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 4―3

(……またルクエールは煩いんだろうか)


 自分の部屋に戻るだけだというのに、気が重い。扉の前で一回動きを止めたソウルにマナは首を傾げた。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」


 今の状態ではマナとルクエールを会わせないようにというのは無理な話だ。覚悟を決めて部屋へと入る。

流石にもう起きていて、ソウルが戻ってきたのも判っていたのだろう。すぐに出迎えにまで来てくれた。


「お帰り、ソウル。どこに――」

「っ!」


 出迎える時は穏やかだったルクエールの表情が、マナを見た途端凍り付いた。マナの方は敵意という程でもないが、それでも驚いてその場に固まってしまった。


『……ソウル……』

「なっ、何だその責めるような声はっ」


 ルクエールはある程度予想していたが、何故にマナにまでそんな声を出されなくてはいけないのか。


「何でこの人がソウルの部屋に居るのよ」

「何でこの小娘がお前と居るの」


 二人の疑問の内容もタイミングも、ほぼ一緒。


「べっ、別に何もおかしくはないだろうがッ」

「おかしいわ」

「おかしいでしょう。――大体お前、帰ったのではなかったの?」


 最後はソウルへではなく、マナへ向けてだ。至近距離で睨みあう女のすぐ側程嫌なものはないと思う。


「戻ってまた来たの。ユイリがこっちに来てるんじゃないかって思ったから」

「……ふぅん」


 少々不可解そうに、しかし一応ルクエールはマナの答えに頷いた。


「向こうはそうでもないみたいだけど、お前にとっては可愛い妹なのかしら?」

「……可愛くは……ないかな。むしろちょっと苦手」


 家族なのにねと、少し困ったように情けない笑みを浮かべた。


「まあそうでしょうね。それで、お前は何をしに来たの?」

「何って……」

「お前が訊けばあの娘は答えるのかしら?」

「ないわね」


 ひやり、といっそルクエールよりも敵意を含んだ冷ややかな声音で、奥から出てきたユイリ自身がルクエールの言葉を否定した。


「ユイリ……」

「何しに来たの? まさか私を助けになんて言わないでよね。何にも出来ないくせに」

「……確かに私に魔力は無いけど戦う術がない訳じゃないわ」

「だから何?」


 そんなものは役にも立たないし、無意味だ。目が冷ややかにそう告げる。ぐっと言葉に詰まってからしかし気を取り直してマナはユイリを睨んだ。


「ユイリ、どうしてこんなことしたの」

「……」

「魔王の殺害なんて、例え成功したってただじゃ済まないって思わなかったの?」

(思ったわ)


 勿論思った。だからその話を聞いた時、馬鹿馬鹿しいと受けるつもりなど無かったのだ。

そもそもアルバトラズの当主は父で、自分じゃない。依頼を独断で受けて人を動かすなど、できるはずがなかった。

そう思っていたのに。

至上の力を手に入れたいのだろうと、心を見透かしたような言葉を紡がれて。

魔王暗殺の事も気にするな、新たな魔王となる男はそんな事に興味は無いと、そう囁かれて。


「ねえ、ユイ」

「放っといて」

「っ」


 皆まで聞かずにユイリはマナを拒否した。マナの全てを。欠片でも自分の中に存在させたくないのだというように。


「……マナ」

「ん?」


 あまりの態度の硬さに、思わず気遣う声を掛けたソウルにマナは振り向いて微笑した。大丈夫だというように。


(気持ち悪い……ッ)


 マナの姿を見ているだけで、心が逆撫でられて吐き気がする。ギリと鳴る程に強く歯を噛みしめ、ユイリは硬く眼を閉じた。

心を閉じるのは、いつもの癖。


「お前、マナの何がそんなに気に喰わないんだ」

(煩い)


 耳も塞いでしまいたかったが、聞くに耐えないというポーズを見せるような真似はしたくなかった。ただ煩わしいから目を閉じている。それだけだ。


「……話にならんな」

「正にね」


 完全に外界を無視したユイリに、ソウルとルクエールは呆れた息をつく。相手を支配する精神系の魔術を使えば吐かせる事は出来るが、マナの手前それはやりたくない。


(しかし、他には誰も知らんのだからこいつを吐かせるしかないんだが……)


