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4話 虚勢

 馬車が揺れる。

 街道を離れるにつれ、足場は悪くなり辺の空気も変わってきた。

 見通しの良かった風景も、まだ僅かだが木々に遮られ、警戒も高まる。


 目的地も近い、これ以上馬車で進む必要はないだろう。

 馬車のおかげでスタミナの温存は充分過ぎるほど出来ている。

 このまま馬車で強行して不要なリスクを背負う必要は無いと判断し、背後に声をかける。


「エレーナ、ここから先は足で向かおう。 これ以上道が悪くなると戻りもキツくなる」


 丁度ここは空き地になっていて馬車を止めるにはもってこいの場所だ。


「確かに木も増えてきていますわね。 私もこれ以上ガタガタと揺れるのは御免ですし、賛成ですわ」


 フリーダムなエレーナの事だ、一悶着あると思ったが、思いのほかあっさり了承されてホッとする。

 たぶん後者の理由が大きかったのだろうが――。


「了解しました。 目撃報告はこの林を抜けた丘となっております」

「あの高台になっている所ですわね。ではさっさと行きますわよ!」


 言うが早いか彼女は身一つで馬車から飛び出していく。


「おい! 一人で先行するな! 一応はこの馬車が拠点みたいなもんだから準備とかあるだろ」

「そんなもの、私の仕事ではありませんわ。 元より貴方を戦力に加えていませんし、用があるならクレアと一緒に馬車で待機してなさい」


 見たところ周囲に危険はなさそうだが初戦で単独行動はさせたくない。

 可能であれば俺もすぐにあとを追いたいのだが……クレアはどうするつもりなのだろうか。

 力のない彼女が魔獣に遭遇でもしたら結果は目に見えている。そこまでわかっていて彼女を置いて行くなんて選択は俺には出来ない。


(……戦力外扱いなら別に遅れて行っても構わないよな)


 やると決めたからには手早く済ませる。

 俺は荷物から糸と作りおきの仕掛けを取り出すと馬車から少し離れた周りに配置していく。

 火薬を詰め込んだ簡易な物で糸が惹かれるとピンが外れ、小さな爆発を起こす仕掛けだ。これで小型の魔獣くらいなら逃げていくはずだ。仮にダメでも警報代わりになるしな。


「……何をされているのですか。 道中にあれだけ戦えると言っておいて、まさか大人しく待機されるつもりではありませんよね?」


 エレーナを追いかける素振りを見せない俺に、クレアが軽蔑の色を含んだ視線を送る。


「馬鹿を言うな。 俺は自分が最善の状態で戦えるように準備しているだけだ。 ……よし、完了だ」


 元から作ってあるものを設置するだけなので五分もかからない。

 これで完璧、というわけでは無いが危険度は下げることが出来た筈だ。

 後は発光筒でも持たせておけば大丈夫だろう。


「明らかにヤバそうな魔獣が来たらこの少し出ているところを引き抜いて投げて逃げろ。 自分の目と耳を塞いでおくのを忘れるなよ」

「……先程から何を思ってそうされているのか分かりませんが、不愉快です。 早くお嬢様を追いかけて下さい」

「疲れた戻ってきた時に馬車が無くなってるのは嫌なんだよ。 それにエレーナがすぐに目標に遭遇してもさすがに即死はないだろ。 腐っても所持者だしな……俺を戦力外呼ばわりする実力の持ち主らしいし」


 マナは精神状態の影響を如実に受けるからな。

 背後に不安要素を残したまま戦えるかよ。これも本音。


「……意外に根に持つのですね。 仕方がありませんのでこちらは受け取っておきます。 なのでさっさと行ってきてください」

「はいはい、じゃあ行ってきますよ」


 あちこち動いたので準備運動は要らないだろう。

 俺はガントレットを身に付け、周囲を警戒しつつエレーナの後を追った。



 ※※※



 グ……ギィ――


 小型の魔獣が小さな断末魔を上げながら絶命する。

 速度を活かし、相手に接近を悟られないままマナを生み出す芯を正確に打ち砕く。

 等身大のトカゲを模したコイツは山暮らしのとき散々相手をさせられたため生態は熟知しているため絶好の肩慣らしになる。


「どうやら腕は鈍ってないみたいだな」


 訓練校での一年間は基礎訓練ばかりだったからな。

 カンを取り戻すためと、馬車の近くの敵を掃除しておく事を兼ねて道すがら見かける魔獣を狩って行く。

 点々と切り裂かれて絶命している個体があることからエレーナもこの道を通ったのだろう。

 辺の風景は林の半ば程まで来た印象だが、未だCクラス程の大きな魔獣の気配は無い。

 だが――


「……おかしい」


 この林の湿度や地形を見た限りでは火につらなる魔獣は存在など居ないはずだ。

 しかし少し開けた視界の先には所々焼け跡があるように視える。ようやく見えてきた丘においては最早焼け野原といった様子だ。

 本来いるはずの無い魔獣がいるから討伐の依頼が出されるのだが、この場合は間違って流れ込んだにしては生態系が違いすぎる。


 つまり自然に発生したとは考え辛い――。

(嫌な予感が当たったかもしれない……先を急いだ方がいいな)


