1話 不安な門出
俺は生まれ持った能力で差別される世界が嫌いだ。
故に生まれ持った能力でしか評価されないこの世界が好きになれない。
魔獣で溢れるこの世界では、かの外敵に対抗する力を持つ者こそが支配者であり、
魔獣に対抗し得る力"アーツ"を持って生まれたか否かによって大体の地位が確立する。
アーツとは全ての生物が内包するマナを用いて運用する特殊武装のようなものだ。
そのマナとは肉体を満たしているエネルギーの事で、これが枯渇すると死に至る。
ざっくり言えば肉体の維持に必要なマナが不足すると本来の機能を失ったり破損、怪我という形で表れる。
この理はこの世界のすべての生物、無論魔獣にも適用される。
何が言いたいのかというと、マナを用いて戦うアーツ所持者達はマナの内包量が
アーツを持たない無能力者に比べ段違いに多く、戦いに非常に向いているということだ。
外敵から身を守る手段が必要な場所で戦う力があるというのはそれだけで重宝され、
アーツを持つ者を中心に都市が栄えていくのは当然の結果だった。
アーツをもって生まれる可能性は血筋による影響が大きく、自ずと地位的にも経済的にも格差が生じた。
生まれながらにして他者と各差が生じるなんてちょっと頑張って生きる気力が湧かないだろう?
そんな体制に一石を投じるべく立ち上がったのが鍛冶屋(自称)の祖父だった。
祖父の鍛えた武器と手に、無能力者でも戦えるという事を証明することを目標に十九年間を過ごしてきた。
しかし、その健闘虚しく無能力者の俺は未だに結果を出せずにいた――。
※ ※ ※
「貴様らがこの訓練校にきて一年! その間、貴様らはずっとタダ飯を喰らってきたわけだが……
そんな贅沢も今日限りだ! 明日からはその身が砕けるまで都市の為に尽くしてもらおう!」
グラウンドに集められた訓練校の俺たち総勢300名は恒例となっている教官の挨拶に聞き入っていた。
端正な顔と凛とした声が特徴の女教官はその外見に反し、まさに鬼教官の典型と言っても過言ではない内面の持ち主である。
そのカリスマは300もの訓練生を実質一人でまとめ上げる程であり、彼女が声を上げた次の瞬間には誰もが私語を止める程だ。
だが今日ばかりはカリスマよりも各々の興奮が勝っているようだ。理由は明白、本日で都市防衛の要"ガーディアン"としての規定修練期間を終え、
ようやく都市の依頼を請け負うことが出来る認定証、謂わばガーディアンである証が受け取れるためだ。
まだ大半が実践経験の無い俺たちは、更にあと一年の実戦訓練を受けなければならないので仮発行なのだが
これがあるのと無いのでは雲泥の差がある。
無能力者で唯一訓練校の実力試験をパスして一年、一時は奇人として話題を呼んだがその程度。
周囲には友人どころかまともに取り合ってくれる人間もいない完全なアウェー。
そんな精神的に過酷な環境の中でも目標のためひたすら努力を続けてきた。
だがそんな寂しさ、やるせなさとは今日でさよならだ。認定証さえあれば個人で依頼を請け負うことが出来るし何よりもわかりやすい実績を作ることができる。
これまでの苦労があっただけに一層期待が高まる。
(やっと一歩踏み出せたぜ、爺さん――)
「うむ、各々なかなかに良い目をしている。では認定書を交付するぞ! 二人一組のペアを組め!」
(なん……だと?)
今、一瞬悪魔のような単語が聞こえた気がしたぞ。
いや待て絶望するのは早計だ、聞き間違いの可能性も――
「仮決定の相手だと思って雑に選ぶなよ!本来は三人から四人のパーティが基本だが、
現時点で貴様らが動きを合わせられるのは二人が限界だ! 性格・相性・アーツを踏まえたうえで選別しろ!」
が、残酷にも補足説明を入れる教官の声が聞き間違いではないことを肯定する。
アーツ――、大まかに特殊な武装を出現させる展開系、
魔術を行使する魔術系の二つの区分に分類されるマナのアウトプット――。
それが俺にはない、この事実が所持者しか存在しない訓練校の中で何を意味するかは誰よりも理解している。
つまり、二人組など俺に作れる筈も無い……。
「教官ッ! どうしてもペアでなければ認定証は交付して頂けないのでしょうか!」
「何を言っている馬鹿者が! 貴様らひよっ子が一人で魔獣に立ち向うなんざ連中に餌を与えているのと変わらん!
