2―3
「どうだったの?」
「親父を襲ってきた奴がいるらしい」
「お父さんって、魔王だよね」
「ああ」
一国の王が易々と襲われた、という事にマナは驚くが、ソウルの表情は淡々としている。知っている情報だから驚いたり何だりがないのは当たり前だが、それでも怒りとか戸惑いとか、そう言う物がない事に首を捻る。
「よくある事なの?」
「いや、他所は知らんがハインシュベルクではあまり無いな」
「その割に落ち着いてるっていうか……。でもその様子じゃ無事だったんだよね?」
「当然だ。魔王だぞ」
ラーの件でもそうなように、最大の実力者がそのまま魔王になる訳ではないが勿論最低限、実力が無ければ認められない。
「良かった」
「……そうだな」
「でも魔王が襲われたって事はソウルも危ないんじゃないの? 王子なんだし」
王族の血統。次代の王になるかもしれない者。マナの言葉には悪意なくそんな雰囲気が滲む。
ソウル自身が王になる、的な事を口にしたので当然と言えば当然である。
――実際は王を狙ったものならばソウルが襲われる心配はない訳だが。
(確証はないがアレが親父を襲ったのと同じ奴等ならば、ルクエールを襲ったのもやはり『魔王』関連か……?)
「……ところでさ」
「うん?」
それはそれで魔王が無事だった事で話は一区切りと判断し、マナはおずおずと話題を切り替えて来た。
「こんな時に何だけど」
「何だ」
言い辛そうにしているから内容には予想が付いたが言わずに先を促した。
「さっきの話――本当に私が嫌じゃないなら、契約して」
まずは調子に乗るな、とかそんなような事を言われると思っていた。実際ソウルはそれくらいの事は口にする。だが。
「俺は契約してやってもいい――が、先に言っておく。俺は半端だぞ」
「半端?」
「純魔族じゃない。人間とのハーフだ。お前が『強い魔族』を求めるなら俺は止めておいた方が良い。認めさせたいと思ってる奴等から失笑を買うだけだ」
「え、それじゃあ」
父が魔王であるならば、そちらが人間の筈がないので。
「お母さんが? そうなんだ……」
「そうなんだ。魔力で負けるつもりはないが、生まれはどうしようもない。何をしようと『それ』が無いから認められん。――お前と同じだ」
(同じ……そっか。やっぱりそうなんだ)
そうだろうと思っていた。ソウルの吐いた言葉の強さは本物だったから。
(それで、自分で頑張って来たから、怒ったんだね)
「どうする、マナ」
「――うん。やっぱりいい」
「……そうか」
「あ! 違うよ! ソウルがハーフだからとか、そういうんじゃなくて!」
どことなく諦めたように頷いたソウルがネガティブな方向に考えている気がして慌ててマナは首と手を振って否定する。
「私、居心地を良くしたかったの。それに多分、強いソウルをダシにしようともしてた。あんた達が喚べもしないぐらい強い魔族と契約してやったぞって」
「判っている。そう利用して構わんといったんだ。……ナリが気に食わんか」
自分が威厳のある容姿をしていない事ぐらい自覚している。事実マナより背も低い。ラー程の容姿があればコンプレックスも持たないのだろうが。
「そうでもなくて。うん、やっぱり人の威を借るのは止めようかなって」
一族の誰も望めないような強い魔族と契約して、見返してやりたかった――けれど。
「それって凄く、情けないよね」
「そうか」
「うん。……ソウルは、強いよね」
「ふ、ふん! 当然だ!」
てらいなく微笑んで言われたマナの言葉にかっと顔を熱くして、ソウルは慌てて居丈高に腕を組み取り繕う。取り繕えていないが。
基本的にソウルは他人に認められる、という事をされた事がなかった。その才がもたらす結果は重宝されてもソウル自身には『この半端が』という眼が突き刺さる。
「……なら、お前はもう人間界に帰るのか?」
だから少しばかり、残念な気がした。――マナと二人でいるのは、心地良い。
「そうだね。留まる理由は無くなったし、帰ってちゃんと、自分で頑張らなきゃね」
「そうか」
