3話 主に合わせるのが仕事です
「……おい」
「なんですの?」
「俺たちはこれからどこへ向かおうと言うんだ?」
西門へ向かった俺の目に飛び込んできたのは馬車に乗り込み読書をしているエレーナと、なにやら品のあるフリフリの服を着たその従者らしき者の組み合わせだった。
馬車に過度な装飾こそないものの、見事な光沢が使われている素材の良さを雄弁に語り、馬においてはツヤが良すぎてそこらへんの男衆よりイケメンに見える。
「可哀想に……、その歳で……」
哀れんだ目でこちらを見たあとにエレーナがゆっくりと続ける。
――コホン。
「良いですこと? ソーヤさん。 私達は 今から お外に わるい 魔獣を 退治しに いくのですのよ」
「ちげーよ!ボケたんじゃねえから! わざわざそんな、ゆっくりはっきり喋んなくても理解できるわ! そろそろキレんぞ!!」
あとね。俺、ソウゴって言うんだホントはね。確かにこっちの人間からしたら覚えにくいのかもしれないけど相棒の名前くらい覚えて欲しい。
「ちょっと哀れんで親切にしてやったらこの仕打ちですわ。 お父様も最近の若者にはいまいち期待が持てん、とボヤいてらした意味が理解できましたわ」
「全くですお嬢様。 それに加え、品のなさそうな顔つき……、魔獣が出た際に誤って攻撃してしまいかねませんね」
エレーナの後に続けてフリフリも言葉をつなげる。
初対面のくせに無表情でえげつないこと言うなコイツ。
「いや、もう俺のツッコミは冷却期間だよ……。 訂正だけさせてもらうと俺はソウゴだ。 そちらのフリフリのお嬢さんは?」
「彼女は家のメイドでクレア・レイヤードですわ。 これから彼女の操縦の下で討伐に出るのですからしっかり挨拶しておきなさいな」
なるほど、それはもう一度きっちりしておかなければな。挨拶は大事だからな。
「どうも、ソウゴ・アサクラと申します。 道中どうかよろしくお願いします」
「はあ……、私はお嬢様のお世話だけしか申し付けられておりませんがそこまで言われては仕方ありませんね。 同行を許可しますのでさっさとお乗り下さい」
「どうもありがとうございます!」
「くれぐれも、お嬢様と私に余計な迷惑を掛けないでくださいね」
「はい! 道中大人しくしています! ……ん?」
なんか……おかしくないか? というかなんでメイドの癖にこんなに態度でかいんだよ。
だが、当人たちはそれを全く気に止める様子はない。
「では、さっさと出発しますわよ。 さすがにそろそろ出なければ日没までに間に合うか怪しくなりますわ」
「お、おう……じゃなくてだな! なんで危険な場所に従者連れてくんだよ! 見た感じ明らかに非戦闘員だろ彼女! ていうかこんな近場で馬車とか出さねえだろ普通!」
「あなた先程からテンションの上がり方が激しすぎてついて行けませんわ。 しかも喚くだけ喚いてしっかり乗り込んできてるではありませんの」
「いや……まあ、置いて行かれると辛いし……。 俺のことはいいんだよ、クレア……さん見た感じ無能力者だろ」
「主である私をを呼び捨てにしておきながらメイドには敬称を付けるなんて……。 あなたの中でメイドという存在がどれほどの位に位置するのか想像するだけでおぞましいですわ」
「お嬢様、私怖いです」
言葉の割に無表情で、さらに馬車を出しながらと余裕のクレアさんである。
だって歳がいくつかわからない相手を呼び捨てにはできないだろ、慎重なタイプなんだよ俺は。
女性の年齢関係には注意を払うように教育されてきたから心の中でそっと思うだけだけどな。
「そんな無表情で怖がられても実感ねーよ! もういいよ、呼び捨てにするから! そして肝心な答えがまだ返ってきていない!」
「本当にうるさいですわね。 それを言ったらあなたも無能力者ではありませんの。 先程から自分を棚に上げた発言ばかりですわね、まったく」
「だから、俺は戦えるからいいんだって! それに普段はこんなにうるさくねーよ。 大体――、こっちから来てこんなに会話したのも久しぶりなのに……」
