォード  2400P

 1位――ソウゴ・アサクラ      2400P

 2位――ルース・マクスウェル    600P

 2位――フリーダ・サドラー      600P

 ………………

 …………

 ……


 俺たちがダントツどころか異常なほど差を開いて作っていた。

 これは確かに真面目に依頼受けてきた優等生は納得しないだろう。

 同率で順位が固まっているのは、未だペアが固定されたままだからか。


「どんなにランクの高く、貰える貢献値の大きい依頼を受注することが出来たとしても、死亡してしまっては何の意味もない。 奴らは無事に依頼を達成し、結果を残した、それだけだ」

「そうですか……では、我々にもDランク以上の依頼の受注許可を頂きたい。 ここまで差が開いてしまうのは訓練校側としても不本意な筈だ。 不平等な待遇は貴族の評価を下げることになりますからね」


 落ち着いて、冷静な判断が出来るようになったのか、さも『許可されて当然だ』という笑みを浮かべながら提案する。

 だが――。


「それを認めることは出来ない――」

「な、何故ですッ!」

「話を最後まで聞け馬鹿者が! 貴様のような育ちの良いお坊ちゃんを大勢死なせることの方が我が校の評価を貶めるからだ――だが、貴様の言う事も正論だ……

 よって、この上位のペアを見事打ち倒すことが出来たならば、奴らが達成したB-ランクまでの受注権を与えよう」


(おいおいッ! 何勝手なこと言ってんだよ教官ッ!)

 折角エレーナが父親にいい感じに認められるかも知れないって時に、もしボコボコに負けたとしたらすべてが水の泡だ。


「フッ……フハハハ!! 本当にそれだけで良いのですね? あの『器用貧乏』と呼ばれたお嬢様(・ ・ ・)と何をしに来たのかわからない無能力者を打ち負かすだけでいいのですね?」

「それでいい、これで平等になるだろう。 挑戦権は一度敗北したら剥奪という条件をつけておこう。 でないと挑まれる方の身が持たないからな」


 当人達のあずかり知らぬ所でどんどん話が進んでいく、このままでは良くない。非常に宜しくない!


「――その話、ちょっと待ってもらいたい!」


 人を掻き分け、教官の元へ近づく。


「なんだ? 訓練校側としても立場がある。 取り消しは不可能だぞ」

「いえ、そうではありません。 挑戦を受けるのは俺達ですから、少しだけ条件の追加をさせて頂こうかと思いまして……挑戦を受けるのはペアではなく一人ずつ、無能力者ノーマルでマナも少ない俺を先方としてください」


 少しでも自分の有利な条件に持っていくためとエレーナの成長の時間を稼ぐ為の提案だ。

 俺の戦い方の都合上、複数を相手するのは得策ではない。

(攻撃中に気配がハッキリするから、その間にもう一人に攻撃されると辛いからな……)


「いいだろう。 挑戦者の方が対策を練れる分有利なのは変わらんからな。 マクスウェル、貴様もそれで構わんな?」

「はい、もちろんです。 どんな卑怯な手を使ったのかはわかりませんが、この二人がB-の魔獣を倒したとは信じられません。

 ……では、さっそくお相手してもらっても良いですか? ソウゴさん」


 紫の瞳がスッと細められ、挑戦的な視線が俺を捉える――。

(おいおい、さすがに好戦的過ぎるだろう……!)


 マクスウェル――、確かに教官がそう呼んだことから、現在2位の実力を持つ本物の優等生なのだろう。

 どうやら今回の出来事は、プライドの高い彼をなかなかに刺激してしまったらしい。

 依頼を受けるつもりだったから一応ガントレットは持ってきている……。

 実戦を経験したばかりのお坊ちゃまに負けるつもりなどさらさら無いが、

 まさか人間相手にコイツを使うことになるとは思ってなかったから、心の準備とか全然出来ていない。


「居合わせているからには私が審判をしてやろう」

「ありがとうございます。

 では、アーツ展開――! 貫いてあげましょう」


 いつの間にか俺とルースを取り囲むように円が出来上がっていて教官が興味深そうにこちらを見ている。

 教官もギャラリーもやる気満々、逃げ場なし。

 相手方もアーツ展開しちゃったし、やるしかないよな……。

 こちらも仕方なく、いそいそとガントレットを身に着ける。

(相手のアーツは武装型――エストックか)