そうして心を奮い立たせているならば、そのうちに帰った方が良い。いつでも一歩目を踏み出す時が一番大変なのだから。
「ありがとう、ソウル」
「ああ。――送って行こう」
「え、大丈夫だよ」
来た時もこの魔王城にまで一人で来たのだし。まさかソウルからそんな事を言われるとは思っておらず、そちらに純粋に驚いた。
「いいから黙って送られろ」
「……うん。何か、照れるね。男の人に送ってもらうのとか初めて」
男の人、というよりも子という感じだが、そこはソウルを立てておく。
「そうか。光栄に思えよ。ハインシュベルクの王族に送られた人間の女などそうはいないぞ」
やはりマナからきっちり異性扱いされたのに気を良くしてソウルは鷹揚に頷くとマナと連れ立って城下に降りる。
「それで? お前はどこから来たんだ」
行き来をする扉を繋げさえすれば、どこからでも通行可能だ。ただし勿論王城やその周囲など、いきなり出現されては困る場所には予め結界が張っており扉は作れないようになっている。
こちらの方は魔族同士も想定して頑健なので、まず破られる心配は無い。……なかったはずだ。残念ながら今はもう断言はできなくなってしまったが。
「正門から出て少し行って、東の方に森が見えるでしょ? そこから」
「ファーブの森か。あそこは植物系の魔物どもが巣くっているはずだが……よく無事に通りぬけて来たな」
魔族に比べると魔物は知能も魔力も低いのだが、それ故に話も通じずタチが悪かったりもする。
「息を潜めながらね」
「そうか」
嗅覚、視覚は流石にごまかせないだろうがマナの実力があればいくらかは気配を殺しやり過ごす事も出来るだろう。魔力探査には元々引っ掛からないのだし。
ソウルの質問に答えた事で話は終わりと判断しマナは行きは満足に見る余裕の無かった表通りの賑わいを楽しそうに覗いていく。
「流石魔界随一の大帝国。活気あるよね」
「当然だ」
自分の好きな物を褒められれば誰でも嬉しい。ソウルも勿論。心なしか応じる声も弾んで頷いて――ふと露店の中に細工物の店を見付けた。丁度女性が喜びそうな。
「マナ」
「ん?」
くんとマナの袖を引きソウルはその露店の前まで連れて行く。
「買ってやる。土産にな」
「え、いいの?」
町の露店で剥き出しで売っている様な小物だ。そう高い物ではない。ましてこの国の王族であるソウルがそう金銭面で不自由する訳もないのでそちらに『良いのか』と伺いを立てた訳ではない。
――純粋に、自分に贈り物をしてくれるのかと驚いて。
「ああ」
「じゃあソウルが選んでよ」
「はぁ?」
言い出した方とは思えない声を上げ、ソウルとマナは互いに沈黙する。そしてしばらくして。
「……俺は人に物を選んだ事など無いぞ」
「ソウルが好きなので良いよ。ソウルと会った記念だもの」
「そ、そうか?」
自分で言った事ながら、まさかこんな事になるとは思っていなかったから照れる。陳列されている商品を見て――その中の一つを手に取った。花をモチーフに形作られた髪飾りだ。
「あ、可愛い」
マナの趣味ともそうはズレていないが、やっぱり可愛い系選ぶんだと何だかほのぼのとした気持ちになる。
「いいか?」
「うん」
マナが頷くとそのまま精算を済ませて渡そうとしてきたので、マナは笑って自分の頭を指す。
「ね、ソウルが付けてよ」
「……嫌がらせか……?」
マナの髪に飾るには結構頑張って手を伸ばさなくてはならない。疲れる、し、格好悪い。
「ちゃんと屈むって」
くすくすと笑ってマナは身を屈めた。飾りやすくはなったが、これはこれで屈辱である。
だが楽しそうなマナは結構可愛かったから、何も言わずに動きやすくするためだろう、飾り気なく後ろで一ヶ所、ゴムで束ねられている部分に留めた。
「似合う?」
「良く分からん。ルクエールに言わせると俺はセンスが無いそうだからな」
「あー、あの人にはそうかもね」
ソウルの趣味は可愛い系だ。ルクエールのシック&ハードが基本コンセプトの服装の中では浮いて似合わないだろう。
「でもそんな話もするんだ」
「……。煩い。行くぞ」
「はーい」