1―2
ヴッ!
魔力で生み出した槍を手に構え、ルクエールは床を蹴る。
「ごめんだ馬鹿者ッ!」
対抗するべくソウルも大剣を創り出し自分に突き出された槍を打ち払うと、早自分に関係は無いと寝転がって傍観しているラーの上を飛び越え間合いを取る。
大人しく武術の技量だけで戦っていれば問題は無かった。しかし間合いを取ったソウルが呪文を唱え、その集中した魔力の大きさに流石にぎょっとしてラーは体を起こす。
「おい! ソウルお前――!」
「アグニス・フレア!」
火炎系最強呪文を躊躇いなくソウルは発動させる。他人の室内で。
「いいわ……ッ。お前の魔力、ゾクゾクするのよ……っ」
瞳孔を見開き嬉々とした表情で、ルクエールも部屋を埋め尽くす火炎へ向けて手を翳す。
「ラキュラス・クール!」
互いに相殺され、ソウル側には焼け焦げ、ルクエール側には氷結の跡を残してその膨大な魔力は消失した。
「ふん! 貴様を殺せば王位がどーのとか面倒な事をする必要もない訳だしな! 今ここでケリつけてくれるわ!」
「いらっしゃいな! お前が負けたらお前は私のモノよ!」
「ほざけ!」
互いに再び床を蹴り肉薄し――
「ってか俺の部屋は止めろ」
白熱した二人の間に怒りに酷く冷めた声でラーが割り込んだ。ばさりと背から鳥類の翼を出し羽根二本を引き抜いて、ソウルとルクエールの足元に突き刺す。
「うっ!」
「きゃっ!」
ばち、と羽根が発した雷に弾かれ二人はそれぞれたたらを踏んで後退する。
「俺を巻き込むなっつってんだろ。余所で戦れ」
ほぼ全ての事に対し無気力なラーではあるが、否応なしに自分が巻き込まれる事態は嫌いである。ましてそれが安息の場である自分の部屋ならば尚更だ。
パリパリと発現した魔力が雷となってラーの髪をうねらせる。おそらく本人にしてみれは怒りと共にほんの少し表に現れただけの、意識もしていない程度の量の魔力。
――だがそれにすら、ソウルとルクエールの肌には鳥肌が立って自然体が逃げようと後ずさる。
『う……っ』
息を飲んで、空気が張り詰め、動けずに固まったままただラーの姿だけから目が離せない。
ふう、と息を吐いたただそれだけの仕草に、びくっ、とソウルとルクエールは揃って肩を跳ねあげ思わず互いの手を握り締めた。
「俺は外で一眠りしてくる。――戻るまでにきっちり直せよ」
『ハイ……』
魔力の発現が収まってふわりとラーの髪が自然のままに背に流れ、ほっと二人は肩から力を抜き――互いの手を握り合ったままなのを、一歩早くソウルが気が付き手を離して飛びのいた。
「あん」
「気色悪い声を上げてる場合か!」
「……そうね」
いつ気紛れにラーが戻って来るか判らない。戻ってきた時にまだ直し切れていなかったら――ぞっとする。
ぶるりと身震いをして、二人は共に休戦をしてラーの部屋の片付けを始める事にした。
「全く、酷い目にあったぞ」
時間遡行の魔術を行使し何とかラーの部屋を元通りにし、やれやれとソウルは第一庭で座り込んで一休みしていた。
流石にルクエールの方でも気力、魔力ともに使いきったらしく、再戦とはならずにそのままどこかへと消えて行った。おそらく部屋で休んでるのだろうが、正確な行き先など知った事ではない。かち合いさえしなければ。
だがその心配もさしてしていない。実は第一庭であり一番広い敷地を確保しているこの庭には、魔王とソウル以外の者は来たりしない。
ここは生前、ソウルの母が作っていた庭だからだ。
ソウルに母の記憶は殆どない。自我が確立する前に人の寿命は尽きてしまう。
(別に覚えておらん相手の事などどうでもいいがな)
