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5話 単身での死闘

「――あとは任せろ」


(そうは言ったが正直、正攻法で勝てるかどうか微妙なところだな……)


 エレーナの心身共に追い詰められた姿に気圧され、意思を尊重した結果、彼女は火竜の()を背後からまともに喰らい戦闘不能に陥ってしまった。彼女はまだこれが自分に与えられたチャンスだと思っていたようだが、これは明らかに処理能力を超えている。


 恐らく彼女の父親は家名をこれ以上貶めないよう、体良く彼女を処理しようとしたのだろう。

 道中にクレアが謝罪していたことはそういうことだったのだ。


(何がC-ランクの依頼だ……冗談じゃない、控えめに見てC+ほぼBクラスの魔獣じゃないか……!)


 確かにサイズこそ小さくはあるが竜種は内包するマナの密度が他種族と比べて段違いであり、ほぼ全てBクラス以上の危険な魔獣だ。

 本来、依頼のランクとは依頼人から組合に話が通るときに組合が厳正に判断を下して決定するものだ。しかし今回の場合はエレーナの父親が直接持ってきたという話のため例外という訳だ。


 故にこの様な食い違いを起こすことが出来たということか。だがそれを、『確認できなかった』という言い訳は少々苦しすぎるのではないだろうか?


 いや、もはや建前はどうでもいいのかもしれない……俺たちが帰らなければ向こうが都合良く解釈し、

 万が一に俺たちが生還した場合でも、生還した故に大きな問題にはならないという腹積もりだろう。

 精々依頼したとされる商人にだけ形だけの罰を与え、それで終わりと言った所か。


(まあ、そんな事は生きて戻れたらの話だ。 先のことより、まずは目前の問題だ――)


 俺は改めて()の状況を確認する。

 背後に横たわるエレーナはマナが目に見えて減退しており、このまま長時間放置しておけば命を落とすだろう。つまり、時間は掛けられない――。


 しかし、火竜はマナに多少のダメージは負っているもののまだまだ五体満足でまだ余裕が見られる。

 改めて確認するまでもなく状況は最悪だった。

 エレーナが負傷していて逃走が不可能な以上、害敵を排除する他方法は無い。

 俺はこれ以上の思考は無駄と判断し、マナを肉体に巡らせ始める。


 可能であれば通常の戦闘スタイルで戦いたかったのだが、時間が無いうえに敵が凶悪だ。

 多少のリスクや精神力を犠牲にしようとも、最初から勝てる可能性の最も高い方法を使うしかないだろう。

 俺はそう決断し、急速に集中力を高めていく――。


 まずはイメージする。自分の輪郭が周りに広がり、そのまま溶け込むように……

 気持ちは緩やかに落ち着け余計な思考を一切挟まず、

 ただただ、無心に、

 自分という存在を薄く伸ばしていく。


 意識を広げ続けて数秒――。

 突如自分が景色に入り込む感覚が訪れる。


 視界がよりシャープになり、音が消え自らの心音だけがハッキリと感じられる。

 そして、俺は完全に風景と同化を果たした。

 先ほどまで視ていた世界と変わり、感覚は鋭敏に、心は一滴の波紋もなく静まり返っている。

 全ていつも通り、問題はない。


 最後に両の拳をゆったりと正面に構えて戦闘準備を終える。


 目の前で気配が変質していく俺を警戒し、沈黙を保っていた火竜がようやくその存在を確かめるように動き出した――

 火竜の初撃、本当にそこに存在しているのかを訝しむように爪を振るう、

 しかしその攻撃は空を切ることとなった


 火竜が俺を『そこにいる』と認識している間に、既に俺は火竜の腹部に接近を果たしていた

 拳撃を与えるその一瞬、全身を巡るマナを活性化し、重い一撃を放ち、直ぐさま対角に抜ける


 拳撃を与えるその瞬間、その刹那の時間のみ俺の気配は明確になる

 その気配に反応し、火竜が反射的に逆の爪を振るうが、俺を既にそこにはいない

 火竜が自らの認識に違和感を覚え、混乱している間に再度

 懐へ潜り込み拳を振るう――


 一撃一撃の挾間に相手のマナの動力源である芯を探りながら攻撃と離脱を繰り返す

 距離をとっては肉薄し、次々に対角へと抜け、翻弄する


 繰り返す事、十三打


 濃厚なマナを有する竜相手にはまだまだ足りない――が

 現れては消える不可思議な現象、敵を捕捉することも出来ず何度も同じ場所に加えられる打撃、

 これらは火竜を怒りと混乱におとしいれるには充分な手数だった


 火竜は認識のズレにすっかり混乱し、無軌道に尾や爪を振り回す、

 その間に、俺は火竜の背後に回り込み脊髄と思しき場所に痛烈な一撃を加えた


 結果、この攻撃で火竜は完全に我を忘れた――


 火竜は爪を振り回しながら反転し、頭を振り上げ大気が震えるほど息を吸い込始める

 ブレスで辺り一面を焼き尽くすつもりなのだろう

 周りのマナが赤く染まっていき、温度が上昇していくのを今の俺の眼が捉える


(この時を待っていた――ッ)


 俺は決定的なタイミングで迎えつ為、火竜の正面に滑り込み、身を屈め、足と拳に力を溜めてその時を待つ

 辺りのマナが真っ赤に染まり、火竜の持ち上げられた顎が地表めがけて落ちてくるその刹那――

 俺は右足で、強く大地踏みしめ跳躍する程の速力で渾身を込めた拳を突き上げた


 ――ミシッ!


