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8話 終わりを迎える長い長い日

「ソウゴ様、起きてください――」


 心地よい揺れが少しずつ眠りを刺激する。

 微睡まどろみの中、ぼんやりと映るオレンジ色が瞳に染み込んでくる。

 ひとつ、ふたつと繰り返される揺れを感じる毎に、緩やかに五感が広がる。

(なんだか、身体が重い……)

 不思議に思って自分の右手を目の前にかかげる。

(ガントレット……? ――ッ!)


「――敵襲か!!」


『依頼・火竜・死闘』の記憶が断片的によみがえり、自分がどういう状況にあったのかを思い出す――。

 反射的に勢い良く立ち上がった直後、俺は凄まじい衝撃を頭に感じた。


「ぐッ――、くそッ、もうそんなに接近していたのか!」


 咄嗟に少し低く見える地面へ飛び込み回避行動を取る。

 高低差があったため多少の痛みを感じるが問題無い。

 敵の次の攻撃に備えるべく、受身から素早く立ち上がり拳を構える。

 そして俺は言葉を失った――。


「……絶対に突っ込みませんよ。 私は」


 ジト目でそう言い放つクレア。

 意味も分からず辺りを見渡し、状況を確認する。

 まずは地形を――。


「――壁があるな」

「ええ」


「――地面が石造りだ」

「ですね」


「――周りの人々が皆、俺たちを見てる」

「こんなに羞恥心を覚えたのは生まれて初めてです」


「…………」

「……満足されましたか?」


 紛れもなく都市の中だった。

 呆然としながらガントレットを外し、そっと自分の頭を手で撫でる。

 見事なタンコブが出来ている。

 目の前には馬車の中から冷たい目で見つめるクレア――。


 改めて周囲を見渡し、更なる状況の確認に努める……

 ここ1年間、随分と通い慣れた大通りの真ん中だ。

 固まっていた人々は、俺と目が合った途端、思い出したかのように歩き始める。

 自分のやらかした事態を把握し、取り敢えず馬車の影に素早く移動して小さくなる。

 しばらく何を言ったらいいのか分からず、口をパクパクした挙句、何とかこの嫌な空気を打破するべく言葉を発した。


「その……、エレーナはどうした?」

「お嬢様は、大変お疲れの様で先に屋敷に戻られました」


 出会った時と変わらず淡々とした口調だ。

 それが少し責められているように感じてしまうのは、自分の気持ちが小さくなっているからだろうか。


「……付き添わなくてもよかったのか?」

「お嬢様が、『暫くはどなたとも顔を合わせたくない』と仰っていましたので」

「そうか――。 じゃあ俺も戻るとしよう。 こちらも、ちょっと……誰とも顔を合わせたくない気分だ」


 そう答ながらぐに反転し、一刻も早く、安息の地へ帰ろうと一歩を踏み出す。


「――お待ちください」

「え、いや……。 悪いが急ぎで無ければ後日にして欲しい。 やっと回復したばかりの所に止めを刺された心境なんだ」

「申し訳ありませんが、急ぎです。 お嬢様は恐らく依頼の報告を済ませていらっしゃらないので、お帰りは報告を済ませてからにして頂けますか」


(うっ……、そういえば依頼内容が急務だったな。 明日に持ち越すと迷惑の掛かる人間がいるかもしれない)

