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第二章 襲撃開始

「遅かったな」

「煩い。ルクエールを迎えに来させる方が悪いのだ。それより――」


 魔王の私室に入ってすぐ、掛けられたラーの言葉に噛みついてからソウルは部屋の中へとぐるりと目を向ける。


「別に迎えになんかやっちゃない。ソウルも呼んどくか、って言ったら勝手に行っただけだ」

「……お前、実は俺の嫌がる事を楽しんでるだろ?」


 微かに笑ったラーの瞳に宿っているのは、あまり性質の良くない笑い。ソウルの言葉への肯定だ。

そして次に姿を見せたのは三十から四十の間ぐらいの、見るからに高価な衣装で自分を飾った女性だった。もっともその衣装に負けないだけの華やかさを彼女自身も持ち合わせていたが。

彼女は部屋に居るソウルを見るなり、はっきりと眉間にしわを寄せる。


「全く……ッ! 王の御前に姿を見せるとは何と図々しい! 半端なお前が誰の許しを得てこの場に立っているのです」

「俺が呼んだ。文句があるか? 母上」


 ソウルが何を言うよりも早く、常の彼にはあり得ない意図した冷ややかな声音で、ラーはそう己の母親に声を掛けた。

途端びく、と第二妃シュツィルオーレは体を震わせ何とか唇に笑みを作る。


「ラ、ラー……。い、いえ、母はそのような……。お前が望むなら、別に……」


 ラーの態度も冷ややかだが、シュツィルオーレの態度も必要以上におどおどとおかしい。

――いつ見てもこの親子の関係には違和感を覚える。


「それで、親父が一体どうしたと?」

「襲撃されたらしいな」


 別にこのぎすぎすした空気を楽しむような趣味はないので、さっさと二人の空気を割ってラーに話しかけると、いつもと同じ、抑揚の無い口調でそう答えた。それにシュツィルオーレがホッとしたのに気が付いたが――まあ、どうでもいい。


「どこの誰にだ。つーか無事なのか?」

「逃げられた」


 この場の誰よりも一段太い大人の男の声が静かに現れそう言った。


「ラー、ソウル。……ルクエールはどうした?」


 自分の息子二人、そして自分の後を継ぐであろう姪の姿を探すが、生憎今ここにはいない。


「陛下! いかに陛下の姪とはいえルクエールは直系ではありません! やはり陛下の後は直系第一子であるラーが継ぐべきではありませんか! であればルクエールはこの場において部外者のはず。気にする必要もありますまい」


 自分の妻であるシュツィルオーレにふむ、と目を向けてから――静かに王はラーへと視線を移した。


「どうだ、ラー。継ぐ気はあるか」

「無い」

「と、言う事だ、シュツィルオーレ」


 迷わずきっぱり即答したラーに怒るでもなく呆れるでもなく、王はシュツィルオーレにそう言った。


「ソウルに継がせる気は無い。なればやる気も才も、ルクエールが最も妥当だと思うがな」

「っ……」


 王自らの断言に、ソウルは歯を噛みしめやや視線を落とした。――判っていた事だ。


「まあいい。それよりも本題に入ろう」

「わざわざ俺等を呼んだって事は親父個人を狙ったもんじゃないって事か?」


 いやしくも魔王の座に就く男である。命を狙った襲撃の一つ二つで騒ぎたてはしない。


「さて――それは何とも判らんが。報復をするべきかどうか迷っている」

「すりゃいいだろうが」

「同族相手なら迷わんのだが、どうにも相手は人間でな」

「人間? それはまた大それた事を」


 ふんとソウルは鼻で笑った。確かに一時期、領地争いで魔族と人間の関係は最悪だった。しかし魔族が地下世界を自らの魔力で開拓して、こちらに住むようになってからは関係という関係はほぼなくなっている。