 拳に顎を砕く感触が伝わる

 踏み込んだ右足がさらに大地にめり込み、膝に過重な負担が掛かる――が

 決して軸はずらさず火竜の重量に負けることなく最後まで振り抜く

 目前で火竜の口内でマナが爆散した。


 衝撃波に巻き込まれ吹き飛ばされるも、相手に与えたダメージに比べればまだ軽い


 震える足を根性で支え、大きく仰け反った火竜に追い打ちをかけるべく、

 ステップを踏みサイドに回り込む


 そこから火竜の背を踏み台にして跳躍

 先のダメージでマナが薄くなった脳天に狙いを定め、またも右の拳で殴りつけ、フラつく足で着地する


 グ――ガァァァ――


 火竜が悲痛の叫びを上げ、立ったまま動きを止める


「ッ……ハァ……ハァ」


 どれも確かな感触だった。

 長時間続いた集中と無茶に肉体を駆使した影響で荒れた息を整えていく。


 初撃で頭部のマナにダメージを与え、次の一撃で無防備になった脳を激しく揺さぶったため暫く火竜の意識は戻らないだろう。

 かなりのダメージを与えることが出来たものの、こちらもダメージはゼロでは無い。

 極限まで高めた集中力でガタが来始めている。


(……次の一手で決める)


 俺は今一度横たわるエレーナに目をやり、瞳を閉じる。


 まだ出会って関わって2日目だというのに、こんな随分なことに巻き込まれてしまうとは……。

 高慢で他人のことなどお構いなし、それだけの奴だったら無理にでも引張って逃走でもするつもりだったのだが――。

 初めは勝手に自分の能力を過大評価され、時が経ち、また周囲の勝手な判断で今度は使い物にならないと言われた彼女。

 表にこそ出しはしなかったが、色々追い詰められていたのかもしれない。

『手を出すな』と言った彼女の泣きそうな顔が頭から離れず、どうしてか胸が熱くなる。


 初戦で竜種とここまでやりあったエレーナの実力は本物だ。

 きっとそれなりに努力もしてきたのだろう。

 ただ、ひたすらに他人に認めてもらいたくて――。


 その気持ちは俺も理解できるつもりだ。

 俺も他人に認めさせるためにここまで来たのだ。

 だから――。


「ここで死なせはしないッ!」


 俺は再度、疲労の重なった肉体に鞭打ち、集中を開始する。

 今まで外へ外へと広げていたマナを、今度は自らの肉体という器が耐えうる限り満たしていく。


 身体の芯から全身へ隈無く滾らせ、

 ()という存在を強く意識し、外殻を強固にする。


 ――熱く

 ――――熱く

 ――――――熱く


 肉体が弾け飛ぶほどにマナを高めていく。

 やがてマナの巡りは臨界まで達した。

 感情が高ぶり力が漲る。


 火竜は未だ焦点を定めず弛緩し立ち尽くしたまま動かない

 俺は最大の武器である己の右拳を強く握り締め、正面を睨んだ


 スゥ――。


 次の瞬間、俺は神速で火竜に肉薄した


「セアアアアアッ――!!」


 ガラ空きの腹部をめがけて左足を力強く踏み出し

 全身全霊を込めた拳を突き出す


 マナの守りを突き破り、僅かに硬い表皮にめり込みその先で火竜の拍動を捉える

 だが、まだ足りない――ッ


起動ブートッ――衝撃インパクトおおおおおおおッ!!」


 そう叫んだ瞬間――

 俺のマナは右腕に喰われた( ・ ・ ・ ・ )


 ――――ズドンッ!!!!!


 マナの守りも失い、完全に無防備な火竜の芯に、全てのマナを喰らった一撃が襲う

 肉を割き、骨を砕き、圧倒的な衝撃が標的を蹂躙する


 火竜が音を立てて崩れる

 芯が潰れるのを確かに感じた、奴は無事に絶命しただろう


「ッ……く……」


 安心した直後、反動がきた。

 体内に循環していたマナが急速に消失したことにより、力が抜け、堪えきれず肩膝をつく。

 目の前が暗くなり、息が切れ、そのまま意識を手放しそうになるのを、歯を食いしばり、拳を握り締め耐える。

 ここで俺が意識を手放してしまってはエレーナの命が助からない。


 自らの心臓が拍動し、流れ出したマナが少しずつ身体を巡るの待ち続ける。

 その一拍、一拍で失われた感覚が戻り、苦しさが増す。


 早く、早く、早く――。


 鼓動が異常に遅く感じ、焦燥感が募る。


 血の気が戻り、膝がガクガク震えながら懸命にこらえる時間、


 その僅か数十秒、一分にも満たない時間が俺には永遠のように感じた……。

20時更新と言いつつまともに更新できる気がしなくなってきたこの頃。

書きたかったところがようやく書けるはずなのにどうしてでしょう。

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