7話 それぞれの想い
「なんだ、私たちが出向く必要なんて無かったじゃない」
「でもどちらにしろ、可愛い妹を放っておくなんて選択肢もなかったのでしょう?」
「まあ、その通りね。 どうせお兄様も無関心なフリして何処かで見ていたのでしょうけど」
ソウゴ達が死闘を繰り広げた丘から少し離れた高台で、髪の色を除き外見の瓜二つな二人が言葉を交わす。
「それにしても、あの無能力者……色々と凄いことやってたわね……」
「ええ、マナ自体は少ないのに、身体全体に纏うように循環させて――あのマナのコントロール力は私達よりも優れているかもしれません」
「いや、確かにそれも凄かったけど。 私が言いたいのはテクニックよ。 エレーナちゃんの、あの反応見てたでしょ? アレは完全に――」
「気のせいです、もしくは何かの錯覚です、それでなければ貴方の目がおかしいのです。 大体、口付けだけで……そんな風になってしまうはずがありません」
片方のきっぱりと否定をした発言に、眩いばかりの金髪をした方がニヤける。
そんな仕草さえも、美女がするというだけで妖艶に映る。
「そんな事言って、私以上に食いつくように見入ってた癖に。 瞬きしてなかったわよ?」
「そのような事実はありません。それよりマナの供給なんて事が行えたという事実に着目すべきです」
「確かに、今までの常識を覆すような事ばかりやってたわね。 これは早急且つ、積極的に接触を図る必要があるわ」
「真意はともかくとして……私もその意見には賛成ですわ。 ですが早急にというのは少し考えたほうが良いかもしれません。 私たちにも立場がありますので」
白銀に近い髪の色をした方が諌める。
先方と比べ、いくらか落ち着いた雰囲気を持っている。
「むう、あなたがそう言うなら当分は我慢した方が良さそうね」
「珍しく聞き分けが良くて何よりです。 では早々に退散いたしましょう。 既にお父様には筒抜けになっているでしょうが、あまり堂々と覗き続ける訳にはいきません」
「わかったわ。無事が確認できただけでも充分な成果だったし、さっさと帰るとしましょう」
そう言葉を最後に、彼女たちは紅く染まりゆく夕日に紛れるように消えた。
※※※
「……戻られたのですね」
馬車へと無事にたどり着いた俺を出迎えたのは、複雑な表情をしたクレアのそんな言葉だった。
その表情から、彼女の立場を思い出す。クレアは恐らく今回の事情を知っていて同行している……それでいて無事に馬車を出してくれるのだろうか。
「……ああ、済まないが早急に馬車を出してもらえるか。 正直、もう限界に近い」
「畏まりました。 ですが――」
そこでクレアは一旦言葉を切る。
(やはり、エレーナの父親はクレアをもしもの時のための保険として送り込んでいたのか?)
そんな考えが頭を過ぎる――。
クレアは何処か戸惑う様子で此方を伺いながら口を開くか迷っている。
道中の様子から彼女は罪悪感を持っている言動を見せていた。
もしかすると俺たちの生殺与奪を決めかねているのかもしれない。
ほぼ瀕死の現状で、彼女に牙を向かれると逃げ切れる自信はない。
仮に逃げ切れたとして、この林で生きて出られる保証もない。
故に、俺は行動を起こさず、彼女が口を開くのを祈るような思いで見つめる。
「まずは――」
(さあ、どう出る……ッ)
「……お嬢様の尋常では無い様子からお聞かせ願えますか?」
「……は?」
予想外の展開に混乱しながらも、俺は未だ背負ったままのエレーナに振り返る。
荒い呼吸、時折漏れる喘ぐような声、それに熱っぽい目――確かに正常な状態とは言い難い。
「……エレーナは火竜との戦闘で致命的なダメージを負った。 その危機的状況を打破するために俺のマナを分け与えた結果、現在に至っている。 恐らくは体内で他人のマナを完全に取り込む戦いが繰り広げられているのだろう」
「はぁ……色々と突っ込みたい所は御座いますが、取り敢えずお嬢様に乱暴されたわけではないのですね?」
とても見当違いな事を言われ張り詰めていた緊張が急に解かれ、力が抜けて膝が折れそうになるのを堪えきちんと返答する。
「自分で言うのも何だが、命を救っておいてそういう風に言われるのは心外だ。 そんな事は絶対にしていない、詳細を後でエレーナに尋ねるといい」
「そうですか……。 膝をガクガクさせながら誓われてもイマイチ信憑性に欠けますが、本当に限界のようですので早急に馬車を出しましょう」
変な疑いをかけられたが無事に出してもらえるようなのでさっさと馬車へ乗り込みエレーナを背中から降ろす。
「この不可思議な仕掛けは引き抜いてしまってよろしいのですか?」
「ああ、すまん。 引っ張ってしまわないように注意して根元から出ている糸を切って回収してくれ」
「畏まりました」
設置する作業を見ていた所為か、随分と手際良く回収していく。
回収するのも億劫だったため実に助かる。
「では、これより撤収致します」
「――本当にいいのか?」
「構いません、私は『送迎』を申し遣っておりますので問題ございません」
再度確認するがきっぱりとそう答えられる。
どうやら本当に大丈夫らしい。
ようやく度重なる緊張から解放され、睡魔が一気に襲ってくる――。
「そうか。 では済まないが……少し休む……何かあれば……叩いてでも起こしてくれ……」
何とかそれだけを言い残し、俺は意識を手放した。
※※※
「……まさか、無事に戻られるとは思っていませんでした」
倒れる様に意識を失った彼を少しでも楽な姿勢に直し呟く。
私が旦那様に申し付けられた正確な内容は、今後一切の運命をお嬢様と共にすること――。
旦那様の娘を切り捨てることへの呵責心からか、私は死地へと赴くお嬢様を一人にさせない為の手向けとして送られたのだ。
生まれ落ちて18年、ずっとラザフォード家でお世話になってきた。その恩義は大きく、こんな結末でも納得できていたつもりだった。
しかし、現実は違った――。
独りになり、こんな見知らぬ土地で息絶えると考えると――急に死ぬことが怖くなった。
一度恐怖を覚えてしまえば、後はなし崩しった。
小さな物音に怯え、心細さで壊れそうになる。
私は彼から預かった筒を握り締め、馬車の中で震えた。
そんな心を繋いだのは、無能力者の彼が残していった仕掛けだった。
その仕掛けにどれ程の効果があるのかは分からなかったが、魔獣に対する対策が存在するか否かでは心持ちが全然違った。
御者台に座り、後ろを振り返る。
相変わらす意識がハッキリとしないお嬢様と意識のないソウゴ様、
なんとも頼りない限りだが、もう独りでは無い上に、後は帰り着くだけだ。
「今度は私が職務を全うする番です。 安心してお休みください」
そう呟いて私は馬車を走らせる。
ラザフォード家とは全く関係なく、こうして尽力してくれた彼に、これからどう恩を返して行けばいいのだろうか――。
ころころ視点が変わります。
読み難いかもしれません。