最後のぼそっと呟いたのがばっちり聞かれていたらしい。
二人して本日二度目の憐れむような目で俺を見ている……。
――余計なお世話だ。
それにしてもこれだけ聞いてまともな答えが返ってこないということは、実はあまり聞かれたくない事なのだろうか。
本来ならば非戦闘員に関して突っ込んでおくべきなのだろうが、他人を詮索するのはあまり褒められたものではないしな。
「それと私が同行している理由ですが、旦那様より本日付でお嬢様専属として配属されるように申し付けられたためです」
「…………ッ」
「なんでしょうか? 人にものを尋ねておきながら無言で睨みつけるなんて育ちが知れますよ」
人生、19年生きてきて自分の対人スキルに限界を感じた瞬間だった。
やがて馬車は門を抜け、整備された街道を進み始める。
都市の中ではどこか狭苦しく感じていた景色が一気に開け、もやもやした気持ちが少し解消される。
「ソウゴ、あなたどうして無能力者のくせに守護者なんて目指しているのですの?」
エレーナも少し開放的になっているのか俺の内面に踏み込んでくる。
「爺さんの夢だったからかな。 無能力者もアーツ所持者と対等な存在になれるって事の証明をすることに人生を費やしてきた人でね。 でも今は俺自身が単純にどこまでやれるか知りたいってのと、自分が無能力者の第一陣として名を刻んでやる、っていう気持ちかな」
「ふーん、そうですの」
エレーナはただそれだけつぶやいてまた本に目を落とす。
人に尋ねておいておざなりな反応は俺だけじゃないみたいですよ、クレアさーん……。
それからしばらくは馬車が進む音と、時折エレーナがページをめくる音だけが続いた。
久しぶりの都市の外は人の手が入っていることもあってか、小型の魔獣の姿も見かけない。ただただ広い草原が続いていて、たまに頬を撫でる風が心地よい。
これからCクラスの魔獣を討伐しに行く、なんて考えられないな……。
出発前はあんなに気を張っていたのに今では少し無用心ではないか、というほど落ち着いている。
「何だか心地よくて眠くなってきましたわ。 目的地に近づいたり、何かありましたら起こしてくださいます?」
「おいおい冗談だろ。 気持ちはわからんでもないが、ここは都市の外だぞ? いくら人の手が入っていても安全だとは言い難いぞ」
「貴方達も見張りくらいはできるでしょう? それにいつまでも気を張っているのは効率的ではありませんわ。 という訳であとは任せましたわよ」
「……」
「畏まりました、お嬢様」
エレーナはそう言い残すとさっさと本を仕舞い休む体勢に入っている。
(いったいどこまでマイペースなんだよ……)
かくいう俺も、他にやることもないしな……。確かに何もしないのは時間の浪費だし、俺は武装の手入れでもやっておくか。
腰から取り外し、俺の武器であり防具であるガントレットを確認する。
肘まで覆う無骨なそれは、左右の腕で形状がずいぶんと異なる。
守りに重点を置いている左腕には装甲が厚く、さらに小型の金属盾のような物が備え付けられている。一方、攻めに重点を置いている右腕は、鋭角的な形状で肘からは杭が付いていて、内部には特殊な機構が組み込まれている。
最も注目すべきは祖父が一生を注ぎ込んで作成した合金素材、ミスリルはマナをよく透すという点だ。ミスリルとは架空の金属として知られているが、これはその特性をとって祖父が命名した別物だ。
金属の元の性質に加え、純粋なマナの質量を自ら切り離すことなくダメージとして加算できるという逸品で、これにより所持者と負けず劣らず戦うことができる。
当初、俺が嬉々として名前をつけようとしたのだが、『お前のネーミングセンスが危険だ』と断じて認めてくれなかった。
「それがあなたの得物ですか、また随分と邪魔になりそうな上にバランスの悪そうな形ですね。 そんなもので戦えるのですか?」