稀に人間の優れた魔術師達が強大な魔力を求めて契約を欲するが、その程度。

魔族にとって肉体も脆く魔力もさして持たない人間など本気で相手にする事も無い存在――


「しかし妙な話だ。人間が何故魔王を襲う」


 領地争いをしていた頃は、それこそ人間の英雄が『勇者』と称えられ乗り込んで来たものだが、今ではあまりそういう事も無い。

――まあ、未だ『存在そのものが悪』と突っかかって来る者がいないとは言わないが。

 だがあくまでそれは特例。やや不審そうに呟いたラーにソウルも頷く。


「そもそも人間の侵入を見逃すとも思えんのにこの王城にまで入られているのが納得いかんな」


 マナの様に魔力が無いような人間ならまだしも、その手の輩は大抵強い魔力を持っているか、少なくとも人間にしては優れていると言っていい魔術師を連れている。


「そう。だから迷っているのだ」

「だが結局逃がしたんだろ?」


 報復も何も相手が居ない、とラーは肩を竦めたが逆に王に笑われた。


「血の一滴、髪の一本もあれば十分だ。そうだろう、ラー」

「ふん」


 本人の肉体の一部があれば、その波長を辿って本人まで辿り着く事が出来る。勿論距離と時間と探す者の力量に効果は大きく左右されるが。


「それを踏まえて――どう思う」

「面倒い。放っておけばいい」


 王の再度の質問に真っ先に答えたのはラーだった。その内容にやる気がないが。

勿論返ってくる答えは判っていただろう、苦笑して王は頷きソウルへと続けて目を向ける。


「どうだ、ソウル」

「俺は気に食わんな! 企んでいるのが何にせよ相応の報復はしてやるべきだ!」


 水を向けられソウルは勢い良く言い切った。ソウルの性格上、売られたケンカはスルーしない。


「ふむ。シュツィルオーレ、お前は」

「人間如き、わざわざ騒ぎ立てる事もありますまい。己が格を下げるだけです」

「二対一だな」

「……」


 少しだが、意外な気がした。シュツィルオーレの性格ならば、人間如きに舐められてたまるかと報復を訴えるかと思ったが――


(どうせ俺が報復を求めたからだろ)


 自分から正妃の地位を奪ったソウルの母を、そしてその子供であるソウルを嫌って――いや、憎んでいるから。

母が死んだ後も正妃の座は戻ってこなかった。その事がまたシュツィルオーレのプライドに障るのだろう。


「私は報復を行うべきだと思います、陛下。少なくとも放っておくべきではない。仮にも陛下の元まで侵入して来たのですから」


 シュツィルオーレの言葉に王が頷いたその直後、扉を開けて入って来ると同時にルクエールはそう言った。


「ルクエール!」


 もう気が付いたのかと、流石に少々バツが悪そうにソウルがその名を呼ぶと、ちらりと目をやり小さく呟く。


「後で覚えてらっしゃい」


 当然ながら怒りの全く冷めていない眼でじろりとソウルを睨むと、すぐにルクエールは王へと目を戻した。


「これで二対二か」

「陛下のご意思は?」


 おそらく奇数でケリが付けばそれで決定するつもりだったのだろう。しかし生憎ここにいる人数は偶数で、そして意見も綺麗に割れた。

最終意志決定者としてルクエールに仰がれると、ニィと凶悪に笑って王は断言した。


「では、正当なる報復を。――狙いが俺ならばその血に連なるお前達にも何か仕掛けてくるかもしれん。気をつけよ」

「ふん。人間如きに後れは取らんわ!」


 血の中にその人間が宿るお前が何を――とシュツィルオーレの眼が言っていたが、無視をした。


「話は終わりだな。俺は戻る」

「なら俺も戻るかな」

(……マナの事も気に掛かるしな)


 ラーに続いて広間から出た所で、ぐいと腕をルクエールに引かれて引き止められた。


「何だ。またやる気か?」


 正直今日はもう勘弁してもらいたいが、勿論挑まれれば受けて立つつもりで、弱気を隠してソウルは自信ありげに笑みを作って言った。

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