 だがしかし、今日ばかりはもう充分に頑張ったはずだ――。


「エレーナに来ていた依頼を俺が報告するのは不味いんじゃないか?」


 俺は諦めきれず、最後の抵抗を試みる――。


「その心配も御座いません。 既にお嬢様の許可は頂いてあります。 『今回の依頼は自分が達成したものではない』だそうです」

「なんでそんな所だけ律儀なんだよ! じゃあ俺じゃなくてもクレアが――」

「私は唯の付き人ですので」


 俺が言い終えるよりも早く退路を断たれる。

 冷静な人間が苦手になりそうだ。


「あー、わかった、了解した。 少し時間を置いたら落ち着いてきたし報告に行ってやる」

「ありがとうございます。 報告は訓練校、掲示板前の受付までお願いします。 旦那様へもそこから連絡が行きますので大丈夫です」

「再度了解。 じゃあ、また今度……になるのか?」


 完全に忘れていた荷物を受け手渡されながら気になったことを尋ねる


「はい、またお会いすることになると思います。

 ……お疲れのところ申し訳ありません」

「いや、問題ない。 ついでにやっておきたかった事も思い出したからな」

「そうでしたらさいわいです。 では失礼します」


 別れ際に変化の乏しいクレアの表情が曇る。

 他人に少し思いやられただけで余裕が出てきてしまう自分の現金さに少し呆れる。

 もしかしたら、クレアはそこまで想定済みの事だったのかもしれない、なんて考えが過ぎるが事実だったら心が折れそうなので思考停止。さっさと用事を済ませて帰るとしよう。


 一度、深呼吸をして通りに踏み出す。

 日は沈みきり、暗くなった道を照らしている照石しょうせきの明かりが優しく心地よい。

 日中に太陽の光を吸収し、暗くなるとその光を放つこの石は、入手が容易なうえに純度によって明るさも変わるので生活必需品となっている。


 そんな光に癒されながら目的地へ向かう。

 訓練校や都市の主要施設は全て中央に纏まっていて、東西南北で大きな道が各一本しか無いためまず迷うことが無くて助かる。

 ついでの用事で少し寄り道をしることになるが、大した時間はかからないし報告は今日中であれば構わないだろう。

 日が暮れてから討伐チームが再編成される事はないしな。

 そんな事を考えている内に"回収屋"へと到着した。

 回収屋とは、街の隅で唯一所持者が構える店であり、実力が無く守護者になれなかった所持者や、極稀に存在する一般人の元に生まれた所持者達が切り盛りをする、簡単に言えば討伐された魔獣を回収し、専門の道具で解体バラして素材にしたり、それらを扱う店と取引をする店だ。


 中の見通せる店の奥では既に数人の男たちが酒盛りを始めている。

 俺はまだ仕事を引き受けてくれるのか不安になりながら、如何にも"男の商売人"という感じのヒゲを蓄えた店主と思われる豪快な男に声をかけた。


「すまない、回収を頼めるだろうか」

「何だ、急ぎか? 今日はもう見てのとおり閉めちまってるから急ぎでもそれなりのモンじゃないと仕事は受けないぜ。 ん? お前さん、さっき大通りで奇行を繰り広げてた奴じゃねぇか?」


(――見られていた)

 その一言で、先の羞恥心がフラッシュバックし、

 精神的な衝撃が襲のたうち回りたくなる。

 それをなんとか押さえつけ何とか会話をつなげる。


「いや、あれは火竜とやりあって来た高揚感というか緊張感やらが収まりきれてなくてだな……普段から往来であんな動きを披露している訳じゃないんだ。本当に。

 そんな事は放っておいて本題だ。 火竜なら問題無いだろう?」


 "火竜"

 その単語を口にした瞬間、賑わっていた店内が静まり返った。

 店主の顔つきが変わり、目は入っている筈の酒を全く感じさせない程に引き締まっている。


「……火竜だと? そいつは確かに大物だが……本当にお前さんがやったのか? もしくは使いっぱしりか何かか? 俺もこんな所に店構えちゃいるが一応所持者の端くれなんでよ、

 お前さんが無能力者ノーマルか相当に落ちこぼれた所持者程度のマナしかもってねぇってわかるわけだ――獲物の横取りは重罪だぞ」


 鋭い眼力で見定めるかのようにこちらを睨みつける。

 だがこちらは何も後ろめたいことなど有りはしない。相手から目を逸らさずに答える。


「間違いなく俺達がやった。 所々には"コイツ"の痕が残っているだろうし、今から依頼の報告にも向かうところだ」


 そう言いながら腰のガントレットを見せる。


「うーむ、嘘は付いちゃいねぇみたいだな。 依頼を受けてやったんなら誤魔化しは難しいしな、まあいいだろう。 だけど兄ちゃん金持ってんのか?

 距離と獲物のサイズによるが外に出て荷物抱えて帰ってくる仕事だ。それなりに値は張るぞ」


 引き締まっていた表情は柔らかく解かれ、酒盛りをしてきた時のような人情味のある顔つきに戻る。

 なるほど。確かに人の上に立つにはこんな人間が相応しい。


「それに関しては交渉なんだが、俺は火竜の一部にしか興味は無いんだ。そこで残りの素材は全部そちらに譲るってのが対価でどうだ?」

「確かに、火竜ならそれでも構わねぇが部位によるな。 1番いい値のつく、あたま丸々とかだと、ちっと採算合わねぇぞ」

「それも問題なしだ。 俺が欲しいのは奴が芯の近くに抱えこんでる紅の結晶に興味があってな。 芯を砕いちまったからそれも砕いちゃってるかもしれないが小さくても無事なのがあったら持ってきてくれ」

「あー、兄ちゃん。 こっちは全然構わないが、そんなものどうするつもりなんだ? 綺麗じゃあるが価値は宝石に劣るし防具に使うにしても数がないし鉄の方がまだ硬い、そいつを持ってても火を吐けるようになるわけじゃないんだぜ?」