後ろでガチャガチャやっていたのが耳に触ったのだろうかクレアがずいぶんな事を言ってくる。
「人様の大事になモノに向けてその言い草はないんじゃないか? それを言ったらお前も戦いには到底向かなそうな綺麗な服着てるくせに……」
「イマイチ貶されているのか口説かれているのか判断に迷いますね」
「もちろん皮肉だ!」
もしかするとラザフォード家 縁の人々はポジティブな考えしかできないのかもしれない。
「それが皮肉だとしたら貴方だってお粗末な格好ではありませんか。 所持者であるお嬢様が全身鎧で固めていらっしゃるのに、あなたは全身何とも分からない皮の服。 よほど死にたいのですか?」
「速度が命の俺はそれでいいんだよ、それにマナを通わせればそれなりの強度になる」
この皮だって死闘を繰り広げた末に手に入れた思い入れのある装備品だ。
「マナを通わせる? そんな事が可能なのですか? 昔に位の高い方々がこぞって研究に励まれて尽くマナを通した瞬間対象が損壊したという話を耳にしたことがありますが」
「位が高いって、戦線から遠退いて暇を持て余した所持者共の事だろ? それは無理だろうさ、所持者は個々に特色というかアーツに合わせた色みたいなのがあるんだ。 波長が余程合ってない限り媒介が壊れちまうのは当たり前だろ」
「そんな話は一言も聞いたことがありませんよ。デマなのではありませんか?」
……どうやらこのメイド様は他人を信用する気が無いらしい。
「事実、俺はそうして生きてきたんだよ! 大体そんな研究を行なえる奴らは所持者しかいないんだから結果が出なかったのは当然だろ。 俺の爺さんが一生をかけて積み重ねてきた物にいちいちケチつけんじゃねえ!」
「静かにしてください。 お嬢様が起きてしまいます。 あなたは毎度毎度、興奮しすぎです。 あなたにとってメイドが目の前にいるということがどれだけ興奮を促すのかは十分に理解しましたので落ち着いてください」
俺はもう声も出なかった……。
これだけ騒いでも辺りに魔獣の気配は全くない。
思った以上に都市の守護者が頑張っているのかもしれない。おかげで何の用意もなしに外で眠ってしまうほど神経が図太くない俺は、また手持ち無沙汰でメイドとの会話を続行せざるを得ない様だ。
「その話が事実だとすると、あなたのお爺様はとても素晴らしいお方のようですね」
「ああ、凄い人だったよ。 だから今度は俺の番なんだ。 爺さんは戦うことが出来なかったら自分が生み出した物の凄さを証明できなかった。 それを今度は俺が一生をかけて証明していくんだ――」
間が空いたこともあってかやっとまともな評価が得られたためか、こちらも随分と真面目に答えてしまった。
ここでまた冷やかされると羞恥心で負けそうだ。
「……そんな理性的な目もできるのですね」
てっきりまた茶化されるかと思ったら褒められているとも取れる言葉が返ってきて安心する。
取り越し苦労だったようだ。
「つまり、あなたはこれから無能力者で唯一の守護者として、 生きて行くわけですね」
やけに『生きて』を強調する彼女の言葉に少し疑問を覚える。
「ん? そりゃそうだろ。 そう簡単に死ぬ気なんて更々ない」
「……そうですか……申し訳ありません」
急に謝罪の言葉を述べる彼女からは先ほどまでの人をあからさまにからかっていた気配を感じない。
道中の非礼を詫びているのだろうか。
「まあ……、気にするな」
なんのことかは明確にわからなかったが取り敢えずそう答える。
だが、彼女は『申し訳ありません』ともう一度、繰り返し呟いて視線を完全に前へと戻した。
(申し訳ありませんでした。 ではなく、申し訳ありません、か――)
馬車は向きを変え、舗装されていない草原へと移動を始めた。どうやら目的地が近いらしい。
大きな揺れで勝手に起きるだろうが念のためにエレーナを起こし、俺は今一度気を引き締めた。
物語の導入って難しいですよね。
次回、やっと主人公が少し頑張ります。