 美しい構え、ピクリともせず相手の隙を見逃すまいとする姿勢。

 口や見た目だけでは無いらしい。

 エストックという武器から刺突をメインにした戦い方を展開して来るだろう。

 そしてあの澄んだ雰囲気――ふと気がつけば自分の左胸にエストックが入り込んで(・ ・ ・ ・ ・)くる光景が目に浮かぶ。

 まるで水が地面に染み込む様に――。


 恐らくルースのアーツは水の属性を持っているのだろう。

 そんなマナの塊が胸に突き立てられたら普通の人間なら、まず死ぬ。

 相手の懐に潜り込み、一撃必殺。

 俺の戦闘スタイルと似ているかもしれない。

 今回は相手に殺ろすつもりは無いと思うが、出来る限りアレは貰いたくない。

(こちらも一撃必殺狙いで行くとしますか……)


「こちらも用意完了だ……準備はいいか?」

「――いつでもどうぞ」


 互いに視線を交わし、準備は全て整った。


「では両者、正々堂々と戦え!」


 教官の合図で決闘が始まる。

『自分が負けるはずが無い』そんな表情。

 今まで敗北という味を知らないのだろう。

 その姿を見ているとイライラする――。


 次の瞬間、その怒気をマナに乗せ今居る場所に強く放ち、

 急速に感覚を広げて、景色と同化する。


無能力者ノーマル相手に時間は掛けられませんから、遠慮なく行きますよ」


 ルースが動き、今まで俺が居た空間を突き刺し満足気な表情を浮かべる。

 首筋の辺りに刃を当てるような突き、寸止めというところがまたお坊ちゃまらしい。

 既に勝敗は決したとばかり思っているルースの背後、その耳元で囁く。


「なんと間抜けな顔をしている――?」

「――!?」


 同時に背後からの肺の位置を狙ったへの拳の一撃を与える。


「……何……がッ!?」

 

 意識外の所から攻撃を受け、マナの守りを易々と貫き肉体へダメージを与える。

 空気が吐き出され、空っぽになった所へさらに前方から鳩尾に本命の一撃。


「…………ッ!!」


 呼吸が出来ず、無言の叫びを上げながらも、ようやく捉えた本当の(・ ・ ・)俺を狙って震える左腕でエストックを振るう。

 その根性には感服したが、無論そんなものが当たるはずも無い。

 右のガントレットで手首を叩き、エストックを弾き飛ばし消滅させ、止めとばかりに再度、軽く鳩尾に拳を入れる。

 呼吸が出来ない状態が続き、悲痛に顔を歪ませながら遂にルースは意識を失う。


 守護者が相手だからといって、無理に相手のマナを削りきったり、肉体に致命的なダメージを与える必要など無い。

 この戦いは相手の意識さえ刈り取ればそれで勝利なのだ、そんなこと自分と同じ構造をした人間相手など他愛もないことだ。

 殺してはいけないから力加減をし過ぎて余計な手間が掛かったのが反省点だな。

 ぐったりとしたルース腕で支え、教官の方に視線を送る。


「――勝負あり、ソウゴ・アサクラの勝利とする」


 遅れて教官が決着を告げる。

 その声でギャラリーが一斉に我に返り、ざわめく。


『ねえ、一体何が起こったの?』

『マクスウェルがあっさり勝負を決めた様に見えたが……』

『でも無能力者ノーマルが勝ちって事は初手は決まってなかったのか?』


 勝負が長引けば負担が大きくなるし、種も割れやすくなる。

 目立ちすぎている現状からこれ以上悪目立ちしないように、わざと負けるという考えも浮かんだが、一人の命の重みで却下した。

 新たな依頼を受けに来ただけなのに、色々ありすぎて気分ではなくなってしまった。

 エレーナも居ないみたいだし、今日は報酬の受け取りと回収屋にだけよって帰ろう。


「では、俺は他に挑戦者が居ないようなので失礼します」


 今の戦闘を見て、さすがに直ぐに挑んでくる好奇心に満ち溢れた輩は居ないらしい。


「そうか。 ではそこで伸びているマクスウェルは私の方で引き取ろう。 これからも精進するように」


 そう言って教官はルースを軽々と担ぎ上げ、俺よりも早く人ごみに消えていく。

(ここが俺の思っているより物騒な所で無ければいいんだがな……)

 頭を抱えながら歩み去る俺の後ろにチリチリと視線を感じながら今度こそ受付へと足を向けた。

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