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第四章 完全の羨望

(……何なんだろう)


 部屋――多分私室だ――に連れ込んだきり、彼は自分に何もしてこなかった。声を掛けられた時の言い様を考えると、自分が魔王とその血族を暗殺しようとしている人間だと知っているのだと思ったのに。

いや実際、知っているのだろう。


(どうせ、マナフレアだ)


 だってあの標的の一人はマナの事を知っていた。しかも自分と間違った。


(全然似てない)


 自分はマナのような出来損ないではない。歴代の中でも強い魔力を持つ稀代の魔術師だと、皆が口を揃えて言うではないか。


(それなのに)


 一日姿をくらましていたマナと魔界で会った。マナの居所になんか興味は無かったから、本当に驚いた。

そしてマナはその話を両親としていた。――魔族の王子の事と、暗殺の事。


(余計な事ばっかり!)


 この仕事を請け負ったのは実はユイリの独断だった。魔王とその姪、そして半端者の魔族とを始末するだけで高位の魔族と契約させてやると。

どれだけ強大な力を持っていても、誇り高い魔族はそうそう人間と契約などしない。一族の長い歴史の中でも高位魔族と契約を交わした者は稀だった。だから歴史の中の誰よりも、強力な力を手に入れたかった。


(なのにあいつは)


 ソウル、とその魔族の事を呼んでいた。親しげな愛称を許されて。


(ソールスティーリッヒ、それでソウル、か)


 何が友人だ。半端とはいえ王族には違いない。自分でも喚べないような高位魔族と、あんな、あんな――


「……」


 唇を噛みしめ、憤りに耐えるユイリを冷徹に見やって、ラーは自分が少し不快になっているのを自覚した。

ユイリはシュツィルオーレに似ているのだ。

ラーは力に溺れる者が好きではない。いやむしろ毛嫌いしている。

幼い頃からラーの才は他の誰より飛び抜けていて、それを求めて取り入ろうとする輩は少なくなかった。

その筆頭こそ、母親であるシュツィルオーレだ。

自分が人間の女に負けたという、しかも死んだ今でも自分に正妃の座を譲らないソウルの母への嫉妬を、そのままソウルにぶつけるような幼い女だ。

ソウルがハーフであると、そういう言訳があるからこそ、体面を守って余計きつく当たれるのだろう。

そのソウルにも実力で劣り、半端であると嘲りながら勝てない自分を誤魔化すため、ラーに媚を売りその力のお零れを得ようとする。

シュツィルオーレほど露骨でなくとも、大概の者はラーを恐れるか、取り入ろうとするかのどちらかだ。

仕方のない事だ。自分の性格にも問題がある事はラーとて判っている。

自分の人格を愛してもらえるような努力をしてこなかった。だから皆ラーを『力』としてしか見ないのだ。


――だがそれでも、肉親は自分を自分として愛してくれている。


父とソウルは『家族』だ。

家族の為ならば心を砕いて手を尽くしても惜しくない。


「……感謝するんだな」

「え……?」

「ソウルの頼みでなければお前は多分俺が殺してる。嫌いなんだ、お前のようなタイプは」

「ソウル……って、さっきの」

「汚らわしい」

「きゃっ」


 その名を口にした途端、ばちと目の前で雷が走ってユイリは体を竦ませた。


「お前がソウルの名を気易く口にするなよ」

「っ……」


 ユイリには勿論ラーがそこまで拘る理由など判らない。しかし自分が可愛いのならば触れてはならない領域なのだけは判った。


「――ん」

「っ」


 ぴくとラーが何かに反応して顔を上げるとびくとユイリも身を固くする。だがラーの興味はもうユイリには無い。


(動いた)


 やっとこれでこいつを手放して大丈夫だ。


「おい」

「え」


 呼び掛けられユイリは反射で顔を上げ、すぐ目の前に差し出されていたラーの指に仰け反った。パチン、と指を鳴らして一言だけで魔術を発動させる。


「メモリクラウド」


 くら、と視界が揺らぐ。頭に靄が掛かり、思考が邪魔される。

――もう、何、も――




「ソウル、あれ」

「んッ?」


 とりあえずルクエールとの話が落ち着いて、魔力を頼りにユイリを探して数分後。

くんとルクエールに襟首を引かれ方向を修正され、ちょっと苦しかったが黙ってそちらへ目を向ける。

そこにはぼんやりと床に座ったユイリが居た。

魔界、という異境の地で、しかも逃げている途中で、まさか休んでいる訳はないだろう。嫌な想像がぞっとソウルの頭を駆け抜けた。


「おい!」

「……あ」


 呼び掛けられてのろのろと顔を上げて、二、三度瞬きをしてからはっとソウル達に気が付いた。


「――っ!」

「無事か! 無事だな!」


 表情を強張らせ仰け反ったユイリの肩を掴み軽くその魔力を探って、特に異常が無いのを確認してからほっと安堵の息を吐いた。


「あ、え?」

「お前を気遣ったんじゃないわよ」


 呆けたような素の表情になると、ますますユイリはマナに似ていた。それがまた面白くなくてルクエールは冷ややかに彼女を見下ろしながらそう言った。


「とにかくここでは誰に見付かったも不思議はない。来い」

「ちょ、ちょっと――」

「黙らないと黙らせるわよ」


 本日二度目の強引な連行。一度目の連行は覚えていないが。


「……」


 どうするべきか。ソウルに手を引かれながらようやくまともに動き出した頭でユイリは先の事を考えた。

十中八、九聞かれるのは依頼人の事。そう言っていたし。

言ってしまった方が安全なのは判っていた。不意を突いて一撃で仕留めればおそらくいけるが、正面切って戦うのは難しそうだ。二人だし。


(……けどそれはおこぼれで見逃してもらうってことでしょ)


 アルバトラズ次期当主であるこの自分が、見逃してもらうなどと。


(絶対嫌)


 自分はマナとは違う、と頑なにユイリは姉の事を否定した。他人に媚を売って生にしがみつく様な生き方はしない、と。


(だって私は違うもの)


 ユイリは力で生きてきた。だから力が折れた時は――覚悟を決める時だ。

そうこうしているうちに階を変えてソウルの部屋に辿り着き、バタンとユイリにとっては牢に等しい扉が閉まる。


「別に取って食おうって訳じゃない。まぁ楽にしろ」

「……」


 言われて勧められたソファに無言で腰掛ける。座り心地が柔らかくて気持ちいいのに腹が立つ。ユイリの態度の硬さに溜め息をついてから気を取り直して咳払いをして。


「初めに確認しておくが、ユイリ・アルバトラズで間違いないな」

「……ええ」


 マナと会っているならここで首を横に振っても無駄だ。顔以上に魔力は嘘をつかない。血縁の波長は何となく判るのだ。

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