 隠れてやるのはもっと後味が悪いので、マナには初めから言っておいてやはり魔術で――


「ソウル、ちょっといい?」


 手詰まりに最終手段を本気でソウルが考え始めた時、マナにそう呼び掛けられ振り向いた。


「何だ」

「私を魔王に会わせてもらえないかな」

「親父に?」

「そう。アルバトラズに――って言うか人間に、魔族に敵対するつもりはないんだって、伝えて来るのもこっちに来た役目なんだ」


 本来ならば当主が来るべきなのだろうが、アルバトラズ側もそこまで魔族を信用していない。王族であるソウルと面識があるのもあって、名代としてマナが来たのだ。


「ああ、そうだな。それは言っておいた方がいい」

「そうね。人と戦争なんて面倒なだけだもの」

「ありがとう、ソウル……と、ルクエール、さん?」


 マナに名前を呼ばれルクエールは微妙な表情をする。気安く呼ばれる覚えはないが、じゃあどう呼ばれれば許せるかと言われても思い付かなかったので。


「……ええ」


 結局その微妙な表情のままで頷いた。


「じゃあルクエール、ユイリを頼む」

「大丈夫? 私が行きましょうか?」


 魔王本人はとにかく、シュツィルオーレがソウルを毛嫌いしている事は、勿論ルクエールも知っている。また嫌な思いをする事になるだろうという気遣いでそういったルクエールに、一瞬心が揺らいだ――が。

「必要ない。俺様があんな下らん輩の何を気にすると?」

「そう。それならいいわ」


 ソウルが心配するまでもなく、ルクエールはそう言って頷きあっさり引き下がった。この手の話題ではむしろ気遣う方がソウルは嫌がる。

人に強く見せる為にソウルは強くなった。ならばその強さを信じてやった方がいい。その信頼こそが、今度は本当にソウルを強くする。


「行くぞ、マナ」

「うん」


 ソウルに促され、マナはその背に付いて歩き出す。


(何だろう。もやもやする)


 ソウルの部屋に居たルクエールを見た時からずっと燻っていたのだが、先程また胸のすぐ表面にまで顔を出してきた気がした。


(何でだろう。自分の居場所で自分を認めてくれる人を作ったソウルが羨ましい、とか?)


 ルクエールが本気でソウルの事が好きなのは、会ったばかりで、切り取った場面しか見ていないマナにもすぐに判った。

彼女とソウルが仲良くなって、もっとソウルが居やすくなればいいと、そう思っていたつもりだったのに。実際そうなってみればこんな気持ちになるなんて。


(私って心狭かったんだな)


 ちょっとショックだ。


「……そう言えばさ」

「何だ」

「まともに聞いてなかったけど、ソウルとルクエールさんてどんな関係?」


 ルクエールの方は判るのだ。それにソウルが嫌がっていたのも知っている。だがそれは感情であって、今マナが知りたいと思ったのは現実に意味を持つ関係の方だった。


(お前は私のもの、とか言ってたし)

「別に何の関係もない。……あいつは俺を愛人にしたいんだ」

「愛人んっ?」


 予想していなかったあまりの単語にマナはトーンの違う声を上げた。


「何で愛人っ? フツーに旦那さんとか、そーゆー感じでしょあの人はどっちかっつーと!」


 確かに容姿は結構、色っぽいというか婀娜(あだ)っぽいというか、そういう雰囲気があるのだが、ルクエール本人を見たマナの感想からいくと、どちらかといえばむしろ乙女だ。


「あいつは第一王位継承者なんだ。俺がそんな奴と正式に結婚など出来る筈がないだろ」

「――あ」


 ――半端だから。


(……そっか)


 家から興味を持たれていないマナにはそんな必要はないが、例えばユイリが今、自分と同じような魔力をほとんど持たない男を選んだとしたら――多分両親は認めないだろう。


(本当に同じだわ)


 どこの世界でも、社会は一緒だ。

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