2話 パートナーは『器用貧乏』
幸先の悪いスタートを切ったその翌日、俺はパートナーであるエレーナの情報を求め候補生の集まる学校へ来ていた。
最初は直接エレーナを探していたのだが見当たらず、連絡先すら知らない俺は諦めて別方向から調べることにしたのだ。
幸い、無能力者と学校一の派手女がペアを組んだという事は結構な話題になるらしく俺はエレーナの情報を得ることにさほど苦労しなかった。
小一時時間にわたる聞き込みという名の立ち聞きの成果によると、エレーナはやはり相当な名家の生まれらしい。
ラザフォード家の三女として生を受けたエレーナは世界で初めての二つのアーツ所持者として絶大な注目を集めていた。その為、幼いころから常に持て囃され育てられてきた。
しかし、当初の期待とは裏腹に彼女のアーツはいつまで経っても成長が見られず、囲んでいた人々は彼女に『器用貧乏』レッテルを貼り離れていってしまった。
結果、彼女のもとに残ったのは平均より僅かに優れた才能と持て囃され続けた中で形成された高慢な人格だけだった。
これが俺の集めた情報を元にまとめた結論である。もちろん俺のことについてもそれなりに言われていたが心の平穏のために聞き流しておいた。
「これは思った以上に苦労しそうだな……」
勝手に期待しておいて使えないと知るや即切り捨てか。聞いててあまりいい気持ちはしなかったな。だがしかし、これでエレーナについての評価や大体の立ち位置は掴めた。
だからといって何ができるというわけではないが、パートナーとして知らないよりはマシだろう。
あとはエレーナを見つけて今日こそ依頼について話をつけないとな。
あれこれと思考を纏めながらエレーナの情報と一緒に聞き出した依頼が受けられるという掲示板に足を向けた。
そういや生まれも育ちもこっちじゃなかったから依頼の受け方とか一般常識も怪しいんだよな。
話によると、一般向けの依頼の中から候補生向けの難易度が低めのものを選別して学校の掲示板に記載されるらしい。
難易度は主に討伐対象、または採取時に危険が伴う魔獣が内包しているマナの総量で基本的に六段階に分類され、
Fランクが 1000以下
Eランクが 1001~2000
Dランクが 2001~5000
Cランクが 5001~10000
Bランクが 10001~20000
Aランクが 20000以上となっている。
これに加え、差が激しくなるCランクから範囲の中心を基準に+と-表記が追加される。難易度はランクで魔獣自体はクラスで呼ばれている。たいした違いはわからないがニュアンスの違いだそうだ。
この上にも危険種認定されているSクラスの魔獣も存在するが、数百年に一度しか現れない上にほぼ確実に大人数による討伐作戦が組まれるらしくあまり考えに入れなくていいだろう。
ちなみに、無能力者の平均マナ総量を百、アーツ所持者が千としての計算らしい。この情報は一年間にわたる座学の成果だ。
掲示板をざっと見た感じ殆どがFランクでたまにEがあるくらいだな。
最初から背伸びをする必要はないし、一年のブランクのリハビリも兼ねて無難にFランクのものを受けておくか。
一人でも受注可能なのかわからないが取り敢えずFランクの小型種十頭討伐の依頼に目を付け受付に向かう。
「あの、すみません。そこの掲示板にある小型種十頭の――
「やっと見つけましたわ、ソーマ・アサギリ! さあ、さっそく華々しい初陣に向いますわよ! 早く支度をすませなさい!」
「え、あ……あの」
名前ちょっとカッコよくなってるんですけど……。
明らかに違う名前を呼ばれたがバッチリ視線はあっているし引かれている手は俺のものだ。
いまいち状況が把握できないまま、声をかけた受付の人に謝罪のジェスチャーを入れながら引きづられていく。
「おい! この際ムチャクチャな展開とか名前違うとか諸々のツッコミは我慢してやるが、依頼はもう既にそこの受付で受けてあるのか!?」
「ふん。 神に選ばれた私がその他大勢の方々と同じ依頼を受けるなんてありえませんわ! 依頼は別口で 直々 に私に来ていますの! 力を持つ者の責務ですわね!」
気持ちが高まっているのか無駄にテンションが高い――。
「あー、……ちなみにどのランクのものを受けたんだ」
「ふふん。聞いて驚きなさい、Cランクですわ!」
「へー、Cか……そうか……Cランクね。 ――って、そら驚くわ! 死ぬ気か!? 実戦経験ないんだろ!? 変な見栄とか張らずにちゃんとFから始めろって、いや本当に!だいたいCランクなんて掲示板に――
「ちょっ、あなた少し興奮しすぎですわよ!? 確かに私もD当たりから手をつけようと考えていましたけれども……、これはお父様が私の為にわざわざ取ってきてくださった依頼ですの。 お父様が私に期待されているというのにそれを裏切る様な真似はできませんわ――」
控えめに考えてDランクを受けるつもりだったのか……。それにしても――、期待、か。
本当にそうなのだろうか……。
学校の情報を元にしてもエレーナの父親が今もなお彼女に期待を抱いているとは考え難い。確かにCクラスの魔獣ならそれなりの経験を積んだ守護者が二人もいれば競り勝てるだろう。俺も一度だけ遭遇したことがあるが死闘の末なんとか倒すことが出来た。
が、それは山中にある家を守るためにやむを得ず戦った話であって現時点で遭遇して戦おうとは到底思わない……。生還出来るか否か、本当にギリギリのラインだ。好意的に見て、彼女に対する最後のチャンス、と言ったところだろう。
「ま、まあ依頼者の商人によるとCランクといってもサイズ的にはC-に近いという話ですし……視認した位置が遠くて何種の魔獣なのか判別ができていない等、少々の不安要素もございますが――どちらにせよ私が討伐するのですから、あなたはそんなに気にする必要はなくてよ」
俺があまりにも深刻な顔で黙り込むものだから心配になって声をかけたのだろう。
初見で感じた印象よりは良い奴なのかもしれない。
「ああ、そうだな。 ありがとう」
いざとなったら最悪、俺がなんとかすればいいのだ。エレーナ自身の実力も話で聞いただけだし、何か預かりしれぬところに勝機があるのかもしれない。エレーナの兄と双子の姉は相当な腕だという話も聞いている。
「目的地はどの辺なんだ? 日数が掛かる程遠くならそれに応じた用意がいるからな」
「それについても心配ありませんわ。 ここから三十キロほど行った街道のすぐ近くだそうですから」
ふむ、確かに俺たちにとってはそう遠くはないが片道三時間で戦闘を含めて丸一日で収まるレベルだ。
「都市の、しかも街道のそんな近くにCクラスの魔獣が出たとなると結構な重要度なんじゃないか?」
「ですから、守護組合に依頼を出す時間さえ惜しんで私に直接話しがきたのです。 それが理解できましたら、さっさと準備を整えて西門まで来なさい。 でないと日が暮れてしまいますわ」
「了解した。 すぐに向かう」
※※※
エレーナと別れ学校の寮へ急ぐ。
久しぶりの実戦がいきなりハードな内容ということで準備には余念がない。祖父が残してくれた得物を腰に下げ、無能力者として今まで守護者の庇護なく生き抜くために編み出してきたアイテムの数々ともしもの時のため最低限の野宿に使える道具。それらをひとつの大きめのリュックに詰め込む。
「じゃあ、行ってくるよ――」
誰もいない部屋にそれだけを告げ、俺は西門へ向かった。
更新するときは大体20時に更新予定。
合間を縫ってのスローペース投稿なので時間が作れないときは数日空くかもしれません。