国の金で育てた貴様らをみすみす殺してたまるかッ!」
「ハッ!申し訳ありません!」
動揺しているのは俺だけで、周りは次々と目当ての相手を見つけ認定証を受け取っていく。
これは堪えるな……。まさか二人組を作るという行為がここまでのダメージを与えてくるとは思いもしなかった。
今期生の総勢が300名と偶数でなければ目も当てられない終わり方をしていたかもしれない。
目の前でペアが出来ていくのを見かける度にじわじわダメージを受けつつ最後に残った一人を待つことに決める。
そして待つこと数十分……。
大勢の中で立っていたのは自分と金髪のやたら派手な鎧を身につけた女だけだった――。
「信じられませんわ!あろうことかラザフォード家三女たる私、
エレーナ・ラザフォードに誰一人声を掛けに来ないなんて!」
近づくにつれ彼女の容姿がはっきりとしてくる。一番に目を引く金色の髪はあまりにしなやかで、到底戦いに向くとは考えられない長さで巻き整えられている。
横から見た瞳は挑戦的に細められているが、何処か無邪気な子供のようにも取れて可愛らしい。
一言で言って美人だ。付け加えると極上の。しかし、逆に考えればそれだけのプラス要素を打ち消してしまうほどの強いマイナス要素が彼女にはあるということだ。
300の中で残り物になってしまうほどに――。まあそれについては俺も似たようなものか。
微かな親近感を胸に派手女へさらに近づいていく。
「ああ、なるほど理解しましたわ! この世界で唯一展開系と魔術系の双方のアーツを併せ持つ神に選ばれし私に声を掛けるなんて
庶民には荷が重すぎましたのですね! それでは仕方がありませんわね。 今からでも遅くはなくてよ! 私とパーティを組みたいと言う者は名乗り出なさい!特別に私が相手をして差し上げますわ!」
誰一人反応しない沈黙がこの派手女が、がっかりさんだという事を雄弁に物語っているが派手女はその程度ではめげはしない。
「――ふん。一人くらいは気概のある方はいらっしゃらないのかしら!」
手を腰に当てて人を見下す態度が様になってしまう辺り、高貴な血筋なのは間違いないのだろう。
無能力者の実力を示すには絶好の相手のようで都合が良い。というか何より選択肢がないし……。
これ以上衆目に晒されるのは精神衛生上よろしくないし、サクッと決めてしまおう。
「お眼鏡に叶うかはわからんが、一人いるぞ――、
ソウゴ・アサクラだよろしく頼む」
俺の声に気付き、顔を見るなり不機嫌そうな態度を隠そうともせずに値踏みをするように視線を巡らせる。
「まあ、みすぼらしい外見ですが私の前に名乗り出た勇気に免じて大目に見てあげましょう。
私はエレーナ・ラザフォード、世界で唯一双方のアーツを持つ神に選ばれた存在ですわ! それで、あなたアーツは何なのかしら?」
入学以来ずっと座学に基礎訓練ばかりだったからな、知り合いでもない限り他人のアーツなど知りはしないか。
「……俺は無能力者だ」
「なっ!無能力者ですって!?あなたふざけていますの!?」
(おいおい、無能力者ってマジかよ)
(そういや一人飛びぬけた命知らずが入学してきたって噂になってたよな)
(まだいたなんて知らなかったぜ)
あたりが一気に騒がしくなる。
まあ言いたいことは分かるんだけどな。
無能力者が武器を持つなんて大昔にアーツ所持者の人口が少なかった時代くらいだからな。
能力者の人口が十分になった今ではもう通常武装など作られてもいないためどのように実技試験を突破したのか想像もできないのだろう。
「言っておくが俺は真面目だ、実戦経験だってある。
それに俺の実力がどうであれ、神に選ばれた程の実力なら相手は関係ないだろう?」
「その通りですわ! 例えどんなにあなたが役たたずで足を引っ張ろうとも、私にかかれば魔獣など敵ではありませんわ!」
「よし、なら決まりだな! 頼りにしてるぜ!」
「あら、あなた結構物分りがいいじゃない わかりましたわ! 私に全ておまかせくださいませ!」
(うわーちょろいなー……)
少し煽っただけでこの反応、思考が単純というかなんというか。
そのおかげで無事認定証をもらうことが出来るのだから文句はないけど。
「よし、全員相手が決まったようだな これで貴様らはようやく依頼を受けることができるわけだ! 明日からさっそく依頼に取り掛かれ!
依頼をこなして難易度によって加算される貢献値はそのまま貴様らの価値を表す数値だ! 生涯下っ端の穀潰しになりたくなければせいぜい稼ぐことだな――以上、解散!」
今度こそきちんと一歩を踏み出せたかな――。
他の訓練生達は興奮冷めやまぬ様子でさっそく今後の予定について語り合っている。
俺たちも全く相手を頼りにしていないとはいえパーティはパーティ、最初に受ける依頼についてくらい話し合ったほうが良いだろう。
どうせ二人でしか受けられないのだし。
「おい、エレーナ 俺たちも方針を決めておこう
……エレーナ?」
返答がないので気になって隣に目をやると誰もいなくなっていた。
理解して切なさが込み上げてくる。
「あのヤロウ帰りやがったなああああああああああ!!」
希望に満ちた光の目をしてどんどん会話が盛り上がっている群衆のなかで
俺は独り、どんよりとした目をして帰路に着いた。
この先うまくやっていけるのだろうか――。
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