 まあ当然の疑問だろう。

 竜から取れる結晶は、その希少価値と美しいいろどゆえにそこそこの値段で取引されているが特に使い道が無く、あまり需要の無い物だ。

 竜を丸ごと譲って対価がそれだけなら店側としては万々歳だろう。


「うちの爺さんが鍛冶をやっててその技術をちょっと受け継いでてな、こっちに来て文献で知ってから純粋に素材に興味があったんだ」

「はー、鍛冶ねぇ、そこら辺で包丁やら鍋やら作ってる輩はいるが、そんなもんに興味持ってる奴は居ないがなぁ、中央で鎧でも作ってんのか?」

「いや、防具も造れはするが……、俺の専門はこのガントレットみたいな武器類だ」

「武器だぁ?そういや痕がどうの言ってたな。 どおりで妙な形をしとるわけだ……アーツ以外の武器などうの昔にすたれちまったモンだと思ったんだがな……

 最後まで信念を突き通してた偏屈な爺さんがどんどん都市の隅っこに追いやられていって、それ以来は武器を造ってる奴は見てねぇな……」


 店主が顔を顰めて改めてガントレットを凝視する。

 火竜を仕留めたというコイツに興味が湧いたのだろう……そうだと思いたい。


「まぁ、取り敢えずは仕事の話だな――。 よし、いいだろう。

 おい、野郎共! 仕事だ! 上質な照石を台車に詰め込んでおけ!」


 その一声で男たちが一斉に動き出す。

 なかなかの統制取れた動きに感心しながら俺は事務的に火竜の場所を告げる。


「その場所なら明日の昼には解体バラしまで終わってるだろ。 またその時に来な」

「助かる。 じゃあ商談成立だ」


 そう言い残し、店主と握手を交わし店を出た。

 想定していたより時間が掛かってしまった。人通りも先ほどより減っている。

(まだ受付は大丈夫なんだろうか……?)


 報告出来ずにクレアに失望されるのは避けたいので早歩きで向かう。

 受付には人が居なかったため、呼び鈴を鳴らすと奥の方から女性が出てきた。


「夜分に済まない。 依頼の報告をしたい」

「はい。 どちらのペアで何のご依頼でしょうか?」


 如何にも『今まで休んでいました』といった様相だ。

 目尻に不機嫌さが見て取れる様な気がする。


「エレーナ・ラザフォードとソウゴ・アサクラの二名で未確認C-クラスの魔獣討伐依頼だ」


 それだけを聞いて書類に目を通していく。

 慣れているのか物凄い速度だ。


「えーと、確かにありますね――、見習いの段階で随分と無茶なことをされましたね。 途中で断念、もしくはパートナーを見捨てて逃亡、一名生存ということで宜しいですか?」


 やっぱり怒っているのだろうか……。

 それともこれが彼女の素なのか。


「いや、パートナーは既に休んでいる。 報告は、未確認でC-とされていた魔獣は目算でB-の火竜で少し前に討伐を終えて戻ってきたところだ」


 受付嬢がパチパチと瞬きをして更に二度、三度目を擦る。

 そして憐れむような表情に変わり――。


「すみませんがもう一度ご自分が何を言っているのかを熟考された後、改めて発言をお願いできますか?虚偽の報告はヘタすると社会的もしくは生物的に死に至りますよ」

「……こちらの精神は既に危険域までダメージを受けている。 報告内容は紛れもない事実だ、頼むからサクッと処理してくれ」


 扉を開け放って今すぐ逃げ帰りたい気持ちを抑え懇願する。


「そうは申しましてもこちらも仕事ですからねー。 何か討伐の証拠になるモノは持ち帰りになっていますか?」

「下手に爪だけとか持ち帰っても証拠としては弱いと思って、今さっき回収屋に丸ごと回収を依頼してきた所だ」

「うわー、本当だとしたら良くそんなの引き受けて貰えましたね。 守護者より詐欺師とかの方が適正あるのではないでしょうかー」


 今まで辛うじて受付嬢としての体裁を保っていたのに、口調は雑になり机の上に突っ伏して人の目を見ていない。

 ……大丈夫かこの女。


「もういい、報告はそれで終わりだ。 真偽は明日になれば分かるだろう。 もう帰っていいか?」

「んー、どうぞお帰りくださいー。 と言いたいのですが、念のために詳しい状況確認だけ取らせていただいても宜しいですかー?」


 うわー、もう凄い面倒くさい。

 だが、この報告がエレーナの父親にも伝わるわけだし、安易に適当な事を言うわけにはいかないだろう。

 そう考えて踏みとどまる。

(俺としては、ありのままを報告して『無能力者が火竜を討伐した』という事実を世間に伝えるチャンスだが……、

 誇りを大事にするエレーナの父親はそれでは納得しない可能性が高いな。 それに、まだ賛同してくれる仲間も繋がりもない、足場の安定しない俺が位の高い連中の目に留まるのはまだ危険かもしれないな――)

 そこで、俺の出した結論は――、


「俺は知らん。 俺が駆けつけた頃にはもう既に天下のエレーナお嬢様が火竜を滅殺されていた」

「あー、はいはい。 いいですよ、それで。 お嬢様大活躍っと……じゃあお疲れさまでしたー。 組合に追われた時は頑張って隣の都市まで逃げるといいですよー」


 エレーナは怒るかもしれないが、彼女が倒したことにしておいた方が彼女の安全に繋がるだろ。

 無能力者ノーマルとどめを取られたなんて知れたらまたエレーナの父親が家名を守るために動いてしまうかもしれないからな。

 俺の方も一緒に消されては堪らん。

 受付に突っ伏したままヒラヒラと手を振る受付嬢に、同じように手を振り返して帰宅する。


 俺は、もう何も考えずに直ぐさまベッドに倒れ込んだ。

もういっそ開き直って不定期投稿にします。

既にそうなっていた気がしますが……。

ではまた近いうちに。

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