6話 アサクラ流 活生術
ようやく動けるようになった身体を引き摺り、
俺は横たわるエレーナの元に向かう。
大きな疲労感は残っているものの、マナ自体は充分に行き渡った様だ。
「……生きてるか?」
微かに胸部が上下していることから生きているとは思うのだが、あまりの生気のなさに不安になり問いかける。
「……殆ど死んでいるも同然ですわ」
か細い声――だが、確かに返答があった。
マナの減退に伴い身体の機能が低下しているだろうが、完全に停止していなければ充分に希望がある。
「情けないですわね……大口を叩いておきながら、この体たらく……倒すどころかマナを失い、衰弱して死ぬのを待つばかり……ッ」
悲痛の声を漏らしながら、僅かに目尻から雫がこぼれる――。
エレーナは緩やかに失われていく五感から、自らの死が避けられないと感じているのだろう。
俺はその絶望を少しでも早く打ち消すため、彼女の手を握り、言い聞かせる。
「大丈夫だ――お前は死なない。 今から失った分のマナを俺のマナで補う。 他人のマナを送り込まれることに抵抗があると思うが決して拒もうとするな――いいな?」
もしエレーナが俺のマナを拒絶してしまった場合、体内でマナが反発し、ただでさえ危険な状況に最後の一手を加えることになってしまうだろう……
だがこれ以外に方法は無い。不安を煽るわけだけの情報なら伏せておいた方がいいだろう。
「マナを……? ……気休めなら不要ですわ、そんな不可能ことを――」
途中で言葉が途切れる、会話を続ける気力さえ失っているのか。
「可能だ。大丈夫――、安心して力を抜いて楽にしていろ」
依然、彼女は信じきれない様子だが、縋るような瞳を向ける。
――実際に試したことは無い、だが理論的には可能なはずだ。
大丈夫……上手くやれる。マナの扱いには絶対の自信がある。
今度は自分にそう言い聞かせ、
エレーナのブレストプレートを外していく。
「――――!? な、何を――、して……いらっしゃいますの……ッ」
鎧を外す俺の行動に反発するも、また途中で勢いを無くす。
「互いの芯をより密接にしてマナの親和性を高める為に、この金属が邪魔なだけだ――他意はない」
「……嘘でしたら、舌を噛みますわよ」
その言葉を最後に、
本格的に抵抗する気力が無くなったのか顔を背け、なすがままになる。
俺はそんなエレーナの上半身を軽く抱え起こし、対面で抱き合う様な姿勢を取る。
「最後にもう一度忠告しておく、絶対に拒むな。 自分の中にマナを受け入れるように、楽にするんだ……いいな?」
「……わかっていますわ」
「ならいい……、始めるぞ」
エレーナを互いの心臓が触れ合うように抱き寄せる
自分のマナに意識を集中し、体液を媒体として溶け込ませ、
エレーナの顔に自分の顔を近づけていく――
「え、――え?」
戸惑うエレーナを無視し、さらに近づく、
そして――、
俺はエレーナに唇を重ねた――。
「〜〜〜〜〜〜ッ!?」
エレーナが俺の服を強く掴み、揺さぶるが彼女の背中を強く押さえつけ固定する。
それだけに留まらず、エレーナの唇を舌でこじ開け、自らのマナを練りこんだ体液を流し込んでいく……
「〜〜〜ッ! 〜〜〜ッ!」
(思ったよりも抵抗が激しい、このままではマズイな……)
俺はあくまで冷静に、混乱し続けるエレーナをなだめようと可能な限り優しく彼女の髪を撫でる。
「ん……ッ ふぁ……ッ」
その甲斐あってか、少しずつだが落ち着いてくる。
服を掴むエレーナの力が弱くなり、マナを受け入れる体勢が整ったことを確認し、
俺は再度繋がったままの唇からエレーナにマナを注ぎ込む。
密着した芯から彼女のマナを感じ、なるべく同化するように意識する。
体内に侵入してくるマナを異物と認識させないように最新の注意を払い、
より密接に繋がるために舌をゆっくりと絡めてながら送り込んでいく……。
「コクッ……コクッ……」
抵抗が無くなり、素直にマナを嚥下していく様子を見守る。
いつの間にか彼女の腕も俺の背中へ回り、自ら進んで繋がりを深くし、積極的にマナを取り込もうとしているようだ。
順調なようだな、しかし油断は出来ない。
急激に注ぎ込んで拒絶が起こらないよう、
ゆっくり、ゆっくり、丁寧に送る……。
(あと少しだな……)
正確な時間は分からないが、長い時間を掛け、目標にしていた総量の八割を移し終えて、
エレーナの顔に赤みが差し、生気が戻って来た様に見える。
それと同時に、また少しずつ背中に回されている腕に力が入り始めている。
(あと一割……ッ)
そこまで来たところでエレーナに変化が起きた。
「ン――ッ!」
何か切羽詰った様に、しきりに背中を叩いている――。
もう充分だということを伝えたいのだろうか?
だが目標はすぐそこまで来ている。安定もしているし、ここで中断するよりは早く終わらせたほうが良いな。
俺はエレーナの合図を無視し、最後の仕上げとばかりにマナを注ぎ込んだ……。
その瞬間――、
「んッ――、はぁ―――ッ!」
エレーナが声にならない悲鳴を上げ、腕の中で大きく跳ねる。
(――マズイ、やりすぎたか!?)
慌てて唇を離し、脈を確かめる。
――特に異常は無い。
「……はぁ、……はぁ、……んッ」
再度エレーナの様子を伺うが、断続的に荒い息を繰り返す以外は問題なさそうだ。
(ああ、なるほど。 長時間口を塞いでしまっていたから、息が苦しかっただけか……)
そう解釈し、ホッと胸を撫で下ろす。
無事にマナも行き渡っている、上出来だ。
あとは馬車のところまで戻るだけなのだが……、
未だに放心している様子のエレーナは暫く歩けそうもない。
疲労困憊の上、マナまで分け与えてしまった俺に彼女を担いでいけるのか不安は残るが、たどり着くまでの魔獣は排除してある。なんとかなるだろう。
ブレストプレートを元に戻し、気合を入れてエレーナを背負う。
(今度こそ最後の仕事だ――ッ)
そう意気込み、一歩一歩に力を込めて俺はクレアの待つ馬車まで歩き出した。
短いですが、ここで一旦区切ろうと思います。
主人公が思ったより鬼畜になってしまった気がします。