第一章 欠落王子と欠落魔術師
「っがァァァァ! 今思い出してもはらわたが煮えくりかえるわーっ!」
「それはソウルが隙あり過ぎなんだろーな」
この日何度目かのソウルの絶叫に、パリパリとスナック菓子を食べながら、律義にソウルの異母兄であるラーは同じ相槌を繰り返した。
いや、同じセリフを繰り返しているだけなので律義とは言えないか。
明るい金髪と赤い瞳、顔立ちは若干きついが申し分のない美形で、絶対将来追いこしてやると誓う程度には背も高い。怠けて殆ど動かないくせにスタイルは一向に崩れないのだ。
今年で七千を数える異母兄ラーとは対照的に、ソウルの色彩は若干鈍い。灰銀の髪と研がれた鉄色の瞳。人の体年齢で言えば十一、二程の幼体なので歴然たるラーとの差がちょっと悔しい。
「貴様ァッ! 大っ体貴様それでいいのか! 王の直系は貴様なのだぞ!!」
「あァ、別にどうでもいい。めんどい」
「『面倒』まで平仮名にするな余計気が抜けるわ!」
「つーか人の部屋来てどうなんだお前」
怒鳴り散らすわ部屋の主に文句付けるわ。
面倒そうに呟いた後、次のセリフはやはり。
「まァ別にいいけどな」
大体の事にやる気が無いのでそこに落ち着く。こいつに沸点というものはあるのかと思う程に、ラーが感情をを動かす事そのものがあまり無い。
「貴様が真っ当に王位継承権を守っていればこんな事にはならんかったんだ!」
「人に頼るなよ。お前だって直系だろ、一応」
「判っておるわ!」
イライラとソウルはラーに怒鳴り返した。
ソウルとラーの父は現在の魔王だが、ソウルには王位継承権が生まれた時から存在しなかった。
理由は、ソウルが人間とのハーフだから。
別にそれはそれで構わなかった。判らなくはなかったし、反発する者を抑えてまで王になりたい訳でもなかったので。
しかし――……
「何が嫌なんだ? ルクエールはイイ女だろ」
「俺の好みじゃない。大体愛人だぞッ! 愛人!」
「気楽でいいんじゃないか」
「いい事あるかァ! お前は言われりゃ頷くのかッ!?」
「頷かねェな。女の機嫌取んなァめんどい。勝手に乗るなら構わね……いややっぱ嫌だな。ダルいし」
「どんだけヤル気無いんだ貴様……」
食べ終わったスナック菓子の袋を潰してポイとゴミ箱に投げ捨てると、のそりとラーは起き上がる。
「で、どうするんだ? 逃げる手伝いでもして欲しいのか? しねえけど」
「たわけ。ここまでコケにされて引き下がれるか。俺がルクエールから王位継承権を奪ってやるのだ」
「――へぇ?」
すいと目が細められ、初めてラーは感情を微かにではあるが動かした。楽しそうな笑みがその唇に浮かんでいる。
「お前が? 本気で?」
「当然だ!」
「それを言いに来たのか?」
「そうだ。どうする?」
いかにヤル気の無いラーとは言え、やはりハーフの自分が王位を継ぐのは気にくわないかもしれない。
(それならそれで構わん。それでも俺の意思は変わらんからな!)
これからを思うと少し鈍い痛みを覚えるが、どうせ避けて通れない道。ここではっきりさせておきたい。
「言ってるだろ、面倒くさい。とにかくどうでもいいから俺を巻き込むな」
「関わらんならそれでいい」
「……本気で一人でやる気か?」
「勿論だ」
ソウルにも勿論お付きの部下は何人もいる。しかし王位を狙うとなると信用できたものじゃない。
「出来りゃ面白いとは思うけどな。一応言っといてやる、止めとけ。お前を良く思わない奴は多い」
「知っているとも」
人間とのハーフであるソウルが王子として何不自由なく暮らせているのは、王がソウルを息子として認めているのと、ソウル自身の才。そして何より――害にならなかったからだ。
「だからどうした。別に誰に気を使っていた訳でもない。俺に必要ならば奪い取るまでだ!」
「ふうん。ま、頑張れ」
「……」
「どうした? 用は済んだろ。俺は寝る」
「眠れば良いだろうが」
「……」
別にソウルが居て眠るのに邪魔という事は無い。というかラーに他人を気にするような可愛い神経は無い。だが。
「……怖いのか」
「なっ、何をっ!」
「ソウル!」
ばん、と遠慮も何も無くラーの部屋の扉が開かれルクエールが入ってきた。瞬間ソウルは明らかに『げっ』という顔をして身を引き、ラーは変わらぬ抑揚のない眼で扉の方を見た。
「やっぱりここだったわね」
「つーかお前! ここはラーの部屋だぞ!」
「それが何? 今王の次の地位にあるのはこの私よ」
「ぐっ……」
今までは王の次に地位が高かったのは、第二妃とはいえ本来ならば王妃に相応しい地位を持つシュツィルオーレを母に持つラーだった。
今までずっとラーは血筋と能力の高さから次期魔王と期待されていたが、あまりのやる気の無さについに元老院も諦めルクエールで妥協したのだ。
前々からソウルはルクエールにちょっかいをかけられる度、よくよくラーの部屋を利用していた。勿論ルクエールもそれは知っている。だが王の姪とはいえ直系第一子のラーの部屋まで踏み込む事は出来なかったのだ。
ルクエールは既にラーから王位継承権を奪い取る事を決めていたので、下手にラーの不興を買って邪魔をされては困る。そうしたら自分が不利――というよりも絶対的に無理なのはよく判っていたので。
もっともラー本人はルクエールが入って来た所で気にしなかっただろうし、それが判っているからルクエールもこうして今は踏み込む心積もりが出来た訳だが。
「な、何の用だ」
「何の用も何も、お前は私のものなんだから私の側が定位置なのよ」
「勝手に決めんな!」
くすくすと綺麗な顔で微笑まれてもソウルの肌には鳥肌しかたたない。美人かどうかはこの際関係無い。自分の意思の介在しない物事がとかくソウルは嫌いなのだ。
「ふ、ふん! まあ丁度良かった! ルクエール、貴様に言っておく事がある!」
「あら、何?」
「貴様の愛人など真っ平ごめんだ! 貴様の持つ王位継承権、この俺様が奪ってやるから覚悟しておけ!」
ソウルのセリフを聞き終えた後、きょとんとルクエールは静止して、それから弾かれたように笑い出した。
「お前が? 王位を? ふふふっ、中々面白い冗談だわ」
「誰が冗談など言っとるか!」
「――本気なの?」
小馬鹿にしたように笑い続けていたルクエールが、ピタリと笑いを止めてソウルを見据える。覚悟を決めて王位を奪った女傑の眼で。
「無論本気だ!」
「諦めの悪い子ね。まぁいいわ。お前のそういう所も結構好きよ。従順なだけじゃつまらないものね?」
ペロリと唇を舐めてルクエールは毒々しく笑う。
「陛下の血を継いでいるとはいえ半端なお前がどうやってジジィどもに納得させるのか……楽しみにしているわ」
「ふん! その余裕にスカしたツラ、すぐに吠え面に変えてやるわ!!」
腕を組み、自信たっぷりに言い放つ。何も考えちゃいなかったが人生ハッタリも必要である。
「まぁそれはそれとして――」
「っ?」
毒々しい笑いを引っ込めて、今度は熱の入った視線をルクエールはソウルへと向けた。
「お前が私から継承権を奪うまではやはり私の方が立場は上なのだから、大人しく相手をなさい、ソウル!」