――母が人間だったせいで、今自分はこんな面倒な立場に置かれているのだし。
ここに来るのも煩わしい他人がここには入ってこないから。――それだけだ。
「――?」
何となく面白くない気分でふてくされていると、ソウルの視界にひらりと翻ったレースの袖が見えた。
見間違いではない。
(この俺が気配を感じ取れんとは)
視覚で捉えなければおそらく気が付かなかった。判っている今も相手の気配を感じ取れない。
(面白い)
それ程の手練れがこの魔王城に侵入してくる目的と、何よりその人物自身に興味が湧いた。
今の今までソウルは気配を隠していなかったから、向こうはソウルの存在に当然気が付いているだろう。今から気配を殺して追うのは怪し過ぎるし、かといってただ追いかければ逃げられるおそれがある。
(向かってくりゃ問題ないんだがな)
しかしそうしてくれるかどうか判らない以上、それも上手くない。
(つー事は、やっぱアレだな)
す、と座っていたベンチから立ち上がり――ソウルは思い切り地面を蹴り、走った。
「動くなッ!」
びりびりと空気の震える大声で怒鳴ると、『きゃっ』とかこうまで綺麗に気配を消せる使い手にしては間抜けな悲鳴らしきものが上がった。
大体の方向は合っていたが、声を出してくれたおかげでよりはっきりと判った。ニヤリとソウルは口元に凶悪な笑みを浮かべ、追い付いた声の主へと手を伸ばす。
「何者だ!」
「きゃあっ!」
力の限りソウルが捕まえた腕は、柔らかくて細かった。
「お――……女っ?」
逃がさない様かなりの力を入れてしまっていたから、慌ててソウルは手を離す。
「はぅ。びっくりしたぁ」
ソウルに掴まれていた腕の部分をさすりながら、女――というよりも十五、六程度の少女だ――はほっと息をつく。
「何だ貴様は。人間だな?」
何だか拍子抜けして、投げやりにソウルは少女に訊ねた。
ソウルは人の気配を探る時、魔力で探査する。いや、ソウルだけではなく魔族の大方はそうだ。魔力のない魔族はいないので方法として間違ってはいない。
その方法で気配を感じなかったのは何の事はない、相手の魔力が最早無いと言っていい程に乏しかったからだ。
人間と比べはるかに強い魔力を持つ魔族にとって、人間などそもそも取るに足りない生き物である。はや興味は半ば以上失せていた。
「うん、そう。マナっていうの。君は?」
腕を掴まれた瞬間は本当に驚いていたようだが、ソウルの容姿に腰を屈め、目線を合わせてにこやかに話しかけて来た。
――明らかに、自分よりも幼い者に向けての話し方で。
「たわけ! 俺様は千二百六十六歳だ! 貴様等と同じ物差しで測るでないわ!」
「えぇっ!」
驚きの表情で仰け反ったマナにふんと鼻で笑ってソウルは溜飲を下げた。
「まぁ無知な輩という事で今回は許してやろう。俺様はソールスティーリッヒ・バル=アク・ハインシュベルク。この国の王の第二子であるぞ!」
「王の……って、王子なんだ?」
「その通りだ」
腕を組み、ソウルは相手の視線を感じながら鷹揚に頷く。悪くない気分で。
「本当に?」
「見れば判るであろうが!」
「いや見ただけじゃ判んないけど」
「む……っ。この俺様の高貴さを解さんとは……。無知なだけでなく感性までも曇っているようだな」
「どっから来るの、その自信……」
自分を貶める言われようだが、ソウルの言い方があんまりなので怒りよりも呆れの方にマナの心は占められた。
「じゃあ、本当に、本当に王族?」
「だからそうだと言っておろうが!」
「じゃあ――私と契約して!」
がっ、と勢い良くソウルの手を握り、マナは色々あるべき段階を吹っ飛ばしてそう言った。