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 4―4

 更に館を変え、歩く事十数分。ようやく魔王の私室にまで辿り着く。

ルクエールにはああ言ったものの、勿論いなきゃいいなとは思うのだ。

だがぐずぐずして気にしているとか、マナに見られるのも嫌だった。覚悟を決めてノックをする。


「ソウルか。入れ」

「あぁ」


 ソウルが声を掛けるまでもなく、訪れた者が誰かを魔力で悟ったらしい。という事は隣にいるマナの事も勿論判っているだろう。

幾ら微笑すぎる魔力とはいえ、流石にこんな近くまで来て魔王が気が付かない、などという間抜けな話もないだろうから。


(――げっ)


 やはり幸運は二度続かない。中にはシュツィルオーレが居た。

何分魔王の部屋だけに結界は厳重で、中に居る者の魔力が探れないようになっていて、心構えはできなかったのだ。

心の中の自分が拒否する声を上げるが、表情は取り繕って奥へと進む。


「お前、また……」


 二日続けてソウルが王の元を訪れたのが余程面白くないらしく、シュツィルオーレはその整った顔を盛大に歪め――ハッと表情を強張らせた。


(?)


 その視線の先を追ってソウルもはっとする。

マナだ。マナを見たのだ。

魔界に人間が居る事への驚きとか嫌悪とか、そんな生温い驚き方ではなかった。その強張った表情は何かを怖れているようですらある。


(――まさか……)


 マナを見てのこの反応。そうだ、それに――ラーは言っていたではないか。『俺の所には来ない』と。

シュツィルオーレが依頼人であれば、成程当然ラーを暗殺などしようとしないだろう。自分やルクエールが邪魔なのも頷ける。そして何故この時期なのかも。

自分はただ気に入らないだけだろうし、ルクエールが居なくなれば結局最も王に相応しいのはラーなのだから。


(いや待て)


 しかしそれもやはりおかしい。それならなぜ魔王が標的に入るのか。大体人間を見下すシュツィルオーレが、人間を使って謀などをするだろうか?


「どうした?」

「!」


 魔王に声を掛けられはっとソウルは我に返った。シュツィルオーレも同様で、取り繕うように腕を組んでソウルを睨んだ。いつものように。


「何の用向きがあってこの場に姿を見せたのです。しかも人間などを連れて」

「俺は親父に用があって来たのだ。貴様になど用は無いわ」

「お前……ッ。相変わらず口の利き方を知らない子供だこと。腐った人間の血統が滲み出ている様だわ」

「貴様……ッ!」

「ソウル、シュツィルオーレ」


 かっとなって拳を握ったソウルを諌めるように魔王から静かに声が掛かる。


「っ……」


 殺してやりたい。

本気でそう思った。だがこの女は父親の妻で、兄の母だ。流石に出来ない。


「ソウル、来い。そちらの娘、お前も」

「あ……」


 くる、と背を向け奥へと入っていった魔王とソウルを交互に見ると、ふー、と長い息をついてソウルもその後へ付いて歩き出す。


「マナ」

「うん」

「……」


 来るな、とは言われなかったが呼ばれたのはソウルとマナだ。シュツィルオーレがそこに加わるのはおかしい。静かに彼等の去った後を睨みつけ、ふいとその場を後にした。





「さて。その娘がそうか?」

「え?」


 通された部屋で席に着き、開口一番そう言った魔王にきょとんとマナは眼を瞬く。


「っと、ソウル……?」

「親父には暗殺を請け負ったのがお前の一族だという事を言ってある」

「あ、そ、そうなんだ」


 言いに来た内容の一部ではあるが、知られているとなるとまた少し違う居心地の悪さだ。


「それで、俺に何の用だ?」


 しかし気遅ればかりしていられない。魔王にそう水を向けられこくんと喉を湿らせてからマナは真っ直ぐに彼を見た。


「――今回貴方の暗殺を請け負ったアルバトラズの当主の代理として参りました」

「ほう?」

「今回の一件、一門の仕出かした事に間違いはありません。けれどアルバトラズの意思でもありません」

「成程。まあ組織が一枚岩である事の方が稀だといえるな」


 あっさり魔王はマナの言を認めた。そこには何の感情も伺えず、正直不気味だ。


「こちらとしてもその方がありがたい。アルバトラズを根絶やしにすればまた魔族の侵略かなどと、人間達と戦争するのも馬鹿らしい」


 しかし勿論今回の件がアルバトラズの意思であれば、戦争の引き金を引くのを判っていても報復は行った――そんな意志が見えてマナは改めてぞっとした。


「それで、俺の暗殺を請けた者の所在は判っているのか? 既にそちらの手に居るのなら早々に渡してもらいたいのだが」


 アルバトラズ全体に責任を問うつもりは無い。しかし当然、本人は別だ。


「まさか隠しだてはするまい?」


 ユイリも渡せない、というのは普通に考えて都合が良過ぎる話。だが――


「親父、今回の件を受けたのはこいつの妹なんだ」

「……ほう」


 少しばかり間を置いて魔王はそう答えた。前にソウルから襲撃して来た者を殺さないで欲しい、との頼みは受けたが、まさか襲って来ている者イコール直接依頼された者だったとは。

