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 5―2

 コンコン、と静かに扉を叩き、声を掛けた。


「妃殿下。ルクエールです」


 声を掛けたのはルクエールだが、気配を隠してはいないのでソウルとマナと――そしてユイリが共にいると、判っている筈だ。それが何を意味するのかも。

なのでもし反応がないようであれば、強引に踏み込もうと決めていた。逃がさないためであり、そしてプライドの高い女だから万一の事を避ける為に。

しかし懸念しえいた事は何も無く、少しの間の後扉は静かにシュツィルオーレの手によって開けられた。


「意外と早かったわね。――では、行きましょうか」

「随分あっさりしているな」


 言訳はしないだろうと思っていたが、それにしてもずいぶんな落ち着きようだ。マナと会ったこの数時間の間に、そこまでの覚悟をしたのだろうか。


「まさか本気で、私が陛下を人間ごときが殺せると思っているとでも? 本気で私がラーと人間を契約させようとでも? ふっ……少し考えて物をお言い」


 一同の戸惑いを鼻で笑い、シュツィルオーレは迷いなく歩き出す。


「では行きましょうか。陛下の元に」

「……行ったらどうなるか判って行っているのか?」

「さてね。他の者ならば当然厳罰が下されるのでしょうが、私をあの人がどうするかは判らないわね」

「正妃も同然の自分が処分を受ける事はないと? 甘く見過ぎではなくて?」


 魔王はそれほど甘くはないと、ルクエールの呆れた声にもシュツィルオーレは嘲うだけ。馬鹿にされた態度にルクエールの方がむっとしたが、それ以上何かを言おうとはしなかった。

 第一邸へと向かう途中、擦れ違った人々が何事かと振り返る。何しろシュツィルオーレとソウルが共にいるなど前代未聞だ。

その視線の中を悠然と進み、シュツィルオーレは魔王の部屋の扉を開き、中へと入る。


「陛下」

「――お前達。どうした」


 一瞬シュツィルオーレの名前を呼ぼうとして、しかし揃って訪ねてきた人数に言葉を変え、順番に一人ずつを確認しながらそう訊ねた。


「陛下。今回、陛下の殺害を依頼したのは私です」

「…………何?」

「私がアルバトラズに依頼しました」


 唖然とした魔王にもう一度シュツィルオーレはそう繰り返した。冗談や何かでは済ませられない真剣さで。


「……そうか」


 言葉少なに頷いて、魔王はソウルへと眼を移す。


「使われたな、ソウル」

「な、何ッ!?」

「お前はシュツィルオーレにどのような処分を望む?」


 どういう事だとソウルが問い詰めるより早く、魔王の方からそう問われた。


「べっ、別に俺は――っつーかそれは俺が決める事ではないであろうがッ!」

「まあ、そうだな。聞いてみただけだ」


 あっさりそう言われて慌てた自分が馬鹿のようで、むっとソウルは押し黙る。


「お前はどのような罰を望むのだ?」


 今度はシュツィルオーレへとそう問いかける。


「どのようにでも」


 ふ、と笑ってシュツィルオーレも静かにそう返した。


「私が望むのは、ただ貴方に知って頂く事だけです」

「それ程までに恨んでいたと?」

「ええ。それ程までに、愛していたと」


 ただ血筋と魔力の高さだけで選ばれた妃であり、彼の人となりすら知ったのは嫁いだ後だったけれど、それでもシュツィルオーレは幸せだった。

自分は彼を嫌っていなかったし、彼も自分を嫌っていなかった。尊敬していたし、尊重してくれた。愛ではなかったけれど、十分だった。それは王の責務にある自分達には当然なのだと。


――あの女が来るまでは。


政治家として覚悟ができていなかったのだと言われればその通りだった。

本当に愛する人を得た伴侶を見て想ったのはただ――憎いと。

驚いた。驚いて、ようやく知った。

自分は彼を愛していたのだと。

愛されはしなかったけれど、自分は妃で、彼のもっとも近い女だったから――それで、満足しようと、そう心に鍵を掛けていた。

けれど彼は、愛してしまったから。他の女を。


「私は身に余る重責を負ってしまったのでしょう」


 自分は政治家などではなかった。ただの女でしかなかった。だから、ソウルの母が、魔王が、ソウルが憎かった。


「知っていた」


 シュツィルオーレの不満も嫉妬も、魔王は勿論知っていた。しかしそれでも、彼女に正妃の名はもう与えられなかった。


「俺も同じだ」

「ええ、知っています」


 周囲の声を振り切ってまで人間を正妃にしたのだから。


「陛下は政治家として磨かれていた筈の私を信じて下さった。しかし私がそれに応えられなかった。それだけです。陛下には感謝しております」


 愛しいから憎かった。愛しいから苦しかった。


「陛下。私に処罰を」


 もう彼の傍にいるのは疲れたのだ。それが叶うのなら追放でも死罪でも、構わなかった。


「……お前を殺したくは無い」

「……」

「生きていてくれるか」

「ええ。それが貴方の望みであるのならば。陛下」




 ――その日のうちに、シュツィルオーレの実家への追放が決定した。

理由は公表されず、憶測が憶測を呼んだが、そのうちいつまでたっても自分に正妃の座を戻さない魔王との確執が実しやかに囁かれるようになった。

しかし彼女の心配をする者は多くはなかった。

実家は大貴族。今後の生活の心配もなく、また彼女が抜けた穴も他の重鎮たちが埋めて行く。

ラーを産んだ事で、国の中での彼女の役目は終わっていたのだ。

後の問題はただ、外交に面子が立たなくなる事を心配する声が上がったぐらいか。

新しい妻を娶るのも外聞が悪い。歳を理由に魔王の引退が決定した。

往生際悪くラーを押す声も多かったが、本人のやる気の無さは相変わらず、ルクエールの正式な即位が発表される事になる。

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