 視界が開けた事もあり自慢の脚力を生かし疾走する。

 俺はエレーナの先行を許したことを悔んだ。



 ※※※



「ハァ……ハァ……、思いのほか……耐えるではありませんか……」


 手持ちの中では最も威力のある光弾を全力で放ったにも関わらず、目の前の()は多少怯んでいる様子が見受けられるものの未だ目立った外傷は見当たらない。

 展開しているロングソードは既に赤に二度砕かれ、マナを消費しての再展開を余儀なくされている。

 展開系のアーツは基本的に一度大きなマナを用いて展開してしまえばマナの消費は殆ど無く、戦闘終了後に健在であれば自らの中に収めることが出来るという長期戦に適した優れものだ。

 しかし同時に、アーツが砕かれるということは展開した分のマナが丸ごと失われることも意味している。


 つまり既にエレーナは3本分のマナを体外に放出していることになるのだ。

 戦闘の中で躱しきれずにもらったダメージでもマナは減退している。

 極めつけに、先ほどの魔術系アーツによる全力攻撃だ――体内のマナは限界に近い。


 もしもこの剣がもう一度砕かれてしまえばアーツを再展開することが出来ず攻撃手段を失うだろう。

 それほどまでに私は追い込まれていた。


「……大体……竜種で……Cクラスだなんて……聞いたことありませんわよ……」


 あまりの戦力差の前に思わず愚痴が零れる。

 幸い、竜種にしては小型な上に動きもあまり速くないが、一撃が重く広範囲に放射されるブレスも厄介だ。

 だがお父様が直々に私に持って来てくださった依頼、決して失敗するわけにはいかないのだ。

 今一度歯を食いしばり、敵が怯んでいる内に斬りこもうとロングソードを握りなおす。


「――エレーナ! まだ動けるか!」


 折角呼吸を整えたところに背後から声が掛かる。

 大丈夫か、ではなく動けるかと聞かれたことが自分の状態の酷さを表しているのだろう。


「誰に向かって仰っているのかしら。丁度今から……仕切り直すところですわ」


 今から止めを刺すところだと言いかけたがさすがに無理があると自重する。


「そうか、遅れてすまない。 今から加勢する」

「いいえ、その必要はありませんわ――」

「おい! この状況で何馬鹿な事をッ!」


 確かに少し無茶が過ぎるかもしれませんわね……。

 ですが――


「これは恐らく……お父様が私に与えられた最後のチャンスですわ。 ですから――、ここで助けを借りるわけには参りませんのッ! 手を出したら貴方も敵とみなしますわよ!」

 決死の大技で作った隙をこれ以上無駄にすることは出来ないと判断して駆け出す。

 背後で何もアクションが無いことから多少なりとも私がこの戦いに掛ける執念を汲んでくれたのだろう。


「ハァ――ッ」


 まずは最も近く、末端でマナの通いにくい爪に一閃

 次に腹、肩、胸へと連撃を重ねていく

 肉体に損傷こそ与えられないものの、マナへのダメージは通っていると感じている


(無駄な時間を使ってしまったためもう意識がハッキリとしてきた様ですわね)


 引き際に渾身を込めて最も効果があると思われた腹部に斬撃を叩き込む

 手応えはあった――が、まだ内包しているマナに余裕がありそうだ


(こちらはもう長くは持ちませんのにッ――!)


 初めての強敵、長時間に及ぶ緊張で焦りが生まれる

 それに加えこの戦いに勝てなければ見捨てられてしまうのでは無いかという恐怖がさらにエレーナを追い立てる


(大丈夫ですわ……注意すべき点は鋭い爪とブレス――、腕と口から目を離さなければこのまま……)


 火竜の左爪から繰り出される凶撃を外側に避けまた一太刀を浴びせる


(よし! 後はまた少し距離を取って……)


「カ……ハ……ッ」


 そう思った瞬間背中に痛烈な衝撃が走り肺の空気が押し出される


(な……ぜ……?)


 訳も分からず地面を転がる


 息が出来ない

 苦しい

 意識が飛びそうになる


 剣の感覚は既に手から抜け落ちている

 目を開けている筈なのに視界は真っ暗で何も映さない

 起き上がろうにも平衡感覚も麻痺していて自分が今どちらを向いているのかさえ把握できない


「……もう充分だろ――あとは任せろ」


 意識が途切れる最後、微かにそう聞こえた気がした――――

やはり平日は更新難しそうです。

毎日更新している人の執筆速度が羨ましいです。

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