……少し困った。


「見逃してはもらえないか」

「……ソウル」


 自分の子である事を、どんな時でも武器にはしようとしなかった息子の頼みだ。流石に魔王は少しばかり即答を躊躇った。しかし答えは決まっている。

それを口にしようとした所で。


「構わんだろ」


 それは出来ない、そう口を開きかけた魔王を遮ってそう言ったのは、いつから聞いていたのか、何の用があって来たのか、つかつかと真っ直ぐに部屋に入って来たラーだった。


「ラー……」

「ラー、お前、何で」


 珍しい、と言いたげなソウルを一瞥するとラーは魔王へと目を戻す。


「たかが人間だ。それに一族の中でそれなりの地位のある奴を殺せばどのみち人と険悪になるぞ。まかり間違って戦争にでもなるのは御免だ。面倒くさい。報復なら身内だけにしろ」

「……そうか」


 台詞の内容はラーならば言っておかしくない物。しかし今ここに来てまでラーがそれを口にした理由は。


「……いいだろう」

「!」


 静かに頷いて言った魔王に、はっとしてソウルとマナはラーから視線を彼に戻す。


「ただし二度目は無い」

「はい!」


 立ち上がりマナは勢い良く頭を下げた。


「ソウルに感謝しろ」

「はい」

(それと……)


 ソウルにも勿論だがもう一人。マナはラーへと向き直って頭を下げた。


「ありがとう」


 彼が初めの頃ソウルがマナを押し付けようとした兄だという、ラフィリアークディルだろうと、呼ばれた愛称と二人の態度から当たりを付ける。


(……確かに格好良いんだけど)


 それでもやっぱり――もし契約するならソウルがいいなと、そう思った。


「そういやラー、お前何しに来たんだ。親父に用か?」

(いやいやいや! 違うでしょーっ!?)


 さも意外だと言わんばかりのソウルの質問にマナは背中に汗が流れた。どう見たって、聞いたって、彼はソウルを援護する為に来たんだろう、と。


(お父さんの態度見てれば判るじゃないっ!?)


 初め魔王は厳しい表情をした。やはり駄目かとマナもそう思った。

魔王が態度を変えたのはラーが言った後だから、確かにパッと見『ラーが言ったから』、魔王が譲歩したように見える――が、絶対に違う。

あれはラーがソウルのために言ったセリフだったから、魔王がそれを汲んでくれたのだ。


(……愛されてないとか、そんな事無いよ。ソウル)


 まあ二人とも、あえてそれを見せないようにしている節があるから、子供の頃からそう思い込んでいるソウルが気が付けないのも無理は無いのかもしれないが。


「まあ、そんなもんだ」

「そうか。――ソウル、お前の用は済んだだろう。少しラーと話す事がある。席を外せ」

「判った」


 突っ込んで訊く事もせずにソウルは頷き席を立った。お互い愛しているのに違いはないのに、やはり関係はどうも歪だ。

ソウルに付いて魔王の部屋を後にして、心の中で首を傾げつつ、それでも上手く行ってるならと納得する事にした。


(……そうよね)


 自分達に比べれば、彼らは互いを愛しているだけ余程健全だ。


「どうした、マナ」

「あ、うん。どうしようかなって」

「そうだな。とりあえず頷いてはもらったがこのままでは埒があかん。あまり時間を掛けていると親父の気も変わるかもしれんし」


 とても本人には言えないので、慌てて誤魔化す様に言ったマナにソウルは真剣に考え込んでそう答えた。そう、今はそれが重要だ。改めてマナは頭を切り変える。


「――そう言えばあの人、ちょっと変な顔してたよね」

「シュツィルオーレか?」

「っていうんだ? 魔王の隣に居た女の人」

「ラーの母親だ。確かに俺もそう思った」

「やっぱり私が人間だから?」


 それにしてもあまりの顔をしていたと思ったのだが。しかし知らなければそれ以上の理由が出て来なくても当り前。

しかしソウルにはその表情を見た時に頭に過った答えがある。


「いや……」

「?」


 どう言ったものかとソウルは言葉を濁して一度切った。何にしてもこんな誰が聞いているか知れない城の通路で話すような事ではないのは確か。


「それに関しては少し考えてた事がある。部屋に戻ってからだ。ユイリの反応も見たいしな」

「……うん」

「心配するな。多分大丈夫だ。多分……依頼した奴は俺が考えている奴で間違いない」


 不可解な点は残るが、それはユイリから名を確認し、本人に問い(ただ)せばいい事だ――

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